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第328話

Author: かおる
雅臣の薄い唇がきゅっと結ばれ、言葉を失った。

航平はさらに続ける。

「離婚しろとお前を焚きつけ、星に痛い目を見せて従わせろ――そうやって勇はそそのかし続けてきた。

だが現実は逆だ。

星は戻ってくるどころか、ますます遠ざかっている。

余計なお節介だとわかっている。

でもな、雅臣、私は親友が仲違いする姿を見たくないんだ」

普段は口数の少ない航平が、今日はやけに多弁だった。

雅臣の表情は暗く沈む。

そのとき、オフィスの扉が唐突に叩かれた。

「雅臣、大変よ!

勇が警察に連れて行かれたの!

弁護士が保釈を試みたけど、できなかったわ!」

険しい面持ちの清子が駆け込んできた。

眉間には焦りがにじむ。

「雅臣、どうにかして勇を助け出して」

言い終えて初めて、室内に航平の姿があるのに気づく。

「......鈴木さんもいらしたのね」

航平は軽く頷いた。

「小林さん」

彼は決して彼女を「清子」とは呼ばない。

呼び方はいつも「小林さん」

どこか距離を置いたその雰囲気が、彼女に「航平」と呼びかける勇気を奪っていた。

このことを勇にそれとなく打ち明けたこともあったが、勇は気にも留めず、「あいつはそういう性格だ。

誰に対しても同じだ、気にするな」と笑い飛ばしただけだった。

雅臣の澄んだ声が彼女の思考を断ち切る。

「なぜ保釈できないんだ」

清子は答えた。

「今ネットでは、星の投稿で描かれた資本家像に強い反感が広がっていて、勇が虚偽通報をしたうえ、誹謗中傷や陥れを行ったとして、徹底的に処罰すべきだという声が溢れているの。

本来なら誤解だと説明できる余地もある。

でも......」

彼女は深く息を吸う。

「ついさっき、勇の過去のスキャンダルが暴かれたの。

暴走行為だけでなく、酒気帯びで人身事故を起こしたと......

その証拠をもとに警察が再捜査に乗り出して、有罪となれば......」

彼女の声には深い憂慮が滲む。

「勇は重く責任を問われることになるわ」

室内の空気は一気に張りつめた。

星をめぐる騒動は、すでに手がつけられないほど膨れ上がっていた。

雅臣の整った顔立ちが陰を帯びる。

「弁護士は何と言っている」

「交渉の余地はあるそうよ。

いずれも過去の事案だから。

でも、世論の怒りは頂点に達していて、人々は結果を求め
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Comments (2)
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橋田光代
な〜んでこんな女に引っかかるかな。
goodnovel comment avatar
ささき
イヤな女やな。あんなに自分の味方をしてくれた勇もどうでもいいなんて
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