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第1075話

Author: 夜月 アヤメ
彼女の心をぐちゃぐちゃにかき回したのは修なのに、いざとなると「いい人」みたいな顔をして―

ほんとうにただ一つ、「離れてさえくれれば、私は平気になれる」

どうしてそれが分からないの?いや、分かってない。彼はいつだってそう。どこまでも、自己中心的。

「若子......もうこんな風にならないでくれ。確かに、俺はお前に嘘をついた。でも、それだって......お前と少しでも一緒にいたかったからで......どうすれば良かったのか、俺には......」

修の声には、すがるような弱さが滲んでいた。

「頼むよ......」

そう言いながら、彼は手を伸ばして若子に触れようとする。

けれど、若子は数歩後ろに下がり、拒絶するように叫んだ。

「触らないで!!」

そのとき―冷たい声が静かに響いた。まるで闇夜に現れるサタンみたいに、背筋がぞくりとするほどに。

「藤沢さん、彼女が『離れて』って言われてただろ?人の言葉が通じないのか?」

その声を聞いた瞬間、若子は驚いて振り向いた。すぐそこ、壁にもたれるようにして立っていたのは―黒いラフな服を着て、ポケットに手を突っ込みながら、どこか気だるげな様子の千景。だけどその立ち姿には、生まれつきの威圧感が漂っていた。

「千景......なんでここに?」

彼はゆっくりと体を起こして歩み寄り、若子の隣にすっと立った。

修は目を見開き、言葉を詰まらせる。「なんでお前が―」

「ちょっと旅行に来ただけさ。ついでに友達にも会っておこうかなって」

そう言いながら、千景は若子に視線を向ける。その眼差しには、優しさがふんわりと宿っていた。

「最近、元気だったか?」

若子はこくんと頷いた。目が輝いていた。「うん、元気だよ」

「ならよかった」

そう言ってから、千景は修の方へ顔を向ける。その目はさっきとは打って変わって、冷たい光を宿していた。

「彼女は俺が送る。悪いけど、もう近づかないでくれ」

「お前......自分が何やってるかわかってんのか?」

修の声は怒りをはらんでいた。拳を強く握りしめながら、唇を噛む。

前に話したこと、全部右から左に流されたのか......?

「もちろんわかってるさ。ここはB国だ、アメリカじゃない。俺の敵はいない。だからお前が心配する必要もない―ただし、お前が騒ぎ立てて、俺がここにいることを広めたいなら話
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Comments (5)
goodnovel comment avatar
ayako
若子、修の嘘にかなり敏感ですね。 ここから修がどうするのか…まさか若子に拒絶されたからってまた侑子に戻ったりしないですよね?今からでも一途に若子だけを想って追いかけてくれれば良いんですが。。
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むーちゃん
若子怒りっぽいですね。産後鬱? そんなに激怒する程の事でしょうか? 西也がやった事はパッと見だけでも、不法侵入に器物損壊、暴行恐喝、殺人未遂等々犯罪行為のオンパレードですから許せないのは分かります。 でも修は嘘をついてしまったと言っても、若子への気持ちを考えれば多少なりとも理解はしてあげられそうですが。 それよりも、仕方が無かったとはいえ西也を助けて修を見殺しにしたのだからそんな態度をとれないと思いますが。 結局、あの時何故西也を選んだのかも修に説明出来てないですし、きちんと謝罪も出来てませんよね? 修を一方的に責める権利はないような気がします。
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hayelow488
せっかくいい流れだったのに、若子、そんなに怒ること? 修も若子に見捨てられるたびに、侑子に逃げたり、壊れたりしないでね。今度こそ、強く行動してください。話がまた逆戻りしてしまいそうだから。 それに、侑子には気をつけないと。子供欲しがってるから、薬盛られて既成事実とかやりかねない。
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