Share

第29話 竜一さんの部屋

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-09-07 05:00:00

(速水 視点)

――困った。

困ったことになった。

僕は自分の意志とは関係なく、竜一の仕事部屋で数日を過ごすことになりそうだった。護衛役の伍代もついてきたが、玄関先で追い返されてしまった。……とはいえ、あの伍代のことだ。きっと扉に寄りかかり、清二の指示がない限りは動かないだろう。

「速水。すまなかったな、勝手なことをして。おまえにとってマイナスになるのは分かっていたのに、我慢できなかった。……叔父は、おまえに優しくしてくれているか?」

「大丈夫。優しく接してくれているよ」

「そうだろうな。叔父はおやじと違って、昔から俺たち兄弟にも優しかった」

「うん。今でも清二さんは、竜一さんや竜二さんのことを息子のように思ってるよ?」

竜一は僕に声を掛けながらも、一瞬たりともパソコンの画面から目を離さなかった。難しいことは分からないが、彼の仕事は組のしのぎの一部をネットを介して“奇麗なお金”に換えることらしい。その資金は上部組織に流れていくよう仕組まれているとか。さらに清二の許可を得て、しのぎの一部を投資に回し、莫大な利益を上げているらしい。

――竜一、天才か!!

「……だからと言って、叔父は俺の父親じゃない。速水と俺の幼馴染としての絆を断つ権利なんて、誰にもないはずだ!」

急に竜一が声を荒げ、僕の方を振り向いたので思わずびくりと震えた。すると竜一は慌てて近づいてきて、僕の手をそっと取ると、ゆっくり手の甲を撫でる。――昔からの竜一の癖だ。

「すまなかった、速水。急に大きな声を出して。仕事もひと段落ついた。後はAIが勝手に売り買いをしてもうけを出すから…&hel

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 君が抉った心の傷に、まだ宿る名はない〜性奴隷は泣かない〜    第32話 クスリ盛りました

    (伍代 視点)「たばこ吸いてぇ……」竜一のマンションの玄関扉に凭れながら、思わず愚痴をこぼす。組長がたばこを吸わないため、俺も持ち歩かないようにしていた。だが今は、ニコチンを一気に肺へ流し込みたい気分だった。その組長はというと、今日は神戸で組の会合に出席している。会合の後は、愛人と有馬温泉でしっぽり一泊してくる予定だと豪語していた。だからこそ、組長不在の今日を狙い、「速水を弟分にする計画」を実行した――はずだった。だが、竜一の突然の出現で計画はあっけなく頓挫してしまった。バンクシーに憧れる馬鹿な中坊を金で雇い、花屋『かさぶらんか』の看板に落書きをさせた。速水の写真を見せてやった甲斐もあり、中坊はノリノリで描き上げたらしい。なかなかの出来栄えだった。そのみだらな落書きを目にした速水は、俺の前でさえ涙を浮かべるほどに動揺していた。そんな速水を、俺が優しく元気づける――それが「速水を弟分にする計画」の始まりだった。だが事態は予想外の方向へ転がってしまった。いま速水は竜一の仕事部屋で一緒に過ごしている。盗聴器は仕掛けてあるが、このマンション自体が盗聴しにくい構造で、しかも竜一の部屋に至っては盗聴器をすべてダウンさせる仕様になっているらしい。……だから、速水がどんな状態にあるのか全く分からない。とんでもなく不安だ。そろそろ速水に飲ませた薬が効き始める時間のはずだ。もしあの薬が引き金になって、速水と竜一が関係を持ってしまったら――俺は確実に組長に殺される。うーん……部屋に突入して速水を回収するか?だが竜一が竜二と同じように拳銃を持っていたら厄介だ。とにかく突入するにしても、組長の許可は必要だよな。……ああ、でも電話なんかしたくない。

  • 君が抉った心の傷に、まだ宿る名はない〜性奴隷は泣かない〜   第31話 共に街を出よう

    (竜一 視点)速水がふっと笑みを見せる。その笑顔を目にして、俺はようやく安堵の息をついた。けれど、次の瞬間には真剣な面持ちで口を開いていた。「速水……おまえの不安定な精神状態は、この街にいる限り良くはならないと思う。この街は、おまえにとって嫌な思い出しかないだろ?……おやじの囲いから解放された時、この街を出ていくつもりだったんだよな?」「まーね」「どんな計画だったんだ?」速水は前傾姿勢のまま、わずかに体を動かしながら言葉を紡いだ。「僕が“奴隷”だって誰も知らない場所で、小さな店を開くんだ。どんな店でもいい。そうしたら、かわいい女の子がお客としてやって来る。僕たちは恋に落ちて、過去を知らないその子とはすぐに仲良くなれる。……セックスして、普通の家庭を築くんだ。子供は大切に育てるよ。きっと可愛いはずだから……」「もし今でも、その人生を望んでいるなら――俺もこの街を捨てて、おまえを全力で支える。おまえが愛する人と出会うその日まで、俺を“幼馴染”として傍にいさせてくれ。そして……おまえが幸せになれたら、俺はこの街に戻る」その言葉を聞いていた速水は、ふいにソファへと身を横たえた。「速水?」「無理だよ~。竜一さんは僕なんかより、ずっとこの街を出たがっているって自覚ある?その“幼馴染”がこの街に囲われて出られないのに、僕だけ出ていけると思ってるの?僕はそんな薄情者じゃない。……空気を求めて水槽の中で浮き沈みする更紗らんちゅうは、竜一さんそのものだよ。息苦しくてこの街から出たいのに

  • 君が抉った心の傷に、まだ宿る名はない〜性奴隷は泣かない〜   第30話 死を待つ更紗らんちゅう

    (竜一 視点)速水は潤んだ瞳で俺を見つめていた。やがて、そっと俺の胸を両手で押し、拘束から抜け出す。彼は視線を落としたまま、元いたソファへ沈み込むように腰を下ろした。手放した温もりが寂しくて、俺は思わず速水の肩に触れようとする。だが、その手はすぐに彼に跳ね除けられ、拒絶の色が突きつけられた。「同情は要らないと言ったはずだよ?僕はもう、竜一さんが思うほど弱くない。それより、竜一さんは僕に話があるんでしょう?だったら全部聞くから、向こう側のソファに座ったらどう?お互いに距離がある方が冷静に話せるからね。そうしよう、竜一さん」冷え切った声音に、胸の奥がかすかに揺らぐ。思わず受けた衝撃に、息が詰まりそうになった。――たった今まで、全てを告白し、互いの関係をゼロからやり直そうと決めていたのに。その思いは一瞬で萎えていく。俺の告白を聞いても、速水はまだ俺の"幼馴染"でいてくれるだろうか。それでも、彼と新しい関係を築きたい。そう願う気持ちに縋りつき、俺は速水の向かいのソファに腰を下ろし、口を開いた。「長い話になるが……いいか?」「いいよ、竜一さん」「俺は青山組の組長の息子に生まれ、その世界で育ちながら……あまりに平凡すぎる人間だった。おやじとは全く別の意味で、やくざには向いていない人間だったんだ」「竜一さんは、やくざとしては優しすぎるものね」「優しいというより、ただ弱いんだ。俺は、倫理観が欠如したあの屋敷で生まれ育った。なのに、なぜか俺の中には、普通の倫理観が根付いていた。でも、あの屋敷の中では、不条理なことが当たり前に横行していた。その最たるものが――"おやじ"と"速水"の存在だった」

  • 君が抉った心の傷に、まだ宿る名はない〜性奴隷は泣かない〜   第29話 竜一さんの部屋

    (速水 視点)――困った。困ったことになった。僕は自分の意志とは関係なく、竜一の仕事部屋で数日を過ごすことになりそうだった。護衛役の伍代もついてきたが、玄関先で追い返されてしまった。……とはいえ、あの伍代のことだ。きっと扉に寄りかかり、清二の指示がない限りは動かないだろう。「速水。すまなかったな、勝手なことをして。おまえにとってマイナスになるのは分かっていたのに、我慢できなかった。……叔父は、おまえに優しくしてくれているか?」「大丈夫。優しく接してくれているよ」「そうだろうな。叔父はおやじと違って、昔から俺たち兄弟にも優しかった」「うん。今でも清二さんは、竜一さんや竜二さんのことを息子のように思ってるよ?」竜一は僕に声を掛けながらも、一瞬たりともパソコンの画面から目を離さなかった。難しいことは分からないが、彼の仕事は組のしのぎの一部をネットを介して“奇麗なお金”に換えることらしい。その資金は上部組織に流れていくよう仕組まれているとか。さらに清二の許可を得て、しのぎの一部を投資に回し、莫大な利益を上げているらしい。――竜一、天才か!!「……だからと言って、叔父は俺の父親じゃない。速水と俺の幼馴染としての絆を断つ権利なんて、誰にもないはずだ!」急に竜一が声を荒げ、僕の方を振り向いたので思わずびくりと震えた。すると竜一は慌てて近づいてきて、僕の手をそっと取ると、ゆっくり手の甲を撫でる。――昔からの竜一の癖だ。「すまなかった、速水。急に大きな声を出して。仕事もひと段落ついた。後はAIが勝手に売り買いをしてもうけを出すから…&hel

  • 君が抉った心の傷に、まだ宿る名はない〜性奴隷は泣かない〜   第28話 看板の落書き

    (竜一 視点)……疲れた。こんな時は、速水の笑顔が恋しくなる。「竜一さん。もう少しで『かさぶらんか』の前を通過しますが……停車しますか?」「ああ……。いや、そのまま通過してくれていい。こんな早朝では、改装業者もまだ『かさぶらんか』には到着していないだろう。オーナの速水が立ち合うとしても、改装業者が来てからだろうからな」「承知しました」運転手は気を利かせ、いつも花屋『かさぶらんか』の前を車で通してくれる。だが、閉店改装中のその店で速水の姿を見かけることはほとんどない。再び店が開けば会える機会も増えるだろう。――けれど、叔父の忠告を無視して速水と頻繁に顔を合わせれば、幼馴染としての彼の立場を危うくしかねない。ーーそれでも、速水に会いたい。速水がひどい目に遭い、解離状態に陥ったと竜二から聞いた。思い出すたび胸が痛む。速水はいまだにおやじの囲いから解き放たれていない。もし叔父の清二が、俺や竜二から速水を遠ざけ、愛人として抱えるつもりなら――叔父自身の手で速水の心を救うべきだ。それができないのなら、今すぐにでも速水を解放してほしい。清一が速水を傷つけた。だからこそ、清一の長男である俺が救わねばならない。速水を守り、その病んだ心を癒やすことは、俺の義務であり、存在理由でもある。だが、清一によって身も心も弱らされ、病んでしまった速水に、何一つしてやれない今の状況は、ただの苦痛でしかない。――このままでは、俺自身が狂ってしまいそうだ。「竜一さん、店先に速水さんがいます!」「えっ?」&nbs

  • 君が抉った心の傷に、まだ宿る名はない〜性奴隷は泣かない〜   第27話 勃起しない!

    (速水 視点)リビングのソファーに身を沈めていると、清二と伍代がベランダから戻ってきた。険悪なムードではないが、何となく互いをけん制しあっている様にも思える。清二は、僕の隣に座ると見つめて話しかけてきた。「おまえの体の状態は、伍代から報告を受けて把握した。専属の医者を付けることにする。できれば、俺に相談して欲しかったが、おまえが"愛人"としてこの関係を続けていく事が分かって満足している」「"愛人"!」清二がそっと僕の肩を抱いて、耳元で小さくささやく。もしかすると、今回のセックスで確実に清二の"愛人"の座を確かなものにしたかもしれない。ーー頑張ったかいがあった……嬉しい。「おまえはとっくに俺の愛人なんだがな?自覚がない演技をしているのか、天然なのかがよくわからん。まあ、いい。で、その愛人に相談なんだが……次のセックスからは、背後から挿入した方がいいか?」「えッ、う……うん」清二の言葉に顔が熱くなったが、彼はそんな変化を気にすることなく言葉を続けた。「……背後からの座位も楽な体位に入るのなら、そうしたい。ーーあれは、なかなか良かった。正面に鏡を置けば、おまえの表情も見えるしな。ああ、潤滑液も必要だったか?男を抱くには結構準備がいるな。……まあ、それも楽しみだが」「せ、清二さん!」ーー清二が、めちゃくちゃ積極的だ。でも、問題があることを忘れている。「ねえ、清二さん?」「なんだ?」「その、僕に怒ってなくても…&h

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status