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婚約者の変化

Author: 木山楽斗
last update Last Updated: 2025-09-01 21:02:05

「イルルグ様、あなたは自分が何を言っているのかわかっているのですか?」

「わかっているとも。僕はあなたとの婚約を破棄する」

 私の言葉に、イルルグ様はとても冷たい返答を返してきた。

 彼の雰囲気は、少し変わっている。なんというか、突き放すような態度だ。

 それに私は少し、怯んでいた。人からここまで明らかな敵意を向けられるなんて、初めての経験である。私は少し、気圧されてしまっているらしい。

「な、何故婚約破棄なんて……」

「妹が嫌がっているんだ。理由なんてそれで充分だろう」

「そんなことで……」

 イルルグ様の述べた理由は、到底充分なものではなかった。

 婚約破棄とは、二家に対して大きな打撃を与えるものだ。相応の理由がなければ、まず行わないことである。少なくとも妹が嫌がっているなんて理由で婚約破棄なんて、聞いたことがない。

「これは問題ですよ、イルルグ様。あなたのその判断は、エーヴァン伯爵家の立場を悪くするものです。リヴァーテ伯爵家は、これに抗議します」

「抗議したいなら、勝手にすればいい。僕にとって大切なのはウルーナだ。エーヴァン伯爵家だって関係はない。ウルーナが嫌がっている。それが全てだ」

「なっ……」

 正式に抗議すると言っても、彼の態度は特に変わらなかった。

 そんなものは痛くも痒くもないということだろうか。いや、そんなことはないはずだ。

 妹が嫌がっているから婚約破棄したなどと噂が広がれば、少なくともこの二人は社交界から排斥されるはずである。

 いや、それでも構わないと思っているということかもしれない。彼らにとっては、貴族であることはどうでも良いということか。

「イルルグ様は、妹への愛だけで生きていくというのですか?」

「ふん、無能な割には良いことを言うじゃないか。その通りだ。僕はウルーナを愛することで生きている。ウルーナさえいれば、僕には何も必要はない」

「それは私も同じです。頼りにしていますよ、お兄様」

 二人は、自分達だけの世界に入っているようだった。

 その意思は固そうである。止めるのは無理そうだ。

 ただそもそもの話、別に私に止める理由があるという訳でもない。念のために色々と言ったが、それは気遣いだ。彼らがそうしたいというなら、もうそれでいい。

「わかりました。そういうことなら、どうぞご勝手に。後悔しても知りませんからね」

「後悔などするはずもない。行こうか、ウルーナ。これ以上こんな所にいたくはないだろう」

「ええ、もちろんです」

 イルルグ様のウルーナ嬢が嬉しそうに頷いた後、二人はこちらを睨みつけて去って行った。

 結局この婚約とはなんだったのだろうか。そんなことを思いながら、私はため息をつくのだった。

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