国王に深々と頭を下げられて――正直、気まずい。 ミリアが先に歩いて行ったのを見計らって、俺はこっそりと王様に小声で話しかけた。
「……あの、王様。そんなに簡単に、国民や兵士の前で平民に頭を下げちゃって大丈夫なんですか?」
俺の問いに、王様は少しだけ肩をすくめて、呆れたように答えた。
「いえ……ユウヤ様のことを、平民だと思っている者などおりませんよ。 ミリア皇女殿下を宥め、名前で呼び、キスをし、頭を撫でる――そんなこと、普通の平民どころか、貴族や王族でも到底できません。 むしろ、皆が知っているのです。ユウヤ様は“特別な存在”だと」
……いやいや、そんな大げさな。
褒めたり慰めたりする時に、頭を撫でるくらい普通じゃないの? 可愛いからつい撫でたくなるし、別に悪気があるわけでもないし。
「え? 王族の人でも、頭を撫でたりできないの?」
「はい。できませんね」
王様は真顔で即答した。
「ミリア皇女殿下がまだ幼い頃、宮殿の廊下で遊んでいた際のことです。 ある国の王が、通りかかった際に“邪魔だ”と腕を軽く掴んで廊下の端に寄せたのですが…… その瞬間、ミリア殿下は大泣きされましてね」
王様はそこで一度、言葉を切った。
「……それを聞いた皇帝陛下が激怒なされ、即座にその国に攻め込み、王を討ち取りました。 以来、誰もが恐れてミリア皇女殿下に触れることはなくなりました。 これは噂話ではなく、れっきとした実話です」
……俺は、凍りついた。
は? 娘を泣かせただけで、国王の首が飛んだの? いやいや、確かに腕を掴んで退けるのはどうかと思うけど……避けて通ればよかったんじゃないの? ていうか俺、泣かせてはいないけど――キスとか、抱きしめたりとか、普通にしてるけど……?
……ヤバすぎるだろ、俺。
泣かせてはいない。うん、そこは大事。 でも、今さらながら背筋が寒くなってきた。
「はい? 俺って……ヤバくない?」
「いえ……ミリア皇女殿下のお気に入りの方なので大丈夫かと」
王様は、どこか諦めたように言った。
「お気に入りだと大丈夫なのですか?」
「はい……なんと言いますか……皇帝陛下はミリア殿下を溺愛しているので、ミリア殿下の言う事は皇帝陛下も従うそうです」
「はぁ……そうですか」
俺はただため息をつくしかなかった。先に行っていたミリアが戻ってきた。
「ユウヤ様!遅いですわよ……あら?顔色が悪いですわよ……誰か!医者をよこしなさい!」
「はい!直ちに」
近くにいた兵士が反応して返事をして呼びに行った。
「おいおい……俺は薬屋だぞ?」
「あ!失礼をしました……大丈夫なのですか?」
ミリアは慌てて俺の顔を覗き込んだ。
「俺……ミリアのお父さんに殺されるんじゃないか? っていうか……ミリアに恐怖を覚えたんだけど」
「はい? 恐怖ですか? 何を仰っているのですか? 何を聞いたのか存じませんが大丈夫ですわ。お父様は、わたしを大切にしてくれていますし」
ミリアは首を傾げた。
「要は娘を溺愛しているんだろ?」
「まあ……そうなのですかね……?」
ミリアは可愛らしく小首を傾げた。その仕草は、どこかあどけなさを残しながらも、秘めたる決意を感じさせた。
「溺愛をしている娘に平民の男と仲良く一緒に居たら……消されると思うけど?」
俺の言葉に、ミリアはハッと顔を上げ、きゅっと唇を引き結んだ。その大きな瞳は、一瞬不安に揺らぐかと思いきや、次の瞬間には強い光を宿し、俺を真っ直ぐに見据えた。
「大丈夫ですわ! そんな事をされたら、わたしも死にますから!」
ミリアはか細い肩を震わせながらも、その言葉には一切の迷いがなかった。必死に、だが断固とした口調で言い放つ彼女の姿は、可憐さの中に宿る並々ならぬ覚悟を示していた。
「は? いやいや……死ぬなって!」
俺は慌てて止めた。
「それに命を助けられた事はお父様にお話を致しましたし……命を助けられて、その方と生涯を共にしたい。結婚をすると、ちゃんとお父様にお伝えましたわ」
「それで?」
「激怒しましたが命の恩人ですし。お父様が手出しをすれば、わたしは自害すると言うと認めてくれました」
はぁ……やっぱり激怒したのか……溺愛してる娘だし当然、激怒するよな。
「それって……認めてくれてるのかな?会ったら睨まれて口も聞いてもらえない感じじゃないかな……」
「そんな無礼はお父様でも許しません!」
ミリアは力強く言った。
「それは心強いけど大丈夫なのかな……」
国王に挨拶をして王国を出た。
♢馬車での会話馬車に乗ると、さっそく笑顔のミリアが話しかけてきた。
「ユウヤ様……どうぞ……♡」
そう言うと、恥ずかしそうに膝をアピールしてきたので、素直に膝枕をして寝転んだ。
「ありがと……ミリア」
「はいっ♪」
ミリアは嬉しそうに返事をした。こうしてるとスゴく可愛いんだけどなぁ……火が付くと危なくて怖いんだよな。
「ミリアは俺が命を助けたから婚約してるんだよな?」
「そうなのですかね……?」
ミリアはまた、可愛らしく小首を傾げて、美しい青い瞳でじっと俺を見つめてきた。 その視線はまっすぐで、どこか無邪気で――けれど、逃げ場のないほど真剣だった。
その声に、ミリアがぴくりと反応し、むぅっと頬を膨らませた。「もぉ……うるさいですわねっ!」 不満そうに言い放つミリア。 その声には、明らかに“邪魔された”感がにじんでいた。「悪いね……俺の仕事なんだよ」 俺が苦笑しながら言うと、ミリアははっとして、慌てて言い直した。「ち、違いますのっ……! 幸せなところを邪魔されて……つい、口が……」 顔を真っ赤にしながら、もじもじと視線を逸らすミリア。その姿があまりにも可愛くて、思わず笑ってしまう。「あと少しだけ、頑張ってくれる?」「はいっ♪ もちろんですわっ!」 ミリアはぱっと顔を上げて、明るく笑った。「ありがと……」 俺はそっとミリアの額にキスを落とす。 「ちゅ♡」 っと可愛らしい音が鳴った。「わぁっ……♡ が、頑張ってきますわっ!」 ミリアは頬を真っ赤に染めながら、嬉しそうにくるりと踵を返し、店の方へと駆けていった。 その背中を見送りながら、俺はふぅと息をついた。 ――そろそろ、従業員を雇わないとな。 在庫も、作っては売っての繰り返しで、出かける余裕がない。作り溜めができる倉庫も欲しいし、商品を置けるスペースも足りない。……このままじゃ、ミリアとゆっくり過ごす時間も減っちゃうしな。 よし、次は“店の拡張計画”か――。♢王都での勲章授与式 翌朝――。 ギルド前には先に護衛とメイドさんを向かわせておき、俺とミリアは屋敷で合流してから王都へ向かった。 道中はいつも通り、ミリアの膝枕という最高の特等席で快適に過ごし、特に何事もなく王都に到着。 そして、これまた“いつも通り”
俺は思わずため息をついた。 やっと落ち着いたと思ったのに、また王都かよ……。「そこを何とか頼むよ、な? 国王様の“直々の招待”だぞ? 名誉なことなんだぞ? 分かってるのか?」 ギルマスは必死に説得しようとしてくる。 その顔には、“俺も断れなかったんだ”という苦労がにじんでいた。「そちらの冒険者の方々のお口が軽いから、国王にバレてしまったじゃないですか」「バレるって……いや、勲章をもらえるんだぞ? とても名誉なことじゃないか!」「うぅ~ん……代役をお願いしますよ。俺、冒険者じゃないですし。 勲章にも興味ないし、要らないです」 俺は手をひらひらと振って、やんわりと拒否する。 ――勲章なんかもらったら、何かあったときに“呼ばれる”じゃん。 王都で事件が起きるたびに「勲章持ちの君、出番だよ」って言われる未来が見える。 面倒なことは、できれば避けたい。「それはダメだろ……俺は、国王には嘘はつけない」 俺は真顔でそう返した。「じゃあ……今度、困ったときに助けてくださいよ?」 ギルマスが少しだけ遠慮がちに言う。「ああ、分かった。俺にできることなら、助けるよ」 その言葉に、ギルマスはほっとしたように肩の力を抜いた。「……えぇ~、また行くのですかぁ……ユウヤ様」 背後から、ミリアの不満げな声が聞こえてきた。 振り返ると、彼女は唇を尖らせて、じとっとした目で俺を見ている。「ミリアはお留守番でもいいよ?」「はぁ? わたくしを置いていかれるつもりなのですか? ひどいです……」 ミリアはぷくっと頬を膨らませた。「だって、ミリアが行きたくなさそうだったじゃん?」「ユ
……あ。 なんか、変なスイッチ入れちゃったかも。 ミリアは目をキラキラと輝かせ、興奮した様子で俺の手をぎゅっと握ってくる。「ユウヤ様って、ただ優しいだけじゃなくて、強くて頼りになって……本当に素敵ですわ♡」 その勢いに、俺は思わず目をそらした。「いや、そんな大したことじゃ……」「いいえっ! わたくし、ますます惚れてしまいましたわっ♡」 ……うん。 これはこれで、ちょっと恥ずかしい。 帰宅してからも、女性の護衛と現場にいたメイドさん、そしてミリアがずっと盛り上がっていた。 話題の中心はもちろん――俺。 ……恥ずかしい。 あまりに褒められすぎて居たたまれず、俺はメイドさんの手伝いを口実に屋敷中を逃げ回っていた。 捕まれば最後、ミリアと女性の護衛が延々と褒めちぎってくる。 ありがたいけど、正直、居心地が悪い。「ユウヤ様~! どこにいらっしゃるのですか~?」 廊下の向こうから、ミリアの声が響いてくる。 ――ヤバい。逃げ場がない! 窓から逃げるか? いや、さすがにそれは……。 でもこのままじゃ――「ん? 何か用事?」 俺は物陰から顔をひょっこり出して、何気ないふりで尋ねた。 ミリアはぱっとこちらを振り向き、少しだけ頬を膨らませながら答えた。「探していただけです……しばらくお見かけしなかったので」 ……そりゃそうだ。 あなたたちが、やたらに褒めてくるから逃げてたんですけど。「ソファーで休んでただけだよ」 俺がそう言うと、ミリアは少しだけ安心したように微笑んだ。「そうでしたか……お邪魔しましたぁ」 そう言って、ミリアは一度ドアを閉めて出ていった。 ―
単純にバリアで敵を押し潰したり、勢いよくぶつけたりするのは簡単だ。 でも、剣で斬ったように見せかけるには、バリアの展開と収縮のタイミングが肝になる。 うーん……斬撃のタイミングがまだ合わない。 やっぱり、剣の修業も必要か……。 ――いっそ、剣を抜いた瞬間に切断されるようにして、高速すぎて見えないってことにしよう。 試しに、こちらに突進してきた犬型のモンスターに向かって、ゆっくりと剣を抜いてみた。 ――シュン。 何の抵抗もなく、モンスターの体が十文字に斬れ、地面に崩れ落ちた。 そう、俺はただ“剣を抜いただけ”だった。 ……これ、ラクだし、何より格好良いんじゃない? 満足げに剣を鞘に収める。 ――ん? あれ? モンスターが襲ってこない……? 前方にいた残りのモンスターたちが、距離を取ったまま動かない。 警戒している? いや、これは……本能的な恐怖か? 俺の能力が、彼らの危険察知の閾値を超えている……? そんな知性があるのか? いや、むしろ本能だからこそ、余計に敏感なのかもしれない。 ……逃げられても面倒だし。誰も見てないし――「はい、サヨナラ」 俺は静かに手をかざし、バリアを展開。 五体のモンスターを一気に包み込み、十文字に圧縮・収束させる。 ――ズバッ。 音もなく、五体の魔物が一瞬で斬り裂かれ、地面に崩れ落ちた。 討伐、完了っと。 うわぁ……服が返り血で真っ赤じゃん。 最悪。これ、洗って落ちるかな……。 俺は護衛たちの馬車に張っていたバリアを解除し、ドアを開けた。 すると、勢いよく男性の護衛が飛び出してきた。「おい! お前……大丈夫か!? 大ケガしてるじゃないか
俺は小さく頷き、馬車の扉に手をかけた。 外にいる“何か”に向かって、覚悟を決める。「よし……いつものミリアだな」 俺はそう言って、そっと彼女の頬に手を添え、優しく唇にキスを落とした。 ちゅっ♡ と小さな音を立てた。 ミリアの目が一瞬見開かれ、頬がふわっと赤く染まる。 けれど、何も言わずにそのまま俺を見つめ返してくれた。 その温もりを胸に刻みながら、俺は馬車の中に魔力を巡らせる。 空間がわずかに震え、淡い光が馬車全体を包み込んだ。 ――バリア、展開完了。 これで、外からの攻撃はもちろん、内側からも出られない。 ミリアが万が一、外に出ようとしても……この結界がそれを止めてくれる。 よし、これでミリアは安全だ。 ……というか、出たくても出られないな、これ。 まあ、念には念をってやつだ。 俺は深く息を吸い、馬車の扉に手をかけた。 外にいる“何か”と向き合うために――。♢モンスターとの遭遇と戦闘 よし……まずは状況を把握しないとな。 むやみに突っ込んで戦っても、不意を突かれたら大ケガじゃ済まない。 俺は馬車の扉をそっと開け、外の様子をうかがった。 前方の馬車からは、すでに護衛たちが大勢飛び出しており、モンスターと交戦していた。 相手は大型犬ほどのサイズの獣型モンスター――五体。 後方の馬車からも援軍が駆けつけ、剣を抜いて戦列に加わっていく。 彼らの剣が、月明かりを受けて夜の闇に鋭くきらめいていた。 俺は周囲の気配に意識を集中させる。 ……いた。 他にも一体、牛ほどの大きさのモンスターが茂みに潜んでいる。 明らかに他の五体とは違う、異様な気配――リーダー格、いや、ボスだな。 計六体。 すべて倒せば、この襲撃は終わるはずだ。 ボス犬は茂みの陰からこちらの様子をじっと伺っている。
「……なんで疑問形なんだよ」 俺が思わずそう返すと、ミリアはふわりと微笑んだ。「ユウヤ様と一緒にいると、普通に楽しいですし……命を助けられていなくても、もし知り合っていたら――きっと、結婚を考えていたと思いますわ」 その言葉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。不意を突かれたような感覚。息が少しだけ詰まる。「……そうなの?」 思わず問い返すと、ミリアはにこにこと笑顔を浮かべて、迷いなく答えた。「そうなんですっ♡」 その笑顔は、まるで春の陽だまりのようにあたたかくて、まっすぐで―― 俺の胸の奥に、じんわりと何かが広がっていくのを感じた。「そっか……じゃあ、キスしてくれる?」 俺がそう尋ねると、ミリアは一瞬きょとんとしたあと、頬をぱっと赤く染めて戸惑いの表情を浮かべた。 その反応があまりにも可愛くて――つい、意地悪な気持ちが湧いてしまう。「え……?」 ミリアが戸惑いながら見上げてくる。「あはは……♪ 冗談だよ」 俺が笑いながらそう言うと、ミリアはぷくっと頬を膨らませ、唇を尖らせた。「むぅ~っ、ヒドイですっ!」 その拗ねた顔がまた可愛くて、ついニヤけてしまう。「でもさ、ふと思ったんだよね。ミリアからキスって、まだ無かったな~って」「そ、それは……普通は男性からするもので、女性からは……しないのですっ!」 ミリアは真っ赤になりながら、必死に言い訳をするように言った。「そっか。なら、仕方ないか……」 俺は肩をすくめて笑ってみせた。 ミリアはまだ少し不満そうに唇を尖らせていたが、その表情の奥には、どこか満足げな色が浮かんでいた。 ――照れて、怒って、でも嬉しそうで。 そんな彼女の姿が、たまらなく