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第296話

作者: かおる
一台の黒塗りの高級車が、オークション会場の正面に静かに停まった。

ドアが開き、端正で気品漂う男がゆっくりと姿を現す。

続いて、彼は手を差し伸べ、車内の女性をエスコートした。

女性は月白の着物に身を包み、しなやかで優美な肢体を惜しげもなく映し出していた。

長い髪は一糸乱れず後ろでまとめられ、白く滑らかな額を露わにしている。

その姿は清らかで可憐、俗世を超えた気配すら漂わせていた。

「神谷雅臣と小林清子だ!」

誰かが二人を認識し、思わず感嘆の声を上げる。

「はあ、まさにお似合いの二人だよな。

惜しいことに......綾子夫人に邪魔されて引き裂かれた。

本来なら雅臣は、門地の釣り合う女性と結婚すべきだったのに......結局選んだのは中卒の女。

清子とは比べものにならない。

子どもを身ごもって、しかも男の子だったからこそ、仕方なく娶ったんだ」

「え、中卒?冗談だろ?

雅臣は世界屈指の金融名門を卒業して、若くしてダブルドクターを取った天才だぞ。

妻が中卒って、そんなの話も噛み合わないだろ」

「マジかよ、それ本当の話?」

「綾子夫人の口から聞いたんだ、嘘なわけない。

雅臣が妻を連れずに初恋の人ばかり同伴するのが何よりの証拠。

つまり、その妻は家柄も学歴も誇れるものがなくて、顔だって大したことないってことだ」

「雅臣って一途だな。

何年経っても初恋を忘れられないなんて」

「だって清子はすごい女だろ。

名の知れたヴァイオリニストで、A大音楽院を卒業してる。

国際コンクールでも数々の賞を取ったって聞くし、あの田舎臭い妻なんかと比べる方が失礼だ」

「そうそう、この間も海外の演奏家を打ち破った映像がバズってた。

見ていてスカッとしたよ。

清子は本当に国の誇りだ」

「美しい上に才能もある。

もし家柄まで完璧だったら、文句なしの女神だな」

清子は車を降りると同時に、周囲からの感嘆を耳にした。

彼女は淡い笑みを口元に浮かべ、当然のようにその称賛を受け止める。

人々の視線を一身に集めるこの感覚が、何よりも心地よかった。

上流社会においても学歴や実績が重んじられると知ってから、彼女は自分の価値を高める方法をようやく見つけたのだ。

勇が彼女の海外コンクールでの受賞歴や、有名演奏家との共演シーンを切り抜いて編集し、ネットに拡散した。
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コメント (4)
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三代祥子
葛西先生のご家族にコテンパンにやられて、泣きながらひざまづいてください。 そしてその騒動を理由に山田家から勘当されろ!
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橋田光代
そろそろざまぁをお願いします。腸が煮え繰り返ってます。
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ささき
勇ムカつく こいつも含めてまとめてコテンパンにして欲しい
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