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第472話

Author: 栄子
「分かっているなら、中島さん、今後、子供の前では言葉遣いに気を付けてください。私は何が会っても安人の母親であることは変わらないから。たとえ私が安人の親権を取れなくても、彼に愛情を注ぐのは、母親としての私の責任であり権利です。あなたに心配してもらう必要も、同意を得る必要もありません」

それを聞いて、音々は少し眉を上げた。

綾は車の正面を回り込み、運転席のドアを開けた。

彩は音々に別れを告げ、振り返って車に乗り込んだ。

車はエンジンをかけ、南渓館を出て行った。

音々は振り返り、家の中に入った。

そこに立つ大きな窓から、誠也がずっと車の後ろ姿を見送っていたのを目にした。

真夏だというのに、彼は左手に黒い手袋をしていた。

「まだ見足りないの?」音々は隣に歩み寄り、冷たくて彼の痩せた横顔を見やった。「今、彼女に嫌味を言われたんだけど。子供を守ろうとする母親っていうのはちょっと怖いよね!」

「子供のことで彼女を刺激するな」誠也は冷淡な声で言った。「彼女は子供たちの為に多くの苦労をしてきた。特に安人は、一度失って再び取り戻した子供だ。誰よりも大切に思っている」

「彼女が誰よりも子供を大切に思っているってことを分かってるなら、なんで安人くんを奪おうとするのよ!」音々は面白おかしく言った。「今日でよく分かったよ。彼女はあなたをひどく恨んでるんだね!」

誠也は唇を閉ざしたまま、何も言わなかった。

「誠也、女は女を一番よく知っているのよ」

音々は眉を上げて、目の前の男を見つめた。「二宮さんは、一見穏やかで平和そうに見えるけど、だけど彼女ののような女性こそ一度見切ったら、なにがあっても後戻りしないはずさ!よく考えた方がいいよ。もし本当に計画通りに進めたら、もう本当に後戻りはできないんだからね」

しかし、誠也は彼女をちらりと見て、「分かっている」とだけ言った。

それを聞いて、音々もあきれたように「本当に......」と言葉がうまく出なかった。

......

一方で、家に着くとすぐに、綾は要に連絡した。

すぐに要が到着した。

彼は安人にマッサージをして、解熱作用のある漢方薬を処方した。

処方された薬を受け取ると、綾は安人を優しくなだめながら飲ませた。

漢方薬は苦かったが、それでも安人は言われた通り素直に飲んだ。

漢方薬を飲んでしばらくすると、安人は汗
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