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第5章:君の笑顔が欲しくて

Autor: 相沢蒼依
last update Data de publicação: 2026-09-10 06:57:51

週明けの月曜日。教室の窓際にある自分の席に座って、ぼんやりと空を見上げていた。目に映るのは、季節外れに残った入道雲と、その向こうでじんわり色づきはじめた秋空。まだ夏と秋の境目を行き来しているような空は、まるで膨らんでいく自分の気持ちみたいだった。

(あれから氷室とは……)

先週の金曜日、図書室を出るときにかけられた「また明日な」のひと言。それを思い出すたびに、胸の奥が不思議とあたたかくなる。

(——でもあの微笑が、誰にでも向けられるものだったら? 俺だけに向けられているって、勘違いだったとしたら……)

そんな不安がふと過ると胸の奥がモヤモヤして、勝手に不安定になった。言葉にできない感情を、あの入道雲に預けて、どこか遠くに流してしまえたら、どれだけ楽になれるだろう。

「葉月、プリント早く回して」

「……あ、ごめん!」

前の席の女子に呼ばれてやっと我に返り、慌ててプリントを後ろに渡す。ぼーっとしていたのを見た、隣の席の林田が意味深にニヤニヤしていた。

「おいおい奏~、なにぼーっとしてんだよ。恋でもしてんのか?」

「は? してねーし!」

「なんだかなぁ。その反応が、逆に怪しい
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  • BL小説短編集   第5章:君の笑顔が欲しくて

    週明けの月曜日。教室の窓際にある自分の席に座って、ぼんやりと空を見上げていた。目に映るのは、季節外れに残った入道雲と、その向こうでじんわり色づきはじめた秋空。まだ夏と秋の境目を行き来しているような空は、まるで膨らんでいく自分の気持ちみたいだった。(あれから氷室とは……) 先週の金曜日、図書室を出るときにかけられた「また明日な」のひと言。それを思い出すたびに、胸の奥が不思議とあたたかくなる。(——でもあの微笑が、誰にでも向けられるものだったら? 俺だけに向けられているって、勘違いだったとしたら……) そんな不安がふと過ると胸の奥がモヤモヤして、勝手に不安定になった。言葉にできない感情を、あの入道雲に預けて、どこか遠くに流してしまえたら、どれだけ楽になれるだろう。「葉月、プリント早く回して」 「……あ、ごめん!」 前の席の女子に呼ばれてやっと我に返り、慌ててプリントを後ろに渡す。ぼーっとしていたのを見た、隣の席の林田が意味深にニヤニヤしていた。「おいおい奏~、なにぼーっとしてんだよ。恋でもしてんのか?」 「は? してねーし!」 「なんだかなぁ。その反応が、逆に怪しいんだよな~」 からかい半分の林田の言葉に、思わずムキになってしまう自分がいた。 放課後。今日は学年行事の準備日で、文化祭の班活動がスタートした。廊下の窓の外には、赤や黄色に変わり始めた桜並木が夕日に照らされていて、校舎全体が少しだけオレンジ色に染まっていた。 班分けは2年生全員のくじ引きで決められる仕組みで、俺の班には氷室もいた。偶然といえば偶然だけど……それでも、胸がじんわり温かくなる。「葉月、ここの寸法測っておいて」 「あ、うん!」 氷室が渡してくれたメジャーを手に、俺は装飾用のパネルのサイズを測りはじめた。氷室は資料を手にして、班員にテキパキ指示を出している。その真っ直ぐな声が、なんだか心地よかった。 班のメンバーがざわざわと雑談しながら作業を進める中、俺たちは淡々と手を動かした。でも、それが不思議と落ち着く。「葉月、それ逆になってる」 「え、あ……!」 パネルの上下を間違えていた俺に、氷室がそっと近づいて正してくれる。指先が触れそうな距離に、思わず息が詰まった。「まったく。本当に、君は注意力がないよな」 「う、うるさい……自覚はあるけどさ」 氷室がふっ

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    氷室と一緒に掃除をした数日後の昼休み、担任に頼まれたプリントを職員室に届けに行く途中、廊下の角を曲がったそのときだった。「……氷室くん、呼び止めてごめんなさい。でも、どうしても渡したかったの」 女子の声が耳に聞こえてきて、思わず足を止める。柱の陰から覗いた先には、女子生徒が一枚の封筒を差し出し、それを前に立つ氷室がじっとそれを見つめていた。 窓の外には、銀杏の葉がひらりと落ちていく。秋の静けさの中でふたりの姿だけが、映画のワンシーンみたいに切り取られたみたいだった。「君の気持ちはありがたいけど、それは受け取れない。ごめん」 氷室の声はいつもどおり静かで、表情もまったく変わらなかった。けれど、ほんの少しだけ——優しく聞こえた気がした。まるで、自分にだけそう聞こえたかのように。 女子生徒は深く頭を下げ、駆け足で立ち去って行った。氷室は手ぶらのまま、ゆっくりと職員室の方向へ歩き出す。(……断ったんだ) ホッとしたはずなのに、胸の奥がちくりと痛んだ。どうしてそんなふうに感じたのか、自分でもわからないままだった。 教室に戻ると林田が俺を見つけて、大きく手を振った。「よう奏、おせーぞ。どこ行ってた?」 「職員室。担任に頼まれたプリントを届けに」 適当に答えつつ席に着く。さっきの場面が頭から離れない。「なあ、さっきさ氷室のヤツさ、女子に告白されてたっぽくね?」 「林田……あれを見てたのか?」 「たまたまな。しかも断ってたけどさ。まあアイツは、そこら辺の女子と付き合うタイプじゃねーよ。なんつーか、女子のことに興味なさそうっていうか……選り好み激しそうじゃね?」 林田の何気ない言葉に、なぜか心がざわつく。「別にどうでもいいし。俺には関係ない」 「……ほーん?」 林田の意味深な視線に、思わず目を逸らしながらペットボトルのお茶を飲もうとしてタイミングをしくじり、激しく咳き込んだ。ドジは相変わらず健在の俺、虚しすぎる……。 放課後、少しだけ遅れて図書室に向かう。返却期限の本を返そうとしたとき、また氷室の姿を見つけた。窓際の席に座る彼の横顔は、夕日に縁取られてどこか儚げに見えた。「あ、氷室……」 声をかけると、氷室は顔を上げて小さく頷いた。「……葉月、どうした?」 「え?」 「今日は、あんまり喋らないから」 どうやら、気づかれていたらし

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    次の日の放課後、廊下に立てかけられた掃除用具を見て、ため息がこぼれた。「あー……今週、掃除当番だったんだっけ」 有朋学園は中高一貫な上に校舎もやたら広いから、共有スペースの掃除は各クラスからひとり出すことになってる。だから当番になると、めちゃくちゃ緊張するんだ。 教室の後ろに貼られている掲示を見直して、名前を確認する。自分と並ぶのは“氷室蓮”。よりによって、生徒会長とふたりきりの当番とかマジか……。(いや、別にいいんだけどさ。前に図書室で、一緒に課題をやったし……) けれど、あれは“たまたま”だったのかもしれない。今は普通に、クールな氷室に戻っているかもしれないし……なんてぐるぐる考えているうちに、氷室が廊下の向こうから、無言で歩いてきた。表情のないその顔を見た瞬間、心臓が一度だけ強く跳ねた。「……行くか」 そう言って、モップを手に廊下を歩き出す氷室。俺は慌ててほうきを掴んで、その後ろを追いかけた。 掃除の場所は3階の渡り廊下。窓が多くて明るいけれど、人の気配が少ない静かな場所だった。外の空はすっかり赤く染まり、窓辺には落ち葉が風に吹かれて舞い込んでくる。まるで、ふたりだけを閉じ込める小さな舞台みたいに思えた。 氷室に話しかけるタイミングを計って、何度もチラ見をしていたら、俺の足が教室から伸びていた電源コードにうっかり足を取られて、バケツを思いっきりひっくり返す。「うわっ、やばっ!」 雑巾や水が床に一気に散らばった。安定過ぎるいつもどおりのドジに、自分で自分にウンザリしそうになった。「……貸せ」 氷室が静かに言って俺の手から雑巾を取り、黙って水を拭き取ってくれた。窓の外から差し込む夕焼けの光が、氷室の横顔をやわらかく照らしている。「あ、ありがとう……ごめん」 「気にするな。慣れてる」 「慣れてるって……え、それってどういう?」 不思議に思って問いかけたが氷室はそれに答えず、黙々と床を拭き続ける。その手つきはとても丁寧だった。一方の俺はというと、ドジをやらかしたことで、かなり気まずさを感じながら、モップを使って水を拭き取る。(――氷室って無表情だけど、やっぱり優しいんだよな) そんなことを考えながら、必死こいて床を拭いていると、氷室のほうが先に作業を終えたらしく、バケツを持ち上げて立ち上がった。「葉月、そこまだ濡れてるから、

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    昼休み、教室の隅っこで弁当を広げていたら、隣の席の林田が唐突に声をあげた。「なあ、隣のクラスの氷室って、マジで女子から人気あるのに、誰とも付き合ったことがないらしいぜ」 「え、そうなの? でもなんかわかるかも。あの人、完璧すぎて近づきづらいもん」 「アイツ、生徒会長さまだしな! 氷室よりも俺のほうが付き合いやすいだろう?」 クラスの女子たちが、そんな噂をしているのが耳に入ってきた。(氷室……誰とも付き合ったことがないんだ) その事実になぜか心の奥に、小さな波紋が広がるような違和感が残った。別に自分に、関係があるわけじゃないのに。「なぁ林田。その噂って本当なのか?」 女子の話にまざろうとしていた林田に声をかけたら、すげぇ嫌そうな目で睨まれた。相変わらず、声をかけるタイミングが悪かったらしい。「アイツの顔見たらわかるだろ。背が高くて足だってムダに長くて顔も整ってて、成績も優秀な生徒会長さまなんだからさ」 「そうそう。見た目がいいのに、なんていうか隙がなさ過ぎて、とっつきづらいよな!」 俺も林田に合わせるように、わざと軽口を返した。「あんないっつも同じ顔つきのヤツよりも、俺みたいにいろんな表情が拝める男のほうが、絶対いいに決まってるって! ねぇねぇ、誰か俺と付き合わない?」 俺とのつまらない会話を勝手に終わらせて、女子の園に首を突っ込んだ勇気のある林田に、心の中でエールを送りながら、弁当を食べ進める。 窓の外では赤や黄色の葉っぱが、ひらひらと舞っていた。風にあおられて落ち葉がひとひら飛んできて、教室の窓に貼りついた。 氷室の横顔を思い出すと、その落ち葉までもが彼に似合っているように見えてしまう。「傘を差し出したときの氷室、絶対に笑ってたんだって……」 俺にだけ見せたその笑みの理由が、どうにもわからない。学校の勉強も理解できない俺なので、氷室の頭の中なんか、さらにわかるハズもなく――。 モヤモヤした気持ちを抱えたまま弁当を食べていたら、不意に今日までに提出しなければならない課題を思い出してしまった。(あーあ、またやっちゃった。なんでこう、大事なものを忘れちまうんだろうな、俺ってば……) 放課後、肩を落として、図書室で課題に必要な資料を探していたときだった。静かなページをめくる音だけが響く中、ふと視界の端に見覚えのある姿が目に映る。

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    翌朝の教室は、どこかひんやりしていた。窓の外には黄色に染まった銀杏の葉が風に揺れ、時折ひらりと落ちていく。 秋が深まってきた証拠だ。吐く息こそ白くはないけれど、じっと座っていると足元から冷えが這い上がってくる。 林田が「寒っ!」と肩を竦めて笑い、クラスの女子たちは早くもカーディガンやマフラーを身につけ始めていた。 季節の移り変わりを目の前で感じながらも、俺の胸の中は昨日の出来事で熱を帯びたままだった。(……氷室の笑顔。あの一瞬のぬくもり) 外の風景が冷えれば冷えるほど、氷室の傘の下で感じた体温が、鮮やかさを増して思い出される。 俺は自分の机に頬を乗せたまま、ぼんやりと外を眺めた。心の中には、あの放課後の出来事がまだ色濃く残っている。(……あれ、夢じゃないよな) 土砂降りの校庭。俺に傘を差し出した生徒会長・氷室蓮。そして——あの一瞬の微笑。 普段は誰にでも無表情な氷室が、自分にだけ向けてくれた優しい眼差し。あの破壊力で心臓が跳ね上がり、胸の奥が熱を帯びて息が止まった。未だに耳の奥に残っている、自分の鼓動の音。 夢みたいな出来事だからこそ、現実味がまったくない。けれどスクールバッグのポケットには、今朝返そうと思って持ってきた、あの傘がある。雨粒をはじいた形跡がまだ残るその傘が、昨日の出来事が確かにあった証拠だった。「奏、おっはよ!」 ふと名前を呼ばれて顔を上げると、クラスメイトで仲のいい林田が、不思議そうにこちらを覗き込んでいた。「おーい奏。さっきからぼーっとしてるけど、大丈夫か?」 「あ、ごめん……ちょっと寝不足で」 慌てて笑ってごまかす。いつもどおりの自分を演じながらも、心の奥底はざわついていた。昨日のあれが、頭からどうしても離れない。(氷室……なんで、あんなに優しくしてくれたんだ? 偶然? それとも……俺にだけ?) そんなことを考えるたびに、胸の奥が妙にくすぐったくて落ち着かなくなった。窓の外で落ち葉が舞うたびに、そのざわめきが強くなっていく。 *** 放課後。特に用事がなかったのでそのまま帰ろうと廊下を歩き、昇降口の直前でペンケースを入れ忘れたことに気づいた。ため息交じりに取りに戻った帰り道。ふと、生徒会室の近くを通りかかったそのときだった。「……葉月」 不意に名前を呼ばれて、驚いて振り返る。そこには昨日と同じ、変

  • BL小説短編集   君にだけ、氷の微笑 プロローグ

    放課後の校庭は、雨の音で静まり返っていた。バスケットボールの弾む音や、グラウンドの掛け声さえ、厚い雨の帳にすっかり呑み込まれている。「……降水確率30%って、ほぼ晴れってことじゃないか……」 淡い期待を裏切るように、空は容赦なく土砂降りだった。 スマホの天気予報を信じて、傘を持たずに登校した自分の甘さを呪う。頭から足先まで、すでにぐしょ濡れだ。シャツは体に貼りつき、冷たさがじわじわと肌を奪っていく。 雨はアスファルトに激しく叩きつけられ、跳ね返った水しぶきが靴下まで濡らす。 教室の窓からこぼれる明かりが、降りしきる雨粒の向こうでにじみ、まるで別世界の光のように遠く感じられた。 一歩ごとに、水を吸ったスニーカーがぐしゅ、と鈍い音を立てる。髪の毛から滴る雫が首筋を伝い落ち、背中をひやりと濡らした。「はあ……またやっちゃった……」 癖のように自嘲が漏れる。 いつもどこか抜けている俺。クラスの輪にうまく入れないのも、こういうドジばかりだから——と、心の中で自分を笑い飛ばす。 けれど胸の奥に針のような痛みが走り、その笑いはすぐに色を失った。(……俺って悲しいくらいに、クラスでは浮いてるな。誰かに心配されることもないし。雨の中を一人で帰るのも、きっと似合ってるんだ) 雨音に紛れて小さく息をはく。ただ冷たい水に打たれながら、校門までの道をとぼとぼ歩いたそのとき。「葉月……これ、使えよ」 低く落ち着いた声が、突然背後から響いた。驚いて振り返ると視界に飛び込んできたのは、深紺のブレザーの胸章。生徒会のバッジが濡れた雨粒を弾き、淡い光を宿している。 顔を上げれば、そこには噂に聞く“完璧主義で無表情”な生徒会長——氷室蓮が立っていた。その手には開かれた傘。そして迷いもなく、頭上へと差し出した。 俺を見つめるその瞳が、ふと柔らかく和らぐ。唇の端に浮かんだ僅かな笑み。けれどそれは、確かにあたたかい光を帯びていた。「え、俺……?」 信じられずに呟くと、氷室はほんの一瞬視線を伏せ、それから俺のほうへ傘をぐっと寄せた。 思わず息を止める。普段無表情だからこそ、氷室が見せほほ笑みに見惚れてしまった。心臓が、雨の音に負けじと騒がしく打ちはじめる。「なにをしてる、早くしろ。もっと濡れるぞ」 素っ気ない口調に戻りながらも、彼は少しだけ顔を背ける。ちらりと見えた

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