「ただ、一つ覚えがあるのじゃが……」
「なんでしょう ? 」
司祭は天井のキャンドルのシャンデリアを仰いだ。
「昔、王都 グリージオの聖堂にいた時、注意書を読まされた事がある。城の地下には聖堂と共同で管理された牢がある。
そこには魔族と人間の混血児が幽閉されていると」「魔族と人間の……ハーフ…… ? 」
「そして、その娘の歌声は決して聴いてはならんとな。
わしはまだ見習いだったが、グリージオの司祭達は世話人に必ず付き添いをしていたようだ。飯をやらん訳にもいかんだろうからな。 だが、もしそれがお前さんだとしたら、年齢が合わん。わしが二十歳の頃に、その娘は十代後半……」この時、セロとわたしは思わず視線が絡んだ。
もし、その娘が脱獄してたとしたら ? 歌を聴いてはいけない理由はきっと、DIVAストーンを持っていたからだ。 セロの言ってた文献の中の世界がどれ程前なのか知らないけれど、その脱獄したDIVAの持ち主がやがて、一国を歌ひとつで牛耳ったと言う。 そして、その後DIVAの使い手である女王が死んだ後、国は滅んだ。 彼女に子孫がいたとしたら…… ? 魔族の血を引いた、DIVA使いの子孫……。「子孫がいたら、もちろんグリージオでは聖堂も王も見つけ次第また幽閉しますね」
「だろうなだが昨日の歌を聴く限り、そんな物騒なものでもあるまい。
吟遊詩人として活動するなら、それもいいだろう。王都 グリージオにだけは近寄らんことだ」それじゃあ。
「セロ……セロは王都で……」
宮廷楽長になるなら、いつか必ず王都に行かなくちゃならないのに。
「いや、別に今すぐって訳じゃないし。王都はグリージオ以外にもあるだろ」
そう
宿から出たエルとレイは、酒場のステージで歌うリラの姿に呆気にとられていた。(すみません。今、どっちの人格ですか ? )(……) 話しかけられた中年女性は、エルに答えようと一瞬振り向く素振りをしかけたが、完全に心はステージに立つリラへ向いていた。「これは……」「リラちゃんはDIVAが反応しないって事だったんだよな ? 」「ああ。しかし……」 長年共にいたからからこそ分かる。 今、あの場で美しい声を震わせているのはリラだ。「あれがDIVAか……」 レイが目を見張る。これにはエルも同じだ。持っていた花束を下に向けて、リラの首元を見つめる。 普段は青色の澄んだ輝石。 それが今は蛍のように揺らめく強弱のある光で、その光量は歌声に反応し時に眩い程。照らされることにより、唄うリラの表情が豊かに変化するのが見える。「リコは……どうなったんだ…… ? 」「……」 エルは無言だった。 □「─♩沈む 深い闇へ 光る剣の先が─♩」 ああ……。 分かる。「─♩白い 飛沫を 上げて 軋む──♩」 あの子、分かってたはず。 なのに、なんでもう一曲歌わせたの ? これじゃあ、もう。「─♩海の 奥底へ 弔う 祈りは届かず 全て泡沫の 夢の城 ♩─」 ──♩♩♫♩── 終わった。 ワァァァッ !!「最高〜 ! 」「綺麗な歌声ねぇ〜」「な、なんか泣けてくんぞ…… ! 」 内側にいるリコが、少しずつ消
一度途中で歌えなくなった曲。 複雑で歌ってる方は独創的にやってるつもりなんだけど、セロのメロディはどこまでも王道だし、決して奇抜なだけの曲じゃない。 ──♪─♬─♬─♪♪♪♩♫♩♫♬♪─♪─ この小節からアドリブだ。確か以前よりずっと難しくなってる。 リラは一度目は完璧で、今日が二回目だったんだよね ? ……力が……違いすぎちゃう……。 でも分かる。 DIVAが反応してくれる。「─♬♬♬♪─♩♫♫♩──♩♫♩♫──」 ふとセロと視線が合う。 なんだろう ? ミスした ? でもこれで最後 !「♩♩♬♪──」 良かった !! 歌い切った !! 今度は最後まで ! ワーッ !「ねーちゃんがいいなぁ ! 」「ああ、なんか控えめそうだが、なんて言うか伸びやかな気がする」「あんた音楽なんて聞かないでしょ ? 」「善し悪しくれぇは分かるもんでぇ」「いや、わたしはリラさん派ね。声量とクセが強いのがツボ ! ガツンと来るわ ! 」 歓声が凄い……。「リコ」「セロ……アレンジ部分、わたしミスしたっぽい ? 」「いや……。あのフレーズ。リラと全く同じだったんだ」「え…… !? 」 どういう事 ? わたしにリラ程の実力やセンスはないはず。人格が違うんだからライン取りも好みも違うんだから。 同じなんてこと……有り得ない。「…… !! まさか、DIVA…… ! 」 DIVAがリラのメロディを選んだんだ。「次の曲、リラ
「ブルーリアと不仲になったグリージオは、何とか城を落とし、民さえも灰にすると決め機会を伺っていた。海に浮かんだ小さな孤島だ。グリージオからすれば、戦力は十分。 ただ、問題は……」 身内殺し。 大国であるグリージオが自身の分家である公国を殲滅したとなれば、周囲各国からして良いものには見えないだろう。「最初に狙ったのは異国人のメイドだ。アカネ島の人は、当時一目で分かる程特徴的だったらしい。現代はカイなんかを見てもそうは思えないけどな。 それでその異国人をスパイや暗殺者と見なして、グリージオからブルーリアへ兵隊を乗り上げ、王族がメイド含め使用人らを庇ったと言い掛かりを付けて殲滅する、と言う筋書きだった」「無理ありすぎ。島一つ消さなくても、身内の揉め事とすれば城まで沈まなかったんじゃないのか ? 」「なんでもよかったんだろ。当時のブルーリアの者達は皆、平和に暮らしてた。何一つ不自由の無い暮らしに有能な王。 ところが、いざブルーリアに行ってみたら女王が権力を握っていて、グリージオとは縁も無い上に魔族だった。そうなれば、全てを彼女のせいにして攻め入る事に躊躇いなんて無かったはず」「そこで女王……リラだけが生き残ったのか」 エルは嘘のDIVA伝説の書かれた本をパラパラ意味も無く捲り、ふと視線を逸らす。「その戦火の中を潜り抜けて……本当にリラちゃんは悪だったのか ? 文献を読んだ幼い俺は、ずっと疑問だった。 『DIVAストーンを用いた歌唱には魅了がかかる』。これは嘘なんじゃないのかって。 お前はどう ? 」「何が ? 」「リラの事を。リラの歌の魅了で好きになったか ? 」「随分、無遠慮な質問だな」「疑問と検証。冷静な話し合いさ。 もしリラちゃんの歌に国一つ動かすような魅了魔術がかかるとしたら、ブルーリアは生き残ったはずだ。グリージオの兵に歌を聴かせれば魅了して意のままに操ればいい。ところがそうはなっていない。 今のリラにも本当の記憶が無いから確かなことは言えないが、本来DIVAストーンにそんな威力は無いんじゃな
花を抱えたエルは一人、再び宿の自室に戻って来ていた。 酒場の方から時折歓声が聴こえる。既にステージは始まっていた。「レイか ? 」 ドアの前に気配を感じ、声をかける。「少し話がある」「だろうな」「だろうな、って何だよ。なにか予測してた事でも ? 」 レイの含みのある言葉に、エルは手櫛で髪を掻き上げると大きくため息をついた。「さっき、一度ステージには行ったんだ。けどすぐに戻って来ちゃったよ」 そう言って花束をベッドに置く。「本当に人間のリラだ。あのリコって子」「……あのさ、最初から話して欲しいんだけど。俺達も、シエルも、リラ本人も。どうすればいいわけ ? 」「あぁ……」 エルは椅子に座ったレイに向き直るり、記憶を辿るように話していった。 □□□□ エルンスト · グリージオ。 八歳 当時。「おや、王子。今日もいらっしゃいましたか」 強固な鎧を着た番兵がエルを見下ろす。 兵の背後には大人の背丈よりほんの少し高い程度の石窟があった。入口は固めてあるが、先の内壁は手彫りのようで奥は見えず、冷たい空気が吹き上がって来る。 小さな王子にとって、冒険心を擽るのは言うまでもなく、何度か侵入を試みていた。「ここから先は危険ですよ。崩落の危険もありますからね」 城内にそんな危険な場所があるなら直ぐにでも補修するだろう。勘のいい王子にとって、その先になにか秘密がある事を理解していた。 どうにか番兵がいなければ──そう思った頃、たまたま料理人がボヤ騒ぎを起こし、兵達は消火活動に追われた。 その隙を見て王子は石窟へ向かうことにした。「う……わぁ……」 中は毛皮を羽織らないと無理なのではというほど寒かった。道は緩い下り坂で、どんどん陽の光が届かなくなっていく。 そし
「次ね ! リラと代わるね ! 」「ああ、素晴らしかった」 ──リラ。出番だよ ! ──もう ?「……あ〜……っ。これ疲れる。 次は ? 」「一度、お前が強引に歌ってきたあの曲だ」「ふーん。今日はどうにかなると思ってんの ? 客前でもわたし、手は抜かないからね」「ああ」 そう言ってセロは狐弦器を構える。 いや、違うでしょ。「あのさ !? ずっと思ってたんだけど !? 」 もう、こんなんわたしが言うしかないじゃん !!「何 ? 」「何じゃないわよ ! お客さん ! お客さんがいるの ! 」「知ってるが ? 」「なんも無いの !? 挨拶とか ! 自己紹介とか !」「……話すの、苦手だし……」「じゃあ先に言いなさいよ ! お客さん置き去りじゃないの ! 」「じゃあ……あの……どうも、セロです」「下手くそか ! すみません。狐弦器以外ポンコツ。奏者の相方 セロです。 わたしは、一曲目最初に歌ったリラです。皆さん今日はありがとうございます〜。 実は記憶喪失同士で出会いまして、それで今日まで活動をして……」 なんか、これじゃない感。 これ語り部のやるヤツじゃないの !? もう止まんないし ! クスクス…… !「笑われてるし」「先にキヨさんが紹介してくれてるから、もういいかなって……」
「それで ? なんでわたしからなのよ……」 リコに呼ばれたかと思ったら、いきなりぶっつけ本番なんですけど。 嫌がらせ ? DIVAを使う自分の引き立て役か、わたしは !「全くもう。で !? 何を歌えばいいの ? 」 客はもう出来上がってる感じね。イベントって聞いて早めに酒場に来て、待てずにお酒入れちゃったんだろな。客席はほぼ満員。冒険者半分、町の人が半分ってところかな。地域性かこの辺りに大きな川や海はない地元民は普段着なのが丸わかりだし、冒険者はその逆ね。これからアリア方面に向かうとしたら絶対に買い替えが必要な安かろう悪かろう。派手すぎるからすぐ分かる「エルザ大陸の民族音楽、あれをやろう。 まずは一曲。同じ曲だ」 …… ?「あんた、まさか一曲毎にわたしたちの人格を入れ替える気 !? 」「その方が聞き手は比べやすいはずだ」「そりゃそうだけど ! 」「順番と言うのは案外重大なんだ。先か後かで優劣を付けられたくない。一曲目は同じ曲だ」 そりゃあそうですけど。「行くぞ」 先にセロが踏み出す。 観客席の笑い声やがなり声、食器の音が一瞬消える。 セロが中心に立ち、拍手がちらほら聞こえた。 けど、なんかタイミング分からないから、わたしもここでステージに出た。 一緒の方が良かった ? わっかんねぇのよコッチは ! 無音 !? なんか時間止まった !? いや、もう引くに引けないし !! セロのそばに立つと、観客席を向く。「うぉ〜 ! 」「き、綺麗な人……」 ふーん。裏じゃよく見えなかったけど結構、人入ったのね。流石にホール全体は見渡せないけど。 シエルもカイもいると思うけど、店中の光量の半分以上を