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第324話

Author: 栄子
綾は弁護人に委任することを選んだ。

結果について、綾はもちろん全てが順調に進むことを願っていた。

しかし、心の中では、健一郎が指名した弁護士でも、必ずしも勝てるとは限らないことを分かっていた。

綾が一番心配していたのは、優希のことだった。

あの日、誠也が言った言葉が、ずっと心に引っかかっていた。

優希の親権を諦めるつもりは毛頭なかったが、もし誠也が親権を争うと決めたなら......

着信音が鳴り、綾の思考を遮った。

発信者名を見た。

知らない番号?

綾は知らない番号に出る習慣がなかったので、そのまま切った。

電話を置いて、綾はもう一度少しだけ眠ろうと寝返りを打った。

ここ一週間以上、母親に付き添っていたので、ほとんど眠れていなかったのだ。

しかし、すぐにまた相手から電話がかかってきた。

イライラした綾は、電話に出て「どちら様ですか?」と尋ねた。

「俺だ」電話の向こうから、克哉の声が聞こえた。

綾は少し間を置いてから、冷ややかに言った。「綾辻さん、よく私の番号が分かったわね」

この4年間、綾は絵美と名乗っていたから、電話番号ももちろん変えていた。

それなのに、克哉はいとも簡単に番号を突き止めたのだ。

「安人が病気でなければ、綾さんをこんな風に煩わせるようなことはしなかったのだが」

安人が病気?

安人のことを考えると、綾は心が痛んだ。

綾は尋ねた。「安人くんは今はどうなの?」

「おそらく環境不適応だと思うが、今朝起きてから3回も吐いて、熱も少し出ている」

克哉は少し間を置いてから、続けた。「綾さんが勧めてくれた漢方診療所に連れて行って、北条先生にマッサージと鍼治療をしてもらった。今はだいぶ良くなったんだが、優希ちゃんに会いたがっているんだ」

「優希はまだ幼稚園よ」綾は時計を見て、もう3時半になっていることに気づいた。

あの夜、二人が楽しそうに遊んでいたことを思い出し、綾はため息をついた。「仕方ないわね。彼を連れて来て、幼稚園は4時に降園だから」

電話を切ると、綾はベッドから降りて顔を洗い、服を着替えて階下に降りた。

輝と文子、そして史也の3人はリビングでお茶を飲みながら話をしていた。

綾が降りてくると、輝が尋ねた。「優希を迎えに行くのか?」

「ええ、そろそろ時間だし」

「一緒に行くよ」輝は立ち上がった。「どうせ
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