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第436話

Author: 栄子
その時、部屋のドアは再び開いた。

綾は驚き、破片を取ろうとしたが、入ってきたのは使用人だった。

「奥さん、怖がらないでください。碓氷さんの指示で、お世話をしに参りました」

使用人はドアのところに立ち、綾の顔に浮かぶ恐怖と警戒の色を見て、すぐに中に入らず、笑顔で自己紹介した。「奥さん、私は山下芳子(やました よしこ)と申します。みんなからは山下さんと呼ばれております」

芳子は優しそうな顔立ちで、少しふくよかな体型だった。

綾は彼女を睨みつけ、警戒を解かなかった。「世話は必要ない。出て行って」

芳子は優しく微笑んだ。「奥さん、誤解しないでください。私は碓氷さんから、あなたが怪我をされていると伺い、手当をしてあげるように、呼ばれたんです」

綾の足首は確かにひどく痛んでいた。

それに、このままでは逃げ出すこともできない。

「じゃあ、入って」綾はようやく口を開いた。

芳子は救急箱を持って近づいてきた。

綾はスカートの裾をめくり上げ、怪我をした足首を見せた。

傷を見た芳子は眉をひそめた。「これは一体どうされたんですか。こんなに擦りむいて......あらら!」

芳子は首を振り、心配そうに言った。「奥さん、少し我慢してくださいね。まず傷口をきれいにしますから......」

綾は頷いた。

芳子の手つきは慣れたものだった。

傷口をきれいにし、薬を塗り、さらにガーゼで手当をした。

「鎖が傷口に当たらないように、ガーゼを少し厚めに巻きました」

綾はぎっしりと包帯を巻かれた自分の足首を見つめ、険しい表情を浮かべた。

彼女は唇を噛み締め、ベッドの脇にいる芳子を見上げた。

「山下さん、服を持ってきてくれない?このウェディングドレスは重くて、息苦しいの」

逃げるには、まずこのウェディングドレスが邪魔だった。

それを聞いた芳子は、少し困った顔をした。

「奥さん、申し訳ございません。これは私の一存では決めかねますので、碓氷さんに確認してまいります」

綾は眉をひそめ、小さく返事した。

芳子は10分ほどで戻ってきた。

誠也は了承してくれたらしい。

芳子は綾に軽やかなワンピースを渡した。

「奥さん、足に鎖が繋がれているので、ワンピースをお持ちしました」

綾は何も言わなかった。

まずはこの重くて邪魔なウェディングドレスを脱ぐことが先決だった。

彼女
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Comments (1)
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AKANE-Y
ここまでするか? 克哉とどんな約束が有るのか? 綾がこんな仕打ちをされて その約束が果たされた時 全て解決し元に戻れると思っているのだろうか? 人間味が無い ほんとバカだろ!
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