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第3話 息苦しい再会

作者: スナオ
last update 最終更新日: 2025-08-22 07:03:45

 あずさの療育は母である香織の仕事であり、あずさは四方院本家で育てられることになった。普通に考えれば、仮にあずさの魂をもっていたとしても、記憶はないはずだ。だから桜夜は、彼女がどう育つかはわからず、ただ見守ることしかできないはずだった。しかし玄武は、あずさに記憶を持ったまま転生できるよう術をかけたと四方院家に戻った桜夜に告げた。それが本当かはわからないが、桜夜はストライキを続けたまま、あずさの成長を見守ることにした。

 あずさと名付けられた赤ん坊は桜夜によくなついていた。しかし桜夜は接触を控え、自分の屋敷にこもって後進を育てるばかりだった。まるで死ぬ準備をするかのように身辺整理を始めた桜夜を、サイカとリオは心配することしかできなかった。ホムラだけはがむしゃらに訓練し、今後に備えているようだった。

 それから数年後、物心ついたあずさが桜夜を訪ねてきた。桜夜は会うことを恐れたが、立場上会う必要があった。出迎えた桜夜にあずさは抱き着いてきた。

「ばか! せっかく転生してやったんだから毎日会いに来なさいよ!」

「……ごめん」

 小さな子どもではあったが、その口調とぬくもりは、確かに桜夜の知るあずさだった。二人が抱き合う姿は歳の離れた兄妹を連想させ、かつての関係とは真逆のものになっていた。そのいびつな関係に桜夜が苦笑していると、リオが屋敷の奥から出てきてあずさに挨拶をした。

「はじめまして、あずささま。わたくしはリオと申します。以後お見知りおきを」

 リオの態度は重苦しく、あずさは緊張していた。前世からお嬢様であるあずさだが、病院暮らしが長く、コミュニケーションには難ありだった。

「お茶とお菓子を用意しております。どうぞこちらへ」

「行こうか、……あずさ」

 また名前を呼べることにむずむずしながらも、桜夜はあずさをエスコートする。その前を歩くリオも、子どもであるあずさにペースを合わせているようだった。

◆◆◆

桜夜の屋敷――リビング

 桜夜があずさにソファを勧めたあと、しばらく彼は立っていた。まだ子どもにある意味で戻ってしまったあずさと

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