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第398話

Author: 春うらら
そう言うと、節子は背を向けて立ち去った。

拓海は一瞬ためらったが、やはりほむらのそばへ寄って低い声で言った。「おじさん、おばあ様には適当に相槌を打っておけばいいじゃないですか。わざわざ事を荒立てなくても」

ほむらは冷ややかに彼を一瞥した。「これは、僕と母さんの間の問題だ。君は口を出すな」

「でも、おばあ様もここ数年でずいぶんお年を召されました。このままじゃ、お互いに一番大切な人を傷つけるだけですよ」

ほむらが険しい顔で黙り込んでいるのを見て、拓海もそれ以上は何も言えず、節子が去った方へと後を追った。

エレベーターを待っていると、ちょうど結衣と鉢合わせた。

節子は結衣を上から下まで値踏みするように見つめ、高圧的な口調で言った。「どうやら、わたくしが以前申したことは、一言も聞き入れてもらえなかったようだね」

結衣は彼女の方を向いた。「節子様のお言葉は、伊吹家の方々がお聞きになればよろしいでしょう。私は伊吹家の人間ではありませんし、人から説教されるのは好きではありませんので」

節子の顔色が変わった。「わたくしを、嘲っているのか?」

「いいえ、考えすぎですわ」

結衣は淡々とした表情だったが、節子はそれを見て、ただ腹の虫が収まらなかった。

「ほむらから金を引き出すのが目的なら、どうぞご勝手に。伊吹家が、たった一人のおもちゃを養えないわけがない。ただ、彼と結婚しようなどと考えるのなら、とっとと夢から覚めなさい」

結衣は眉を上げて微笑んだ。「私、人にああしろこうしろと言われるのが一番嫌いなのです。あなたが嫁ぐなとおっしゃるなら、なおさら嫁ぎたくなりましたわ。明日でも、彼に婚姻届を出しに行かないかと聞いてみます。どうせ、今は手続きも簡単ですもの」

節子は言葉を失った。

彼女の顔は真っ青になり、これほど腹が立ったことはないと、ただそう思った。

これまで彼女が会ってきた名家の令嬢たちは、誰もが言葉を幾重にもオブラートに包んで話すものだった。たとえ心の中で誰かを好ましく思っていなくても、その場で感情を露わにすることなどなく、ましてや、彼女に直接楯突くなど、あり得なかった。

考えれば考えるほど、節子は結衣のことが気に入らなくなった。

こんな育ちの悪い女が伊吹の家の敷居を跨ごうなど、自分が死なない限り、あり得ないわ!

節子がひどく腹を立てているのを見て、拓
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