蛍は春樹が起きると、自身をパニックに陥った様に見せた。
「落ち着いたかい ? 」
「うん」
春樹に背を摩られ、ようやく獲物との会話が始まる。
「蛍君は今、夏休み ? 」
「う、うん。そうなんだ。春樹さんは ? 」
「はは、社会人はお盆だけで夏休みなんかないよ。俺はまだいいけど、この辺りは飲食店なんかが多い観光地だし。かき入れ時だよね……えーと……あれ ?
俺。今『この辺りは』って言ったけれど、どこなんだここ」「窓がないし、分からないね……僕は西湊市からきたんだ」
「西湊 !? 俺のアパートは北湊の海岸沿いだよ ?
もしかしたら全然違う場所に連れて来られたのかも。何が目的なんだ……。俺たちは面識もないし」ここから仕掛ける。
蛍の策。「……。
でも、僕……家に帰れなくてもいいんだ」「…… ? 何を言ってるの ?
普通じゃないよ、この状況は。親御さんも心配するでしょ ? 」蛍は顔を上げると、今にも泣き出しそうな瞳で春樹を見上げた。
「心配なんか、されてないよ。僕っ、お父さんにいつも怒られるんだ。……学校でも上手くいってないし……。家には帰りたくない……。
お父さんはいつも僕を殴るから……怖いんだ。 今日も、何も言わずに出てきた事になるから、絶対殴られるもん ! 」「それって……」
春樹が蛍の側頭部のたん瘤を眺める。痛々しい打撲痕。そう古い傷でも無いし、父親の常習性が伺えると思った。そう思い込まされてしまった。
春樹の両親は既に他界している。 蛍は、春樹を『引きこもりのトツン…… 軽い音を立てたドアに気付き、蛍は目を覚ました。 暗いが大きな出窓から、月明かりが部屋を照らしていた。 真理の家の三階。 屋根裏の三角形の部屋。そこにはシングルベッドと少しの家具、消耗品だけしかない。 寝る前に軽食でトーストを真理に用意され、二人はこの部屋に通された。 □『まさか本当にアイスを買いに行かせられるとはね。いつも我儘なんだよ』『お疲れ様。寝ていい ? 』『ああ。昨日は車だったからね。ゆっくり休もうか。 俺も隣に。はは。あったかい』 掛け布団の中で笑うルキを、蛍は戸惑った気分で見詰める。 どうしてそんな笑って自分といられるのかと。『おやすみ、ケイ。お父さんにはいつまで美果ちゃんといることになってるの ? 』『シルバーウイーク中は……ずっと……』『なんだ……あと二日かぁ……』 ハンガーにかかっている上着と武装コルセット。コルセットの重みに、針金がしなっている。それほど重い装備と、キツく締める為のバックル。以前から長く付けているのだろう、現にルキの腰は細く身長ほどの厚みが無い。 今、ルキはシャツ一枚で目の前にいる。その腰つきは、蛍は獲物を見たような妙な気分になるのだ。 目を閉じようとするルキの腹をそっと撫でる。『なんだよケイ……ふくく。くすぐったいってば』『細いなって……』『それだけ ? ケイ、素直じゃないな』 そう言い、布団の中へ潜って行く。『はぁ ? 違っ ! そんなつもりじゃねーよっ ! 』『アダッ !! 』 暴れた蛍の膝が、ルキの顔面にヒットしてしまった。『あ……ごめ……』『痛ったァ〜。てっきり、そうかと思うじゃん』『思わないよ。寝るってば。おやすみ』 固く目を閉じる。自分から寝てしまったら、もう何も気にならない。そんな蛍を胸に抱き寄せ、そのままルキも目を閉じる。(なんだよ
ルキが片足をあげて、踵から靴の中の水を流す。「ぐっちょぐちょ。靴くらい脱がせてくれてもいいでしょう。高いのにー」「知ったことじゃないわ。なんなのその格好。相変わらずおかしな事してたんでしょ……」「仕事だからさ」「あんた昔から嘘が下手よね。その血は仕事じゃないでしょ ? ケイくんかぁ。可愛いわね〜。 いい事考えた ! あの子を連れて隠居しちゃえば ? 」「彼も仕事の……半分は仕事の付き合いですし……彼には彼の生活がありますよ」「あ〜ヤダヤダ。その隙の無い返事。 それじゃあ、いつまでもあの子と恋人にならなくない ? あんたに恋人が必要とは言いきれないけど。 だいたい何 ? なんでゴースト ? あんなのおっさんが乗る車じゃん。趣味悪 ! マセラティにしなさいよ」「言いたい放題ですね……」 真理は一度煙草を消すと、今度はミントタブレットを口の中に流すようにしてボリボリ噛み砕く。「ふん。あんたがあたしの生活を奪ったんだもの。恨みたらたらよ」「貴女をMから離したかった。仕方が無かったんです」「別に……頼んでないわ。あんたをこんな馬鹿なイベント担当にだけはさせたくなかった」「……引退する時、御自身が暴れて過激なショーをしたせいでしょう ? 俺はそのままのスタイルを引き継いだだけです。 ……ケイには真理さんの事は言わないで置こうかと思ってたんです。でも気が変わって……」「ふぅーん。珍しい事もあるものね。あんた、他人に執着するんだ。 ねぇ……あの人も日本に来てるの ? 」 不意に真理の表情が曇る。「ええ。でももう日本を発ちましたよ。十日前です」「そう……
時は過ぎ、午前十時。 目的地に着いたルキと蛍は、想定外の事態に陥っていた。「……ッく」 青々とした芝生に膝を付き、ルキは両手を頭の上にゆっくりと上げる。 場所は湊市駅前。日々野高校や図書館と目と鼻の先の住宅地。ニュータウンとして山を切り崩した土地で、30坪程の一般的な住宅がひしめき合う。 その家は一般住宅と同じ様な外観だった。 だが造りまでそうでは無い。洋風建築の窓は厳重にフィルムが貼られ中は見えず、車庫もいつも締めっきり。二層の外壁で、隙間に硬質材料を流し込んだ防弾防音に特化したキングダム。 鳥避けの為に広げられたネットは二階建ての屋根から庭を巡り、空からの侵入経路も簡単ではなく、その不自然さを緩和するためにゴルフボールがこれ見よがしに転がっている。「…… ! 何故なんだ……こんなっ」 ルキが奥歯を噛み締めるそばで、蛍は同じく戸惑っていた。ルキがこんな醜態を晒している姿にだ。第二ゲーム戦に引き込まれたのを「醜態だ」と言っていたルキだが、蛍には今現在の方が余程ピンチに見えた。「早く ! 」 目の前で銃口を向けられルキは仕方なく手を上げた。「もっと上に手を !! 早く !! 」 蛍には元々危険認識というものが欠けている。しかし、目の前のモノを天秤にかけることは得意なのだ。 だからこそ困惑した。 目の前にいるのは女だ。それもルキは今、武装している。 しかしこの女は、ルキの車が敷地に入るな否や、恐怖の大王のように二階から降りてきた。 女は凄まじい剣幕で、庭先の銃を手に取るとルキと蛍を跪かせて、それを躊躇いなく二人に向けたのだ。「死ね ! 」 引き金が引かれた。 あのルキが誰かに命令されて、Mの他にも従うような……この女はそんな間柄の存在だったのだろうか。だとしたら、この扱いは何なのか。 もう終わりだ。 ブシャーーーっ !!!!
蛍たちと別れた後、結々花はまっすぐ美果をアパートまで送り届けていた。 結々花の車の中、美果は目の前にある自室に着いてからも別れの挨拶を返さない運転席の結々花を覗き込む。「結々花さん ? 」「ねぇ、美果ちゃん。 中野みたいな男に靡かない、強いあなたが好きだわ」「えっ !? はぁ……。ど、どうしました ? 急に」「美果ちゃんはさ。ケイくんを助けたいけど、ルキをわたしがどうしようと関係無いよわよね ? 」「ええ。それは勿論」 結々花は小さく微笑むと、エンジンを止めて美果に向き直る。「美果ちゃん、わたしの組織に興味は無い ? 勿論、それなりに訓練はしてもらうけど……まだ二十歳でしょ ? 大学卒業からでも十分間に合うし……」「ゆ、結々花さん。待って ! わたしにそんな気はありません、わたし絵描きですよ ? 」「美果ちゃん、それもカモフラージュとしてとてもいいわ。留学してフランスで絵を学ぶとかどうかしら ? 」 突然の申し出に美果も困惑してしまう。「あの……結々花さんってICPOでしょ ? わたし、警察官になるほどの体力とか無いし、英語もままならないのに……。一般の警察官がなるものじゃないんでしょ ? 」「仏の本部に推薦するわ」「いえ……そういう問題じゃなくて……。そもそも警察にはなれませんよ。体力無いですし、警視庁にいても一握りのエリートじゃないですか」「そうよね。急に言われても困るわよね。 でも、わたしも諦め悪いから付き合ってね♡」「え……えぇ…… ? 」 ルキまで短期間で踏み込んだ美果の手腕を買っての事だったが、美果からすればクズのようなゲームの狂気だけが繋いだ間柄だ。
「だから ? 殺しと性欲は同じだ。色恋なんかいらない」「別に何も。俺は止めたりしないって言ったろ ? 望み通りにするさ。ほら、脱いでごらん」 ルキはケイの下部を剥き出しにすると、自分の露出したものを合わせて手に包む。「エアコン付けないと暑いんじゃ……んぁ、 そんなとこ……一緒に擦るなよ…… ! 」「せっかくの血が乾く前に、俺にも分けてよ。ね ? 全部混ざって気持ちいいだろ ? 」「お前……っ ! 動か……すな」 ルキの手の中。二匹の淫らな蛇がしごかれる。その上、ルキの腰は手の中でもゆっくり動き、二つの刺激に蛍は悶え息が上がる。「こんなケイを見せられちゃ……俺も我慢は出来ないよ」「う……むっ」 深く。 息を吹き込む様に口付けを交わす。 溢れた二人分の体液で蛍のものをするすると愛撫しながら、ルキの視線がふと犯行現場に向く。暗闇に目が慣れて、人体が重なるように路上に積もっているのが車内からでも分かる。「ふふ……通行人が来て、あの現場に反応するのも見てから帰りたいね……」「っ……この車こそ、見られて大丈夫なのか ? 」「俺が証拠の一つ消せないとでも ? 」「ああ。あんた、そう言う奴だったな……あっ……」 首筋に這うルキのピアス。「はぁ……っ、あっ……あぁ……っ」 蛍は躊躇いなく吐息を漏らし、煽る様にルキの背に手を回す。「……ん……んぅ。わっ、うくっ ! 舐め回すなよ、くすぐったい ! 早くしろよっ」 車内に響く蛍の震えた声と、ルキの立てるリップノイズ。「……ふふ」 血と臓物の匂いの中、二人は赤く染まりながら互いの肌を合わせていく。 蛍がルキの肩に力を入れると、ルキはそれに答えるように後部座席へと蛍を連れ込んだ。上下逆になった蛍が、ルキの反り立った部分を口に含む。 小さな舌が淫らに動くのを見ると、ルキは容赦なく蛍の髪を掴み、思い切り自分に押し付ける。「ング
まず蛍が笑顔で集団に近寄ると、グループのリーダー格に手を伸ばす。恐らくあれが中野なのだろう。 人懐こく笑顔で中野を見上げる蛍の手を、ヘラヘラとその手を握った。次の瞬間、思いがけない電撃に、中野が苦悶の表情で仰け反った。 蛍の身体が揺らぐ。 中野の腹を蛍のナイフが横に滑っていた。ボロボロとホースのような物体が地面に落ちる頃、隣にいた女の髪を掴み、素早く首を掻っ切った。「う、うわぁぁぁっ !! 」 ようやく悲鳴が車まで届いたが、蛍のナイフは既に逃げようとした別な男の背を捉え、立ちすくんでしまった最後の女にも容赦無く襲いかかった。 一瞬だ。 蛍は倒れ込んだ四人を見下ろすと、念入りに全員の首をしっかりと斬り付け、確実に致命傷を与えて戻って来た。「ちょっとケイ〜。その格好で俺のゴーストに乗るつもり ? 」「知らないよあんたの車なんて」 全身に血を浴びて戻ってきた蛍に、ルキは高揚感を抑えられなかった 。「まだまだ殺人鬼として蛍は未発達だ」と思ったからだ。「一撃で殺しきってしまうなんて……勿体無い事するなぁ〜」「今日は殺れればいい」 ぐしょぐしょのグローブをリュックに詰め込み、ナイフをシャツの裾で拭う。顔から靴まで生臭い血に塗れた蛍を見たルキは運転席から蛍に抱きつく。 ルキが見慣れた人殺し──蛍は殺し屋にとても近しい。手早く、痕跡を残さない殺人。蛍は自身の『趣味趣向での殺人』も犯すが、今のルキに見せたのは作業的なものだった。欲望のセーブが出来る上に、金や地位では買収出来ない自己世界が強い殺戮者。「ケイ〜♡」「……いや。どっか行くんだろ ? ……行けよ早く。運転しろ」 突然絡みついてきたルキに蛍が顔を背ける。「無理じゃん。こんな姿見せられたらさぁ。それに、初めから俺を誘ってたろ ? 」「誘ったのはゲームだけだよ」「ふーん ? そうなの ? 」 ルキは素っ気なく窓の外を見る蛍の上に、スルリと跨った。「はぁっ !? なんだよいきな