LOGIN話に出た平屋へ向かうため、政秀は外へ出た。
時刻は午後6時。真夏の強い落日が水平線近くの空をえんじ色に燃え上がらせている。対比して、頭上の空は藍色の濃さを増し、星のまたたきが強まっていた。
太陽は、これから沈む一方だ。そろそろ懐中電灯が必要な暗さかと政秀は思ったが、まだ大丈夫だろうと思い直し、校庭の端に設置されている、
「行ったって、英一はいないよ? もう何度も見たもん」
「俺はまだ見ていない」美都子を見下ろして「おまえはついて来なくてもいいんだぞ」と言うと、美都子は「もーっ! 意地悪!」と両手を振り上げて怒る動作をした。
平屋の引き戸は開いたままだった。大方美都子が英一を捜しに来たとき、開けっぱなしのままで閉めなかったのだろう。作業員の手が入っている様子はない。
作業員は会社が下の資材置き場に設置した簡易トイレを使うはずだから、ここに来たのは英一、美都子、加奈子の3人だけだ。
「ついてるな」
「え? 何が? ついてる?」きょろきょろと自分の体を点検する美都子はほうっておいて、政秀は担いでいたスポーツバッグを地面に下ろし、チャックを引き開けた。中から5枚の紙札と紐付きの小さなベル型の鈴(手鈴)を取り出す。
「これ何? 何て書いてあるの?」
ひょいと脇から伸ばされた手につかまれる前に、政秀はそれを美都子の手の届かない高さに持ち上げた。
「だめだ、触るんじゃない」
「ケチっ。いいじゃん、ちょっとぐらい触らせてくれたって。減るもんじゃなし!」 「おまえは破きかねない」 「しないよ!」ぷーっとほおをふくらませる美都子と、またもや彼女をとりなす加奈子。2人の前で、政秀は平屋の前に片膝をつくと、その紙札――符を、平屋の開いたままの戸口に放射状の円形になるように並べて置いた。
おもむろに政秀の指が下を向いて開かれた。するりと紐付きの鈴が指を伝い下りて、チリン、と小さな軽い音を鳴らす。「えー、なになに? 何かするのっ? 何これ? ベル?」
下から触れようとした手から、さっとまたもや鈴を遠ざけ。
「いいから黙って見ていろ。
いいか? 動くな。そこでじっとしていろ。何もするなよ」美都子ならやりかねないと、前もってくぎを刺したあと。ぶつぶつと政秀は何かをつぶやき始めた。
太く、低音の、よく通るその声は、聞く者の耳から腰までぞくりとさせる色に満ちている。それはまだ14歳の美都子や加奈子も例外ではなく、言葉を失い、息をひそめて政秀の声に聞き入ったが、はたして彼が何と言っているかまでは分からなかった。音の高低が日本語ではないような……、しかしお経のようにも聞こえる。
「……ティエンフェン……チュイェンユアン……ティードウ。ティエンフェン……」
そして地面に平行に垂らされた鈴が、彼の指の動きに合わせて時折その音を声に重ねる。
チリン……チリン………………ヂリン、ヂリン……。
あの鈴は、こんな音をしていただろうか? もっと澄んだ、きれいな音だったような……と美都子が考えたときだ。
「美っちゃんっ、あれっ」
加奈子がはっと息を呑み、驚きの声をあげた。
風もないのに符がひとりでに波打ち始め、まるで尺取り虫のようにそれぞれが独自に身をくねらせ、動き出したと思うや文字が書かれた面を内側にして、ふわりと立ち上がったのだ。「うわっ! 何あれ!? 気持ち悪ぅ……」
くねくねと、水の中の植物のように身をうねらせながら立っている符を見て、ドン引く美都子。
シッ、と政秀が口元に人差し指を立てる。「そろそろ
ひそめられた声。政秀の視線は円の内側に集中して、もう何も唱えてはいなかった。ただ、指先から垂らした鈴だけを鳴らしている。
……ヂリン…………ヂリリン…………ヂリン……。
もはや軽くもなく、耳の障りもはっきり良くないと分かる濁った音だった。
そしてそれはいきなり符の中央に現れた。「! えいいちっ!?」
美都子ちゃん、と加奈子が素早く口をふさいだおかげで、その言葉は加奈子の手の中に隠された。
しゃべるな、と政秀が人差し指を立てたことを思い出して、美都子もごくりと唾を飲み込む。もう大丈夫、ありがとう、と言うように加奈子と視線を合わせると、彼女の手をぽんぽんとたたいて外させた。
そうしてあらためて符の円へと目を戻す。符は、針の先で突いたような小さな光を幾つも発していた。いや、正確には光ではない。書かれた墨文字が燃えているのだ。まるで導火線をたどる種火のように、小さな炎は墨文字を正確にたどり、燃やしている。おそらくはこれがこの術の制限時間なのだろう。
そして、その小さな幾つもの炎にあぶり出されているかのように、符の中央の空間には英一の姿があった。
足元の炎から遠い場所ほど透明度の高い、ほとんどが透き通った英一の幻はトイレを済ましたあとのように、ほーっと息を吐き、ぶるぶるっと身を震わせた。そして手をパーにして指を広げたまま、きょろきょろと辺りを見回す。次の瞬間、何かを見つけたようにぱっと笑顔になったと思うや角にある手洗い場へ走って行き――符は英一の幻の動きに合わせて移動している――蛇口をひねる動作をした。本物の蛇口は動かないが、おそらく英一は回したのだろう。しかし当然ながら蛇口から水は出ず、がっかりした様子で手のひらを見、結局服にこすりつける仕草をした。
そうしてトイレを済ませた英一の幻は、今度は廃校舎へ向かって走り出す。姉や加奈子の元へ戻ろうとしているのだろうか。
先に動いた政秀が、追ってもいいものか迷う美都子について来いと目で指示を出す。はたして英一はどこへ行き、消えたのか――きっとそこに英一はいるはずと、無音で宙を滑るように走る英一の幻の背中を見つめて走っていた美都子だったが。
「…………きゃあああああああああああーーーーーーっっ!!!!」
「加奈子っ!?」
今まで一度も聞いたことのない加奈子の悲鳴に驚いて、美都子はたたらを踏む。
悲鳴がしたと同時に術が解けて、符はただの燃える紙に戻り、英一の幻は空気に溶けるように消えてしまったが、それよりも今は加奈子だ。「加奈子っ!」
急ぎ振り返った先で、加奈子はしゃがみ込み、頭を抱えてぶるぶる震えていた。
「どうしたの加奈子!」
急いで駆け戻ろうとした政秀と美都子の前、加奈子が片手を上げて斜め上を指さす。その先をたどった美都子は、次の瞬間、加奈子がなぜあんな悲鳴を上げたかを知った。
廃校舎の2階の窓の所に、黒い人影が5つ立っている。どれも子どもの背丈だ。
そんなはずはない。あそこにはついさっきまで自分たちがいたのだ。自分たち以外、だれもいなかった。では、あれは?
あれを、人影という以外、何と呼べばいい?
真正面から氷水をかけられたみたいに一瞬で全身が冷たくなって、頭の芯まで凍りつく。 胸が痛かった。 恐怖という巨大なかぎ爪に心臓をわしづかみにされたような、鋭い爪が食い込むがごとき痛みに息も吸えず、まばたくこともできないでいた美都子のしびれた耳が、そのとき、スピーカーから流れる音楽を捉える。 それは、夕方5時を告げる『七つの子』だった。美都子が案内した場所は、廃校舎の裏庭だった。 廃校舎の影に入っていて薄暗いそこはゴミ捨て場で、頑丈な鉄製の焼却炉が隅に置いてある。ゴミを上から放り込み、焼けたあと、下の口から灰を火かき棒でかき出すという古い型の物だ。赤サビが全体を覆うほど浮いて、煙突部分のアルミが途中でへし折れてしまっているが、交換してサビを落とせばまだ十分使えそうに見えた。「あれか」「……う、ん……」 なんとも歯切れの悪い声だ。「外から校舎を撮ってるときに気付いたんだけど、そのときもなんか、嫌だなーって感じてて。雰囲気? なんか、そういうの。 それから英一を捜してるときにここへ来たら、それがもっと強くなってたの。今も、これ以上近づきたくない。でも、もしかしたら……」「あそこに弟がいるかもしれないと思うのか?」 その問いに、美都子はびくっと、目に見えて分かるほど大きく両肩を震わせた。「分かんない」 無意識といった様子で背中を丸め、両方の二の腕をさすり始める。「そうじゃないって、確認してほしくて……」 じっと焼却炉を見つめ続ける美都子を見下ろして、政秀は「分かった」と焼却炉へ歩み寄った。 何の変哲もない、ただの焼却炉だ。(だが、確かに) 見るからに重そうな赤い鉄のドアの取っ手に両手をかけ、一気に引き開く。中を覗き込み、ついで下の、たまった灰をかき出すための小窓を開く。傍らに落ちていた火かき棒を使って政秀は中の灰をかき出して、灰の山が平たくなるまで広げた。 やがて、灰の中からひとつまみ、何かを取り出す。「……何? それ、まさか……?」「いや。子どもの骨じゃない」 指でもてあそんでいた、親指の先ほどの白い何かを尻ポケットにしまって、政秀はもう一度炉の中を覗き込んで中を確認してから赤いドアを閉じた。 美都子の元へ戻ると、彼女は見るからに安堵した
川原 マサオは、それまでの3人とは少し違った消え方をした。 迎えを待って他の子どもたちと校庭で遊んでいて、気が付いたらいなくなっていたのだ。 他の子どもたちはサッカーボールの奪い合いに夢中で足元ばかり見ていて、ゴールを守っていたマサオを視界に入れている者はおらず、女教師は子どもたちが一緒に遊んでいるのだからと思い、教員室でその日行ったテストの答案用紙の採点を行っていた。 先の3人と違ってマサオは校内で消えたことから、彼らはまず校内を捜索した。 ここで事態は急展開を迎える。 外で行方不明になったと思われていた3人の少女の遺体が、校内で発見されたのだ。 場所は、階段下の掃除道具入れ(物置)だった。そこの奥の壁の1枚が外れるようになっており、そこから校舎の床下へもぐれるようになっていた。 マサオの捜索中、物置をのぞいた女教師が腐りかけた肉のようなにおいを嗅ぎ取り、最近奥の壁板を外した形跡があることに気付いて不審に思い開けると、懐中電灯の光に浮かび上がったのは、腐乱したミツ、ヨシ江、ヨネの遺体だった。 まるで昼寝をしているかのように横たわったその3人の遺体の首には、大人の指で絞められた痕跡がくっきりと残っていた。 犯人は、その夜現場に戻ってきたところを張り込んでいた警察官によって逮捕された。山の反対側に最近建てられた、篠津西保養院(精神病院)の患者で、村上 浩一という55歳の男だった。『ここはもともと軽い疾患の人を短期入院させるための療養所なんです。その中でも彼はおとなしくて、行儀のいい人でした。言っていることもそんなにおかしくはないし、こちらの言うこともよく聞いて、同じ入院患者の世話をみることもたびたびあって。一見、そういった病気の人とは分からないように見えていました』 保養院で働いていた者たちは彼が逮捕されたと聞いて大変驚き、一様にそう語った。『こんなことをしでかす人には見えなかった』 と。 それは、彼を預かる側であった責任をどうにか回避しようという考えもあったのかもしれかなったが。 マ
「あたしのせいなの……」 階段の一番下の段に腰を下ろし、両膝を抱き込んで、ゆらゆらと体を揺らしながら美都子は話し始めた。「あたしが、面倒がらずにちゃんと英一と一緒にいたら、こんなことにはきっとならなかった……」「そんなことないわ、美っちゃん」 隣に座った加奈子が手を伸ばしてなぐさめようとしたが、美都子はその手を拒否した。「そうなの! あたしは、あの子のこと邪魔だと考えてたの! すぐピーピー泣くし、口を開けば帰ろう帰ろうって、同じことばっかりぐちぐち言うし、歩くのも遅いし。 もううんざりだった! だからあのとき、加奈子に押しつけて、1人になったの! あの子から離れて、1人になりたかったの……」「……うん。気付いてた」 嫌がる美都子を、それでも強引に引き寄せて、その頭を抱き込む。「なかなか戻ってこないんだもの。そんなに大きな場所じゃないのに、美っちゃん、どうしたのかな? って思って、もしかしてそうなのかな、って」 美都子は電池が切れたように加奈子にもたれたまま、すーっと息を吸い込んだ。「ごめん、加奈子……」「ううん。もしそうなら、いいなって思ってた。あのときの美っちゃん、わたしから見てもちょっと怖かったし、すごく気持ちに余裕がなさそそうに見えてたから。ちょっと離れたほうが美っちゃんのためにもなるって思ったの。わたしは英ちゃんといるの、全然なんともなかったし」「でもあたしは……っ、あのあとも、あたしは――……?」 突然脳裏にひらめいた光景に、美都子は心を奪われた。 ほんの一瞬だったが、それは強烈な衝撃でもって美都子の頭を揺さぶった。 暗い夜の山の中、ナタを持った手で前をふさぐ茂みをかき分けながら走っている自分。ぼろぼろ泣いてえづきながら、ガチガチ鳴る歯の奥で、英一と加奈子の名をくり返し呼
そんなはずない、としびれて真っ白になった頭のどこかが必死に言葉をつなげようとする。(そんなはず、ない……だって、今日はもう……聞いたじゃない……、彼が、車に……乗って、やって来た、ときに……) 少しずつ、少しずつ。情景が浮かんできて、言葉が浮かび、のろのろとではあったが頭が回り始める。 それと同時に「美都子!」と名を呼ぶ政秀の鋭い声も聞こえだした。「動け! 美都子! さっさと立て! まだ目が覚めないのか!」 政秀のほおをはたくような声で、はっと正気づいた美都子は、いつの間にか俯いてしまっていたことに気付いて面を上げる。 とたん、強い赤光が目を射た。 水平線に沈んだはずの太陽が、まだ水平線の上にある。 藍色の空は遠ざかり、明と暗の濃い色が複雑に溶け合った、夕方の空が頭上を覆っていた。 時間が逆回転したとでもいうのだろうか? あり得ない。そんなこと、絶対に起こり得ないはずなのに……その起こり得ないことが、今起きていた。「……どういうこと……?」 知らず知らずに言葉が口をついていた。しかし次の瞬間、夕日に照らされた2階の人影たちの、一番奥の端にいる小さな人物の姿が目に入って、美都子は飛び跳ねるように立ち上がるやいなや、廃校舎に向かって全速力で走った。「えいいちぃーーーっっ!!」「美都子、行くな! ――くそッ」 自分の声が全く耳に入っていないと悟るや政秀は加奈子から手を放して美都子を追った。後ろからTシャツをつかんで引き戻し、それ以上行かせまいとする。「放して! 邪魔しないでよ、英一があそこに――」「ばか! よく見ろ!」「見てるって! おじさんこそちゃんと見てよ! あそ
話に出た平屋へ向かうため、政秀は外へ出た。 時刻は午後6時。真夏の強い落日が水平線近くの空をえんじ色に燃え上がらせている。対比して、頭上の空は藍色の濃さを増し、星のまたたきが強まっていた。 太陽は、これから沈む一方だ。そろそろ懐中電灯が必要な暗さかと政秀は思ったが、まだ大丈夫だろうと思い直し、校庭の端に設置されている、件の平屋へ向かって歩き出す。「行ったって、英一はいないよ? もう何度も見たもん」「俺はまだ見ていない」 美都子を見下ろして「おまえはついて来なくてもいいんだぞ」と言うと、美都子は「もーっ! 意地悪!」と両手を振り上げて怒る動作をした。 平屋の引き戸は開いたままだった。大方美都子が英一を捜しに来たとき、開けっぱなしのままで閉めなかったのだろう。作業員の手が入っている様子はない。 作業員は会社が下の資材置き場に設置した簡易トイレを使うはずだから、ここに来たのは英一、美都子、加奈子の3人だけだ。「ついてるな」「え? 何が? ついてる?」 きょろきょろと自分の体を点検する美都子はほうっておいて、政秀は担いでいたスポーツバッグを地面に下ろし、チャックを引き開けた。中から5枚の紙札と紐付きの小さなベル型の鈴(手鈴)を取り出す。「これ何? 何て書いてあるの?」 ひょいと脇から伸ばされた手につかまれる前に、政秀はそれを美都子の手の届かない高さに持ち上げた。「だめだ、触るんじゃない」「ケチっ。いいじゃん、ちょっとぐらい触らせてくれたって。減るもんじゃなし!」「おまえは破きかねない」「しないよ!」 ぷーっとほおをふくらませる美都子と、またもや彼女をとりなす加奈子。2人の前で、政秀は平屋の前に片膝をつくと、その紙札――符を、平屋の開いたままの戸口に放射状の円形になるように並べて置いた。 おもむろに政秀の指が下を向いて開かれた。するりと紐付きの鈴が指を伝い下りて、チリン、と小さな軽い音を鳴らす。「えー、なになに
「こっちです」 言葉で説明するより見てもらったほうが早い。加奈子は案内するように先に立って歩き出し、政秀は黙って後ろに従った。 ドアのない正面玄関を入ると、がらんとした空間がある。床の変色具合からしておそらく靴箱があったのだろうが、今はなかった。作業員によって運び出され、解体されたに違いない。ほとんどが作業員のものだと推察できる、大人の靴跡だらけの木でできた長い廊下が正面にあり、右側に横並びで3部屋あった。一番奥の突き当たりにあるのが階段だろう。 外から眺めた時点で分かっていたが、この2階建て校舎は部屋数が少ない。建てられた当時18人しか生徒はいなかったのだから、それを鑑みればむしろこれでも多いほうなのだろう。引き戸の上に室名札、廊下の壁に掲示板と、内装は学校だが構造的には民宿に近い。 1階にあるのは教員室、食堂、文芸・工作室。それらの前を通って廊下を進む。大きな窓からそれぞれの室内が覗けた。窓は格子状のすりガラスが嵌まっていたが、どれも経年で変色し、割れるか、ひびが入っている。中の様子は外観から想像していたとおり、廃墟のそれだった。 漂う空気はほこり臭く、かすかにカビ臭い。木製の壁、天井、全てが風雨に浸食されて黒ずみ、割れた窓から入った土とそこから生えた雑草だらけの床に、剥がれた天井板の一部が垂れ下がっている。 机、椅子、棚などといった物がなく、がらんどうの部屋の中央に砕けた一部の木片があるだけなのはいささか不自然に見えたが、おそらくそういった大物はすでに作業員が運び出したあとなのだろう。 廊下も同じで、政秀が足を乗せ、体重をかけるたびにぎしぎしときしみ音をたてる。老朽化がかなり進んでいて、場所によっては真っ黒に腐ってへこんでおり、踏み抜きそうなほど沈み込む所もあった。「こっちだってば! 早く早く!」 政秀と違って何度もここへ入っている美都子には、廃校舎内のそういった一切はもう関心の埒外なのだろう。周囲に目を配りながらゆっくり歩く政秀には付き合えないというように横をすり抜けて前へ出、軽やかな足取りで後ろを振り返って彼を急かしてくる。「おじさんはやっぱり、歩きが遅いなー」「おじさん