Se connecter大学3年の夏休みが始まった日、両親がSUVで私たちを迎えに来た。 兄の榎並慧吾(えなみ けいご)は荷物を運び、双子の妹の榎並茉白(えなみ ましろ)は母の腕にしがみついて甘えていた。 私、榎並羽白(えなみ はしろ)が大きなビニールの編み袋を担いで階段を下りてくると、家族は目を丸くした。誰も私だと気づかなかったのだ。 「は、羽白……?」 「どうしてそんなに痩せたの?」 母は複雑そうな顔で、私を上から下まで眺めた。 少しだけ嬉しくなった。 けれど次の瞬間、母は眉をひそめた。 「まさか病気じゃないでしょうね?あんたの医療費まで面倒見られないわよ」 兄も嫌そうな顔で私を見た。 「茉白と張り合って、親の気を引くために痩せたのか?くだらない」 父が車の窓から顔を出した。 「もう時間がない。予約した店の時間になるぞ。 いつもどおり、車酔いする茉白が助手席で、慧吾は後ろだ。 もう乗れないから、羽白はタクシーで来てくれ」 私は編み袋を握りしめた。 「でも、5人乗りでしょ?今の私なら……」 言い終わる前に、車は走り去ってしまった。 私は荷物を抱えたまま、しばらくその場に立ち尽くした。 昔の私は90キロあった。 兄に2万円以上するバスケットシューズを買ったとき、父は「お前は太ってて足が入らないだろ」と言って、私には買ってくれなかった。 妹が可愛いワンピースを着ていても、母は「羽白のサイズはないから」と、私の分を買おうともしなかった。 車に乗せてもらえないのも、ずっと太っているせいだと思っていた。 でも、40キロ痩せた今も、あの家には私の居場所がなかった。 だったら、もうあの家に居場所を求めるのはやめよう。
Voir plusここは、おばあちゃんが眠る場所だった。写真のおばあちゃんは、覚えているとおりの優しい顔で笑っていた。「おばあちゃん、昔言ってくれたよね。どんな道を選んでも、幸せになりなさいって。今日はそれを伝えに来たの。今の私は幸せだよ。本当に」そのとき、後ろから女の人の震える声が聞こえた。「……羽白?」振り返ると、そこにいたのは3年ぶりに会う両親と慧吾だった。前のように威張った様子はなかった。3人とも、必死な顔で私を見ていた。「大学に寄って、先生や友達に会ってきたんだってね。帰ってきてたなら、どうして家には顔を出してくれなかったの?」母が震えながら近づいてきた。私は1歩後ずさった。「私に帰る家なんてあるの?」慧吾は目を赤くしていた。「羽白、今までお前のことをちゃんと見てやれなくて、ごめんな。兄ちゃんが悪かった。茉白はもう家と縁を切ったんだ。これからは誰も嘘をついて、お前に罪をなすりつけたりしない。だから、帰ってきてくれないか?」父も涙を拭いながら言った。「お前の好きな角煮、家で作ってあるんだ。前に、食べたいって言ってただろ?」私は3人を見つめた。「でも、研究所なら毎日でも食べられるよ。みんな、すごくよくしてくれる。あの家にいた頃とは比べものにならないくらい」3人は言葉を失い、つらそうに顔を歪めた。「羽白……」「あなたたちが茉白をかばってばかりいなければ、あの子だって、あんなに平気で私に罪をなすりつけたりしなかったでしょ。小さい頃、私を父さんの実家に預けなければ、あっちのおばあちゃんだってあんなに好き勝手できなかったでしょ。あの家で私がどんな扱いを受けていたか、知らなかったとは言わせないよ」両親は目を真っ赤にしたまま、何も答えなかった。慧吾も何か言いかけたが、その顔には動揺が広がっていた。「ずっと私を傷つけてきたのは、あなたたちなんだよ」私は静かに言った。「あなたたちに、私の家族を名乗る資格なんてない。あの家には二度と帰らないから、もう私を捜さないで」そう告げると、3人の横を通り過ぎ、霊園の入口に停まっていた研究所の車に乗り込んだ。車が走り出したとき、霊園のほうから誰かの泣き叫ぶ声がかすかに聞こえた。でも、もう私には関係のないことだった。おわり。
研究所では、毎日ほぼ同じ時間に起きて過ごした。朝は食堂でご飯を食べてから研究棟で会議。午後は試験施設へ行き、夜はその日の実験や作業をみんなで振り返った。専門的なことをひとつでも多く覚えたくて、毎日、夢中で学んだ。ここに来て、初めて研究の面白さを知った。自分は何をしたいのか。これからどう生きていきたいのか。やっと、自分の進みたい道が見えた。榎並家のことは、自分から知ろうとはしなかった。それでも、たまに話が伝わってきた。祖母の金のブレスレットを盗んだのは、やはり茉白だった。買い物でお金を使いすぎ、ネットで借りた金は400万円にまで膨らんでいたらしい。両親と大喧嘩した末、茉白は家を飛び出した。そして1年後、素行の悪い男との子どもを妊娠したことがわかり、母はその場で気を失ったという。両親は、私が子どもの頃、祖父母の家でどんな暮らしをしていたのかも調べたらしい。両親は、私が太っていた理由もそこで初めて知ったそうだ。近所の人たちは、当時のことを両親に話してくれたという。私はまともな野菜さえほとんど食べさせてもらえず、祖父母が残した脂っこい汁物や、残り汁をかけただけのご飯ばかり食べていた。それだけでなく、畑仕事や鶏の世話もさせられていた。日焼けするのも当然だった。祖父母の家から戻った日、父は黙ったまま、何度も自分の頬を叩いたそうだ。母も止めなかったという。慧吾は、私が蒼陵大学に進めなかった本当の理由を知ると、1人で家を出て、北嶺地質研究所へ向かった。両親に顔を合わせるのがつらかったのか、それから3年間、私と同じように1度も帰省しなかった。たった3年で、あれほど騒がしかった家には、両親だけが残った。2人は毎日のように泣いて暮らしていたらしい。そんなある日。エンジンの轟音が試験場に響き渡り、施設全体が大きく揺れた。管制室にいた私たちは、みんな涙を流していた。けれど、誰もが笑っていた。チームリーダーが私の肩を力強く叩いた。「ここまで早く実験が進んだのは、羽白が第3段階の軌道投入制御について、いい案を出してくれたおかげだよ」そして、嬉しそうに笑った。「羽白、よくやったな。これからが楽しみだよ」リーダーは満足そうにうなずいた。「よし!2週間休みを取っていいぞ。好き
その頃、私はすでに星見野先端宇宙研究センターの試験施設に到着していた。強い日差しが地面に照りつけている。南凪市の蒸し暑さとは違い、空気はからっと乾いていた。日差しは強いのに、不思議と暑苦しくなかった。迎えに来てくれたのは、30代の女性職員、藤代千景(ふじしろ ちかげ)さんだった。1人で来た私を見ると、大きな荷物袋をさっと持ってくれた。「こんなに若いのに選ばれたのね。きっとすごく優秀なんだわ」千景さんは優しそうな人で、まるで妹に接するように気さくに話しかけてくれた。私も、いつの間にか緊張がほぐれていた。千景さんについて施設を一通り見て回り、これから携わる宇宙開発の研究についても教えてもらった。「実はね、高校時代からあなたの名前は知っていたの。高校生向けの物理コンテストで、あの年、この地域からただ1人、全国の最終選考まで進んだでしょう?研究所でも話題になっていたのよ。あの成績なら蒼陵大学に進むと思っていたから、別の大学に進学したと聞いて驚いたわ。でも、どこの大学に進んだかで、あなたの実力が変わるわけじゃないもの。こうして来てくれて、本当によかった」そう言って、千景さんは私を研究チームのみんなに紹介してくれた。「今日から一緒に研究する羽白さんです。うちのチームで一番若いのよ。南凪から1人でここまで来てくれたんだから、みんな、よろしくね」誰も頬に残った手の跡について聞かなかった。どうして1人でここまで来たのかも、詮索しなかった。みんな明るく、でもこちらの気持ちを気遣いながら迎えてくれた。食堂にも連れていってくれた。好きなものを何でも頼んでいいという。祖母の家でも、両親の家でも、私が食べるのはいつもみんなの残り物だった。みんなが食べたがらないものを、私が食べる。ずっとそうだった。私が何を食べたいかなんて、誰も気にしなかった。唇を噛んだ。顔が熱くなるのを感じながら、小さな声で言った。「……豚の角煮が食べたいです」子どもの頃から大好きだった料理だ。でも、家で角煮が出るたびに、慧吾と茉白が全部食べてしまい、私の番には煮汁しか残っていなかった。「いいねえ、角煮!そんなのお安いご用だよ!」少しふくよかな男性職員が、にこにこしながら言った。「この子、南凪からはるばる来たんだって
慧吾は頭を抱え、家の中を何度も行ったり来たりした。「羽白、絶対に俺たちのことを怒ってるんだ。俺のことまでブロックしたんだぞ」両親は顔を見合わせ、表情をこわばらせた。家の隅々まで探したが、羽白はどこにもいなかった。「あの子ったら!」母は忌々しそうにつぶやいた。「家出なんかして、わざと私たちを心配させようとしてるのよ!」そこへ父が口を挟んだ。「待てよ。羽白は仕事が決まったって言ってなかったか?飛行機で行くとも……まさか、本当に行ってしまったんじゃないだろうな?」父の言葉に、母の表情もこわばった。母は唾を飲み、震える声で言った。「そんなはずないわ。まだ20代の女の子なのよ?1人でそんな遠くまで行けるわけないじゃない」「羽白なら行くよ」慧吾が低い声で答えた。「この3年間、学費を稼ぐために、飛行機に乗って遠くの工場まで1人で短期バイトに行ってたんだ。今さら1人で遠くへ行くくらい、平気だよ」そのとき、父がキッチンのゴミ箱を抱えて飛び出してきた。黄色い脂の浮いた鶏のスープに、細かく破られた家族写真の切れ端がいくつも浮かんでいた。「これ、羽白がスマホケースに挟んでた家族写真よね」母が小さな声で言った。「前は私にさえ触らせなかったのに……自分で破っちゃったの?」3人はしばらく言葉を失った。3人はいても立ってもいられず、SUVに飛び乗って空港へ向かった。マンションを出るときに茉白と鉢合わせたが、誰も声をかけなかった。空港は大勢の人でごった返し、窓の向こうでは飛行機が次々と離着陸していた。両親と慧吾は広いロビーに立ち尽くし、何度も羽白に電話をかけた。けれど、何度かけてもつながらない。そこで初めて、3人は思い知らされた。これだけ人がいても、羽白がどこにいるのか、手がかりひとつない。自分から姿を見せてくれない限り、探し出せないのだ。母はもう人目など気にしていられなかった。案内カウンターへ駆け寄ると、目を真っ赤にして、その場に膝をついた。「お願いします!娘が飛行機に乗ったかどうかだけでも調べてもらえませんか?今日、家族で食事をしている間に、いなくなってしまったんです。飛行機で仕事先に行くとは言っていたんですけど、私たち、何も知らなくて……」空港の職員は、取り乱した
commentaires