Masuk「あら、今度はどうしたの。
そんな欲求不満みたいな顔して。 行方不明になってた彼氏、無事に見つかったんでしょう?」会社のお昼休みに一人でお弁当を食べていると、
伊藤さんがからかうような表情で私に話しかけてきた。 手には、外で買って来たであろうコンビニの袋を持っている。「……え、そんな顔してます? 私」
思わず私は、自分の頬に手を当てた。
「してるしてる。
……ってのは、冗談で、彼氏が戻って来たって聞いた割には、浮かない顔してるから」伊藤さんは、私の向かいの席に腰を下ろすと、
コンビニの袋から取り出したサンドイッチを食べ始めた。「何、喧嘩でもした?」
「喧嘩……は、してない、と思うんですけど…………」
私は、大きなため息を零して、持っていた箸を置い
「あら、今度はどうしたの。 そんな欲求不満みたいな顔して。 行方不明になってた彼氏、無事に見つかったんでしょう?」 会社のお昼休みに一人でお弁当を食べていると、 伊藤さんがからかうような表情で私に話しかけてきた。 手には、外で買って来たであろうコンビニの袋を持っている。「……え、そんな顔してます? 私」 思わず私は、自分の頬に手を当てた。「してるしてる。 ……ってのは、冗談で、彼氏が戻って来たって聞いた割には、浮かない顔してるから」 伊藤さんは、私の向かいの席に腰を下ろすと、 コンビニの袋から取り出したサンドイッチを食べ始めた。「何、喧嘩でもした?」「喧嘩……は、してない、と思うんですけど…………」 私は、大きなため息を零して、持っていた箸を置いた。 コウヤが家に戻って来て、前と同じ平穏な日常が戻って来ていた。 でも、未だに私は、コウヤに自分の気持ちを伝えられていない。 その所為かどうかは分からないが、何故かコウヤの態度が今までと違う。 よそよそしいというか、私から少し距離を置いているように感じるのだ。 というのも、夜、いつものように私とコウヤは、一緒のベッドで眠っているのだが、 コウヤは、私を優しく服の上から抱擁するだけで、それ以上の行為を求めてこない。 時折、そっと私の額や頬に口付けることはあっても、己の熱情をぶつけるような激しい口付けや、身体の芯が熱くなるような愛撫もない。 だからと言って、私から求めるのも恥ずかしくて、結局、何も言えないままでいる。(これじゃあ、本当に私が欲求不満みたいじゃない……) 伊藤さんは、私がまだ何も説明していないのに、何かを悟ったような顔でにやりと笑った。「……ははぁん、倦怠期ってやつね。
動物愛護センターから自宅へ帰る途中、コウヤが私に教えてくれた。 東城先生には、想い合っていた相手がいたが、想いを告げる前に、相手が亡くなってしまったそうだ。 だから、私に向かってあんなキツイ口調で責めるような言い方をしたのだろう。 私と自分を重ねて見ていたのかもしれない。「……ごめん。 ファムには、関係ないのに、俺がもっとしっかり彼女を止めておけば良かったんだ」「コウヤは、関係ないでしょ。 それとも何、やっぱりあの先生と親密な間柄だった?」「違うっ、そんなんじゃ……!」「……わかってる。 ごめん、ちょっと意地悪言ってみた」 コウヤは、同じ異世界から来た同族として彼女の失礼な態度を私に詫びているのだろう。 でも、コウヤと彼女との間に、目に見えない絆があるような気がして、私は嫌な気持ちがしたのだ。「それより、どうして彼女と賭けなんてしたの? 私、実は結構怒ってるんですけど」「ごめん! 俺、最初は、そんな賭けなんかしないって突っぱねたんだけど、先生が……」『あら、なぁに? 自分が彼女から愛されてるって自信がないの? そんなの、ただ遊ばれてるだけじゃない。 まさかその程度の関係で、生涯の番を決める気じゃないでしょうね。 そんな相手に時間を費やすなんて無意味よ。 さっさと諦めて、次を探すのね。 ……そう、私なんてどうかしら?』「……って言われて……俺、ファムとは強い絆で結ばれてるんだって証明するためにも、断れなかったんだ」「要するに、あの女に良いように言いくるめられたってわけね」「うっ…………それもある、けど。 実は俺も、ファムの気持ちを知りたかったっていうのも、ちょっとある。 でも、こんなやり方卑怯だよな。 本当にごめん」 しゅんと項垂れたコウヤがまるで捨てられた子犬みたいで、私は、怒っていたのも忘れて思わず胸がきゅんとする。「…………まぁ、私も
白銀の狐は、その場で自分の身体を見せつけるようにくるりと回って見せると、さっと治療台の上へと飛び乗った。 そして、再び人間の姿へと戻っていく。「その呼び方は、あまり好きじゃないんだけど…… ……まあ、この世界じゃ、他に呼び方がないようだから、仕方ないわね」 少し不服そうな声で長い黒髪をかき上げたのは、人間の姿をした東城先生だった。「コウヤの他にも<獣人>がいたなんて…… ……もしかして、この世界の人たちが気付いていないだけで、他にもたくさん居るんですか?」「たくさん、かどうかは分からないけど、 まあ、居る所には居るわね。 だから、私がこうしてここで見張ってるのよ。 コイツみたいな考え無しがここへ連れて来られても助けてあげられるように」 コウヤがむっとした表情で抗議の視線を送る。 しかし、口に出さないところを見ると、言い返せないようだ。「えっと、それじゃあ……東城先生は、その……」「コウヤの<運命の女>じゃないのかって?」 東城先生が私の言葉尻を継ぐ。 そして、私の表情を見て、満足そうな笑みを浮かべた。「俺の<運命の女>は、ファムだけだ」東城先生が口を開くより先に、コウヤが私を見て言う。「あら、その子とはまだ〝契り〟を交わしていないんでしょう? それなら、私にもまだチャンスはあるわよね」「〝契り〟って……?」「男と女の契りって言ったら、1つしかないでしょ」 私は、自分の顔がかっと熱くなるのを感じた。 つまり、肉体関係を持つという意味だろう。 東城先生は、治療台から降りると、コウヤに向かって色目を使いながら近付いて来る。「私は、いつでも良いのよ。
東城先生の後を追い、私たちは、畜舎の中へと入って行った。 中は獣の臭いが充満している。 懐かしい。 大学のサークル活動では、よくこの臭いを嗅いでいた。 東城先生に案内された一室は、中央に動物を乗せるための治療台が置いてあり、中に入ると消毒薬の臭いがした。 その間、コウヤはずっと私の手を握って、傍から離れようとはしなかった。 ただ、部屋に入る時、少しだけ嫌そうな顔をしたのを私は見逃さなかった。 私がコウヤの名前を呼ぶと、少し躊躇しながらも部屋へと入る。 私たちが中へ入るのを見て、東城先生が内側から鍵を閉めた。「それじゃあ、まずは何から話そうかしら。 ……ああ、あなたの大事なワンちゃんが死んだって話からかしらね。 あれも嘘ではないわ。 ただ私は、書類上〝死亡〟と書いてあげただけ。 でも、そのことならむしろ感謝して欲しいわ。 そのおかげで、動物愛護センターの監視から逃れられたのだもの」「……えっと、つまり、東城先生は、コウヤを助けてくれた……ってことですか?」「そうよ。私が居なかったら今頃、あなたのワンちゃんは、一生檻の中か、殺されていたでしょうね」 ごくり、と私は、唾を飲み込む。 やっぱり、コウヤは、それだけのことをしたのだと思い知らされる。 一歩間違えていれば、本当にコウヤは今ここには居なかったらかもしれないのだ。 私は、無意識にコウヤと繋いでいる手に力を込めた。 すると、コウヤも私の気持ちに答えるかのように強く握り返してくれる。(大丈夫。コウヤは、ここにいる) 私は、気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。「でも、どうして助けてくれたんですか? 東城先生は、その……コウヤのこと、どこまで知っているんですか?」 東城先生は、にやりと含み笑いをして言った。「どこまでって…&helli
私は、今度こそ言葉を失った。 幾度もコウヤの口から聞いたその名前を、まさか今目の前にいる見ず知らずの女の口から聞かされるとは思いもしなかったのだ。 ……いや、もしかしたら、と考えなかったわけではない。 でも、きっとそれは、コウヤが自分にだけ向けてくれる特別な魔法の言葉なのだと、心の奥底で信じていた。 信じたかった自分がいたのだ。「だから、もう彼のことは諦めて……」 東条先生が話の途中で、はっと表情を変えた。 何故だろう、と思って、私は、自分の頬を涙が零れていくのに気付いた。(やだ……私……なんか、涙腺弱くなってる。 こんな弱い人間なんかじゃなかったのに……なんで) 慌てて袖で涙を拭っても、涙が溢れて止まらない。 胸がひどく痛い。 なぜこんな気持ちになるのだろうか。「あなた……」 東条先生が戸惑った口調で何かを言いかけた。 その時、「ファム!!!」 私の耳に、聞き慣れた呼び名を叫ぶ力強い声が届いた。 私が顔を上げるより先に、駆け付けた誰かの広い胸が私の視界を覆う。 驚く間もなく、強い力で抱きしめられた。 嗅いだことのある匂い。 聞き覚えのある声。「コウ、ヤ……?」「ファム。会いたかった……!!」 コウヤが私を抱き締めている。 息が詰まるほど強く。 私は、本当に息が出来なくなった。 すると、私の様子に気付いたコウヤが慌てて拘束を緩めてくれる。「……ごめん、大丈夫か? つい、嬉しくて……」 そして、今度は、私の頬にそっと優しく手を当てると、私の顔を愛おしそうに覗き込む。
「そんな……嘘、ですよね。 悪い冗談…………」 冗談だと言いながらも、私の声は、震えている。 東城先生は、それに気付いていて尚、真剣な表情で答えた。「冗談なんかじゃないわ。 申し訳ないけど、私、生き物に関してはシビアなの。 人間に危害を加えた動物がどういう末路を辿るか……ボランティアで関わっていたあなたなら解るでしょう? 例え、どんなに可哀想だと思っても、所詮この世界では、人間が第一なの。 私の一任では、どうしようもない……だから、諦めてちょうだい」「…………それなら、犬ではなくて、人間の男の人、ならご存知ではないですか? 私、見たんです。 この前、ここで同じように待っていた時に、東条先生が男性と歩いているところを。 彼は、私がよく知っている人でした」「どうだったかしら。 ずいぶん前のことで、もう覚えていないわね。 第一、私が一緒に歩いていたという男と、あなたは一体どういう関係なのかしら?」「それは……」 私は、言葉に詰まった。 〝恋人〟? ……いや、違う。 コウヤが一方的に愛情を向けてくれていただけで、私は一度だって彼の気持ちに答えたことなどないのだから。「……答えられないのね。 所詮、その程度の関係だというのに、何故今更あなたは、ここへ来たの?」 何となく含みのある言い方に、私は、はっと気付いた。「やっぱり、彼を知っているんですね。 彼は……コウヤは、今どこに居るんですか? 教えてください!」「たとえ知っていたとしても、私が貴方に教える義理はないわ。 とにかく、もう彼のことは忘れるのね。