君の魂は金色に輝く

君の魂は金色に輝く

last updateLast Updated : 2025-07-21
By:  城間ようこUpdated just now
Language: Japanese
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母親から受け継いだ異能でクライアントからの依頼をこなす高校生の勇人。 異能とは、魂の色が見える力だ。 母親から聞かされてきた、運命の人は魂が金色に見えるという夢のような話を胸に、いつか出逢えたらと願ってきた。 そして、ある依頼の場で、金色に輝く魂の持ち主と出逢う。 それは、一流企業の御曹司で住む世界の違う大人の男性、優和だった。 迷い戸惑い、ぶつかってみて、あろう事か優和は勇人に同居を持ちかける。 お互いに運命の人かどうかを確かめる為の同居、それは二人に何を芽生えさせるのか? 唯一無二の純愛を捧げる物語。

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Chapter 1

MIND BOMB

 運命の人が本当にいるのなら、赤い糸よりも鮮明に見せてくれ。

 この目に、まるで昇る朝日のように輝かしく──。

 ……………………。

「──優和さん、この家ってCD聴けますか?」

「ああ、聴けるけど。なあ、勇人、今の高校生もCDで音楽を聴くのか?」

「父から借りて来たんです。『The The』っていうバンドのアルバムなんですけど、『マインド・ボム』ってアルバムが神曲揃いで、父が寝る前に聴いてるのに付き合ってたら僕まで好きになって」

 The Theはマット・ジョンソンによるロックバンドだ。ジャンルはロックだけれど語りかけるように歌う。

 彼は知る人ぞ知るアーティストで、イギリスで活動していたが、マインド・ボムの後はアメリカに拠点を移し、次作のネイキッドセルフを出すまでに七年以上かけた。それを手にした父親の喜びようは大層なものだったと、勇人は聞かされた記憶がある。

「タイトルだけ聞くとダンテの地獄篇みたいだな」

「ダンテ?あの三冊揃うと鈍器になる本ですか?」

 鈍器になる本と言うと、ジャンルによって様々な書籍が挙げられる。勇人は少しいたずら心を出して混ぜ返した。

 しかし勇人より大人の優和は、余裕をもって反撃する。

「三回も殴打するのか……勇人は案外殺意が激しいんだな。ベアトリーチェには到底なれそうにない」

「もう……そもそも僕は男ですから。ベアトリーチェは既婚女性じゃないですか」

「勇人の冗談に付き合っただけだろ?」

「分かってますよ、ありがとうございます」

 他愛ないやり取りをしながら、カバンからCDを取り出す。モノクロが基調の少し古めかしいジャケットを、優和が興味深そうに見てくれている。

 その二人の距離は、肩が触れそうで触れない、息が触れ合いそうな距離だ。

 ──今でこそ、普通に会話出来るようになったけど……優和さんは、あの事を今どう思ってるんだろう。

 勇人は、ケースから円盤を取り出して優和に手渡しながら、触れた指先の感触にぴくりと痺れるような反応をして──気づかれないように手を引っ込めた。

 ──この関係は、優和さんが、あの日見たものが知らせた事を本当に信じられるまで、後退も前進もない関係のままなんだろうな。

 居心地のいい距離感。緊張しない会話。二人きりで何も過ちの起きない──そんな関係。

 勇人にとって、それが嬉しかったのは──いつまでだっただろうか?

 いつしか、心はもどかしさをぶつぶつと沸かせてくるようになった。

 ──まだ、駄目だ。こんな気持ちを知られたら駄目だ。

「勇人、この一曲目の入り方悪くないな、お前の父親が夜に聴くのも分かる」

「……ですよね?静かなんですけど、力があって」

 二人きりで聴いている音楽は、爆弾になる事もなく落ち着いた雰囲気を作り出して、そうして勇人は言葉を選んでは飲み込んだのだった。

 ──あの夜、あの場所で出逢えてなかったら、今のこの時間もなかった。

 今がある事に感謝しようと、勇人はゆったり流れる好きな音楽に「せめて、この音で自分を彼と共有したい」と願いを込めて身も心も沈め、出逢いの夜を思い返した──。

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 運命の人が本当にいるのなら、赤い糸よりも鮮明に見せてくれ。 この目に、まるで昇る朝日のように輝かしく──。 ……………………。「──優和さん、この家ってCD聴けますか?」「ああ、聴けるけど。なあ、勇人、今の高校生もCDで音楽を聴くのか?」「父から借りて来たんです。『The The』っていうバンドのアルバムなんですけど、『マインド・ボム』ってアルバムが神曲揃いで、父が寝る前に聴いてるのに付き合ってたら僕まで好きになって」 The Theはマット・ジョンソンによるロックバンドだ。ジャンルはロックだけれど語りかけるように歌う。 彼は知る人ぞ知るアーティストで、イギリスで活動していたが、マインド・ボムの後はアメリカに拠点を移し、次作のネイキッドセルフを出すまでに七年以上かけた。それを手にした父親の喜びようは大層なものだったと、勇人は聞かされた記憶がある。「タイトルだけ聞くとダンテの地獄篇みたいだな」「ダンテ?あの三冊揃うと鈍器になる本ですか?」 鈍器になる本と言うと、ジャンルによって様々な書籍が挙げられる。勇人は少しいたずら心を出して混ぜ返した。 しかし勇人より大人の優和は、余裕をもって反撃する。「三回も殴打するのか……勇人は案外殺意が激しいんだな。ベアトリーチェには到底なれそうにない」「もう……そもそも僕は男ですから。ベアトリーチェは既婚女性じゃないですか」「勇人の冗談に付き合っただけだろ?」「分かってますよ、ありがとうございます」 他愛ないやり取りをしながら、カバンからCDを取り出す。モノクロが基調の少し古めかしいジャケットを、優和が興味深そうに見てくれている。 その二人の距離は、肩が触れそうで触れない、息が触れ合いそうな距離だ。 ──今でこそ、普通に会話出来るようになったけど……優和さんは、あの事を今どう思ってるんだろう。 勇人は、ケース
last updateLast Updated : 2025-07-18
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異能の持ち主として生きて
 * * * 心の中で、溜め息をつくのは何度目か。 ──こういう場所には慣れないな……皆、お互いを伺いあって腹を探ってるのが見え見えだし。 変に気負う事のない、シンプルなスーツ姿でパーティー会場の片隅に佇み、周りを観察している少年の名は、無形勇人──まだ十七歳の高校生だ。 顔立ちこそ端正ですっきりしているものの、その程度ならばとりわけ目立つものではない。至って普通の少年といえる。 しかし、彼には生まれ持った「異能」があり、社会の影で嘱望され、ここ数年で「仕事」を請け負うようになった。 その異能とは、人や生き物の「魂の色」が見える能力だ。 思考や感情によって変化する魂の色を、異能により見抜く事が出来る。仕事をするようになって、悪意ある人や、悪事を働こうともくろむ人を見逃した事はない。 ──こんな、どんよりした雨雲みたいな魂ばっかり見てると、うんざりする。ここまでは表向き平穏なパーティーになってるけど、念のため注視して……目立たないように、おとなしくしていよう。 異能は母親から受け継いで、物心つく頃には発現していた。はじめの頃は自分の目がおかしいんだと怖かった。 それを前向きに変えてくれたのは、他でもない母親だった。 ──「勇人、見えるだけの魂の色に怯えないで。何色が見えても恐れないで。勇気のある子になって欲しくて、お父さんと話して勇人って名づけたんだから」──母親は、当たり前の普通とは違って生まれた勇人に、繰り返し言い聞かせていた。 ──それはきっと、母さんも異能で色々悩んだりしたからだ。 同じ力を持つ勇人には、そう理解出来る。 ──だけど、母さんは愚痴も弱音も口にしなかった。いつだって異能を社会で役立てようと頑張ってた。 勇人の母親は優れた異能を使い、世界中で任務にあたった。政界や経済界での活躍に留まらず、犯罪者や反社組織を相手にしても、臆する事なく堂々としていた。 肝のすわった、豪傑な女性である。それでいて、勇人や夫には惜しみなく温かい愛情をそそいでくれたのだから、そんな母親を勇人が尊敬しない理由などない。 ──今夜は、会場に物騒な魂の色をした輩が侵入してきたら、すぐ警備員に報告するよう依頼されてるけど。暴れて無差別殺傷を起こすとか、そこまで犯罪思考が強い真っ黒な魂の持ち主は今も現れてないし、仕事は無事に務められそうかな。 魂
last updateLast Updated : 2025-07-19
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夢との邂逅
 母親との死別を経て、両親が伝えようとした愛情の言葉を思わない日はない。 ──母さんの懸命さを見て育ってきた。あれ程まで真摯に異能と向き合えた母さんは、僕に道しるべを作ってくれた。父さんだって、僕が幸せになる事を願って応援してくれてる。僕は母さんみたいに心を強くして、いつか誰に対しても自分を曲げずに……それでいて優しくあれるようになってみせる。 まだ未成年の少年にしては意思が明確だが、あるいはまだ少年だからこそ、掲げる理想を明確に持てているのかもしれない。 勇人は、照明も眩しく、磨かれた床や手入れされた壁と天井にまで眩しさが移っている会場での、白々しいような歓談を傍観しながら、飾り時計に目をやった。午後八時半。 躾の厳しい家なら、門限になっている子どももいるであろう時間だ。 ──それにしても……飲み物がシャンパンか日本酒っていうパーティーなのに、終わるまで監視をしてろって……僕まだ高校生なのに、そこは大人の都合優先なのか……完全に労基無視だよなあ。 我欲にまみれた大人達を長時間監視していなければならないのは、正直に言って疲弊する。 弱音は吐かないと決めている。しかし勇人の年齢的な立場を無視した依頼には、正直なところ良い気はしない。「──やあ、会場内の様子はどうかな?」「会長、お疲れ様です。──異常はありません」 呑気に声をかけてきたのは、今宵のパーティーを主催している大企業の会長だった。かしこまって安全を伝えると、会長は満足そうにして垂れた目を細める。「飲まず食わず、立ったままで疲れるだろう、給仕にオレンジジュースでも出させよう」「お気遣いありがとうございます」 つまり、それまでは働きづめだったという事だ。普通の男子高校生なら空腹でお腹を鳴らしている。 給仕からジュースのグラスを渡され、ようやく喉を潤せた時、不意に入り口付近から黄色い声が上がった。「──見て、機織さんがいらしたわ」 咄嗟にそちらへ視線を向ける。たったの一言で、会場にいる若い女性の多くが一斉に魂をピンク色へと変化させた。 彼女達の急な変わりようは、まるで春一番が吹いたみたいだ。魂の色なら様々に見てきたと自認する勇人でも、圧倒される程に色めき立っている。 ──機織って、名前は僕でも聞いた事ある。確か幅広い価格帯のジュエリーを出して、それが成功して一流企業になったんだ
last updateLast Updated : 2025-07-19
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勇気を出したら何が出る、奇跡だ
 * * * パーティー会場の広さと華やかさからは打って変わって手狭な部屋に着くまで、二人の間に会話は何も生まれなかった。 横たわる沈黙が、ついて行くしかない勇人の心には重くて痛い。あと、黙ったままで先を歩かれると、彼の背中が何やら殺気立っていると錯覚してしまいそうで怖い。「……あの狸爺、物置き部屋じゃないか」 更には、部屋に着いて開口一番これである。憎々しげに舌打ちされて、勇人はすっかり萎縮した。 だが、彼はあくまでも自分のペースを貫くつもりらしい。真顔で勇人の正面に立ち、腕を組んで王様のような態度で訊ねてきた。「──さっきのあれは何だ?手品とか馬鹿げた言い訳は聞かないから」「さっき……?──あ、僕が腕に触れて……何か起きたんですか?」「起きたも何も、何でお前の左胸から金色の光が広がって見えたのか、俺にはさっぱり分からん。どうせわざと見えるように触れたんだろ?どういう意味だ、説明しろ」 ──奇跡起きたんだ……でも運命の人って父さんみたいに優しげとは限らない……怖い……。 彼の一人称が、私から俺に変わっているのも怖い。この人、表舞台では猫を被っているんだと思い知らされる。 それでも、話さなければ永遠に理解を得られない。「──話せば長くなりますが」「長話をするには部屋がむさくるしい。気管支と肺が埃で汚れるのは御免こうむる。手短に話せ」「いえ、そこは我が家の遺伝から説明しないと理解して頂けませんので、諦めて欲しいです……」「…………」 これ見よがしに溜め息をつかれて、却って勇人は窮鼠猫を噛むような奇妙な勇気が生まれた。あまりにも余裕がなくなると、または恐れが度を越すと、人というのは感覚が麻痺するらしい。「──僕の母親は、異能者でした。母親の家系が異能者を出しやすいと聞いています」「異能者?」「はい。──僕もまた、母親から異能を受け継ぎました。今夜は仕事で異能を使っていました」「……じゃあ何なんだよ、その異能の正体は。要するに、人にありえない何らかの能力を持ってるんだろ?」「異能がある以外は普通の人間ですが、この異能は魂の色が見える、というものです」「……は?」 意外すぎたのだろうか、拍子抜けした声が彼から漏れた。 ──ようやく人間味のある声が聞けた……。 そんな事に安堵する辺り、勇人の心臓は鶏よりも小さく縮んでいたよう
last updateLast Updated : 2025-07-19
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大地が咆哮した後に湧きいずる新世界
 彼の舌打ちが聞こえる。腕が解かれる。体温が離れる。息も出来ない抱擁は、痛みの余韻を残して終わる。 勇人は恐怖を味わったからか、緊張が解けたせいか、膝ががくがくと笑うのを止められない。立っていられなくて、床に膝をついた。「おい、どこか痛いのか?!」「いえ、どこも……貴方が守ってくれたじゃないですか……だから……貴方こそ、怪我したんじゃないんですか……」「……頭は打たずに済んだ。背中は単なる打ち身で済むだろ、骨に異常は感じない」「……そうですか……ありがとうございます……」 ──良かった、出逢って早々に永劫の別れとかじゃなくて良かった、けど。……痛い思いさせた。僕が子どもだから、守らなきゃいけなくて。本当に怖いのは、この人の本性がどうとかじゃない、自分の弱さだ。我が身を守る力もなかった。「……ごめんなさい……」「……謝んな、ガキが。俺は当然の事しかしてねえ」「……ありがとうございます……」「それはもう聞いた。繰り返すな。分かったか?」「はい……」「よし、なら場所を変えて改めて説明しろ。ここはまだ危ないからな。……あー……久しぶりに言葉が荒くなった、怖かったろ。怯えさせようって気はなかったが、つい感情的になって悪かった」「いえ、守ってもらったので……」 ありがとうございますと言いそうになり、唇を噛む。──繰り返したらいけない。 ──もしかすると運命の人だからとか、まだ子どもだからとかで、守られるだけなんて、繰り返したらいけないんだよ。「……場所、出来れば他の人に聞かれない所がいいです」「分かった。建物の壁にヒビも入ってないんだ、多分道路は大丈夫だろうし、車を呼ぶから休んでな」「……はい」 彼がスマホを出して手短に話し、「じゃあ外に出るぞ」と勇人に声をかける。「分かりました」 言葉に従ってついて行くと、建物から出た時には既に高級そうな車が控えていた。 車体が大きいし長い。しかもお決まりの黒だ。「どうした?早く乗れ」「あ、……はい」 彼が先に後部座席の奥に座り、勇人にも乗るように言ってくる。 恐る恐る乗り込むと、明らかに普通の車ではない。シートの柔らかい高級感だけでなく、車内で飲み物を飲めるように小型の冷蔵庫まで備わっている。 ──この車、一台で田舎の家族向け中古マンション買えそうな感じだな……。 勇人はそう予測した
last updateLast Updated : 2025-07-19
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こうして始まった関係の行方は
「──送って下さってありがとうございました」「ああ、今夜はもう風呂に入って寝ろよ。本来なら親御さんに息子の帰りを遅くした事も詫びたいし挨拶くらいはするべきだろうが、時間が遅いからな。相手がパジャマとかに着替えてたら却って気まずいし気を遣わせるから、謝罪と挨拶は後日改めてする」「はい」 仕事の疲労感と、優和と話した緊張から解放された勇人は、空腹が満たされた事もあり、──金色の魂との出逢いさえなければ、ベッドですぐに寝つけただろう。 心が昂揚している。ゆっくり湯船に浸かって落ち着かせなければ、とても寝つけそうにない。「──ただいま。父さん、まだ起きてたの?」 リビングに行くと、ソファに座って読書をしている父親がこちらに顔を向けた。「勇人が未成年なのに仕事をしていて、お父さんが先に寝るわけがないだろ?お疲れ様」「うん、ありがとう」「それにしても帰りが遅かったけど、何かあったのか?」「うん、……ちょっとしたハプニングが起きて。でも、五体満足だよ」「地震があったけど怪我もないみたいで安心したよ」「それは、会場で会った人が庇ってくれたから……」 あの抱擁を思い出すと、今さらになって頬に熱が集まってくる。 それを気取られまいと、勇人は「ホットミルクでも作ろうかな」と、キッチンに向かった。 ──勘違いしたらいけない。優和さんが受けとめてくれたのは、今夜の出来事への、僕の話への、疑問と興味からだ。 ミルクパンに牛乳をそそいで、コンロに乗せる。見つめていると、やがて熱を帯びてくつくつと音が聞こえてくる。「勇人、風呂は追い炊きしておいたから、それを飲んだら入りなさい」「うん、分かった」 日常を装って返事をしながらも、怒涛の一夜が脳裡を駆け巡っている。 ──優和さん、か。友達なんて、相手は大人の人なのに、上手くいくのかな。もしかして、運命の人だなんて言ったから、いつか恋愛的な関係とか求められたら……。 そう思うと、煩悶や不安も生まれる。 ──僕、初恋さえ知らないんだけど。それがいきなり運命の人と。いや、考えたじゃないか。運命の人が結婚や恋愛には捕らわれない存在かもって。 出来上がったホットミルクをマグカップに移す。和三盆糖を加えて、良くかき混ぜてからそっと口に運ぶ。コクのあるまろやかな甘さと味わいに息をついた。 ──とにかく、明日も平日で学
last updateLast Updated : 2025-07-19
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そして連れ去られて、再び
 * * * 優和からスマホにメッセージが届いたのは、翌日の昼休みだった。 内容は至って簡潔で「お前、部活動はしてるか?」の一言のみ。脈絡も何もあったものではない。 取り急ぎ勇人が「仕事があるので部活には入ってません」と返事を返すと、すぐに「なら、放課後迎えに行くから校門で待ってろ」と来た。 今日は幸いと言うべきか、放課後に仕事は入っていない。しかし優和は一流企業の跡取りなのだから仕事が忙しいはずだ。 ──大丈夫なのかな。 友達から始めようと約束はした。だけど、高校生と社会人の生活は全く違う。優和のような立場の人ならば、尚さらだ。 ──友達からって、お互いの休日に会うものだと思ってたけど。 優和が積極的に自分を知ろうとしてくれているのだとしたら、それは嬉しいものの、そこに無理をされるのは本意ではない。 ──「お仕事は大丈夫ですか?」 そう送ると、即レスで「二人で会うとしたら、仕事の都合で今週は今日しかない」と返された。 ──やっぱり忙しいんだ。 普通では考えられないような事を言ったのは勇人本人なだけに、にもかかわらず、それと向き合おうとしてくれる優和に対しては嬉しいとも思う。 その反面、負担をかける事は申し訳ない。 それに、レストランへ連れて行ってもらった時の車──あの車で学校に来られたら悪目立ち不可避だ。 ──「お会いするなら、休日では駄目なんですか?」 とりあえずそう送ってみる。 すると、「土日は朝から接待で時間が取れない。悪いが休憩時間が終わるから、とにかく放課後待ってろ。あと、お前の親御さんにも挨拶しておきたいから、その旨伝えておいてくれ」と返事を寄越されてしまい、そうなるともう抵抗も出来なくなった。 ──あの黒塗りの車じゃありませんように。 もう、そう祈るしかない。 おかげで、午後の授業は集中するどころではなく、気持ちが落ち着かなかった。 会ってもらえるのは嬉しいような、学校で騒ぎになるのは避けたいような、だけど優和は「運命の人」に関心を持ってくれたんだと実感出来て、やはり嬉しくもあり──なのに、二人きりで会うのは緊張して心臓がきゅっとする。 我ながら不可思議な感覚だ。 優和の魂が金色だったから意識してしまうのだろうか。 ──「運命の人」って、こんなに心を掻き乱すものなのかな。 穏やかに仲睦まじく寄り添っ
last updateLast Updated : 2025-07-19
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逢い引きと提案と
 * * * 寿司屋の個室と言えば、和室に座布団に正座だとばかり思っていたが、予想に反してテーブルと椅子のある洋室だった。 窓からは手入れされた庭木が美しく見える。 店にメニュー表はなく、どうやら当日の仕入れに合わせて職人が握るらしい。 ──この人、外食では毎回昨日や今日みたいなお店で食べてるのかな。エンゲル係数が庶民の僕には見当もつかない。「──おい、苦手な魚はあるか?」 控えめに個室の様子を見ていると、不意に訊かれた。「いえ、魚は何でも好きです」 ──こういうお店で出される魚は、回転寿司で注文する魚とは全然違うんだろうけど。多分美味しいだろうし……問題は緊張で味が分からないかもしれない事だよ。「好き嫌いがないのは良い事だ。──そんなガチガチに固まるな、美味いものは美味いって楽しまないと、店も出し甲斐がないしお前も面白くないだろ。デートなんだから楽しめ」「……デート……って……」「運命の二人が個室で食事するのを、デートだと思ってなかったか?」「いえ、あの、……素敵なお店で嬉しいです。その、デート……とか初めてですし」 思わず顔を赤らめながら言うと、優和が直球を投げてきた。「ん?もしかしてお前、初恋もまだなのか?」「……はい……」 こんな異能を持って生まれれば、魂の色を見て躊躇する。しかも親からは金色の魂について聞かされていたのだ。勇人なりに思うことも憧れもあったのだから、気楽に誰かを好きにもなれない。 優和もそれを察したらしい。「……まあ、せっかくの思春期に、仕事のせいでろくな魂も見られてなかっただろうしな。学校でも魂の色がちらついてたろ」「そうなんです、仕事は母から引き継いだものなので、やっぱり大切なんですけど」 ──不思議だ。踏み込んだ事言われてるのに、答えにくいと思わない。優和さんに対してネガティブな感情も湧いてこないし。 それはきっと、優和が遠慮なしに言っていても、心には思いやりがあるからだと感じる。 ──優和さんが大人で視野が広いから?いや、大人でも視野が狭くて身勝手な人は嫌って程見てきた。 考えていると、綺麗な寿司が運ばれてきた。まるで海の宝石みたいに艶々していて、どれも美味しそうだ。「すごい、こんな綺麗なお寿司初めて見ました」 思わず感嘆すると、優和の表情が満足そうにやわらいだ。「よし、そういう素
last updateLast Updated : 2025-07-19
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全てが異次元で、しかも危機が
 * * * 引っ越しの準備は進んで、勇人が優和の家に行く日が来た。 この日は幸い優和の仕事が休みで、荷物は引っ越し業者が運ぶが勇人の事は優和が車で連れて行ってくれるという。 それにしても、勇人には一流企業の御曹司が住まう家というのが想像もつかない。 ──ご両親と同居してるとしたら、まず挨拶して、それから……。 慌ただしい中だが、心も忙しない。 ──家を出る日は、もっとずっと先の話だと思ってた。いつか異能者として一人前になって、大人になって誰かと出逢って結婚して……そんな未来の話で。 そう考えているうちにも、引っ越し業者がてきぱきと荷物をトラックに積んでゆく。 優和が迎えに訪れたのは、それが一段落ついたところだった。「優和さん、おはようございます」「おはよう、本当はもっと早めに来たかったんだが、朝イチで目を通さないといけない書類を渡された。待たせたろ」「いえ、心の準備をする時間が持てました」「……かなり緊張してるな」「それは、よそのお宅で暮らす事になりますし……僕は優和さんの家族構成も知らないですから」「なるほど。そう言えば話してなかったな。──家族構成については、俺の家族と無理に親しくなろうとしなくていい。マンションで一人暮らししてる身だしな」 ──え?て事は優和さんと二人きりで生活する? 余計に緊張してきた。 その勇人の狼狽を見て取った優和が、からかいがちに笑う。「良かったな、邪魔者なしで二人の絆を深められるぞ?運命かどうかも、その分早くに分かるだろ」「え、その……絆って……」「おい、初対面の時と態度が違いすぎるぞ。あんなに必死に縋りついてきたくせに」「それは、必死でしたけど!今と状況が違うと言うか、あの」 ──この人実はドSスパダリとかなんじゃ……。 思わず疑惑を抱いてしまう。優和は余裕の笑みだ。「──さて、ひとしきり遊んだ事だし行くか。お前の父親にも挨拶しておきたかったが、仕事で出てるんだろ?」「あ、はい。よろしくお伝えして欲しいと言ってました」「分かった。──ほら、乗れよ」「はい」 言われた通り助手席に座り、シートベルトを着ける。優和はそれを確認してから走り出した。 下手なフレグランスで車内を誤魔化さないし、加速は緩やかで、スピードもそんなに出さない運転は乗っていて勇人の心に落ち着きをもたらす。
last updateLast Updated : 2025-07-19
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契約から始まる秘密の関係
 しかし、その考えは優和も予想していたらしい。「安心しろ、俺は少年趣味なんてないし、第一、未成年に手を出す程飢えてない」「そう、ですか……」 ──そこは安心、したけど……つまりは恋愛対象として全く見られてないって事でもあるわけで……。 勇人自身も今はまだ優和に対して明確な感情は芽生えていないが、歯芽にもかけられていないのは、何となく遣る瀬なくなる。 しかし、それを置いても二人で一つのベッドで眠るのは、急速に距離を縮めすぎにも思う。「──あの、緊張して寝つけなくなるかとも思うんですけど……」「慣れろ。美人は三日で飽きるとも言うだろ。見慣れれば大した事はない」 優和はさらっと言うが、そんなに簡単な話ではない。「同じ寝室はともかく、せめて僕には別に布団を敷いて……」「寝室が手狭になるから断る」「や、この部屋十分広いじゃないですか……」「俺はこの広さが当たり前になってるから、布団なんて敷いたらむさ苦しくてかなわん」 ──駄目だ。説得しようにも優和さんが頑固すぎる。僕には慣れろって言うくせに、こっちの意見に対しては譲る気配が皆無だ。 もはや諦めるしかないのか。肩を落とす勇人に、優和が話題を変えてきた。「──それで?相変わらず俺の事が金色に見えてるのか?」 魂の色を言っているのだろう。「はい、うるさいくらい金色です。遮光カーテンで簀巻きにしても透けて見えそうです」「簀巻きってお前……」 どうやら、意図せずして意趣返しになったらしい。 だが、そこで溜飲を下げた勇人に、優和は黙ってやられてはいなかった。「まあいい。お前、金色がうるさくても寝ろよ?これから毎晩同じベッドで寝るんだからな」「う……」 ──さすがはドSスパダリ、僕より遥かにうわてだ。 ドSが復活した。「一応聞くが、寝つけば魂の色も見えなくなるよな?」「それは意識がない状態なので、視力も働きませんし……」「ならいい。──お前が眠った頃に俺も寝る」 突然の譲歩だ。ありがたい話かもしれないが、それはそれで心配になる。「そしたら、優和さんが寝不足になりませんか?」「どうせ晩酌してから寝るのがルーティンだ。それに俺の睡眠時間は基本的に短いんだよ」 ショートスリーパーというものだろうか?「健康寿命が短くなりませんか?」「まだ二十代半ばに向かって言うことじゃないぞ」
last updateLast Updated : 2025-07-21
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