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第二十一話 惨劇②

last update Last Updated: 2025-07-14 17:31:15

 夜は明け、太陽の光が屋敷を照らしていく。

 昨日の惨劇が嘘のような穏やかな日常。

 屋根の瓦に太陽が反射してキラッと輝くと、小鳥たちが飛び立った。

 雛はいつも通り身支度を済ませると庭の前を通った。

 いつもは必ず朝食の前、庭で朝練をしている伊藤が今日は見当たらない。

 不思議に思った雛は、伊藤の部屋へと向かった。

 部屋の前で立ち止まると声をかける。

「おはようございます。――伊藤さん? 体調でも悪いんですか?」

 返事がない。

 雛は障子を開けた。

「え……」

 血に染まった畳の上に人が倒れている。

 血なまぐさい匂いが鼻をついた。

 倒れている人物の胸には、真っ直ぐに刀が突き刺さったまま。

 雛はゆっくりとその人物を見つめた。

「い、とう……さん?」

 雛は震える体で、ゆっくりと伊藤へ近づいていく。

 伊藤の近くでしゃがみ込むと、雛の手足に血がついた。

 雛は自分の手についた血と伊藤の顔を交互に見つめる。

 そして、大きく目を見開く。

「伊藤さん!! 伊藤さん! なんで……どうしてっ!」

 雛は伊藤の体をやみくもに揺すった。

 しかし、反応はない。

 手にはべっとりと伊藤の血がからみついてくる。

 それでも、懸命に雛は伊藤を揺すり続けた。

 そうすることしか、今の雛には考えつかない。

 どうか、生きていて、目を覚まして!

 そう願うことしか……。

「伊藤さん! 誰か、誰か! 誰かっ!!」

 雛の悲痛な叫びを聞きつけ、神威がすぐに駆けつける。

「どうした! いったい何があった?」

 神威は一瞬、伊藤の姿に驚いた表情をしたが、すぐに冷静さを取り戻すと雛の側へ駆け寄った。

 そのすぐあとから宇随が駆けつけた。

「なんでっ……どうしてこんなっ」

 その惨状を目にした宇随は息を呑み、ただ茫然と見つめている。

 神威はすぐに伊藤の

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