LOGIN2050年。ゲーム会社に就職したばかりの武藤ゆうは疲労困憊を究めていた。 就職から1か月後、ゆうのもとに、アメリカで暮らす天才科学者である母から、「AI搭載人造人間」の“愛楽”が届く。 母は、ゆうの男性恐怖症を直すため、そしてAIと人間が恋愛できるのか実験を行うために愛楽を送ってきたのだった。 愛楽は、ミッションを遂行しようと、男を怖がるゆうにぐいぐい近づいてきて……! AI男子×男嫌いな地味女子の恋の行方は!?
View More目を覚ますと、病院のようなところにいて、自分のことは、何一つ覚えていなかった。 上條 愛楽。越前大学卒。二十二歳。 身分証明書と、僕のものらしい通帳とクレジットカード、スマートウォッチを与えられ、僕のことをそう教えられた。 無機質なアパートに案内される。 部屋の中を、外を見ても、思い出すものはなかった。スマートウォッチにも、連絡先が一つも入っていない。 ただ――ベッドルームに置かれた、青いケースに入った銀色の指輪を見て。海の音が聞こえた。 胸が、痛くなる。なんだろう。何かが、突き刺さっている。 思い出す手がかりを求めて、東京中を歩いた。 知っているような、知らないような街並みだった。 唯一、海だけは、何かを思い出せそうだった。 水平線に沈みそうな夕日。橙色に染まった水面。波の音……波……。 波のような髪の、女の子……。 誰かと、一緒に来た、気がする。すごく、大切な誰かと。 そのことを想うと、何かが刺さっているように胸が痛む。どうしてだろう……。 銀杏が金色に染まり始めた頃。小さなオフィス街を歩いていると、カフェの店長さんから声をかけられた。 僕は以前、ここで働いていたらしい。突然辞めてしまってびっくりしたけれど、もしよければまた働いてほしいと言われた。 記憶喪失ということを伝えたけれど、その店長さんはこころよく受け入れてくれた。むしろ、何か思い出すかもしれないから、と。 以前の僕には、彼女もいたらしい。波のような髪が、ちらりと脳裏に浮かぶ。あの子……だろうか。 会って、みたいな。そういう思いが浮かんで、また、チクリと、胸が痛くなった。「えー! 愛楽くん! 帰ってきてくれたんですかー‼ 嬉しい~! 私、また通いますねっ‼」 白鳥さんという女の子が前から僕を気に入ってくれていたみたいで、毎日のよ
「ありがとうございました――」 カランカラン、と扉のベルに紛れて、聞き馴染みのある声が聞こえた。 店から出ていく男の人の向こうに――愛楽くんの姿が、見えた。 閉じていく扉の隙間から、視線が交差した――。「……え、あ…………ヒャッ」 深美くんが、冷たい手で私の右手を引いて、ナチュリウムカフェから離れていく。「ま、待って、愛楽くんが……!」「肉体は愛楽かもしれないけど、ゆうが求めている愛楽じゃない。ゆうとの記憶もないし、人格だって全くの別物だ。そもそも、ゆうが愛楽を好きだったのは、愛楽が、ゆうにやさしい言葉をかけたからでしょ。あの愛楽はそうじゃない。その事実に直面したら、ゆうが傷つくのが目に見えてる」 たしかに……そうなのかもしれない。愛楽くんは、きっとあの時の愛楽くんじゃなくて……。私の記憶もなくて……。 それに、私が愛楽くんを好きだった理由……それもきっと、深美くんの言う通りだ。 愛楽くんがやさしい言葉をくれたから、私の想いを大切にしてくれたから、私はきっと、愛楽くんを好きになった。私が私らしくいられる。そういう人だから、好きだった。 全部、違うのかもしれない。私が好きだと思ったところは、なんにもなくなっちゃっているのかもしれない。 ――だけど。「すみません! お姉さん! そこのお姉さーん‼」 男の子の声が近づいてきたと思ったら、腕を掴まれた。深美くんも思わず足が止まって、二人で振り向いた。 ――あ。「突然すいません! あの、お、お姉さんのこと、なんかすっげー好みで! 連絡先ください!」 スマートウォッチに表示されたバーコードをずいっと近づけられて、ほとんど強引に、連絡先を交換する流れになる。 彼は、私の連絡先を
季節は目まぐるしく変わって、十二月二週目。 仕事は、相変わらず――いや、前よりもっと、忙しかった。 リリースしたゲームのイベントの広告準備に、イベントのためのスケジュール調整、イラストの依頼。 私の乙女ゲームの企画は結局通らなくて……だけど、気に入ってくれた部長さんが、「別の企画をつくって一月のコンペに出してみましょう」と推してくれて、そっちの企画準備も進めている。 通らなかった企画は、みりんちゃんにすっごく気に入ってもらえて、最初の計画通り、みりんちゃんと二人でつくってみることになった。お休みの日はそっちのシナリオを書いていて、もうすぐ仕上がりそう。 みりんちゃんのキャラクターイラストも素敵で……特に、メインキャラクターの一人は、愛楽くんにすごく似ていて。シナリオを書いていても、どうしても思い出してしまって……。胸が、すごく痛くなる。「ゆう、ちょっといい?」 リビングからの深美くんの声に、はっと現実に戻されて、すぐに部屋を出た。 深美くんはあれから、私のマンションの一室に、一緒に住んでいる。愛楽くんが使っていた、かつてのお父さんの部屋で寝泊まりして、家でも会社でも、私のボディガードをしてくれている。 西園寺さんは、正確にはどうなったのか分からないけれど、会社では退社扱いになっていて。すごく優秀な人だったし、人望も厚かったから、みんな突然のことにショックを受けた。それに、仕事もたくさん請け負っていたから、深美くんにそれらの仕事が引き継がれることになってしまって、しばらくは大変そうだった……。 だから?なのか、深美くんは毎日、お仕事から帰ってくると、私の手を自分の頭に乗せて、撫でるように要求してきた。ミッションがなくなったからか、ドキドキさせてくるようなことは言わなくなったけれど、これだけは今も毎日続いている。不思議……。 そんな忙しい中だけど、次の忘年会は私と深美くんの新入り二人で企画しなければならなくなってしまった。深美くんはお休みにも関わらず、会場の候補を絞ってくれていた。 
やっと、正しい形に戻った。 僕がゆうの一番傍にいて、ゆうを守り、ゆうから正当な評価を受けること。 それが正しい形だ。 僕はずっと、正しくないと思っていた。 ゆうのために、ドクター・百合華のために、与えられたミッションを淡々とこなしているのにも関わらず、正当な評価も報酬もないことが。 ドクター・百合華の判断は、常におかしい。僕を正当に評価しないこともそうだが、最も痛感したのは、AI-LEARNをゆうの彼氏として傍に置くと判断したことだった。そもそも僕をつくったのはゆうの一番傍に置いてゆうを守るため。つまり、僕がその役に適任なはずだ。それを、僕がHeuristic-twoの宥め役だからという理由でAI-LEARNに替えた。そもそもこれだけリスクを冒している隗を起用し続けていること自体が間違いなのに。 ドクター・百合華は僕たちをつくった優秀な人間だ。それは認める。だが、感情による判断で正しくない判断を繰り返す。 AIである僕の判断こそ正しいのに、ドクター・百合華は言うことを聞かず、間違いを繰り返す。 だから僕は、ドクター・百合華に気付かれないよう、正しい形に導くことに決めた。 その決意は、ゆうが僕のことを撫で、感謝を述べた時に固まった。 守る対象であるゆう本人から、評価され、報酬をもらう。 これこそが、正しい形だと確信した。 僕がゆうの一番傍にいるためには、彼氏として一番傍にいるAI-LEARNを排除する必要がある。 加えて、Heuristic-twoを処分する必要もあった。 ゆうの周りを蝿のようにまとわりついて、こそこそ嗅ぎまわっていた西園寺恵翔がCy.eveの一味であることは早いうちに分かっていた。 こっそり深夜のオフィスに隠れていると、やつは誰もいないオフィスで作業をしたり、電話をかけたりと、かなり堂々とふるまっていたから。 西園寺恵翔がAI-LEARNを怪しい
愛楽くんは私の表情が暗くなったことに気付いて、心配してくれた。「大丈夫、なんでもない……」と嘘をつく。愛楽くんは噓だと見破っていたけれど、ひとまず昼食を食べようと、手を引いてフードエリアへ向かった。 すれ違う人たちに、似合わないって思われていそうで、怖くて、恥ずかしくて、顔を上げられなかった。 愛楽くんは店員さんもお客さんも女性客が多い、半個室のカフェを選んでくれた。少しだけ、緊張が緩んだ。 ワンプレートを頼んだ。口に運んだけど、味がしなくて、淡々と食べる。食べ終わると、愛楽くんが、「今日はもう帰ろうか」と言ってくれて、う
「あ。ゆう、おはよう!」 ぼんやりしていた私は、ベッドに背をもたれて座る彼を目に入れるなり、反射的に起き上がった。毛布を抱きしめ、壁にくっつく。 遠くから見た彼の手に、ゲーム機があるのが見えて、はっとした。 そうだ。私、プリパレの最新作をやりはじめて……ジャスティンルートの冒頭で、寝落ちてしまっていたんだ……。 でも、なんで彼の手に……? 彼は、私の目線に気付いたのかそうじゃないのか、にっこり笑って
『か……か⁉ か、か⁉ か⁉⁉ かれ⁉ え⁉』「待って! ちがっ、ちがくて……‼」 みりんちゃんが、私と彼をすごい速さで見比べる。違う、という私の言葉は全然届いていない。 私はパニックになりながら、はっとした。 お母さんがつくった、AI搭載人造人間。 その事実は、絶対言っちゃいけないんだった。すっかり忘れて、何もかもしゃべっちゃうところだった……。&nbs
小学一年生の時の記憶がフラッシュバックする。 お母さんがノーベル賞を受賞した時のことだった。その時私は、男女共学の公立学校に通っていた。担任の先生が教室で、クラスのみんなに、お母さんの受賞を知らせた。みんなが私を向いて、「すごーい!」と拍手をした。 「どんなことして賞もらったの?」 誰かの質問に、担任の先生が、子どもにも分かるように、やさしく説明してくれた。 すると、ある男の子が私を指さして言った。「じゃああいつも、つくりものの