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第20話

Author: 清水雪代
祥衣の冗談に、智美の顔はみるみるうちに赤くなった。

彼女はカップの中のコーヒーをかき混ぜながら、困ったように言った。「岡田さんは、優しい人なだけですよ。私にそんな気があるわけないです」

「どうしてそう言い切れるの?」祥衣は智美の頬をつまんで笑った。

「ちょっと、鏡見てきなよ。この顔に、このスタイル、どの男が惚れないっての?」

智美はさらに真っ赤になって、視線をそらした。

でも、彼女は分かっていた。

「でも、私バツイチですし。彼がそんな私を好きになるとは思えません」

すると、祥衣はあっけらかんと笑い飛ばした。

「考え方がちょっと古いわよ。世界のお金持ちの奥さんだって、二度も三度も結婚してる人なんて珍しくないんだから。あなたなんて一回だけでしょ? 何が問題よ」

智美は思わず吹き出して笑ってしまった。ただ、それ以上この話題を続けることはなかった。

午後、智美はしばらく自席で悩んだ末、とうとうメッセージを送ることにした。【岡田さん、明日の夜はクリスマス・イブですが、ご都合いかがですか?もし空いていたら、ご飯をご馳走させてください】

しばらくして、悠人から短く返信が来た。 【いいですよ】

メッセージを送り終えた彼女は、スマホをサイレントモードにして仕事に集中しようとした。その時、突然着信音が鳴った。

表示されたのは、見覚えのない番号。

彼女は廊下に出て通話ボタンを押した。

「はい、智美です」

聞こえてきたのは、懐かしい男性の声。

祐介だった。

智美は切ろうとしたが、彼が先に言った。

「待って、切らないで。新しい仕事の話があるんだ。どう?」

彼は、昨夜の出来事をアシスタントから聞きつけていた。

口座を凍結したのは、智美を屈服させたかったからだ。

危険な目に遭わせるつもりなんてなかった。

ただ、自分にも非があるのはわかっている。だから今こうして、電話で機嫌をとろうとしている。

このところかえって慣れないのは彼の方だった。

「芸術センターに投資しようと思ってるんだ。君に責任者を任せたい。昨夜の埋め合わせとしてね。口座もすぐに凍結解除させる」

彼としては、智美は苦労して働くより、自分の庇護下でオーナーとして快適に過ごす方が、はるかに魅力的に感じると思っていた。

当然、飛びつくだろう。

そう思っていた。

だが、智美は鼻で笑った。
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