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だから言わんこっちゃない!《1》

作者: 砂原雑音
last update 最終更新日: 2025-06-09 22:19:29

【神崎慎】

ただでさえ、しょっちゅう店に来て大丈夫なのかと思っていたのに。

この頃の陽介さんは毎日来店し、毎日深夜遅くまで店に居て、僕は客がいれば相手をすることもできないのにそれでも居る。

休日前は当然の如く、閉店まで居て朝まで……つまり僕が部屋に戻るまで一緒に居たがって、最初は付き合うとはこういうものかとも思ったが。

これでは、陽介さんは寝る時間が殆ど取れてない。

寝れるときに寝てます、とかなんとか言っていたけれど、どうだか。

身体を壊しちゃ、元も子もないではないか。

今夜も一時間で帰れと言ったのに、結局終電を逃すまで、居た。

翔子さんが来た辺りから何かそわそわした視線が飛んで来るから、僕のことを気にしているのは伝わってきたけれども。

全く気にならないと言えば嘘になるけれど、気にしたって仕方がないし普通に接客するしか僕にはできない。

漸くラストの客が帰って、軽く伸びをしてから肩を回す。

「陽介待ってるだろ、後は片付けとくから部屋行ってやれば」

「いい。寝てるはずだし、片づけぐらいやる」

「どうだかなー……好きな女の部屋に居て寝れるほど無欲なタイプにも見えないけどなー……」

……だったら尚更ここにいる。

部屋に二人きりになって、そういう雰囲気になる勇気はない、まだ。

全部片付けてから、そーっと部屋に様子を見に行くと。

「ベッドを使ってくださいと、言ったのに」

気が引けたのだろうか、それとも僕が終わるのを待っているつもりだったのだろうか。

出しておいたスエットには着替えているけれど、ソファの足元に座って大きな身体を凭せ掛けて眠っていた。

近くでしゃがんで顔を覗き込むと、すー、と静かな寝息が聞こえる。

起こすのは可哀想になるくらい、気持ちよさそうに熟睡して見えた。

かといってベッドに運ぶなんて芸当ができるわけもない。

仕方なく毛布を引っ張ってきて足元から肩まで、かけようとしたのに足りなかった。

ついでに言うなら、佑さんのお古のスエットもつんつるてんだ。

全く丈が足りてない。

……サイズ、幾つくらいなんだろう。

脱いであったワイシャツを洗濯乾燥で回しておいて、シャワーを浴びて戻ってきても、彼はまだ眠っていた。

当然と言えば当然なのだ、彼の寝不足はもう慢性化しかけているのじゃないだろうか。

また近寄って、起こさないように気を遣いながらも彼の目の下に少し触れた。

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