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第1067話

Author: 夜月 アヤメ
「......村崎さん、私......一緒に帰ってもいいです」

光莉のその一言に、成之の瞳がわずかにやわらいだ。

彼はそっと光莉の手を取り、手の甲に優しく口づけた。

―そのまま、ふたりは成之の自宅へ向かった。

彼の家は、一軒家の洋館だった。想像していたよりずっと控えめで、派手さもない。ここには彼ひとりしか住んでいないらしい。

部屋へ通されたあと、成之は赤ワインを二つグラスに注いで、光莉に差し出した。

光莉はグラスを受け取り、ひと口、静かに含む。そしてふと辺りを見回した。

「......ここって、誰もお世話してくれる人はいないんですか?」

「いますよ。でも、定期的に来て掃除や食事をしてくれるだけで、住み込みではありません。僕、基本的には静かなのが好きで、ひとりでいる時間が多いんです」

「そうなんですね」

光莉はやんわりと微笑み、もう一度、ワインを口に含んだ。

やわらかな照明の中、男と女が向かい合い、視線が絡まる。

ふたりは静かにグラスを置くと、ゆっくりと距離を縮めていった。

成之は光莉を抱きしめ、そっと顔を近づける。

......だが、その唇が触れる寸前で、光莉が彼の口を指でふさぐ。

「待って。ちょっと、聞きたいことがあるんです」

成之は静かに彼女から身を離した。

「......何を聞きたいんですか?もしかして、後悔してます?」

「そうじゃありません。ただ......私のこと、本当に『興味』があるんですか?」

「興味......ですか?」

成之は薄く笑った。

「伊藤さん、僕が君に向けてるのは、ただの『興味』だと思いますか?」

その言葉には、ふざけた様子はなかった。むしろ真剣だった。

「じゃあ、村崎さん......私のこと、好きなんですか?」

半分生きてきた女には、もう回りくどい言い方など必要なかった。

現実を知る者同士、そこにあるのは飾られた感情ではなく、もっとむき出しの本音。

華やかに見える上流の人間関係の裏にあるのは、結局、原始的な欲望に過ぎない。

「僕は伊藤さんが好きです。だから、君が欲しい」

成之は指先で光莉の口元をなぞるように触れた。

「君がつらそうにしている顔を見るのは、僕には耐えられません......だから、僕と一緒にいるときだけでも、笑っていてほしい。他の男たちにはできないことを、僕なら君に与え
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Comments (4)
goodnovel comment avatar
barairose88
光莉のターンなのですね…  ラスボス高峯に続き…成之とも… 女性としての品位に欠ける行い、不快感マックスです! それにしてもこの流れ…ストーリー的に意味がありますか? 光莉には、侑子や西也の犯罪に加担、その諸悪の根源を作った罪があります。 そこをきっちり裁いて欲しい。
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
修母 誰にでも股開くんか まだ離婚してないし 浮気とかダメじゃん とりあえず 若子と西也の離婚が先でしょ 話数増やす為にダラダラやめて下さい
goodnovel comment avatar
hayelow488
えぇぇ!? ここで、成之と光莉の話? 若子達の行く末がある程度落ち着いてからにすればいいのに(個人的には、なくてもいいくらい)。 また、話が止まってしまった。。。 しかも、尺が長い。すごく興ざめ。
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