Masuk「こっちです」
言葉で説明するより見てもらったほうが早い。加奈子は案内するように先に立って歩き出し、政秀は黙って後ろに従った。
ドアのない正面玄関を入ると、がらんとした空間がある。床の変色具合からしておそらく靴箱があったのだろうが、今はなかった。作業員によって運び出され、解体されたに違いない。ほとんどが作業員のものだと推察できる、大人の靴跡だらけの木でできた長い廊下が正面にあり、右側に横並びで3部屋あった。一番奥の突き当たりにあるのが階段だろう。
外から眺めた時点で分かっていたが、この2階建て校舎は部屋数が少ない。建てられた当時18人しか生徒はいなかったのだから、それを鑑みればむしろこれでも多いほうなのだろう。引き戸の上に室名札、廊下の壁に掲示板と、内装は学校だが構造的には民宿に近い。
1階にあるのは教員室、食堂、文芸・工作室。それらの前を通って廊下を進む。大きな窓からそれぞれの室内が覗けた。窓は格子状のすりガラスが嵌まっていたが、どれも経年で変色し、割れるか、ひびが入っている。中の様子は外観から想像していたとおり、廃墟のそれだった。
漂う空気はほこり臭く、かすかにカビ臭い。木製の壁、天井、全てが風雨に浸食されて黒ずみ、割れた窓から入った土とそこから生えた雑草だらけの床に、剥がれた天井板の一部が垂れ下がっている。
机、椅子、棚などといった物がなく、がらんどうの部屋の中央に砕けた一部の木片があるだけなのはいささか不自然に見えたが、おそらくそういった大物はすでに作業員が運び出したあとなのだろう。
廊下も同じで、政秀が足を乗せ、体重をかけるたびにぎしぎしときしみ音をたてる。老朽化がかなり進んでいて、場所によっては真っ黒に腐ってへこんでおり、踏み抜きそうなほど沈み込む所もあった。
「こっちだってば! 早く早く!」
政秀と違って何度もここへ入っている美都子には、廃校舎内のそういった一切はもう関心の
「おじさんはやっぱり、歩きが遅いなー」
「おじさんじゃない。おまえがせっかちなだけだ」 「あっ、それ、よく言われるー」くるっと回転して、あははっと笑う。
そのはしゃぎようは、ようやく彼女の話をまともに聞いてくれる大人、弟を見つけてくれる大人がやって来た、という安心感から出たものなのかもしれなかった。
階段付近は窓がなく、雨風にさらされていない分、壁や床がましだった。ただし、その分暗い。踊り場の上に採光用のはめ殺しの小さな窓があったが、ガラスを突き破って入ってきている政秀の親指ほどもありそうな太い木のツタが何重にも重なって覆っていて、光はほとんど入ってきていない。
加奈子は踊り場にいて、階段の下にたどり着いた2人に、「ここです」と奥の隅を指した。「英ちゃんは外の暗がりと同じくらい校舎を怖がっていて、中に入るのを渋ったんですが、ちょうど小雨が降り出したこともあって、ここへ避難したんです」
道中、雨が降るかも、と言っていたのを腹立ちまぎれに頭から否定してやりこめたのを思いだして、美都子は視線をそらす。
政秀は10段ほどの階段を途中まで上がり、そこを見た。そこもやはり「ここで美っちゃんが下りてくるのを待とうね、って。
最初のうち、英ちゃんは怖がっていたんですが、ここでじっと雨の音を聴きながら座っていると、だんだん慣れてきたのか退屈するようになって……」
そのうち、もぞもぞ身じろぎするようになった。尻が落ち着かない。
『英ちゃん、もしかしてトイレ行きたいの?』
見当をつけて訊くと、英一は恥ずかしそうに俯いて、小さくうなずいた。
お手洗いは別棟だった。廃校舎から少し離れた場所に平屋で建っていて、当然くみ取り式だ。水洗ではないので使えるとは思うが、老朽化していて危ないかもしれない。
『我慢できない?』
と訊くと、頭を振られてしまう。
どうしようか迷っていたら、すっくと英一が立ち上がった。『……ぼく、ちょっと、行ってくる! かなちゃんは、ここで待ってて!』
『えっ? わたしも一緒に行くよ?』 『いいから! 待ってて! すぐ戻ってくるからっ』言い捨てるように英一は階段を駆け下りるとばたばた廊下を走って行ってしまった。
「あの子、生意気にも加奈子のこと好きなのよ。小っちゃいくせに。だから恥ずかしかったんだと思う。家だと夜中にあたしのとこ来て「怖いからトイレについてきて」って言うくせにさ」
姉に対してはそうだろう。美都子は口をへの字にして、姉として
そういった話を片手間に聞きながら、政秀は階段の下に作られた物置の開き戸を開けた。
階段の形で三角の形をして、天井が低い。色あせた毛布や布、それにこまごまとした掃除道具が放り込まれている。奥に行くにつれて細くなっており、奥の壁のフックにかけられたほうきに手を届かせるには中へ入るしかない。政秀のような大柄な大人は腰をかがめればどうにか入れそうだが、おそらく身じろぎするのも難しいだろう。(まあ、入りたくもないが)
たっぷり3センチはあろうかというくらい砂埃が堆積した床を見ていると。
「どうしたの? そこ、何もないよ?」
美都子がやってきて、肩口から一緒に中をのぞき込んだ。
「ああ、何もないな」
政秀も応じて開き戸を閉じる。
立ち上がり、腰を伸ばして後ろで立っている加奈子を見た。「それで? 英一は戻ってきたのか?」
「ううん」答えたのは、やはり美都子だった。
「あたしが上の教室の写真を撮り終えて階段を下りたらそこに加奈子がいて。英一がトイレに行ったって聞いたから2人で戻るの待ってたんだけど、いつまでたっても戻ってこなかったの」
『遅い! もうこれ以上待てないっ!』
美都子は癇癪を起こして廃校舎から外へ出た。小雨は上がっていて、外はもうすっかり夜だったが、星明かりで十分敷地の端から端まで見渡せた。
美都子は平屋に向かってずんずん歩いていった。すっかり腹を立てていた。ここまで徒歩で1時間以上かかった。帰りは切り開いた道を下りるだけだから急げば20分くらいで自転車を置いてきた下の道まで戻れそうだったが、そこから家までたっぷり30分はかかる。
『絶対、お母さんたち怒るよ』
『美っちゃん……』 『加奈子んちだってそうでしょ?』 『うちは、今日はお母さん、遅いから……』加奈子の家は母子家庭だ。看護師をしている加奈子の母が夜勤の日だと確認して、今日ここへ来たのだ。
『でも、10時くらいに確認の家電入るって言ってたじゃん。それまでには戻らないとやばいよ』
加奈子の母は、母1人子1人ということもあって、加奈子をものすごくかわいがっていた。
優しい加奈子。いい子の加奈子。それに比べて美都子は言葉遣いが乱暴だし、がさつですぐ羽目を外してはしゃいではけがを負ったりする。それに巻き込まれる加奈子を心配するあまり、たびたび美都子を敵を見るような目で見ていた。
「あの子とどうしても友達でなくちゃいけないの? 母さんは、加奈子には別の、もっとおとなしい子が似合うと思うんだけど……」遠慮がちではあったが、はっきりとそう言われたことを、加奈子は美都子に言っていない。言っていなかったが、美都子は感じ取っているようだった。
(今日のことがバレたら、今度こそおばさんに「加奈子を誘わないで」って言われちゃうかも)
『英一! いつまでこんなとこにこもってるの! 帰るわよ!』
力いっぱい、がらりと平屋の引き戸を開けた。暗い平屋の中の個室の戸は開いていて、中には誰もいないのが入り口からもよく見えた。
『英一!? どこ!? いいかげん、隠れてないで出てきなさい!! こんなの、ちっとも面白くないんだから!! 怒るわよ!!』
外に向かって大声で何度も名前を呼んだが、いくら待っても返事は返ってこなかった。
「それで、あたしたち、もしかして行き違ったんじゃないかって思ったの」
廃校舎のどこかに隠れて、戻ってきた美都子たちをおどかそうとしてるんじゃないかとも思った。
あれだけ怖がっていた英一がそんなことをするだろうか、と通常なら考えただろうが、そうであってほしいという気持ちが強かった。どこにもいないなんて、まさかそんなこと、あるわけない……。
だが恐れていたとおり、いくら捜しても、英一の姿はどこからも見つけることができなかった。
美都子が案内した場所は、廃校舎の裏庭だった。 廃校舎の影に入っていて薄暗いそこはゴミ捨て場で、頑丈な鉄製の焼却炉が隅に置いてある。ゴミを上から放り込み、焼けたあと、下の口から灰を火かき棒でかき出すという古い型の物だ。赤サビが全体を覆うほど浮いて、煙突部分のアルミが途中でへし折れてしまっているが、交換してサビを落とせばまだ十分使えそうに見えた。「あれか」「……う、ん……」 なんとも歯切れの悪い声だ。「外から校舎を撮ってるときに気付いたんだけど、そのときもなんか、嫌だなーって感じてて。雰囲気? なんか、そういうの。 それから英一を捜してるときにここへ来たら、それがもっと強くなってたの。今も、これ以上近づきたくない。でも、もしかしたら……」「あそこに弟がいるかもしれないと思うのか?」 その問いに、美都子はびくっと、目に見えて分かるほど大きく両肩を震わせた。「分かんない」 無意識といった様子で背中を丸め、両方の二の腕をさすり始める。「そうじゃないって、確認してほしくて……」 じっと焼却炉を見つめ続ける美都子を見下ろして、政秀は「分かった」と焼却炉へ歩み寄った。 何の変哲もない、ただの焼却炉だ。(だが、確かに) 見るからに重そうな赤い鉄のドアの取っ手に両手をかけ、一気に引き開く。中を覗き込み、ついで下の、たまった灰をかき出すための小窓を開く。傍らに落ちていた火かき棒を使って政秀は中の灰をかき出して、灰の山が平たくなるまで広げた。 やがて、灰の中からひとつまみ、何かを取り出す。「……何? それ、まさか……?」「いや。子どもの骨じゃない」 指でもてあそんでいた、親指の先ほどの白い何かを尻ポケットにしまって、政秀はもう一度炉の中を覗き込んで中を確認してから赤いドアを閉じた。 美都子の元へ戻ると、彼女は見るからに安堵した
川原 マサオは、それまでの3人とは少し違った消え方をした。 迎えを待って他の子どもたちと校庭で遊んでいて、気が付いたらいなくなっていたのだ。 他の子どもたちはサッカーボールの奪い合いに夢中で足元ばかり見ていて、ゴールを守っていたマサオを視界に入れている者はおらず、女教師は子どもたちが一緒に遊んでいるのだからと思い、教員室でその日行ったテストの答案用紙の採点を行っていた。 先の3人と違ってマサオは校内で消えたことから、彼らはまず校内を捜索した。 ここで事態は急展開を迎える。 外で行方不明になったと思われていた3人の少女の遺体が、校内で発見されたのだ。 場所は、階段下の掃除道具入れ(物置)だった。そこの奥の壁の1枚が外れるようになっており、そこから校舎の床下へもぐれるようになっていた。 マサオの捜索中、物置をのぞいた女教師が腐りかけた肉のようなにおいを嗅ぎ取り、最近奥の壁板を外した形跡があることに気付いて不審に思い開けると、懐中電灯の光に浮かび上がったのは、腐乱したミツ、ヨシ江、ヨネの遺体だった。 まるで昼寝をしているかのように横たわったその3人の遺体の首には、大人の指で絞められた痕跡がくっきりと残っていた。 犯人は、その夜現場に戻ってきたところを張り込んでいた警察官によって逮捕された。山の反対側に最近建てられた、篠津西保養院(精神病院)の患者で、村上 浩一という55歳の男だった。『ここはもともと軽い疾患の人を短期入院させるための療養所なんです。その中でも彼はおとなしくて、行儀のいい人でした。言っていることもそんなにおかしくはないし、こちらの言うこともよく聞いて、同じ入院患者の世話をみることもたびたびあって。一見、そういった病気の人とは分からないように見えていました』 保養院で働いていた者たちは彼が逮捕されたと聞いて大変驚き、一様にそう語った。『こんなことをしでかす人には見えなかった』 と。 それは、彼を預かる側であった責任をどうにか回避しようという考えもあったのかもしれかなったが。 マ
「あたしのせいなの……」 階段の一番下の段に腰を下ろし、両膝を抱き込んで、ゆらゆらと体を揺らしながら美都子は話し始めた。「あたしが、面倒がらずにちゃんと英一と一緒にいたら、こんなことにはきっとならなかった……」「そんなことないわ、美っちゃん」 隣に座った加奈子が手を伸ばしてなぐさめようとしたが、美都子はその手を拒否した。「そうなの! あたしは、あの子のこと邪魔だと考えてたの! すぐピーピー泣くし、口を開けば帰ろう帰ろうって、同じことばっかりぐちぐち言うし、歩くのも遅いし。 もううんざりだった! だからあのとき、加奈子に押しつけて、1人になったの! あの子から離れて、1人になりたかったの……」「……うん。気付いてた」 嫌がる美都子を、それでも強引に引き寄せて、その頭を抱き込む。「なかなか戻ってこないんだもの。そんなに大きな場所じゃないのに、美っちゃん、どうしたのかな? って思って、もしかしてそうなのかな、って」 美都子は電池が切れたように加奈子にもたれたまま、すーっと息を吸い込んだ。「ごめん、加奈子……」「ううん。もしそうなら、いいなって思ってた。あのときの美っちゃん、わたしから見てもちょっと怖かったし、すごく気持ちに余裕がなさそそうに見えてたから。ちょっと離れたほうが美っちゃんのためにもなるって思ったの。わたしは英ちゃんといるの、全然なんともなかったし」「でもあたしは……っ、あのあとも、あたしは――……?」 突然脳裏にひらめいた光景に、美都子は心を奪われた。 ほんの一瞬だったが、それは強烈な衝撃でもって美都子の頭を揺さぶった。 暗い夜の山の中、ナタを持った手で前をふさぐ茂みをかき分けながら走っている自分。ぼろぼろ泣いてえづきながら、ガチガチ鳴る歯の奥で、英一と加奈子の名をくり返し呼
そんなはずない、としびれて真っ白になった頭のどこかが必死に言葉をつなげようとする。(そんなはず、ない……だって、今日はもう……聞いたじゃない……、彼が、車に……乗って、やって来た、ときに……) 少しずつ、少しずつ。情景が浮かんできて、言葉が浮かび、のろのろとではあったが頭が回り始める。 それと同時に「美都子!」と名を呼ぶ政秀の鋭い声も聞こえだした。「動け! 美都子! さっさと立て! まだ目が覚めないのか!」 政秀のほおをはたくような声で、はっと正気づいた美都子は、いつの間にか俯いてしまっていたことに気付いて面を上げる。 とたん、強い赤光が目を射た。 水平線に沈んだはずの太陽が、まだ水平線の上にある。 藍色の空は遠ざかり、明と暗の濃い色が複雑に溶け合った、夕方の空が頭上を覆っていた。 時間が逆回転したとでもいうのだろうか? あり得ない。そんなこと、絶対に起こり得ないはずなのに……その起こり得ないことが、今起きていた。「……どういうこと……?」 知らず知らずに言葉が口をついていた。しかし次の瞬間、夕日に照らされた2階の人影たちの、一番奥の端にいる小さな人物の姿が目に入って、美都子は飛び跳ねるように立ち上がるやいなや、廃校舎に向かって全速力で走った。「えいいちぃーーーっっ!!」「美都子、行くな! ――くそッ」 自分の声が全く耳に入っていないと悟るや政秀は加奈子から手を放して美都子を追った。後ろからTシャツをつかんで引き戻し、それ以上行かせまいとする。「放して! 邪魔しないでよ、英一があそこに――」「ばか! よく見ろ!」「見てるって! おじさんこそちゃんと見てよ! あそ
話に出た平屋へ向かうため、政秀は外へ出た。 時刻は午後6時。真夏の強い落日が水平線近くの空をえんじ色に燃え上がらせている。対比して、頭上の空は藍色の濃さを増し、星のまたたきが強まっていた。 太陽は、これから沈む一方だ。そろそろ懐中電灯が必要な暗さかと政秀は思ったが、まだ大丈夫だろうと思い直し、校庭の端に設置されている、件の平屋へ向かって歩き出す。「行ったって、英一はいないよ? もう何度も見たもん」「俺はまだ見ていない」 美都子を見下ろして「おまえはついて来なくてもいいんだぞ」と言うと、美都子は「もーっ! 意地悪!」と両手を振り上げて怒る動作をした。 平屋の引き戸は開いたままだった。大方美都子が英一を捜しに来たとき、開けっぱなしのままで閉めなかったのだろう。作業員の手が入っている様子はない。 作業員は会社が下の資材置き場に設置した簡易トイレを使うはずだから、ここに来たのは英一、美都子、加奈子の3人だけだ。「ついてるな」「え? 何が? ついてる?」 きょろきょろと自分の体を点検する美都子はほうっておいて、政秀は担いでいたスポーツバッグを地面に下ろし、チャックを引き開けた。中から5枚の紙札と紐付きの小さなベル型の鈴(手鈴)を取り出す。「これ何? 何て書いてあるの?」 ひょいと脇から伸ばされた手につかまれる前に、政秀はそれを美都子の手の届かない高さに持ち上げた。「だめだ、触るんじゃない」「ケチっ。いいじゃん、ちょっとぐらい触らせてくれたって。減るもんじゃなし!」「おまえは破きかねない」「しないよ!」 ぷーっとほおをふくらませる美都子と、またもや彼女をとりなす加奈子。2人の前で、政秀は平屋の前に片膝をつくと、その紙札――符を、平屋の開いたままの戸口に放射状の円形になるように並べて置いた。 おもむろに政秀の指が下を向いて開かれた。するりと紐付きの鈴が指を伝い下りて、チリン、と小さな軽い音を鳴らす。「えー、なになに
「こっちです」 言葉で説明するより見てもらったほうが早い。加奈子は案内するように先に立って歩き出し、政秀は黙って後ろに従った。 ドアのない正面玄関を入ると、がらんとした空間がある。床の変色具合からしておそらく靴箱があったのだろうが、今はなかった。作業員によって運び出され、解体されたに違いない。ほとんどが作業員のものだと推察できる、大人の靴跡だらけの木でできた長い廊下が正面にあり、右側に横並びで3部屋あった。一番奥の突き当たりにあるのが階段だろう。 外から眺めた時点で分かっていたが、この2階建て校舎は部屋数が少ない。建てられた当時18人しか生徒はいなかったのだから、それを鑑みればむしろこれでも多いほうなのだろう。引き戸の上に室名札、廊下の壁に掲示板と、内装は学校だが構造的には民宿に近い。 1階にあるのは教員室、食堂、文芸・工作室。それらの前を通って廊下を進む。大きな窓からそれぞれの室内が覗けた。窓は格子状のすりガラスが嵌まっていたが、どれも経年で変色し、割れるか、ひびが入っている。中の様子は外観から想像していたとおり、廃墟のそれだった。 漂う空気はほこり臭く、かすかにカビ臭い。木製の壁、天井、全てが風雨に浸食されて黒ずみ、割れた窓から入った土とそこから生えた雑草だらけの床に、剥がれた天井板の一部が垂れ下がっている。 机、椅子、棚などといった物がなく、がらんどうの部屋の中央に砕けた一部の木片があるだけなのはいささか不自然に見えたが、おそらくそういった大物はすでに作業員が運び出したあとなのだろう。 廊下も同じで、政秀が足を乗せ、体重をかけるたびにぎしぎしときしみ音をたてる。老朽化がかなり進んでいて、場所によっては真っ黒に腐ってへこんでおり、踏み抜きそうなほど沈み込む所もあった。「こっちだってば! 早く早く!」 政秀と違って何度もここへ入っている美都子には、廃校舎内のそういった一切はもう関心の埒外なのだろう。周囲に目を配りながらゆっくり歩く政秀には付き合えないというように横をすり抜けて前へ出、軽やかな足取りで後ろを振り返って彼を急かしてくる。「おじさんはやっぱり、歩きが遅いなー」「おじさん