「あれほど感情を表に出したシグムントはなかなかお目にかかれないな」 「陛下、お戯れが過ぎますぞ。あのように煽らなくともシグムント殿下なら娘の為に動いてくれるでしょうに」 「必死な息子を見るのも楽しいものだ。ダンティエス、そなたはどうするつもりだ?」 親同士の話をしていたかと思えば突如話をふられて驚いたが、俺になど微塵も期待していないくせに、という気持ちが頭をもたげる。 子供じゃあるまいし、いつまでも反抗期を拗らせたような態度はするべきではないと思いつつ、素直な態度が出来ずにいた。 「私も精一杯頑張らせていただきますよ、兄上には負けたくありませんし」 「負けたくない、か。私はそなたにも幸せになってもらいたいと思っているのだ」 父上の言葉に私は目を丸くする。 私の幸せ?そんなものがどこにある――――常に二番だった私が自分という生き物を認め、好きになれる日がくるとは思えない。 それともクラウディア先生を手に入れたら分かるのだろうか。 聖なる乙女だったクラウディア先生。 彼女の力が発動するところを私も見てしまったのだった。 いつものようにクラウディア先生が庭園に行くかもしれないと思い、自然と足が向いた。 しかしいざ向かってみたら兄上が先に来ていて、庭園の木に磔にされたクラウディア先生が眩い光を放っているのを目撃してしまう。 あの光は兄上の光魔法とは全然違う、もっと清らかで神に近い光だった。 そして全てを包み込んでくれそうな……クラウディア先生の危機に駆けつけたかったのにまたしても兄上に先を越されてしまうとは。 保健室の時もそうだ、あそこにクラウディア先生がいるのは分かっていた。 本当ならあの時、彼女を見つけても良かったけれど、困らせる事は本意ではないし一旦引いたのに、近頃はことごとく兄上に敵わない。 それにさっきの兄上を見て、ああ、本気なんだなと分かった。 私にそんな兄上に勝てるのか?誰かに本気になった事もないのに―――― 「父上、私の幸せは私が決めますからご心配なく。では、失礼いたします」 今はまだ暗闇の中を手探りで歩いているような気がするが、いつか俺だけの光を手に入れる。 そう決意し、父である国王陛下に背を向け、執務室を後にしたのだった。 ~・~・~・~・~ 何となく何もする気になれないし、時間を持て余して
――――ドロテア王国王宮―――― 公爵邸でディアと別れた私は、翌日、学園も休みの日なので父である国王陛下へ報告をする為に王宮を歩いていた。 コツコツと廊下に足音だけが響き渡る……父上に会うのは久しぶりだな。 この時間なら執務室にいるに違いない。 きっとディアのお父上であるロヴェーヌ公爵も一緒に待っているのだろう……昨日の出来事についてすぐに報告しなければならない。 庭園でカールに拘束されている彼女を窓から見た時は、全身の血の毛が引くような気持ちがした。 瞬間移動すると、触手に絡め取られていたディアは自身から発する力でなんとかカールの触手を解除し、事なきを得た。 その時に彼女から聖なる力が発動し、聖魔法を使ってカールにかけられていた魔法を解呪したのだ。 聖魔法を使える人間はそうそう生まれるものではない……父上の代より前にさかのぼっても一人いたかいないかくらいで、眉唾物の伝承だと思われていた。 実際に私も生きている間に出会えると思ってはいなかったのに、まさか彼女が…………想いを寄せる相手がそうだとは。 聖魔法を使える人間はこの世界の創りを変える事が出来るとも言われている。 魔物に怯える事のない世界――――我々が目指す世界に絶対に必要な力。 それにこの力が公になれば、教会も間違いなく欲しがるだろう。 父上は全力で彼女を渡すまいとするだろうな。 私は正直陰鬱な気持ちだった。 ディアがそこまで重要な人物である事が分かり、この世界の醜い争いに巻き込まれてしまう未来がすぐに予想されるし、身の危険も増す。 何より、重要な人物だから傍にいると思われてしまうかもしれないと思うと、嫌でも気持ちは落ち込んでいく。 誤解、されてしまうだろうな……それでも大切だから傍にいたい。 今日はその話を父上としなければ。 色々考えていると荘厳な扉の前に着き、扉を守っている護衛に目配せをする。 ――――コンコン―――― 「シグムントです」 私がノックとともに名前を言うと「入りなさい」と中から声が聞こえてきたので、護衛達が扉を開く。 中には案の定ロヴェーヌ公爵も父上のそばに控えていて、二人とも私が来るのを待っていたようだった。 私が中へ入るとゆっくりと扉が閉じられたので、二人の前へと進み出た。 「父上、お久しぶりです。
「魔力が回復してきたみたいだから、少し練習をしてみようかな」 「そうだな。今は私もいるし何かあれば必ず助けるよ」 ジークが力強くそう言ってくれたので、不思議と怖い気持ちがなくなり、前向きな気持ちでこの新たな魔法と向き合おうと思えた。 意を決して学園で使った聖魔法を試してみる。 あの時は確か必死でカールを操っている魔法を解除するように祈っていたのよね。 今回は――――ジークがお疲れのように見えるから何か回復魔法を使ってみようかな。そんな気持ちを込めて祈りを捧げるように両手を組んで目を閉じた。 すると庭園の時のように胸の奥が熱くなってきて、私の体が光り輝き始める。 その状態を確かめる為に目を開いてみると、発光しているかのように私自身が白い光に包まれていた。 そしてあの時も感じた、妙に懐かしい気持ち。 この光に包まれていると、何だか家族に見守られているかのように感じてとても落ち着く。 ジークの方を見るととても驚きながら目を見開き、私を凝視していた。 でもその瞳に恐怖は感じられなかったので、内心ホッとしている自分がいる。 新たな自分を受け入れるのにまだ戸惑っているのに、ジークにまで怖がられたら今の自分を受け入れる事が出来なくなりそうで、その事の方が怖かったのだ。 彼が拒絶しないでくれている事が嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。 「ふふっ、そんなに驚かなくても私は私よ」 全身発光している状態で言う言葉ではない気がしたけれど、驚き固まっているジークにこの状態で会話してみた。 「すまない……なんだか、女神様みたいで…………」 「……………………」 凄く恥ずかしい事を言われた気がする……顔に熱が集まってくるのが分かる。 そんな風に見えていたの? とにかくこのまま聖なる力を宿した状態でいても仕方ないので、何か魔法を使ってみよう。 そう考えた瞬間、私の目の前にラクーがぴょこんっと現れる。 「クゥゥ――」 「ラクー!」 そしてあの時のようにまたラクーと私は共鳴し合い、1つになるような感覚を覚えたかと思うと、胸の奥から1つの魔法が浮かび上がってきた。 「[治癒魔法]キュアプレアー」 その言葉を発した途端に光は1つに集まり、ジークの中に溶け込んでいった。 そして彼が一瞬だけ光った後、回復したジークのお肌はツヤツヤになっていた
殿下と仲直り出来て胸のつかえが一気に取れた感じがした私は、転生してようやくクラウディア先生と気持ちが1つになれたように感じた。 今までは肉体は彼女のものでもどこか他人事のように感じていたところもあったのだけど、今回クラウディア先生の色んな感情を受け入れた事で気持ちが1つに溶け合えたように感じたのだ。 これで良かったのよね、きっと。 ホッとしたところで、今日の出来事について殿下に聞いてみる事にした。 「殿下…………あの、今日の事ですけど」 私がそこまで口にしたところで、言葉を制止するように殿下の手がそっと私の唇に触れる。 「出来れば昔のように呼んでほしい……ジーク、と。それに話し方も普通でいい、ここには私と君しかいないのだから」 「ええ、分かったわ……えと、ジーク?」 私が殿下に向かってそう呼びかけると、片手で顔を覆った殿下は俯いてしまった。 どうしよう、これで良かったのかな……でもよく見てみると耳まで真っ赤だったので、間違ってはいないらしいと少しホッとしたのだった。 「すまない。続けてくれ、ディア」 そう言って照れくさそうに少し顔をこちらに向けたかと思うと、指の隙間から覗く瞳がひどく熱を帯びていて、ドキッとしてしまう。 私の髪をひとすくいして、髪で遊ぶかのようにいじりながら私の言葉を待っているジークの様子に、何故か心臓がうるさくなっていく。 突然距離が近くありませんか?こういう時はどうしたらいいんだろう――――私は誤魔化すように話を続けたのだった。 「あ、あの今日の事だけど、どうしてジークがあの場に来たのかなって」 「あれは、偶然理事長室の窓から君達が見えて……何だかカールの様子がおかしいし、君に対して魔法を使っているように見えたから急いで庭園に向かったんだ」 このドロテア国では、回復魔法系や補助系以外の魔法を人に向けて使う事を禁じられている。 授業など特殊な状況の場合は許可が必要で、そのため風魔法の実習授業の時に理事長であるジークが見に来ていたのだ。 カールが私に向けて魔法を使っているというのは禁忌を犯しているという事になるので、彼は急いであの場へ来てくれたのだろう。 「理事長室って庭園が見えるのね。ジークが来てくれて助かったわ、ありがとう」 「いや……私も色んな意味であの場に行けて良かった」 「え?」 「君
深い深い闇の中に一人でポツンと立っている。 私はあの後意識が遠のいていったから、ここは夢の中?でも真っ暗で何も見えない。 『クラウディア――――』 私を呼ぶ声が聞こえる。あなたは誰? 『…………ち――で――――――』 よく聞こえないわ。 あなたは一体………… 『…………ィア……』 聞こえそうで聞こえない。もどかしくて手を伸ばすけど、相変わらず何もつかむ事は出来なかった。 「クラウディア!!」 次の瞬間、私を呼ぶ大きな声でハッと目が見開く。 そして目の前にはシグムント王太子殿下の顔があった。 ベッドサイドにある椅子に腰をかけながら、心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいる。 「殿、下?どうして…………」 今が何時でどういう状況なのかが全く分からず、思考が上手く働かない。私は酷く混乱していて、ベッドに横たわったまま周りを見渡した。 どうやらここは、公爵邸の自室らしい事はすぐに理解する。 あんな事があったばかりなので、学園ではなく自室にいる事に少しホッとして、気持ちが一気に落ち着いてきたのだった。 「ここは私の部屋ですね。殿下が運んでくれたのですか?」 「ああ。君はぐったりと意識がない状態だったし、魔力が枯渇していたので普通の回復魔法では治癒する事は出来なかった……住み慣れた邸に連れて来た方がいいと思ってね。あれから4時間ほど眠っていたよ」 「そうだったのですね…………色々とありがとうございます」 実際に殿下の推察通り、邸に連れて帰ってくれてとても安心する事が出来たので、心から感謝の気持ちを伝えた。 魔力が回復してきたのか体を起こす事が出来る。 今も心配そうな表情を崩さない殿下の顔を見ると、何だかクラウディア先生の昔の記憶がよみがえってきて、つい笑ってしまう。 「ふふっ」 「どうした?」 「いえ、目覚めた時の殿下の表情が、懐かしいなと思いまして。よく2人で鬼ごっこをして、私が転ぶと心配そうに覗き込んでいたので」 今は微妙な関係の2人だけど、確か幼い頃は仲が良かったはず……ダンティエス校長とはあまり遊んだ記憶はないけれど、小さな理事長と遊んでいたのは記憶に残っている。 さっきの心配そうな顔も幼い頃に見た事があるのを覚えていて、つい職場での呼び方である理事長ではなく殿下と言ってしまった。 懐かしい――――多
風魔法の実習授業があった後の数日間は、穏やかな日々が過ぎていった。 理事長とは時々すれ違う程度で、挨拶は交わすし嫌な感じはしない――――でもちょっぴり気まずい感じもなきにしもあらずなので、お互い言葉は少なめでちょっと寂しい感じもする。 もう少しゆっくりお話してみたいな……なんて思うのはきっと、仲良くなれるはずがないと思っていた人物と仲良くなれそうだから、だよね? 自分にそう言い聞かせてみたものの……いまいち自分の気持ちがよく分からなくてモヤモヤする。 でもそういう時は考えたところで答えが出ないだろうから、体を動かすのが一番よね。 転生前はバレーボール部だったので、何か思い悩む事があれば悩む時間がもったいないので体を動かす、という生活だった。 もうそういう気質がしみついているのね。 というわけで、今日も放課後にせっせとカールが綺麗に整えている庭園へと向かうのだった。 きっとあそこなら手伝える事もあるだろうし、無心で植物たちと向かい合えるから、深く考える必要もないもの。 すぐに庭園に着くと、今日もいつものように植物たちに水やりをしているカールの姿が見える。 嬉しくなってカールに近づき、挨拶をした。 「カール、こんにちは!相変わらず精が出るわね。今日は私もお手伝いしたいのだけど、いい?」 「…………………………」 「……カール?」 私が声をかけても全くこちらに振り向きもせず、延々と水やりをしているので、ちょっとカールの様子がおかしいかなと思って、もう一度名前を呼びかけた。 すると水やり用のホースを落とし、苦しそうなうめき声を上げ始める。 「……っ…………うっ」 「カール、どうしたの?何かあった?!」 私がまくし立てるように呼び掛けると「に、げ、……てっ」と呟いて倒れ込んでしまったのだ。 顔が真っ赤だわ…………風邪?回復魔法をかければいいのかな…… 「ダメ、こんな状態で放っておけない。今、理事長か校長を連れてくるから……」 「……理事長?」 何故か私が理事長と言ったらその言葉に反応し、カールは上体をゆらりと起こし始め、ゆっくりと立ち上がる。 カールが自力で起き上がったのは良い事なのに、その姿に何故か胸騒ぎがして、嫌な予感が止まらない。 立ち上がったままピクリともしないので、ちょっと怖かったけど名前を呼び