Short
40キロ痩せても家族の輪に入れない。もう入らない

40キロ痩せても家族の輪に入れない。もう入らない

Par:  ゴウちゃんは目玉焼きが好きComplété
Langue: Japanese
goodnovel4goodnovel
9Chapitres
1.7KVues
Lire
Bibliothèque

Partager:  

Report
Overview
Catalog
Scanner le code pour lire sur l'application

大学3年の夏休みが始まった日、両親がSUVで私たちを迎えに来た。 兄の榎並慧吾(えなみ けいご)は荷物を運び、双子の妹の榎並茉白(えなみ ましろ)は母の腕にしがみついて甘えていた。 私、榎並羽白(えなみ はしろ)が大きなビニールの編み袋を担いで階段を下りてくると、家族は目を丸くした。誰も私だと気づかなかったのだ。 「は、羽白……?」 「どうしてそんなに痩せたの?」 母は複雑そうな顔で、私を上から下まで眺めた。 少しだけ嬉しくなった。 けれど次の瞬間、母は眉をひそめた。 「まさか病気じゃないでしょうね?あんたの医療費まで面倒見られないわよ」 兄も嫌そうな顔で私を見た。 「茉白と張り合って、親の気を引くために痩せたのか?くだらない」 父が車の窓から顔を出した。 「もう時間がない。予約した店の時間になるぞ。 いつもどおり、車酔いする茉白が助手席で、慧吾は後ろだ。 もう乗れないから、羽白はタクシーで来てくれ」 私は編み袋を握りしめた。 「でも、5人乗りでしょ?今の私なら……」 言い終わる前に、車は走り去ってしまった。 私は荷物を抱えたまま、しばらくその場に立ち尽くした。 昔の私は90キロあった。 兄に2万円以上するバスケットシューズを買ったとき、父は「お前は太ってて足が入らないだろ」と言って、私には買ってくれなかった。 妹が可愛いワンピースを着ていても、母は「羽白のサイズはないから」と、私の分を買おうともしなかった。 車に乗せてもらえないのも、ずっと太っているせいだと思っていた。 でも、40キロ痩せた今も、あの家には私の居場所がなかった。 だったら、もうあの家に居場所を求めるのはやめよう。

Voir plus

Chapitre 1

第1話

大学の梶原(かじわら)先生に電話をかけた。

「先生、以前お話しいただいた宇宙研究の特別枠、今からでも応募できますか?」

「もちろん!枠はずっと空けてあるよ。明後日までなら間に合うから!」

そう言ってから、先生は一瞬言いよどんだ。

「ただ、選ばれたら最低3年間は現地での研究に専念することになる。原則として途中で辞められないし、簡単には帰省もできない。それでもいいんだね?」

「はい」

電話を切った途端、スマホが震えた。

いつの間にか、知らないグループチャットに追加されていた。

【お姉ちゃん、追いかけてこなかったね。私の荷物が多すぎて車に乗れなかったから、怒っちゃったのかな?🥺】

茉白からだった。

すぐに慧吾から返信が来た。

【痩せたら前より気が強くなったな。放っとけよ】

続いて母からも届いた。

【ほんと、昔からひねくれた子なんだから】

画面を見つめていると、さらにメッセージが表示された。

【やっぱり、小さい頃から一緒に暮らしてないと、懐かないものね】

懐かない、か。

私と茉白は双子だ。

私たちが生まれたとき、家にはすでに兄がいた。3人も育てるのは大変だからと、両親は私だけを田舎に住む父方の祖母に預けた。

家に迎えられたのは、6歳になってからだった。

あのとき、どれほど嬉しかったか。今でもよく覚えている。

会う人みんなに「もうすぐお母さんが迎えに来てくれるんだ」と話していた。

迎えに来てもらう日に着る服を3回も洗い、顔にはクリームを丁寧に塗った。

けれど、玄関に出てきた母は、私を見るなり言った。

「真っ黒に日焼けして、こんなに太って。ほんと、ブサイクね」

奥の部屋から、お姫様みたいなワンピースを着た茉白が駆け出してきた。

私を見上げ、しばらくじろじろ眺めたかと思うと、突然笑い出した。

「お姉ちゃん、ブタさんみたーい!」

私は玄関先に立ち尽くしたまま、動けなかった。

胸の奥がすうっと冷たくなったのを覚えている。

ふいにスマホが震え、我に返った。

見ると、またグループから外されていた。

最後に表示されていたのは、父からのメッセージだった。

【誰だ、羽白をこのグループに入れたのは】

しばらく呆然としたあと、少し上のやり取りを見返した。

そこでようやく、グループ名が以前の【榎並家】ではなく、【うちら4人】になっていることに気づいた。

私の知らないところで、家族は別のグループを作っていたんだ。

スマホを握りしめたまま、思わず笑いそうになった。

太っていた頃はブサイクだと言われ、痩せたら今度は気が強いと言われる。

結局、何をしたって気に入らないんだろう。

息をしているだけでも、文句を言われそうだ。

私は店の個室には向かわず、そのままタクシーを拾って家に帰った。

うちは古いマンションの6階にある。

大きなビニールの編み袋を引きずりながら、階段を1段ずつ上がっていく。

薄暗い階段が、いつもよりずっと長く感じた。

ようやく上りきった頃には、額から汗が噴き出し、背中までびっしょり濡れていた。

玄関の指紋認証式の鍵が、青白く光っている。

親指を押し当てた。

「ピッ。認証できませんでした」

もう1度押す。

「ピッ。認証できませんでした」

3回目には警告音が鳴った。

「認証エラーが続いたため、指紋認証をロックしました。管理者にお問い合わせください」

南凪市の夏は蒸し暑い。

額を伝う汗が目に入り、ひりひりと痛んだ。

スマホも充電が切れてしまい、廊下で待つしかなかった。

物音に反応する廊下の照明は、しばらくすると消えてしまう。そのたびに足を踏み鳴らしてつけ直した。

消えたら、また足を鳴らす。

蚊に刺された脚はあちこち腫れ上がり、立ちっぱなしで両脚もすっかりこわばっていた。

ようやく階段のほうから、楽しそうな話し声が聞こえてきた。

「さっきのエビのピリ辛炒め、おいしかったわね!」

階段を上がってきた母が、玄関の前にいる私に気づいた。

途端に、みんな黙り込んだ。

母は私の横をすり抜け、鍵に親指を押し当てた。

「認証エラーが続いたためロックされています。管理者にお問い合わせください」

無機質な女性の音声が繰り返された。

母は汗を拭いながら、うんざりした声で言った。

「また鍵を壊したの?まったく、いつも羽白ばっかり。あんたが触ると何でも壊れるんだから」

昔からそうだった。

家の物を壊すのは、決まって慧吾か茉白だった。

でも、私が家に戻ってからは、誰の仕業かわからないことは、みんな私のせいになった。

そもそも、この鍵には私の指紋が登録されていない。

そう説明しようとしたけれど、口を開きかけてやめた。

もう、いいか。

どうせこれからは、ここに帰ってくることもほとんどないのだから。

Déplier
Chapitre suivant
Télécharger

Dernier chapitre

Plus de chapitres

commentaires

ノンスケ
ノンスケ
実の子の中で1人だけ標的にされる子がいる話、よくあるんだけど、子どもには元々何の罪もないんだから、大人の都合で贔屓するのはやめてほしい。この主人公も豚と言われて20キロ痩せても、家の車に乗せてもらえず、妹に罪を着せられ、家族で出かけたレストランに入らず帰宅し、そのまま宇宙開発センターに入る。本当はセンターに入ると3年間誰にも会えないからお別れを言いに行ったが、誰も気にしてなかった。主人公は2度と戻らないと決めて旅立ち、帰らなかった。残った家族はようやくこれまでの事実を知って罪悪感に潰されそうになる。自業自得だって。
2026-11-08 19:02:41
0
0
しょう
しょう
毒家族から離れられて良かった。 とくに母親さぁ、、阿呆娘(ヒロインの妹)の手のひらで転がされすぎるんよ。同姓だからこそ盲目にならずに見えることがあるはずなんだけどなぁ
2026-11-08 10:09:39
0
0
9
第1話
大学の梶原(かじわら)先生に電話をかけた。「先生、以前お話しいただいた宇宙研究の特別枠、今からでも応募できますか?」「もちろん!枠はずっと空けてあるよ。明後日までなら間に合うから!」そう言ってから、先生は一瞬言いよどんだ。「ただ、選ばれたら最低3年間は現地での研究に専念することになる。原則として途中で辞められないし、簡単には帰省もできない。それでもいいんだね?」「はい」電話を切った途端、スマホが震えた。いつの間にか、知らないグループチャットに追加されていた。【お姉ちゃん、追いかけてこなかったね。私の荷物が多すぎて車に乗れなかったから、怒っちゃったのかな?🥺】茉白からだった。すぐに慧吾から返信が来た。【痩せたら前より気が強くなったな。放っとけよ】続いて母からも届いた。【ほんと、昔からひねくれた子なんだから】画面を見つめていると、さらにメッセージが表示された。【やっぱり、小さい頃から一緒に暮らしてないと、懐かないものね】懐かない、か。私と茉白は双子だ。私たちが生まれたとき、家にはすでに兄がいた。3人も育てるのは大変だからと、両親は私だけを田舎に住む父方の祖母に預けた。家に迎えられたのは、6歳になってからだった。あのとき、どれほど嬉しかったか。今でもよく覚えている。会う人みんなに「もうすぐお母さんが迎えに来てくれるんだ」と話していた。迎えに来てもらう日に着る服を3回も洗い、顔にはクリームを丁寧に塗った。けれど、玄関に出てきた母は、私を見るなり言った。「真っ黒に日焼けして、こんなに太って。ほんと、ブサイクね」奥の部屋から、お姫様みたいなワンピースを着た茉白が駆け出してきた。私を見上げ、しばらくじろじろ眺めたかと思うと、突然笑い出した。「お姉ちゃん、ブタさんみたーい!」私は玄関先に立ち尽くしたまま、動けなかった。胸の奥がすうっと冷たくなったのを覚えている。ふいにスマホが震え、我に返った。見ると、またグループから外されていた。最後に表示されていたのは、父からのメッセージだった。【誰だ、羽白をこのグループに入れたのは】しばらく呆然としたあと、少し上のやり取りを見返した。そこでようやく、グループ名が以前の【榎並家】ではなく、【うちら4人】にな
Read More
第2話
茉白がふいに近づいてきて、甘えるように私の腕に絡みついた。「もう、みんなお姉ちゃんを責めないでよ。また怒っちゃうでしょ」そう言うと、唇を尖らせ、きらきらした目で私を見つめた。「お姉ちゃんもひどいよ。こんなに痩せたのに、全然教えてくれないんだもん。いつも私には内緒なんだから」その顔をじっと見つめた。不思議なことに、双子なのに私たちはちっとも似ていない。私は面長で、少しつり目だ。痩せてからは、少しきつい印象の顔になった。一方、茉白は丸みのある顔で、笑うと両頬にえくぼができる。誰からも可愛いと言われる顔だ。大学に入ってからも同じだった。茉白とは隣の教室で授業を受けることが多かった。けれど入学した頃の私は、太っているというだけで仲間外れにされた。茉白はいつも大勢の友達に囲まれ、学内でも有名な人気者だった。ある日の合同講義で、誰かが茉白に聞いた。「隣の教室によくいるあのデブ、茉白と名字が同じだよね。地元も一緒らしいけど、姉妹なの?」茉白はわざと声を張り上げた。「まさか!私があんなデブに似てると思う?」あのとき、どんな気持ちだったのかはもう覚えていない。ただ、講義が終わってからグラウンドを何周も歩き続け、翌日から運動を始めたことだけは覚えている。3年かけて、40キロ痩せた。あれだけ近くにいたのに、今さら「教えてくれなかった」なんて。カチャリと音がして、玄関のドアが開いた。明かりがつき、ようやく脚のあちこちに赤い発疹が広がっていることに気づいた。絡められた腕を外し、そのまま家に入った。私の部屋は玄関に一番近い、物置を改装した小さな部屋だった。ところが、ドアを開けると白い子犬が私に向かって激しく吠え始めた。置いてあったはずのシングルベッドもなくなっている。「ワンワン!」父と慧吾は茉白のスーツケースを抱え、私の横を通り過ぎて一番奥の寝室へ向かった。母は茉白の肩を抱いて家に入り、小声でこぼした。「放っときなさい。ほんと、何がそんなに気に入らないんだか。誰かに恨みでもあるみたいな顔して」大きなビニールの編み袋を持ったまま、部屋の前に立ち尽くした。自分の家のはずなのに、まるでよその家に来たみたいだった。「お母さん、私、どこで寝ればいいの?」母はうんざりしたように目をむ
Read More
第3話
子どもの頃、慧吾と茉白には、それぞれ特別に作ってもらった茶碗と箸があった。私の分だけ、なかった。母方のおばあちゃんが遊びに来たとき、勇気を出してそのことを話してみた。すると、母にこっぴどく叱られた。「人一倍食べるくせに、文句まで多いんだから。茶碗だってタダじゃないのよ。わざわざおばあちゃんの前で言ったんでしょ?小さいくせに、ほんとにずる賢い子ね」その日は涙をぽろぽろこぼしながら、ご飯を茶碗半分だけ食べて部屋に戻った。でも、帰る前におばあちゃんが部屋のドアをノックして、にこにこしながら私のために用意してくれた茶碗を渡してくれた。「慧吾と茉白にあるんだから、羽白にもなくちゃね」その場はしんと静まり返った。母は何度かまばたきをして、複雑そうな顔で脇へよけた。その脇を通り抜け、茶碗を流しで洗った。きれいに拭いてから、大きなビニールの編み袋にそっとしまう。そして、もう1度尋ねた。「私が寝る場所はあるの?ないならホテルに泊まるけど」父が大きく息を吸い、何か言いかけたところで、母が制した。「ベランダに折りたたみベッドがあるから……」うなずいて、どうにか寝る場所を作った。本当は、ちゃんと家族に別れを告げるつもりだった。でも、もうその必要もなさそうだ。ベランダは蒸し風呂のように暑かった。腰の後ろをぶつけたところが腫れ上がり、痛くて何度も寝返りを打った。結局、朝まで一睡もできなかった。腰を冷やそうと、冷凍庫を開けた。中は家族ごとに場所が決められていた。一番下には【茉白専用アイス】と書かれたスペースがある。真ん中には、慧吾の大好きな牛肉が入っていた。隅にあった保冷剤を取り出した。そのとき、両親の寝室から話し声が聞こえてきた。かすかに私の名前も聞こえる。思わず足音を忍ばせ、寝室へ近づいた。「あのとき、蒼陵大学の出願締め切り前にわざとネットの回線を抜いたのは、やっぱりやりすぎだったかな。羽白なら受かってたかもしれないのに、結局、地元の南凪総合大学に行かせることになって……」父の声だった。すぐに母が声を荒らげた。「何がやりすぎなのよ!姉妹で同じ大学に通えるんだから、いいじゃない。羽白が遠くの蒼陵市に行ってたら、茉白がどれだけ悲しんだと思うの?」全身が震えた。
Read More
第4話
母は私に呆れたような目を向け、慌てて話題を変えた。「そうそう、慧吾は今年、大学院の修士課程を修了して、北嶺地質研究所への就職も決まったのよ」祖父母はたちまち顔をほころばせた。「さすがは自慢の孫だねえ。立派になったもんだ」「茉白はどうなんだい?就職先は決まったのか?」父がすかさず答えた。「茉白も決まったよ。大手の電力会社から内定をもらって、あとは入社を待つだけだ」「2人とも偉いねえ。それに比べて、いい年して家で食べさせてもらうばかりの子もいるっていうのに」「私も仕事は決まってる。あと2、3日したら飛行機で向こうに行くから」真面目にそう答えると、祖母は鼻で笑った。「よく言うよ。飛行機代すら払えないくせに」その夜は親戚も集まって食事をすることになっていた。家族そろって出かけることになり、今回は人数が多かったので、茉白が自分から祖母と一緒にタクシーに乗った。おかげで、家のSUVにもようやく空席ができた。すると慧吾が、突然助手席のドアを開けた。「お前も車酔いするんだったよな?」「覚え違いじゃない?」慧吾の横を通り過ぎ、後部座席に乗り込んだ。店に着くと、父方の伯母たちは私を何度も見たのに、なかなか誰だかわからなかった。「えっ、羽白なの?こんなに痩せちゃったの?」伯母の1人が私の手を取った。「いつの間にこんなに細くなったの?お父さんもお母さんも、さぞ心配したでしょうね」私は小さく笑っただけで、何も答えなかった。両親は顔を見合わせ、気まずそうにしていた。そのとき、祖母がふと手首に触れ、甲高い声を上げた。「あれっ、私の金のブレスレットは?」祖父が眉をひそめた。「何を騒いでるんだ。家に置いてきたんじゃないのか?」「そんなはずないよ!出かけるときは確かにつけてたんだから!」そう言ったかと思うと、祖母はいきなりこちらを振り向き、私の頬を思いきり叩いた。「羽白、あんたが盗ったんだろ!昔から手癖の悪い子だったからね!」耳の奥で、キーンと音が鳴った。じんじん痛む頬を押さえた。「私じゃない!おばあちゃんと同じタクシーに乗ってたのは茉白でしょ?どうして私を疑うの!」みんなの視線が茉白に集まった。茉白は目を泳がせたかと思うと、急に目に涙をためて泣き出した。「私
Read More
第5話
私が店を出たあとも、榎並家の面々は相変わらずにぎやかに食事を続けていた。ひととおり飲み食いしたところで、2人の伯母が顔を見合わせ、両親に声をかけた。「慧吾も茉白もいい子だけど、羽白だって小さい頃から手のかからない子だったじゃない。あの子が人の物を盗むとは思えないわ。みんな同じ自分の子なんだから、羽白のことももう少し可愛がってあげなさいよ」母はむっとして言い返しかけた。可愛がっていなかったら、あんなに太るわけがない。昔から何か言われるたびに、家族そろってそう言い返してきた。けれど、40キロも痩せ、顔までほっそりした羽白の姿が浮かぶと、言葉が出てこなかった。「あの子が悪いことをしなければ、私だってあんなことしないわよ。もういいでしょ。今回こそきっちり叱っておかないと、ますますつけ上がるんだから。あの子のためにやってるのよ」父もため息をついた。「羽白は頑固だからな。今のうちにあの性格を直してやらないと、社会に出てから本人が苦労するだろう」「そうだよ」祖母もすかさず口を挟んだ。「そもそも、私の金のブレスレットが勝手になくなるわけないだろ。あの子がバッグを見せようとしなかったのは、やましいことがあるからに決まってる!」慧吾は、店に入る前に見た羽白の顔を思い出した。あの、何もかも諦めたような目が、頭から離れなかった。なぜか胸がざわついた。「もう羽白を中に入れてやろうよ。十分反省しただろうし、あいつ、まだ何も食べてないんだ。あんなに痩せてるんだから、低血糖で倒れたりしたら……」以前なら、羽白が低血糖を起こす心配など、誰もしなかっただろう。親戚中で一番太っていて、食いしん坊だと馬鹿にされ、誰からも煙たがられていたのが羽白だった。食卓が静まり返った。さすがの祖母も、何も言い返せなかった。茉白は目を伏せ、しばらく考え込んでから、突然母の腕に抱きついた。「ねえ、お母さん。お姉ちゃんを中に入れてあげようよ。どうしてもっていうなら、私がお年玉を貯めたお金で、おばあちゃんのブレスレットを弁償するから。お姉ちゃんだって、わざとやったわけじゃないと思うし……お姉ちゃんを入れてくれないなら、私ももう食べない!」母はほっとしたように息をついた。それをきっかけに、渋々慧吾に声をかけた。「じ
Read More
第6話
慧吾は頭を抱え、家の中を何度も行ったり来たりした。「羽白、絶対に俺たちのことを怒ってるんだ。俺のことまでブロックしたんだぞ」両親は顔を見合わせ、表情をこわばらせた。家の隅々まで探したが、羽白はどこにもいなかった。「あの子ったら!」母は忌々しそうにつぶやいた。「家出なんかして、わざと私たちを心配させようとしてるのよ!」そこへ父が口を挟んだ。「待てよ。羽白は仕事が決まったって言ってなかったか?飛行機で行くとも……まさか、本当に行ってしまったんじゃないだろうな?」父の言葉に、母の表情もこわばった。母は唾を飲み、震える声で言った。「そんなはずないわ。まだ20代の女の子なのよ?1人でそんな遠くまで行けるわけないじゃない」「羽白なら行くよ」慧吾が低い声で答えた。「この3年間、学費を稼ぐために、飛行機に乗って遠くの工場まで1人で短期バイトに行ってたんだ。今さら1人で遠くへ行くくらい、平気だよ」そのとき、父がキッチンのゴミ箱を抱えて飛び出してきた。黄色い脂の浮いた鶏のスープに、細かく破られた家族写真の切れ端がいくつも浮かんでいた。「これ、羽白がスマホケースに挟んでた家族写真よね」母が小さな声で言った。「前は私にさえ触らせなかったのに……自分で破っちゃったの?」3人はしばらく言葉を失った。3人はいても立ってもいられず、SUVに飛び乗って空港へ向かった。マンションを出るときに茉白と鉢合わせたが、誰も声をかけなかった。空港は大勢の人でごった返し、窓の向こうでは飛行機が次々と離着陸していた。両親と慧吾は広いロビーに立ち尽くし、何度も羽白に電話をかけた。けれど、何度かけてもつながらない。そこで初めて、3人は思い知らされた。これだけ人がいても、羽白がどこにいるのか、手がかりひとつない。自分から姿を見せてくれない限り、探し出せないのだ。母はもう人目など気にしていられなかった。案内カウンターへ駆け寄ると、目を真っ赤にして、その場に膝をついた。「お願いします!娘が飛行機に乗ったかどうかだけでも調べてもらえませんか?今日、家族で食事をしている間に、いなくなってしまったんです。飛行機で仕事先に行くとは言っていたんですけど、私たち、何も知らなくて……」空港の職員は、取り乱した
Read More
第7話
その頃、私はすでに星見野先端宇宙研究センターの試験施設に到着していた。強い日差しが地面に照りつけている。南凪市の蒸し暑さとは違い、空気はからっと乾いていた。日差しは強いのに、不思議と暑苦しくなかった。迎えに来てくれたのは、30代の女性職員、藤代千景(ふじしろ ちかげ)さんだった。1人で来た私を見ると、大きな荷物袋をさっと持ってくれた。「こんなに若いのに選ばれたのね。きっとすごく優秀なんだわ」千景さんは優しそうな人で、まるで妹に接するように気さくに話しかけてくれた。私も、いつの間にか緊張がほぐれていた。千景さんについて施設を一通り見て回り、これから携わる宇宙開発の研究についても教えてもらった。「実はね、高校時代からあなたの名前は知っていたの。高校生向けの物理コンテストで、あの年、この地域からただ1人、全国の最終選考まで進んだでしょう?研究所でも話題になっていたのよ。あの成績なら蒼陵大学に進むと思っていたから、別の大学に進学したと聞いて驚いたわ。でも、どこの大学に進んだかで、あなたの実力が変わるわけじゃないもの。こうして来てくれて、本当によかった」そう言って、千景さんは私を研究チームのみんなに紹介してくれた。「今日から一緒に研究する羽白さんです。うちのチームで一番若いのよ。南凪から1人でここまで来てくれたんだから、みんな、よろしくね」誰も頬に残った手の跡について聞かなかった。どうして1人でここまで来たのかも、詮索しなかった。みんな明るく、でもこちらの気持ちを気遣いながら迎えてくれた。食堂にも連れていってくれた。好きなものを何でも頼んでいいという。祖母の家でも、両親の家でも、私が食べるのはいつもみんなの残り物だった。みんなが食べたがらないものを、私が食べる。ずっとそうだった。私が何を食べたいかなんて、誰も気にしなかった。唇を噛んだ。顔が熱くなるのを感じながら、小さな声で言った。「……豚の角煮が食べたいです」子どもの頃から大好きだった料理だ。でも、家で角煮が出るたびに、慧吾と茉白が全部食べてしまい、私の番には煮汁しか残っていなかった。「いいねえ、角煮!そんなのお安いご用だよ!」少しふくよかな男性職員が、にこにこしながら言った。「この子、南凪からはるばる来たんだって
Read More
第8話
研究所では、毎日ほぼ同じ時間に起きて過ごした。朝は食堂でご飯を食べてから研究棟で会議。午後は試験施設へ行き、夜はその日の実験や作業をみんなで振り返った。専門的なことをひとつでも多く覚えたくて、毎日、夢中で学んだ。ここに来て、初めて研究の面白さを知った。自分は何をしたいのか。これからどう生きていきたいのか。やっと、自分の進みたい道が見えた。榎並家のことは、自分から知ろうとはしなかった。それでも、たまに話が伝わってきた。祖母の金のブレスレットを盗んだのは、やはり茉白だった。買い物でお金を使いすぎ、ネットで借りた金は400万円にまで膨らんでいたらしい。両親と大喧嘩した末、茉白は家を飛び出した。そして1年後、素行の悪い男との子どもを妊娠したことがわかり、母はその場で気を失ったという。両親は、私が子どもの頃、祖父母の家でどんな暮らしをしていたのかも調べたらしい。両親は、私が太っていた理由もそこで初めて知ったそうだ。近所の人たちは、当時のことを両親に話してくれたという。私はまともな野菜さえほとんど食べさせてもらえず、祖父母が残した脂っこい汁物や、残り汁をかけただけのご飯ばかり食べていた。それだけでなく、畑仕事や鶏の世話もさせられていた。日焼けするのも当然だった。祖父母の家から戻った日、父は黙ったまま、何度も自分の頬を叩いたそうだ。母も止めなかったという。慧吾は、私が蒼陵大学に進めなかった本当の理由を知ると、1人で家を出て、北嶺地質研究所へ向かった。両親に顔を合わせるのがつらかったのか、それから3年間、私と同じように1度も帰省しなかった。たった3年で、あれほど騒がしかった家には、両親だけが残った。2人は毎日のように泣いて暮らしていたらしい。そんなある日。エンジンの轟音が試験場に響き渡り、施設全体が大きく揺れた。管制室にいた私たちは、みんな涙を流していた。けれど、誰もが笑っていた。チームリーダーが私の肩を力強く叩いた。「ここまで早く実験が進んだのは、羽白が第3段階の軌道投入制御について、いい案を出してくれたおかげだよ」そして、嬉しそうに笑った。「羽白、よくやったな。これからが楽しみだよ」リーダーは満足そうにうなずいた。「よし!2週間休みを取っていいぞ。好き
Read More
第9話
ここは、おばあちゃんが眠る場所だった。写真のおばあちゃんは、覚えているとおりの優しい顔で笑っていた。「おばあちゃん、昔言ってくれたよね。どんな道を選んでも、幸せになりなさいって。今日はそれを伝えに来たの。今の私は幸せだよ。本当に」そのとき、後ろから女の人の震える声が聞こえた。「……羽白?」振り返ると、そこにいたのは3年ぶりに会う両親と慧吾だった。前のように威張った様子はなかった。3人とも、必死な顔で私を見ていた。「大学に寄って、先生や友達に会ってきたんだってね。帰ってきてたなら、どうして家には顔を出してくれなかったの?」母が震えながら近づいてきた。私は1歩後ずさった。「私に帰る家なんてあるの?」慧吾は目を赤くしていた。「羽白、今までお前のことをちゃんと見てやれなくて、ごめんな。兄ちゃんが悪かった。茉白はもう家と縁を切ったんだ。これからは誰も嘘をついて、お前に罪をなすりつけたりしない。だから、帰ってきてくれないか?」父も涙を拭いながら言った。「お前の好きな角煮、家で作ってあるんだ。前に、食べたいって言ってただろ?」私は3人を見つめた。「でも、研究所なら毎日でも食べられるよ。みんな、すごくよくしてくれる。あの家にいた頃とは比べものにならないくらい」3人は言葉を失い、つらそうに顔を歪めた。「羽白……」「あなたたちが茉白をかばってばかりいなければ、あの子だって、あんなに平気で私に罪をなすりつけたりしなかったでしょ。小さい頃、私を父さんの実家に預けなければ、あっちのおばあちゃんだってあんなに好き勝手できなかったでしょ。あの家で私がどんな扱いを受けていたか、知らなかったとは言わせないよ」両親は目を真っ赤にしたまま、何も答えなかった。慧吾も何か言いかけたが、その顔には動揺が広がっていた。「ずっと私を傷つけてきたのは、あなたたちなんだよ」私は静かに言った。「あなたたちに、私の家族を名乗る資格なんてない。あの家には二度と帰らないから、もう私を捜さないで」そう告げると、3人の横を通り過ぎ、霊園の入口に停まっていた研究所の車に乗り込んだ。車が走り出したとき、霊園のほうから誰かの泣き叫ぶ声がかすかに聞こえた。でも、もう私には関係のないことだった。おわり。
Read More
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status