母親から受け継いだ異能でクライアントからの依頼をこなす高校生の勇人。 異能とは、魂の色が見える力だ。 母親から聞かされてきた、運命の人は魂が金色に見えるという夢のような話を胸に、いつか出逢えたらと願ってきた。 そして、ある依頼の場で、金色に輝く魂の持ち主と出逢う。 それは、一流企業の御曹司で住む世界の違う大人の男性、優和だった。 迷い戸惑い、ぶつかってみて、あろう事か優和は勇人に同居を持ちかける。 お互いに運命の人かどうかを確かめる為の同居、それは二人に何を芽生えさせるのか? 唯一無二の純愛を捧げる物語。
view more運命の人が本当にいるのなら、赤い糸よりも鮮明に見せてくれ。
この目に、まるで昇る朝日のように輝かしく──。 ……………………。 「──優和さん、この家ってCD聴けますか?」 「ああ、聴けるけど。なあ、勇人、今の高校生もCDで音楽を聴くのか?」 「父から借りて来たんです。『The The』っていうバンドのアルバムなんですけど、『マインド・ボム』ってアルバムが神曲揃いで、父が寝る前に聴いてるのに付き合ってたら僕まで好きになって」 The Theはマット・ジョンソンによるロックバンドだ。ジャンルはロックだけれど語りかけるように歌う。 彼は知る人ぞ知るアーティストで、イギリスで活動していたが、マインド・ボムの後はアメリカに拠点を移し、次作のネイキッドセルフを出すまでに七年以上かけた。それを手にした父親の喜びようは大層なものだったと、勇人は聞かされた記憶がある。 「タイトルだけ聞くとダンテの地獄篇みたいだな」 「ダンテ?あの三冊揃うと鈍器になる本ですか?」 鈍器になる本と言うと、ジャンルによって様々な書籍が挙げられる。勇人は少しいたずら心を出して混ぜ返した。 しかし勇人より大人の優和は、余裕をもって反撃する。 「三回も殴打するのか……勇人は案外殺意が激しいんだな。ベアトリーチェには到底なれそうにない」 「もう……そもそも僕は男ですから。ベアトリーチェは既婚女性じゃないですか」 「勇人の冗談に付き合っただけだろ?」 「分かってますよ、ありがとうございます」 他愛ないやり取りをしながら、カバンからCDを取り出す。モノクロが基調の少し古めかしいジャケットを、優和が興味深そうに見てくれている。 その二人の距離は、肩が触れそうで触れない、息が触れ合いそうな距離だ。 ──今でこそ、普通に会話出来るようになったけど……優和さんは、あの事を今どう思ってるんだろう。 勇人は、ケースから円盤を取り出して優和に手渡しながら、触れた指先の感触にぴくりと痺れるような反応をして──気づかれないように手を引っ込めた。 ──この関係は、優和さんが、あの日見たものが知らせた事を本当に信じられるまで、後退も前進もない関係のままなんだろうな。 居心地のいい距離感。緊張しない会話。二人きりで何も過ちの起きない──そんな関係。 勇人にとって、それが嬉しかったのは──いつまでだっただろうか? いつしか、心はもどかしさをぶつぶつと沸かせてくるようになった。 ──まだ、駄目だ。こんな気持ちを知られたら駄目だ。 「勇人、この一曲目の入り方悪くないな、お前の父親が夜に聴くのも分かる」 「……ですよね?静かなんですけど、力があって」 二人きりで聴いている音楽は、爆弾になる事もなく落ち着いた雰囲気を作り出して、そうして勇人は言葉を選んでは飲み込んだのだった。 ──あの夜、あの場所で出逢えてなかったら、今のこの時間もなかった。 今がある事に感謝しようと、勇人はゆったり流れる好きな音楽に「せめて、この音で自分を彼と共有したい」と願いを込めて身も心も沈め、出逢いの夜を思い返した──。* * * 翌朝、平日と同じ時間に目を覚ました勇人は、隣で眠る優和の寝顔を間近に見る事となり、彫刻みたいな美貌の威力と、それが近すぎる威力で飛び起きそうになった。 ──堪えろ、駄目だ、優和さんを起こさないように静かに抜け出すんだ。 どくどくと激しく脈打つ心臓を押さえながら、寝起きでも何とか理性をフル稼働させる。 物音を立てないように、刺激しないようにとベッドから出て立ち上がり、忍び足で振り返りながら寝室を出た。 ──任務達成。 はあ、と長く息をつく。よくこんなに出せる程の空気が肺にあったものだ。 ──ええと、洗顔、歯磨き、着替え、それから朝食作り! 美人は三日で飽きるとか嘘だと思い出しながら、手早く支度してキッチンへ向かった。 献立なら決めてあるし、難しい料理でもないので、手際よく用意出来た。 ──ご飯はタイマーにしておいたから美味しい状態で出せる。それにしても、高そうな炊飯器なのに新品みたいに傷がなかった……。 ともかく優和の起床を待っていると、いつの間に身支度を整えたのか、きっちりした姿で優和が現れた。「勇人、おはよう。早いんだな、日曜だろ?」「おはようございます。優和さんこそ、日曜なのにお仕事があるでしょう。──あの、朝ご飯、出来てますよ」 彼の反応が気になるし、緊張して言いにくかったものの、かろうじて普通に言えた。 テーブルに着いた優和に、ほんのりと湯気を立てる朝食を差し出す。「朝早く起きて、大変だったろ。──梅茶漬けと、何かの味噌汁か?」「とろろ昆布のお味噌汁です。朝はお味噌汁が良いんですよ、代謝も免疫力も上がりますし、脳の働きも良くなるのでお仕事も効率よく始められます。とろろ昆布なのは、優和さんがお酒を呑むので……昆布は体内の水の巡りを良くしますから、血流を良くするお味噌汁との相性も良いですし、それに、野菜の青臭さとかが苦手な人には特にお勧めです。旨みがあるので」「……その説明、女子力高すぎないか?」 優和が驚いているのか呆れているのか分からない面持ちになっている。確かに、一般的な男子高校生が披露する蘊蓄ではないかもしれない。 だけど、これにはれっきとした理由がある。「あの、これは父が母を亡くした後、しばらくお酒が増えていたからなんですよ?やっぱり息子としては心配になるじゃないですか?」「それで酒呑みの体に
* * * もしかしたら、一瞬だけ寝てしまったかもしれない。そんな空白の時間から、夕食の支度だと身を起こす。 幸い、時刻は支度にちょうどいい。 キッチンでエプロンを着け、手を洗って料理を始めた。 まず、細かく刻んだネギは水に晒して余計な辛味を取っておく。代わりに大根おろしは大根の下の方を使う。 あとは花かつおで旨みと風味を足した。わさびは好みに合わせて使ってもらえばいい。 蕎麦は乾麺なので茹で時間が長いが、茹で蕎麦よりも弾力があり喉越しも良い。茹で時間をきっちり守って、流水で洗う。 それらを丁寧に盛り付けて、テーブルに並べた。 ──さて、優和さんを呼びに行かないと。 あらかじめ教わっていた部屋に行き、そこで思わず立ちすくむ。 ──何だろう、ドアをノックするだけなのに、どきどきする。 優和が部屋で何をしているか、ドア越しでは何も分からない。もし仕事に集中していたら邪魔にならないか?これが躊躇わせる。 かと言って、もたもたしていたら用意した蕎麦が不味くなる。せっかく家で食べる食事なのだから、美味しく食べて欲しい。 思いきって軽く三回ノックすると、ドアの向こうから優和の声が返ってきた。「勇人か?」「はい。──優和さん、今大丈夫ですか?夕飯の支度が出来ましたけど……」「ああ、今行く。企画書には目を通したところだ」 どうやら仕事を邪魔せずに済んだようだ。勇人はほっと胸を撫でおろして優和を待った。「待たせたな。──それにしても、家で飯なんて一人暮らしを始めてから一度でもあったか、記憶にない」「でしたら、今日は記念日ですね」「記念日、な。まあ勇人と二人になる記念日としても残せるといいな」「う……残してみせますからね」 口ごもりながら反駁すると、優和がいたずらめいた笑みで応えた。「楽しみだ」 ──どこまで本気なのか分からないんだよなあ。 それも、いつかは読めるようになるのだろうか? そこまで親しくなる未来──まだ思い描けないが、未来はいつだって未知数だ。 冷やし蕎麦を並べたテーブルに二人で着いて、勇人が簡単に説明した。「薬味には、ネギと大根おろしと花かつおを用意しました。つゆが市販品なので、優和さんの口に合うか分かりませんが……」「いや、市販品でも気にはしない。美味くなるようにリニューアルが繰り返されてるしな。薬味はどこ
「──あの、簡単なものなら作れるので、朝食だけでも僕に用意させてもらえますか?」 「朝はコーヒー以外口にしないが……」 「それじゃ健康に良くないです。一日の始まりには体に優しい食事が必要です。せめて、これくらいはさせて下さい」 「……勇人がそう言うなら、断る程の理由もないから構わないが。ただし、疲れてる時は絶対に無理するなよ?」 「分かってます」 頷いてもらえて、少しほっとする。 ──晩酌するなら、朝は体をリセット出来るもので始めないと。 勇人は気を取り直して、父親と暮らしていた頃の経験から献立を考え始めた。 簡単に作れて、口にしてもらいたい物なら、いくつか思い当たる。 ──これで優和さんが喜ぶかは分からないけど。 心は知らないが、肝臓になら喜ばれるはずだ。 「そうしたら、必要な物の買い出しですね。あ、今夜の夕飯は僕に作らせて下さい。作りたい物があるので」 「いやに意欲的だな。──近くにショッピングモールがある。そこで間に合うか?」 ──モールで良かった、庶民に甘くないタイプのデパートじゃない。 「はい、大抵は揃います」 「なら、俺が車を出す」 「ありがたいです」 その買い出しも、契約書の通りなら優和が財布を出す事になるのが気にかかるものの、いつまでもくよくよしていては、当の優和が不快になってしまう事なら予想出来る。 ──ここは割り切ろう。 勇人はそう考える事にした。 そして買い出しに出る前に冷蔵庫を確認すると、見事に並べられたビールと簡単なツマミしかなかった。 ──食事を一緒にしたのは二回だけだけど、もの慣れた雰囲気だったし……多分食事は外食がほとんどなんだろうな。いや、それでもこれはあんまり。 「……何で所狭しと瓶ビールが並んでるんですか……」 「ビールは缶より瓶の方が美味いだろ」 「美味しさの問題じゃありません、冷蔵庫の中身の問題です」 「言っておくが、食事では好き嫌いなんてしてないからな?野菜も全く美味く感じないが、出されれば残さない」 「その分自宅で不摂生ならマイナスです」 「風呂上がりの冷えたビールは譲らないぞ」 「……晩酌の他にも呑んでるって事ですね?」 「ビールは酒じゃない、炭酸麦茶だ」 「酒呑みの言い分は聞いてたらキリがありません
しかし、その考えは優和も予想していたらしい。「安心しろ、俺は少年趣味なんてないし、第一、未成年に手を出す程飢えてない」「そう、ですか……」 ──そこは安心、したけど……つまりは恋愛対象として全く見られてないって事でもあるわけで……。 勇人自身も今はまだ優和に対して明確な感情は芽生えていないが、歯芽にもかけられていないのは、何となく遣る瀬なくなる。 しかし、それを置いても二人で一つのベッドで眠るのは、急速に距離を縮めすぎにも思う。「──あの、緊張して寝つけなくなるかとも思うんですけど……」「慣れろ。美人は三日で飽きるとも言うだろ。見慣れれば大した事はない」 優和はさらっと言うが、そんなに簡単な話ではない。「同じ寝室はともかく、せめて僕には別に布団を敷いて……」「寝室が手狭になるから断る」「や、この部屋十分広いじゃないですか……」「俺はこの広さが当たり前になってるから、布団なんて敷いたらむさ苦しくてかなわん」 ──駄目だ。説得しようにも優和さんが頑固すぎる。僕には慣れろって言うくせに、こっちの意見に対しては譲る気配が皆無だ。 もはや諦めるしかないのか。肩を落とす勇人に、優和が話題を変えてきた。「──それで?相変わらず俺の事が金色に見えてるのか?」 魂の色を言っているのだろう。「はい、うるさいくらい金色です。遮光カーテンで簀巻きにしても透けて見えそうです」「簀巻きってお前……」 どうやら、意図せずして意趣返しになったらしい。 だが、そこで溜飲を下げた勇人に、優和は黙ってやられてはいなかった。「まあいい。お前、金色がうるさくても寝ろよ?これから毎晩同じベッドで寝るんだからな」「う……」 ──さすがはドSスパダリ、僕より遥かにうわてだ。 ドSが復活した。「一応聞くが、寝つけば魂の色も見えなくなるよな?」「それは意識がない状態なので、視力も働きませんし……」「ならいい。──お前が眠った頃に俺も寝る」 突然の譲歩だ。ありがたい話かもしれないが、それはそれで心配になる。「そしたら、優和さんが寝不足になりませんか?」「どうせ晩酌してから寝るのがルーティンだ。それに俺の睡眠時間は基本的に短いんだよ」 ショートスリーパーというものだろうか?「健康寿命が短くなりませんか?」「まだ二十代半ばに向かって言うことじゃないぞ」
* * * 引っ越しの準備は進んで、勇人が優和の家に行く日が来た。 この日は幸い優和の仕事が休みで、荷物は引っ越し業者が運ぶが勇人の事は優和が車で連れて行ってくれるという。 それにしても、勇人には一流企業の御曹司が住まう家というのが想像もつかない。 ──ご両親と同居してるとしたら、まず挨拶して、それから……。 慌ただしい中だが、心も忙しない。 ──家を出る日は、もっとずっと先の話だと思ってた。いつか異能者として一人前になって、大人になって誰かと出逢って結婚して……そんな未来の話で。 そう考えているうちにも、引っ越し業者がてきぱきと荷物をトラックに積んでゆく。 優和が迎えに訪れたのは、それが一段落ついたところだった。「優和さん、おはようございます」「おはよう、本当はもっと早めに来たかったんだが、朝イチで目を通さないといけない書類を渡された。待たせたろ」「いえ、心の準備をする時間が持てました」「……かなり緊張してるな」「それは、よそのお宅で暮らす事になりますし……僕は優和さんの家族構成も知らないですから」「なるほど。そう言えば話してなかったな。──家族構成については、俺の家族と無理に親しくなろうとしなくていい。マンションで一人暮らししてる身だしな」 ──え?て事は優和さんと二人きりで生活する? 余計に緊張してきた。 その勇人の狼狽を見て取った優和が、からかいがちに笑う。「良かったな、邪魔者なしで二人の絆を深められるぞ?運命かどうかも、その分早くに分かるだろ」「え、その……絆って……」「おい、初対面の時と態度が違いすぎるぞ。あんなに必死に縋りついてきたくせに」「それは、必死でしたけど!今と状況が違うと言うか、あの」 ──この人実はドSスパダリとかなんじゃ……。 思わず疑惑を抱いてしまう。優和は余裕の笑みだ。「──さて、ひとしきり遊んだ事だし行くか。お前の父親にも挨拶しておきたかったが、仕事で出てるんだろ?」「あ、はい。よろしくお伝えして欲しいと言ってました」「分かった。──ほら、乗れよ」「はい」 言われた通り助手席に座り、シートベルトを着ける。優和はそれを確認してから走り出した。 下手なフレグランスで車内を誤魔化さないし、加速は緩やかで、スピードもそんなに出さない運転は乗っていて勇人の心に落ち着きをもたらす。
* * * 寿司屋の個室と言えば、和室に座布団に正座だとばかり思っていたが、予想に反してテーブルと椅子のある洋室だった。 窓からは手入れされた庭木が美しく見える。 店にメニュー表はなく、どうやら当日の仕入れに合わせて職人が握るらしい。 ──この人、外食では毎回昨日や今日みたいなお店で食べてるのかな。エンゲル係数が庶民の僕には見当もつかない。「──おい、苦手な魚はあるか?」 控えめに個室の様子を見ていると、不意に訊かれた。「いえ、魚は何でも好きです」 ──こういうお店で出される魚は、回転寿司で注文する魚とは全然違うんだろうけど。多分美味しいだろうし……問題は緊張で味が分からないかもしれない事だよ。「好き嫌いがないのは良い事だ。──そんなガチガチに固まるな、美味いものは美味いって楽しまないと、店も出し甲斐がないしお前も面白くないだろ。デートなんだから楽しめ」「……デート……って……」「運命の二人が個室で食事するのを、デートだと思ってなかったか?」「いえ、あの、……素敵なお店で嬉しいです。その、デート……とか初めてですし」 思わず顔を赤らめながら言うと、優和が直球を投げてきた。「ん?もしかしてお前、初恋もまだなのか?」「……はい……」 こんな異能を持って生まれれば、魂の色を見て躊躇する。しかも親からは金色の魂について聞かされていたのだ。勇人なりに思うことも憧れもあったのだから、気楽に誰かを好きにもなれない。 優和もそれを察したらしい。「……まあ、せっかくの思春期に、仕事のせいでろくな魂も見られてなかっただろうしな。学校でも魂の色がちらついてたろ」「そうなんです、仕事は母から引き継いだものなので、やっぱり大切なんですけど」 ──不思議だ。踏み込んだ事言われてるのに、答えにくいと思わない。優和さんに対してネガティブな感情も湧いてこないし。 それはきっと、優和が遠慮なしに言っていても、心には思いやりがあるからだと感じる。 ──優和さんが大人で視野が広いから?いや、大人でも視野が狭くて身勝手な人は嫌って程見てきた。 考えていると、綺麗な寿司が運ばれてきた。まるで海の宝石みたいに艶々していて、どれも美味しそうだ。「すごい、こんな綺麗なお寿司初めて見ました」 思わず感嘆すると、優和の表情が満足そうにやわらいだ。「よし、そういう素
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