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第1074話

Author: 夜月 アヤメ
「あんた、あれだけ何度も抗がん剤治療したのに、なんで髪が全然抜けてないの?顔色だって、全然やつれてないじゃない」

若子の声には、震えが混じっていた。

初めはその点にも違和感を覚えた。でも―修の説明を聞いて、なんとなく納得していた。あのメールを見るまでは。

「薬の種類によって副作用は違う。全部が全部、髪が抜けるわけじゃないんだ。人によって体質もあるし」

「じゃあ、あんたは本当に化学療法を受けたって言うのね?」

「若子......まさか、俺が嘘ついてるって言いたいのか?治療なんて受けてないとでも?」

若子は深く息を吸い、スマホを取り出して画面を開いた。

「......これ、あんたの検査結果でしょ?」

修はスマホを受け取り、画面を見て顔色を変えた。

「なんで、お前がこれを......?」

その反応を見た瞬間、若子の中で何かが確信に変わった―やっぱり、本当だった。

「......あんた、私に嘘ついてたんでしょ。癌なんてなってなかった。治療もしてない。手術だって全部嘘......あんた、私に同情してほしくて、そばにいてほしくて、そんな話をでっちあげたのね?そりゃそうよね、私が治療に付き添うって言った時、やけに拒んだもの。バレるのが怖かったんでしょ」

修は言葉を失い、黙り込んだままだった。

若子はスマホを取り返し、乾いた笑いをこぼした。

「修、ほんと笑えるわ。どうしてそんなにも何度も私を騙せるの?......こんなことでさえ、嘘をつけるなんて」

―これ以上、落胆することなんてないと思っていた。でも修は、唯一裏切らないでほしいところで、いつだって裏切ってくれる。

そのことだけは、決して例外がなかった。

若子は立ち上がり、修の腕の中にいた赤ん坊を無理やり抱き取った。

驚いた赤ん坊は、びくっとして泣き出してしまう。

「ごめんね、怖かったね......泣かないで、いい子だから」

若子はあわてて子どもをあやす。

修も慌てて立ち上がり、必死に声をかけた。

「若子、頼む、話だけでも聞いてくれ―!」

「黙って!」

若子が鋭く言葉を投げつけた。

「聞きたくない。何もかも......もう、うんざりなの。あんたってほんと最低。そんなことまでして騙すなんて......あんた、西也のことを『手段を選ばない奴』って言ってたけど、自分だって同じじゃない!もう
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Comments (1)
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
そんな怒る事? それなら修の命と引き換えに 自分と西也助けた事の方が酷いじゃん そこは忘れるんだ 結局自己主義ワガママ女 修の子供だとバレて 修が引き取った方が 子供は幸せになる 若子みたいな母親は 子供育てる資格ない
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