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Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-06-11 09:24:43

ふんっ、なによ!気取っちゃって!陰険メガネ!傲慢男!冷血漢!最低男!大嫌いっ!

雪乃は胸の内で悠一に対する罵詈雑言を叫んでいたが、表面上はただぷんぷんと癇癪を起こしているだけのように見えた。

悠一の母親に子供の頃のようだと言われて恥ずかしかったのと、それを聞いて笑った彼に腹が立ったので身の置きどころがなかった。

虚勢でもいいから張っていないと、地面にめり込んでしまいたくなる。

絶望はしたけれど、嫌いになって別れたわけじゃない。だからどうしてもまだちょっとした事で…例えば笑顔を見せられる、とか…で少しときめいてしまう。

そんな不甲斐ない自分が、情けなくて泣きたくなる。

「まったく、あなたって娘は…」

ため息と共に呆れたように腰に手をやり、今にもお説教を始めそうな雪乃の母親に、悠一は微かに微笑んで言った。

「とりあえず式も無事終わったことですし、帰りましょう」

「そうね。それがいいわ。あなた達、今日はよく話し合いなさい」

「はい、お祖母さん」

「……」

素直な悠一に慣れない…。

前世?では式の間中、悠一は不機嫌だった。

いやいや誓いの言葉を述べ、いやいや指輪をはめ、神父さまの宣誓が終わった途端、ブーケトスも、ライスシャワーも飛ばしてスタスタと教会を出て行ってしまった。

「もっと愛想よくしなさい」とか「雪乃に寄り添っていなさい」とかお祖母さまから色々言われていたけれど、その全てに彼は聞こえないふりをしていた。

それなのに、なんなの???

雪乃の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされていた。

「雪乃」

呼ばれて顔を上げると悠一は手を伸ばし、彼女の腕を取ろうとした。

「なに?」

「車、こっち」

式の招待客は身内しかいなかった為、悠一は雪乃の藤堂家の人にだけ見送りをして、那須川家の人達には軽く頷くだけで背を向けた。

そして新居へ行く為、自分たちの車に雪乃を案内しようと彼女に声をかけたのだった。

雪乃は「知ってるし…」と思ったがそれを言う訳にもいかず、「うん」と頷いて彼の後をついて行った。

車内。

「奥さま、お疲れではないですか?」

「大丈夫よ。ありがとう」

そう言ってニコリと微笑んだ雪乃に、運転手の立野誠(たちのまこと)はバックミラー越しに頷いた。

優しそうな方だな。美人だし。社長も嬉しそうだ…。

長年那須川家に運転手として勤め、悠一とも彼が幼い頃からの付き合いである立野には、彼が無表情のように見えて実は楽しんでいるのが分かった。

今朝教会に向かう時の不機嫌さと比べるとその差は歴然としており、いったい何があってそんなに機嫌が良いのか不思議だった。

基本、無表情だしな…。

後部座席の新婚夫婦が気になって仕方ない立野だった。

「なんだ?」

だがそれに気が付いた悠一に冷たく問われ、慌ててミラーの角度を調節した。

「なんでもありませんっ。失礼しましたっ」

焦って謝罪すると、悠一は「うん」と言ったきり、また自分の横に座る妻となった雪乃に視線を向けた。

「なによ、さっきから」

「別に。気になる?」

からかうように言われて、雪乃は「全然っ」とそっぽを向いた。

それを見て、悠一は目を細めて楽しそうに微笑った。

デレデレだ…。

珍しいものを見て立野はポカンと口を開けた。

そうしたらすぐに「集中しろ」と注意され、慌てて背筋を伸ばし、ハンドルを握りしめたのだった。

車の中に緊張感と甘さが漂うという変な空気に、雪乃はうんざりしてため息をついた。

「どうした?緊張しているのか?」

「冗談でしょう?ねぇ、悠一…あなた、一体どうしちゃったの?」

そう言うと、一瞬驚いたように目を見開いた悠一が雪乃の手をそっと取り、言った。

「呼びすてにされるの、新鮮でいいな。嬉しいよ」

「あ…ごめんなさい」

そういえば婚約するまで「お兄さん」、婚約してからは「悠一さん」て呼んでたんだった。

そう気づいて謝ると、悠一は握った手を軽く叩き、真剣な目つきで言った。

「謝らなくていい。寧ろそう呼んでもらえて嬉しいよ」

「……」

雪乃はその大きな瞳をパチパチと何度か瞬き、目の前の男を見つめた。

本当にどうしちゃったの!?この人、那須川悠一よね?間違ってないわよね!?

これまでどんなに頑張っても冷たい眼差ししか向けてもらえなかったのに、なんでこんな甘々なの??

訳がわからなくて頭が混乱してきたので、とりあえず考えることを放棄した雪乃だった。

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