庭の花や草は、爆発でめちゃくちゃになっていた。庭には警察と救急隊員が入り乱れ、混乱の中にあった。智哉はすぐさま担架に向かって駆け出し、声を張り上げた。「佳奈!」その声に気づいた誠健が駆け寄り、智哉をしっかりと支えた。声はかすれきっていた。「佳奈は大量出血で意識不明だ。命に別状はないはずだが……叔父さんは重傷だ。頭部をやられた。ボディガード二人も重傷。智哉、お前がしっかりしなきゃ、佳奈が待ってるんだぞ」智哉の喉が詰まり、かすれた声を絞り出した。「佳奈はどこだ?」「こっちだ。産婦人科の先生が応急処置してる。今すぐ病院に搬送しなきゃならない」誠健の言葉が終わる前に、智哉はすでに救急車に向かって走り出していた。「佳奈!佳奈!」その声はだんだん低く、枯れたようになっていく。まるで全身の力が抜け落ちていくようだった。そして、担架の上に横たわる佳奈を見た瞬間、呼吸器をつけ、血まみれの彼女の姿に、智哉の体は大きく後ろに揺らぎ、何歩もよろめいた。後ろで支えてくれた誠健がいなければ、倒れていただろう。智哉はふらつきながらも佳奈のそばへ駆け寄り、小さな手を掴み、唇に押し当てて何度も何度もキスをした。「佳奈、怖がらなくていい、俺がいる……絶対に大丈夫だ、赤ちゃんも大丈夫だ……」自分でも何を言っているのかわからなかった。ただ佳奈に話しかけたかった。彼女に自分の声を届けたかった。もう二度と届かなくなるのが怖かった。その時、医師が声をかけた。「高橋社長、奥様の容態は非常に危険です。今すぐ帝王切開を行い、赤ちゃんを取り出す必要があります。赤ちゃんにはまだ生きる可能性があります」智哉の目が血のように赤くなり、医師を見据えた。「二人とも助けろ。絶対だ!」命令のような口調だった。医師は思わず身を縮め、「高橋社長、最善を尽くします。すぐに搬送します」と答えた。智哉は救急車に飛び乗り、佳奈の隣に座った。冷たくなった小さな手を両手で必死に握りしめる。もう何もかも構っていられなかった。今、彼の心にあるのは佳奈だけ。この手を離したら、本当にあの世とこの世を隔ててしまいそうで怖かった。頬を伝う涙が、一滴、また一滴と佳奈の手の甲に落ちていく。佳奈の下から溢れ出た血が、救急車の床にぽたぽた
智哉の車は家へ向かって猛スピードで走っていた。そのとき、雅浩から電話がかかってきた。「智哉、子どもの心臓が止まった。綾乃は今すぐ手術が必要だ。小児科の専門医に連絡してくれ」「わかった、すぐに」智哉は小児科の専門医に電話をかけ終えた瞬間、ふと顔を上げたその時だった。耳をつんざくような轟音が響き渡った。胸の奥がズシンと揺れる。反射的に音のした方角を見やる。白煙が一気に空高く立ち上っていった。そして……その場所は、ちょうど別荘のある方角だった。智哉はその瞬間、何と言い表せばいいのかわからない感情に飲み込まれていた。驚き、恐怖、そして現実を受け入れられない拒絶感。喉の奥に綿が詰まったように声が出ない。前で運転していた高木も異変に気づき、すぐに声を上げた。「高橋社長、あそこ爆発したみたいです。方角的に……別荘のあたりかと」別荘まではまだ数キロの距離があった。今すぐ駆けつけたくても、到底間に合わない。智哉の両手は冷たく、震えが止まらなかった。握りしめたスマホが何度も手から滑り落ちた。三度目にやっと気持ちを無理やり押さえ込み、佳奈に電話をかけた。だが、コール音が鳴り続けても、誰も出なかった。次に清司にかけたが、やはり応答はない。二人のボディガードにも電話したが、同じく繋がらなかった。その時になって初めて、智哉は心の底から悟った。危険が、ついに家にまで及んだことを。佳奈が……もしかしたらもう……飛行機の中で見たあの夢を思い出し、全身が小刻みに震えた。すぐさま征爾に電話をかけた。声には力がなく、かすれていた。「父さん、佳奈が……多分、何かあった……すぐに様子を見に行ってくれ……俺も今、向かってる……」何しろ本邸の方が、今いる場所よりも別荘に近いからだ。もしかしたら、佳奈と子どもを救える可能性が少しでも高いかもしれない。征爾は電話を受け、数秒間呆然としていたが、やがてこう答えた。「わかった、すぐ行く」電話を切ると、今度は誠健に電話をかけた。切羽詰まった、必死の声だった。「救急隊を連れてうちに来てくれ……急いでくれ……佳奈が危ないんだ」誠健は即座に答えた。「了解、すぐ向かう」智哉は考えうる限りの手を尽くし、頼れる人すべてに連絡を取った。
その痛みは、呼吸すらままならないほどだった。智哉は胸を押さえながら、水のボトルを開けて数口飲んだが、症状はほとんど和らがなかった。それを見た高木が、すぐに心配そうに声をかけた。「高橋社長、体調が優れないんですか?病院に行かれますか?」「大丈夫だ、少し休めば治る」智哉は手で制しながらそう言い、椅子にもたれて目を閉じた。だが、症状は一向に良くならず、むしろ悪化していくばかりだった。頭の中には不吉な映像が浮かび始める。全身血まみれで倒れている佳奈の姿ばかりが、何度も何度も繰り返された。「佳奈っ!」智哉は椅子から飛び起き、思わず叫んだ。高木がすぐに駆け寄る。「高橋社長、飛行機はあと五分で離陸です。何かありましたか?今すぐ中止しましょうか?」数秒間の沈黙の後、智哉は決断した。「何かが起こる気がする……行程はキャンセルだ。すぐに家へ戻る」「かしこまりました。すぐに手配いたします」智哉は慌てて飛行機から降り、佳奈に電話をかけた。電話越しに彼女の無事を確認できたものの、不安は拭えなかった。どうしても、もう一度、直接彼女の顔を見たくなった。車は空港を飛び出し、猛スピードで走り出した。一方その頃、佳奈も電話を切った後、なぜか胸騒ぎを感じていた。智哉の不安が伝染ったのかもしれない。だが、深くは考えず、出産準備バッグの確認を続けていた。哺乳瓶、乳首、消毒器……搾乳機、生理用ナプキン……おむつ、ベビー用タオル、洗面器……一つ一つを丁寧にチェックしていく佳奈。その目には幸せそうな光が宿っていた。あと一ヶ月で、この小さな命に会えると思うと、心が躍る。赤ちゃんはどんな顔をしてるんだろう、パパ似かな、ママ似かな。出産は痛いって聞くけど、テレビみたいに叫んだりするのかな。痛みは怖いけど、それでも幸せな気持ちが勝っていた。そこへ清司が買い物袋を提げて帰ってきた。佳奈がまた準備品を見ているのを見て、笑いながら言った。「もう何回チェックしてるんだよ。必要なもんは全部揃ってるだろ。足りないもんがあったら、病院で何でも買えるし。パパが買ってきてやるから安心しな」佳奈も笑って答えた。「だって、見るだけで嬉しくなるんだもん。ねぇ、パパ、これ見て。このお守り、すごく綺麗でしょ
「承知いたしました。。今すぐ手配します」と高木が答えた誠健が念を押すように言った。「これは小さなことじゃない。国家機密に関わる話なんだ。でっち上げの罪を着せられるなんて簡単なことだぞ。本当に彼女を助け出せる自信はあるのか?」「ない。でも、放っておけないんだ」「でもお前が行ったら、佳奈はどうする?もうすぐ出産だぞ。一人で産ませるつもりか?」その言葉を聞いて、智哉は眉間をぎゅっと押さえた。「すぐに戻る。時間は取らせない。知里に来てもらって、佳奈のそばにいてもらってくれ」智哉は足早に家へ戻った。佳奈はハクを連れて庭を散歩していた。その小さな背中を見た瞬間、智哉の鼻の奥がツンとした。麗美の件がどうなっているか、彼にもわからない。今回どれだけの日数がかかるのかも不明だ。もし自分がいない間に、佳奈に何かあったら……彼女はどうすればいい?そんな最悪の可能性が頭をよぎり、智哉は拳を強く握りしめた。ハクは智哉の車を見つけると、嬉しそうに吠えながら駆け寄ってきた。智哉はしゃがみ込んで、ハクの首元を軽く揉んでから、低い声で言った。「ママのそばにいてやれよ。パパはちょっと出張に行ってくる」ハクは何かを理解したように、数回小さく吠えると、佳奈の元へ走っていった。智哉の突然の帰宅に、佳奈はすぐにただ事じゃないと察した。「どうしたの?何かあったの?」智哉は彼女を抱きしめ、額にそっとキスを落とし、沈んだ声で告げた。「姉さんがM国でトラブルに巻き込まれた。警察に拘束されてる。俺、様子を見に行ってくる。知里を呼んで、君のそばにいてもらう」佳奈は緊張した面持ちで彼を見つめた。「それなら、早く行ってあげて。お姉さんに何かあったら大変」彼女の思いやりに、智哉の胸はさらに締めつけられるようだった。彼は佳奈の頭を優しく撫でながら、かすれた声で言った。「佳奈……ごめん。こんな時期に、君と赤ちゃんのことをちゃんと見てやれなくて……俺、本当にダメな夫だ……」その言葉を、佳奈の手がそっと塞いだ。「智哉、私たちは夫婦だよ。困難は一緒に乗り越えるもの。お姉さんを助けに行って。こっちは大丈夫だから、心配しないで」「ありがとう。じゃあ、着替えだけ取ってすぐ出る」智哉は階段を駆け上がり、何着かの服をバッグに詰めて車に乗
そう言い残して、執事は背を向けて去っていった。その後ろ姿を見つめながら、清司は切なそうに佳奈の方を見た。「佳奈、今、君がどれだけ辛いか分かってる。だけど、智哉だって同じくらい苦しんでるんだ。今は……一度離れるのが、君たち二人にとって一番いい選択かもしれない」ずっと堪えていた涙が、佳奈の頬を伝って静かに流れた。「お父さん……私たち、あんなにいろんなこと乗り越えてきたのに、どうしてまたこんな嵐に巻き込まれなきゃいけないの……禅一先生の言う通りなの?結婚式をちゃんと終えてないから、まだ試練が続いてるってこと?」清司は佳奈を優しく抱きしめ、慰めるように声をかけた。「試練なんて、いつか必ず終わるもんだ。ただな……今回はその試練がちょっとデカすぎるんだよ。智哉はどんなに有能でも、ヨーロッパのいくつもの財閥グループを同時に相手取るなんて……流石に荷が重すぎる」佳奈は涙を拭きながら顔を上げた。「でも、私たちまで離れたら、智哉はもっと辛いんじゃない?一人で全部背負わされて……奈津子おばさんも、外祖父だって……どうやって助けるの?」佳奈には想像もできなかった。自分が本当に智哉のそばを離れたら、彼がどれだけ孤独で、どれだけ苦しむことになるのか。妻の顔も見られず、子供の顔も見られず——あの人はずっと、生まれてくる命を心待ちにしていたのに。清司は大きくため息をつき、佳奈の髪を優しく撫でた。「佳奈、もうそのことは考えるな。君、あと一ヶ月で赤ちゃん産まれるんだろ。今は気持ちを穏やかに保たなきゃダメだ。分かったな?」にこっと笑いながら、清司は言った。「ほら、今日は君の好きなワンタン作ったんだ。奈津子おばさんの味に負けてないか、食べてみろ」一方その頃。智哉はオフィスの椅子に座り、向かいのソファには誠治と誠健が座っていた。三人とも、深刻な表情で黙り込んでいた。しばらくして、智哉が静かに口を開いた。「二人とも、手を出すな。今、もう橘家と遠山家まで巻き込んじまった。これ以上お前たちの家まで危険に晒したくない」誠治がすかさず反論した。「それはダメだろ。結翔が手伝っていいなら、なんで俺たちはダメなんだよ?誰を見下してんだ?」誠健も同調するように声を上げた。「そうだ!うちと誠治の家は、確かに橘家ほどの力はないけど、合
翌朝、佳奈が目を覚ました時、智哉の姿はすでになかった。彼がいない朝にも、少しずつ慣れてきたような気がする。彼が抱える仕事の多さも、苦しみも、全部分かってる。そして、彼がずっと自分との別れを迷っていることも……三年以上一緒に暮らしてきたのだから、智哉の心の中なんて、わからないはずがない。今の状況を見れば、祖父と奈津子おばさんの安全のために、智哉は簡単には動けない。 今は一時的に身を引いて、機を見て一気に反撃するしかないのだ。でも浩之はそれを警戒して、海外の勢力まで使って、智哉の背後の支援を潰しにかかっている。 その結果、佳奈の実家までもが巻き込まれてしまった。もし佳奈が智哉と別れ、橘家と遠山家が彼から手を引けば、被害を免れるかもしれない。でも、そうしたら智哉はどうなるの?彼一人で、あの巨大な黒風会と戦えるはずがない。そう考えると、佳奈の目にはうっすらと涙が浮かんだ。それでも、顔には微笑みを浮かべたまま、そっとお腹に手を当てて、優しく語りかけた。「赤ちゃん、パパはきっと乗り越えるよね?私たちは、パパと離れないよ」そう言って、ベッドから起き上がり、バスルームで身支度を整えた。階段を降りたところで、遠山家の執事が玄関ホールに立っているのが目に入った。何か急ぎの用事のようだった。佳奈はすぐに駆け寄って尋ねた。「執事さん、どうしたんですか?何かあったんですか?」執事は困ったような表情を浮かべながら答えた。「お嬢様、今お伺いするのは本当に心苦しいのですが、他に頼れる方もおらず…… 遠山家は今、かつてないほどの経済危機に直面しております。資金繰りが完全に止まり、海外からの部品輸入もすべて停止。 その影響で工場は稼働停止、大量の注文が納品できず、莫大な違約金が発生しています。 数名の株主が耐えきれず、連携して自殺騒ぎまで起こして……坊ちゃんは今、火の車で世間の批判にも晒されております」その話を聞いても、佳奈はさほど驚かなかった。 それは、すでに予想していたことだから。彼女は静かに尋ねた。「遠山家の資金不足は、どれくらいですか?」「現在のところ、1000億円を超えております。このままでは、さらに膨れ上がる恐れが……」佳奈は清司に目を向け、穏やかな口調で言った。「お父