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第225話

Author: かおる
――持病?

星は思わず勇をじっと見た。

人前で恥をさらされ、勇はたちまち顔を真っ赤にして激昂する。

「じいさん、でたらめ言うな!」

葛西先生は静かに言い返した。

「若いの、病を隠して医者を避けるのは愚かだ。

病気があるなら早く治せ。

もし手遅れになったら、泣くのはおまえ自身だぞ」

勇がまだ何か言い募ろうとしたが、清子が先に口を開いた。

「この葛西先生が私の病気を治せるというなら、私が残ります」

命と雑務、どちらが大事か。

まともな人間なら答えは一つだ。

ここで彼女が黙っていれば、かえって怪しまれる。

それに、清子の胸中では、この名医とやらは見かけ倒しだと決めつけていた。

病状も確定していない時点で「不治の病を治せる」と言い、脈を診たあとも同じことを繰り返した。

その場では安堵したものの、内心では軽蔑を覚えていたのだ。

――何が名医だ。

単なるペテン師にすぎない。

いずれ金で籠絡して組もうとすら考えていた。

だが、まさか星とつながりがあるとは。

幸い本物の実力がなさそうで助かったが。

清子の瞳に暗い光がよぎる。

やはり、あの人に頼るしかない。

葛西先生はうなずき、視線を勇と雅臣に移した。

「二人の大の男が、一人の娘より物の道理が分からんとは、恥ずかしくないのか」

そう言って手を振る。

「今日からだ。

おまえたちは用がないなら帰れ」

雅臣には仕事があり、清子を送って来るだけで精一杯だった。

彼は腕時計を見て、勇に言う。

「もう行く。

あとは頼んだ」

勇はうなずいた。

「分かった。

俺が清子のそばにいる」

雅臣が出て行こうとした時、星が呼び止めた。

「雅臣、話がある」

彼は再び時間を確かめ、眉をひそめる。

「急いでいる。

今度にしてくれ」

星の唇に冷たい笑みが浮かぶ。

「今度?

あなたの死に目の時かしら」

雅臣が言葉を発するより早く、勇が噛みついた。

「星、誰に死ねと言った!」

星の声は鋭く冷ややかだった。

「私と雅臣のことに、あなたが口を挟む権利はある?

大の男が毎日ネチネチと、まるで噂好きの田舎のおばさんみたいに人の家庭に首を突っ込んで、そんなに誇らしい?」

勇は衝撃を受けた。

誰もが彼を勇兄貴だの山田社長だのと敬ってきた。

それなのに星は、目の前で堂々と彼を罵り、鼻先
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