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第55話

Author: 歩々花咲
苑が芝生の上でひとり遊んでいると、車が一台近づいてきた。

誰かなんて、聞くまでもなかった。

さっき蒼真が「しつこい連中」って言ってたけど、あれは的を射てる。

こんなに距離を取ってんのに、なお貼りついてくるとは、まさに最強のしつこさ。

でも琴音が会いたいからって、そう簡単に会わせてやると思う?

苑はそんなに甘くない。アクセルを踏み込み、さらに広い芝生エリアへと走り出した。

このおもちゃみたいな乗り物、思ってたより全然イケる。初めの印象を謝りたいくらい。

楽しいし、走り心地も抜群。本気で一台まるごと空輸して、街中で乗り回したいくらいだった。

琴音は苑が遠くへ走っていくのを見て、皮肉げに口元をゆがめた。そして自分もアクセルを踏み込み、緑の芝生の上で二人の女が乗り物で追いかけっこを始めた。

「白石さん、逃げてんの?」琴音が追いつけずに叫んだ。

苑の黒髪は風に揺れて、まるで映画のワンシーンみたいに映えていた。琴音の叫びなんて気にも留めず、彼女はただひたすら運転を楽しんでいた。

これだけ広い場所じゃ、琴音がどれだけ必死になっても、声が届くわけがない。喉鍛えたいなら、勝手にどうぞって感じ。

「白石さん、話があるの。ちょっと止まってよ」琴音が命令口調で叫んだ。

苑はすぐさま補助加速モードを起動した。これはさっき蒼真が教えてくれたばかりの隠し機能で、初心者には分からない設定だった。

一気にスピードが上がり、琴音は後方で完全に置いてけぼり。風どころか、匂いさえも届かない。

でも少しは匂わせておかないと、追いかける気を失くすだろうし、それじゃつまらない。

こんな犬の散歩みたいな遊び、滅多にできるもんじゃない。

「白石苑、わざとでしょ?私のこと、怖くて向き合えないんだろ?」琴音の声は怒りで裏返っていた。

彼女を怖がる?

琴音が見た目は小さいけど、腹の中は真っ黒。挑発してきやがって。

そんな手には乗らない。苑は加速して、自分のペースで走り続けた。運転の快感は増すばかり。

苑はご機嫌。でも琴音のほうはイライラが止まらない。

「なんであいつのはあんなに速いのよ!私のはなんでこんなトロいの?」琴音は苛立ち、ハンドルをバンッと叩いた。

苑は芝生をどこまでも走り続け、ついには蒼真の姿も見えなくなるほど遠くまで来た。そして、芝生の果てに流れる川に辿り着いた。
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