この屋敷は単なる貴族の別邸ではない。
そもそも、この部屋はおかしい。
部屋に窓が全くない上に、このベッドの置かれているのも普通ではありえない位置なのだ。
通常ベッドは部屋の奥か隅に置かれることが多い。
手前にソファや椅子、テーブルなどを配置し、奥にベッド、もしくは寝室に通じる扉、左右のどちらかにバスとトイレ等の洗面、更に追加で衣装部屋、というのが一般的な私室となる。
寝室と居室を兼ねている場合も同様。寝室に通じる扉の無い分部屋は広くなり、奥にベッド、ということになる。
稀に中央に置かれることもあるが、それは居室を兼ねない場合。
この部屋は結構な広さ。
書棚や書き物机、ソファセットなども置かれており、この部屋で昼間を過ごすことも想定されている。
ならば中央にベッドを置くのは不自然きわまりないのだ。
だがこのベッドは部屋の中央に置かれている。
そして、この足につけられた鎖は、書棚、風呂、トイレなど生活な必要な個所に丁度届くように長さが調整されていた。
それはつまり、部屋の主の鎖をつけたままの生活を想定しているということに他ならない。
「……監禁部屋、か。悪趣味な……」
ベッドの脚をよく見れば、通常のベッドとは違いここだけ金属でできていた。
……ふむ。鉄……いや、鋼か。鎖の端と一体化しているところを見ると、もともと監禁用の道具として特注されたもののようだ。
俺をここに繋いだのはエリオットとみて間違いは無い。
理由は分からないが、ご丁寧に魔封じまでしたところをみると、遊びというレベルではないだろう。
部屋の四隅に彫り込まれた精巧な文様。一見すると「飾り」としか見えぬあれは、古代の呪文だ。
振り返りもせずに告げる俺に、呆れたような声がかけられる。「……もう!アスカ様ったら、ご自分がどんな状況にあるか分かってないんですか?ボクが言うのもおかしいけど、もっと警戒心を持ってください」エリオットがぼやいているがそれに付き合ってやる義務はない。並べてある本の中に、違和感を感じた。「……見つけたぞ」にんまりと緩む頬。美しい本の中で一冊だけ少し掠れた背表紙。引き出してみると、案の定。本来表紙にあるべきタイトルや作者名の記載がない。「……何を見つけたのですか?」ひょい、と後ろから覗き込む気配。それに答えることなくワクワクする心のままに表紙を捲る。「君が今この部屋に居てこれを手に取っているということは、君か君をこの部屋に縛り付けたもののどちらかが私と同じ道を辿ったのだろう。これは私のプライベートな記録である。君たちが私と同じ後悔をすることのないよう、私の過ちをここに記す。君がこの部屋の主なら、言っておく。この部屋に未来などない。この部屋を残したのは、私の未練と自身への戒めのために他ならない。この部屋は新たな主を認めぬ。私と同じ過ちを犯すな。君がこの部屋の主でないのならば、どうかこれを君を閉じ込めた者に渡して欲しい。憐れな道化の最期の願いだ。私はこんな未来など望んでいなかった」ここまで読んで俺はようやくエリオットを振り返った。「おい、新たな道化。お前の先住者の日記のようだぞ?これをお前に渡せと言っている。だが、悪いが俺の読んだ後でいいか?こんな面白いものめったに手に入らないからな!あ、喉が渇いた。茶の種類はそれでいい。が、メーカーが違う。メディソン商会のものを持ってきてくれ。茶請けには………そうだな、マカロンがいい。本を汚さずに摘まめるしな」ぱちくりとエリオットが瞬きする。「えっと……一応ボク、あなたを攫って監禁したんですけど……」「ああ。お前、魔法が下手だという触れ込みだったが、使えんるじゃねえか。騙しやがったな?ゲームの俺が断罪されたっていうからおかしいと思っていたんだ。つまり、お前の方が俺よりも強かったということか。単純に力の差だったんだな。ゲームの俺が何故大人しく断罪されたのかが疑問だったんだ。納得だ。で、お前もそのままの力を踏襲していたのだな。それなのにわざわざ隠していたのは、こんなくだらん
この屋敷は単なる貴族の別邸ではない。そもそも、この部屋はおかしい。部屋に窓が全くない上に、このベッドの置かれているのも普通ではありえない位置なのだ。通常ベッドは部屋の奥か隅に置かれることが多い。手前にソファや椅子、テーブルなどを配置し、奥にベッド、もしくは寝室に通じる扉、左右のどちらかにバスとトイレ等の洗面、更に追加で衣装部屋、というのが一般的な私室となる。寝室と居室を兼ねている場合も同様。寝室に通じる扉の無い分部屋は広くなり、奥にベッド、ということになる。稀に中央に置かれることもあるが、それは居室を兼ねない場合。この部屋は結構な広さ。書棚や書き物机、ソファセットなども置かれており、この部屋で昼間を過ごすことも想定されている。ならば中央にベッドを置くのは不自然きわまりないのだ。だがこのベッドは部屋の中央に置かれている。そして、この足につけられた鎖は、書棚、風呂、トイレなど生活な必要な個所に丁度届くように長さが調整されていた。それはつまり、部屋の主の鎖をつけたままの生活を想定しているということに他ならない。「……監禁部屋、か。悪趣味な……」ベッドの脚をよく見れば、通常のベッドとは違いここだけ金属でできていた。……ふむ。鉄……いや、鋼か。鎖の端と一体化しているところを見ると、もともと監禁用の道具として特注されたもののようだ。俺をここに繋いだのはエリオットとみて間違いは無い。理由は分からないが、ご丁寧に魔封じまでしたところをみると、遊びというレベルではないだろう。部屋の四隅に彫り込まれた精巧な文様。一見すると「飾り」としか見えぬあれは、古代の呪文だ。
拗ねたのか一人でどんどん奥に入って行ってしまう。「おい、そっちにはもう何もいないぞ?行くのなら反対の……クソっ!エリオット、待て!」ザッ。木の陰に入った瞬間、空気が変わった。「?!」いつの間にかすぐそばに来ていたエリオットがニコッとほほ笑む。「なんだかんだお人よしですよね、アスカ様って。ボクなんて放っておけばよかったのに……」何だ?様子がおかしい。「おやすみなさい、アスカ様」その言葉を耳にした途端、身体が重くなり意識が遠のく。「……何を……した………」即座にアスナに呼びかける。気付け、アスナ!主人を助けに来い!必死で目を凝らした最後の視界に、ぱあっと地面が光ったのが見えた。魔法陣?!グラリと空間が歪む。クソ!転移か!一体どこに飛ばされるんだ?ここでブラックアウト。俺の意識は闇に沈んだのだった。アスナ……。ふ、と意識が戻る。いつもの癖で目を開ける前に周囲にサーチをかけた。うん。近くに生き物の気配はない。危険は無さそうだ。ゆっくりと目をあけあたりを見渡せば……部屋か。それも……貴族の別邸か?まるで王族の部屋のようだ。ふんだんに装飾の施されたベッド、フカフカの寝具。調度品もそこらの既製品などではなく全てオーダーメイドだと思われる。どこだ、ここは?そうだ、エリオット!エリオットがここに連れてきたのか?いったい何故?とりあえずベッドから下りてあたりを探索しようとして、不快なものに気付いた。「なんだこれは!」俺の脚に足環のようなものがついていた。そこから伸びたチェーンが俺の座るベットの脚に繋がれている。「ハッ!拘束のつもりか?つまらん!『破壊』」?何も起こらない。どうした?よく見るとご丁寧に足輪には魔封じの紋が刻まれている。どうやらこの足輪は俺の魔力を封じるのと同時に俺の動きを制限するという、二つの役割を果たしているようだ。用意周到なことだな。つまり、エリオットは明確な意志で罠をはり、俺を捕らえ、拘束しているということか。アスナの懸念は当たっていた。エリオットは黒。だがその理由がわからん。ゲームのようにレオンを攻略したいというのなら、もう俺はレオンの婚約者でもなんでもないのだ。レオンと婚約したければそれはエリオット次第。俺の関与するところではない。俺を攫っても意味がない。エリオットのいう
一歩入った途端、ピリッとした殺気を感じた。恐らく魔獣の縄張りに入ったのだろう。相手にもそれは伝わったようで、大きな魔力の塊が猛烈な勢いで近づいてくるのが分かる。「魔物ですか?」「ああ。縄張りを持つ魔物……恐らく魔獣だろう。マッドベアかヘルドッグ……。ヘルドッグなら群れで来るぞ。用心しろよ」「なんでうれしそうなんですかあ!どっちも中級ですよね?しかも、上級に近いヤツでしょ?!」「?向こうから来てくれるのなら手間が省けて大助かりだろう?」などと言っているうちに、来たようだ。足の速さからするとヘルドッグだな!「エリオット!下がれ!群れだ!」攻撃の余波を喰らわぬようエリオットの前に念のため見えないシールドを展開しておく。「この影で大人しくしていろ!」言い捨てて、俺一人だけ宙に身を躍らせた。と同時に茂みから一斉にヘルドッグが姿を見せる。彼らの視界に入ったのは……宙に居る俺ではなく正面にしゃがんで震えるエリオット。「ああああっ!!きましたあああっ!」いいぞ、エリオット!叫んでくれたおかげでちょうどいい囮になった。獲物がエリオットに気を取られているおかげで無駄なく攻撃できる。「フリーズ・ガトリング!」これはいわば氷の散弾銃のようなもの。正面から打つよりも上から打つ方が、満遍なく広範囲にダメージを与えられるのだ。地に落ちる数秒の間に、上から数発ヘルドッグの群れに打ち込んでやった。メテオなら一瞬でカタがつくのだが、それではエリオットの練習にならない。ほどよく間引きつつ瀕死状態にするにはこれくらいでちょうどいい。「キャイン!」スタン、と地面に落ちた時にはちょうどいい仕上がりに。生き残った何頭かが毛を真っ赤に染めて憎しみを込めて唸っている。今にも飛びかからんとするそれを威圧でおさえつつ、エリオットを呼んだ。「よし!エリオット、行け!」「ええええっ!めちゃくちゃ怒り狂ってますよね?牙を向いてますよね?!瀕死どころかまだまだ初級レベルには程遠い状態じゃないですか?無理ですよっ!」「死にそうになったらヒールしてやるから。安心して行け!」ドン、と押し出してやれば「う、嘘でしょおおおっつ!」と悲鳴を上げながらも、そのまま獲物の中に飛び込んでいった。やればできるじゃないか。「ファイアボール!ファイアボール!ファイアボール!ファイア
そう、騎士団が大物を狩るとはいえ「中級レベル」のものは残してある。学生といえど魔法上級者が共同でチームを組んで挑めば、倒せない獲物ではないからだ。中級を倒せば難易度が上がる分当然ながらポイントも一気に跳ね上がる。だが、討伐にかかる時間と、中級ポイントをチームの皆で平等に分け合わなければならないことを考えれば、初級をペアで倒した場合と比べそこまで美味しい獲物でもない。結果的に自分の手に入るポイントがそう変わらないことを考えれば、リスクの少ない方を取るのが当然。ということで、リスクを避け効率を重視するのならば「中級を避けペアだけで倒せる初級の獲物を狙うルートを選ぶ」というのが一般的な戦略となる。簡単な獲物を数討つ、ということだ。俺が提案したのは、その逆の選択。案の定、戦術を予め学んできたと思われるエリオットは困惑しているようだ。俺にこう言ってきた。「でも……中級を避けて初級を数多く倒す、というのがこの演習のセオリーですよね?」「あくまでも『一般的』なセオリーにすぎん。万人に向いたものをセオリーと言っているだけだ。俺を一般レベルで推し量るな。初級など手ぬるい。中級以上を狙うほうが早い。死ぬ一歩手前にした獲物をお前にやるから、お前はそれを倒せばいい。ちょうどいい訓練になるだろう?安心しろ。お前の上達に合わせて徐々に獲物のレベルを調整してやるから」ここで俺はニヤリと笑って見せる。「俺たちの敵はアスナだ。そのつもりでいろよ?」ポンと肩を叩いてやれば、大げさに驚くエリオット。「ええ?!チームは違っても、アスナ様がアスカ様の敵に回るとは思えません。あの人、アスカ様の行く先に獲物を誘導して並べておくくらいはしそうですよ?」目を細めてうんざりしたように言うエリオットに、俺はチチチと指を立てて見
あれから数日。アスナの懸念は考えすぎだったようで、エリオットの様子に特に変わった点は見受けられなかった。言うならば、時折暗い目をしていたが、今の彼の置かれている状況からすれば当然だろう。短期間で目まぐるしく変わった彼の立場を思えば、むしろ平気な顔をしている方がおかしいのだ。エリオットを残して当主とその妻子が断罪された侯爵家だが、父上が後ろ盾となると公表し実際にそう動いたことで大きな混乱は無かった。取引停止などが数件あったようだが、実家が大商家なだけありすぐにその穴は埋められた。当主としての領地経営については、エリオットの祖父の右腕とも呼ばれる人物が商会を辞し、改めて侯爵家の経理として侯爵家に雇われることで解決。彼は貴族を相手に様々な取引を纏めていたそうで、経営に関しての相談にも乗っていたのだそうだ。父上にして「なかなかのやり手だ」というので、手綱さえしっかり握っておけば彼に任せてしまっても問題はなかろう。ただ、執事だけはそのまま使うわけにもいかず、かといって侯爵家ともなればだれでもいいというわけではない。バードの親族のなかから「彼ならなんとか合格です」というものを取り立て、しばらく家で教育したのちに侯爵家にやることとした。彼が独り立ちするまではなんとかエリオットに「最低限の維持」だけ頑張ってもらっている。さて。そんなエリオットだが……「嘘だろう……。どうやってAクラスに入ったのだ?」なんと、エリオットの魔法は底辺レベルだった。ゲームの中では俺と争うほどの魔法が使えたはずだ。だからアスカも叶わなかった。彼が転生者である影響なのだろうか?元のゲームとはかなり違ってしまっているようだ。俺の方もアスナがいたり婚約破棄したりと既にかなりやらかしてしまっているので、本人の影響か俺に寄る改変の余波なのかは微妙なところ。内にある魔力は感じるから、これは彼自身の魔力の使い方、要するに出力の問題なのだろう。とりあえず俺が転生者であることはまだ秘密なので、特に追及はせずにおく。「魔力はあるはずだぞ?でなければAにはなれん。それなのになぜそんなにも弱い?」驚く俺にエリオットは恥ずかしそうに頭を掻いた。「座学がほぼ満点なんです、ボク。絶対記憶?みたいなのがあるので。魔力もあるはずなんです。だって、ゲームだとチートだったんですよ、ボク!でもボクが入