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第3話

Author: あれんちゃん
紬の不機嫌な様子に対し、玲司は秘書にピンクダイヤモンドを一粒と、大きな花束を注文させた。

女性の機嫌を取るには贈り物が効果的だと、彼は経験から知っていた。これまで紬が拗ねた時も、いつもこの方法で丸め込んできたのだ。

いつもと違ったのは、今回、プレゼントを受け取った紬から甘えたお礼も、機嫌を直した素振りも見られなかったことだ。

秘書に彼女の反応を尋ねても、「特に何も」という素っ気ない返事だったという。

その意味を深く考える前に、会社の会議が彼の思考を遮った。

紬は大学に論文のテーマを提出済で、あとはこれを完成させれば卒業が認められる段階にあった。

論文執筆そのものは、彼女にとって難事ではない。決められた期日までに口頭試問をパスすればいいだけだ。

問題は、思うように上達しない語学の発音だった。

耳が聞こえなかった数年間で鈍った言語機能はまだ回復途上で、特に会話は拙かった。

彼女は親友の相沢萌(あいざわ もえ)に電話をかけた。電話の向こうで、萌がためらいがちに名乗る。

「もしもし?どなたですか?」

「番号は変えてないけど、登録してなかった?」

「うそ、紬!?あなたからの電話なんて何年ぶり!?まさか、耳が……聞こえるようになったの!?」

話せば長くなる。二人はカフェで会う約束をした。

萌を待っていると、玲司から電話がかかってきた。ひどく焦った声だった。

「黒糖の割合って、どれくらいだったっけ?」

「……何のことですか?」

紬が戸惑っていると、受話器の向こうから家政婦の慌てた声が聞こえた。

「弱火ですよ、弱火!そんなに火を強くしたら焦げ付きます!坊ちゃま、やはり私にやらせてください!」

「いや、自分でやる……紬、君が作る例の生姜湯だ。あれに入っている黒糖の割合はどれくらいだったか?

どうして二回作っても、君が作るあの味にならないんだ?

睦が38度の熱を出して、ぐったりしているんだ。薬もあまり効いていないようで……」

受話器越しにも、向こうの混乱ぶりが目に浮かぶ。いつも冷静沈着な玲司が、あれほど我を忘れるのは睦のことだけだ。

彼自身、厨房に立つどころか、食事の好き嫌いが激しく、味には人一倍うるさいというのに。

大学を中退して以来、紬は玲司の世話に専念し、彼の衣食住のすべてを一人で切り盛りしてきた。日々の食事も、わざわざ薬膳を学び、彼のためだけに作り続けた。

そんな玲司を厨房に向かわせる力があるのは、世界でただ一人、睦だけなのだ。

紬は、かつて玲司とスキーに行った時のことを思い出した。あの時、自分は40度の高熱を出し、意識が朦朧としていた。

だが、当時の玲司はまだ彼女を心からは受け入れておらず、大げさに騒いでいるとしか思っていなかった。

異国の地で、すぐに医療も受けられず、紬は独りで耐え抜いた。

それが今や、睦がたった38度の熱を出しただけで、あれほど取り乱すなんて。

……本当に、「初恋」の力は絶大なのだと思い知らされる。

砂糖の入っていないコーヒーを飲んでも、不思議と苦さは感じなかった。

電話を切って間もなく、萌が息を切らして駆け込んできた。

堰を切ったように、萌はまくし立てる。

「あなたから番号を聞いたか何か知らないけど、あの黒瀬玲司って男、マジで最悪よ!

真夜中にいきなり電話してきて、最高級の翡翠の宝飾品一式を探せって言うの!

大金はたくからって!金持ちだからって何様よ、人使いが荒すぎるわ!

『急ぎだ、死ぬほど急いでる』ですって。こっちの都合も考えずに、一人で大騒ぎしちゃって。本当に何様のつもりかしら!

まあ、この私が仕事のできる女で顔も広かったから、何とかなったけどね!」

そう言って、その宝飾品の写真を紬に見せた。

聴力が戻って本当に良かったと、紬は思った。どんなに騒がしい音も、今は心地よい音楽に聞こえる。世界に触れ、世界を愛するための扉が、また一つ開かれた気がした。

萌が話し終えるのを待って、紬は海外へ行きたいが会話に自信がないという悩みを打ち明けた。

萌は真顔でアドバイスした。

「あなたねえ、本当に浦島太郎なんだから。今の世の中、めちゃくちゃ進んでるのよ。

それこそ、お金を積めば、外国語を教えてくれて、夜はベッドの温め方まで教えてくれる、シックスパックのイケメン家庭教師だっているんだから!」

ふと、萌は真剣な顔に戻った。

「……本気なのね?海外へ行くって。玲司さんのもとを、本当に離れるの?」

紬は頷いた。

「それと、もう一つ。あなたは宝飾品に詳しいから見てほしいんだけど、これ、大体いくらくらいになると思う?」

「あなたのそのダイヤ、私にはあまり良い販売ルートがないのよね……でも、これがあるわ」

萌が差し出した宝飾オークションの招待状を見て、紬は彼女の有能さを再認識した。萌の専門は翡翠だ。

この手のダイヤモンドを彼女のルートで売れば、きっと買い叩かれる。だが、専門家が集まるオークションなら話は別だ。人脈さえ作れれば、不当に安く売らずに済むだろう。

数日後、紬は翠ヶ丘のヴィラを出る決心をした。

最後に一言だけ連絡しておこうと電話をかけると、意外にも玲奈が出た。

「兄さんは今、睦ちゃんとウェディングドレスを選んでるの。まさか、黒瀬家のお嫁さん気取りで探りを入れに来たわけ?邪魔しないでくれる!」

一方的に切れた電話の音を聞きながら、紬は自嘲の笑みを浮かべた。まあいい。どうせ私がいてもいなくても、彼は気にも留めないのだから。

夕方、紬はこの宝飾オークションがこれほど大規模なものとは知らず、普段着のワンピース一枚で急いで駆けつけた。

会場に入って初めて、誰もが豪奢なドレスやタキシードで着飾っていることに気づく。

だが、自分がこれから手にする資産を思えば、ここで気後れする必要などなかった。

やがて人々がざわめき、会場中央のステージへと集まり始めた。

そして舞台の上、スポットライトの下に現れたのは玲司だった。その隣には、睦が寄り添っている。

睦が身に着けているのは、数日前に萌が写真で見せてくれた、あの最高級の翡翠の宝飾品だった。

大切にされ、心を尽くされている。

ふと、玲司が自分に贈ってくれたプレゼントは、いつも秘書がデパートで適当に選んだものだったことを思い出す。

心のこもらない、おざなりだった。
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