LOGINイプシロン基地に接続する病棟。アイリスの病室へとミハルはやって来た。少し躊躇いがあったものの、ミハルは意を決して病室へと入っていく。
「んん? 誰かと思えばチビっ子パイロットじゃないか?」
喧嘩を売るような話であったが、ミハルは気にせず近付いていく。どうやら名乗る必要はなさそうだ。アイリスはミハルが誰であるのかを分かっているのだから。
「背丈のことはほっといてください。しかし、貴方はどういう理由で私を呼び寄せたんですか? しかも一番機に宛てがうだなんて」
グレックに薦められたからといって、自身の代わりを新人に任せるのはどう考えても間違っている。隊に混乱が生じるのは明らかであった。
「なんだ? 自信がないのか? グレックは次代を担うエースだと話していたぞ?」
「自信がないわけじゃありません! 隊が混乱すると言っているのです! 私を引き入れるだけなら、二十五番機で良いじゃないですか!?」自分のことで隊内がギクシャクするなんて考えたくもない話だ。それはミハルにとって負
前方の対処をジュリアに託したミハルは集中していた。正確さが求められる場面。AIに頼ることを止め、より精度を高めようとマニュアルモードを選択していた。「絶対に撃ち抜く……」 メインモニターに照準を表示し、睨むように見つめている。目標はズームアップされ、真っ直ぐに突っ込んで来るマッシュルームの光を映していた。「射程に入った瞬間に狙撃しないと次が間に合わない」 並のスピードであれば問題ない距離である。しかし、元が輸送艦だという敵機の速度は超高速航行とまではいかないものの、それに準ずるスピードがあった。 照準を揺らめく小さな光がマッシュルームだ。照準中央にあるクロスポイントへ、その光を収めなくてはならない。まだ距離があるために少しのブレでさえ大きく的が動いてしまう。「あと少し……」 ミハルの集中力は極限にまで達している。もう宙域に蠢く敵機は少しも気にならない。ジュリアに全てを任せて、自身はこの一射に集中していた。 一点だけを見据える。照準が指し示す遙か彼方にある地点。激しく動き回る光がクロスポイントへと重なる瞬間をただひたすら待つ。 もう何も聞こえない。瞳に映るは拡がる闇。そして小さな輝き――――。 「――――っ!」 ミハルは逃さない。射程に入ったその瞬間を。敵機がクロスポイントへと重なるその一瞬を。寸分の遅れもなくミハルは反射的にトリガーを引く。「当たれぇぇええええっ!!」 黄白色の光が闇を貫いていく。真っ直ぐ歪みなく銀河の果てへと突き刺さるように。 僅かな静寂がコックピットに満ちた。ミハルは息を呑んで見つめている。 一瞬のあと、眼前に光が溢れた――――。 その光は眩しいほどに輝いたかと思えば呆気なく失われ、視界はまたも闇に染まる。 ミハルは狙撃に成功していた。だが、息つく暇もなく二機目が接近している。今度は照準を合わせる時間すらない。照射ラグが回復した頃にはすれ違うはずであり、撃てたとして角度は少しも残っていないだろう。「絶対に通さないっ! ここは……」 無理矢理に機首を動かし、ミハルは躊躇うことなく二射目を撃ち放つ。「通行止めなのよっ!!」 本能のままにトリガーを引いた。やはり角度がない。最高速度で突っ切ろうとするマッシュルームに対し、彼女はほぼ直角に撃ち放っていた……。「ミハル!?」 咄嗟にジュリアは声をか
航宙機部隊は司令室から命令があったように戦線を一つ下げていた。通達通りにベータ線は放棄されている。「絶対、抜かれたくなかったのに!」「別にお前が抜かれたわけじゃないだろ? 後退し、僚機の密度が高まったおかげで担当エリアが小さくなったんだ。ここは文句をいうより感謝すべきじゃないか?」 諭すようなジュリアにミハルはぶぅっと拗ねたような声を出す。だが、確かに余裕は生まれている。息つく暇もなかったベータ線での戦闘に比べ、今は十分な間が取れていた。 依然として補給通達がない301小隊。休憩どころか新たな任務が言い渡されてしまう。「何? マッシュルーム?」 「反物質爆弾とか解せないな。それにこの機体スペック……」 二人は戦闘を続けながら命令をチェックしている。追加された攻撃目標はコードネーム【マッシュルーム】の撃破。判明している全ての情報が開示されていた。「DWより進入……。CSF570チェック!」 マッシュルームを念頭に置きながらも戦闘を続けなければならない。しかし、今のところはそのようなレーダー反応など見受けられなかった。「宙域クリア! 体勢を立て直すわよ!」 「了解!」 アーチボルトの作戦が機能しているようだ。僚機の密度を高め、敵機を分散させる。攻め込まれた形ではあるが、非常に効果的でもあった。「なぁ、ミハル……。エネルギー残量ってどのくらいだ?」 ジュリアが聞いたように、補給に関する連絡は一度もなかった。まるで忘れ去れてしまったのかと勘ぐってしまうほどである。「あと3%ね。正直、幾らも戦えないと思う……」 ジュリアの機体もミハルと同じような残量であった。交戦開始から四時間近くが過ぎ、体力的にも厳しくなってきたところだ。「こちらセラフィム・ワン。セラフィム・ツー応答してください」 ミハルはベイル副隊長に確認を取った。エネルギー警告灯が点灯していること。集中力を維持するのが難しくなっていることを併せて伝える。『セラフィム・ツー了解した。君たちが先に補給させてもらえるよう上申してみる。応答があるまでしばらく待ってくれ』「承知しました……」 何事もなく待つだけとミハルは考えていた。ガンマ線にまで戦線を下げることにはなっていたけれど、ベータ線を維持していた頃よりも各隊の連携が強化されていたし、自分たちが抜けたところで充分に戦えるはずだ
クェンティン司令が中央ブロック各隊の交代を決めてから一時間近くが経過していた。しかしながら、まだそれは実行に移されていない。「酷い有様だな……」 クェンティンが漏らす。勿論それは自軍の被害状況である。戦力ダウンを危惧しての交代先延ばしであったが、結果として多くの戦力を失うことにもなっていた。「あの猛攻であればやむを得ないでしょう。寧ろ彼らであったからこその現状かと。予定通りの交代であったなら、現状はより酷いものとなっていたはずです」 データを眺めながらアーチボルトが返した。ただ想定よりも酷い惨状に彼も長い溜め息を吐いている。「セラフィム隊は現状維持と考えるがどうだ? 彼らはあとどれくらい戦える?」 重い口ぶりで問うクェンティンにアートボルトは視線を外した。まだ戦線を維持し続ける彼らの実力はGUNS屈指であろう。エース不在の中で想像よりも機能している。本来なら休息を与えるべきなのだが、悩ましい問題は攻め手が一向に緩まぬことだった。「あと三十分。それが限界でしょう。補充要員ではなく後方部隊の何機かを欠損機に宛がうべき。また彼ら以外の前衛部隊は既に限界です。いち早い交代指示を願います……」 交代を先送りにした結果、忙しなく実行することに。その中でもミハルたち301小隊は一番後になる模様だ。「β線配備、全隊に告ぐ! これよりβ線を一時放棄する。速やかにγ線まで後退せよ! 以降のエリア割り当てはモニターにて通知。γ線だけは抜かれるな!」 遂にアートボルトの作戦が実行に移された。限界に達した部隊から補給へと回る。戦線は一時的に下げられて、ガンマ線が最前線となった。「早く時間が経たないかと考えてしまいますね?」 「ふん、貴様が立てた作戦だぞ? 堂々としておけ!」 懸念された混乱もなく、部隊の交代が進んでいる。戦線を下げた効果か自軍の活躍が目立つようになっていた。 腕を組み戦況を見つめる二人。このまま上手く運べと祈るしかなかった。しかしながら、想定外の事態は予想を遥かに超えて起こり得るもの。見守る二人を嘲笑うかのように、戦況は一転して暗雲に包まれていく。 爆音が響いたかと思えば、イプシロン基地が激しく揺れた――。 立っていられないほどの衝撃である。超巨大構造物がこんなにも揺れるなんて異常事態に違いない。「何事だっ!? 報告急げ!!」 クェンテ
ソロモンズゲートの裏側。光皇路と呼ばれる穴の脇には出撃前の戦艦が停泊している。 数多停泊する艦隊の中でも一際大きな艦船の発進ゲートに二つの影があった。「ベゼラ様、どうかお願いします!」 「デボルセ、お前は私に敵前逃亡しろというのか?」 どうやら二人は主君と家臣であるようだ。 主君らしき一人はベゼラ・リグルナム上級連士であり、彼の家臣はデボルセ・ミューガンといった。「この機体はいわば棺桶です。聞いていた最新鋭機などではありません……」 「何だと? どういうことだ?」「ある機密データを入手しました。この機体が光速に近いスピードを持つのは事実でありますが、基本的に突き進むしかできません。一旦発進してしまえば障害物を回避する程度しか操縦を受け付けないのです。それどころか指定された距離を進めば自爆するよう設定されています。つまり殿下は戦争に乗じて暗殺されるところだったわけです」 思わぬ話にベゼラは眉を顰めた。連士と呼ばれる士官級待遇で軍籍となったばかりである。まだ若き彼は配属辞令に秘められた陰謀に気付くことなく戦場まで来ていた。「七番ハッチへ連結している物資輸送船に席を用意しました。向こうに手引きする者がいます。どうかベゼラ様はお戻りください。リグルナム家が管理しているアルバに潜伏できるよう手筈が整っております」「本気か? 国に帰っても罰せられるだけだろう?」 急かすようなデボルセにベゼラは首を振る。彼とて覚悟を決めて戦場まで赴いたのだ。たとえ陰謀であったとしても星院家の長男としては安易に引き返せない。「それは問題ありません。既にヘーゼン星院家も動いております。全ては陰謀なのです。この戦争は失態を犯したカザイン皇家の責任逃れに他なりません。今すべきことは臣民を守る政策であるというのに、侵略戦争にて臣民の目を逸らしている。カザイン皇家の陰謀を明らかにすれば臣民の支持を得られることでしょう」 どうやらカザイン光皇連は一枚岩ではないらしい。一連の事象により国家全体が混乱しているだけでなく、その内部ではきな臭い謀略が交錯しているようだ。「こ
司令室は騒然としていた。第二陣と思われる艦隊がゲートを通過してきたのだ。大艦隊に加え飛来する航宙機は有人機の比率が高い。α線上は再び敵軍に埋め尽くされていた。「これでは補給もままならないですね……」「中央ブロックの部隊には今しばらく我慢してもらうしかないな。代替部隊には配置先の変更を通達しろ。E1EブロックとW1Eブロックを重点的に補充だ」 クェンティンは悩んでいた。戦闘開始から三時間が過ぎて、推進剤の補給やエネルギーチャージ。更にはパイロットの休憩が必要な時間となっていたからだ。この時間になって大量の新手が侵攻してきたとあっては作戦の練り直しを迫られてしまう。「中央ブロック各隊の補給状況はどうなっている? どれくらい持ちそうだ?」「持って一時間でしょうね。疲労に加え、エリアが拡大しています。欠損機は随時補充していますが、最初から戦い続けているパイロットの疲労は蓄積しています……」 アーチボルトの返答は色よいものではなかった。しかし、有人機を加えた大軍の相手が代替部隊に務まるはずもない。「果たして一時間でどれほど削ってもらえるだろうか……」 侵攻してくる艦隊への対応は順調である。問題は航宙機だ。浮遊トーチカによる砲撃や重イオン砲などではとても狙えなかった。「司令、一時間後に戦線を下げてみては如何でしょう?」 唐突にアーチボルトが進言する。それは意外な提案であった。だが、顔をしかめたクェンティンを見る限り、了承などされないだろう。「貴様、本気か? とち狂ったんではないだろうな?」「割と本気です。一時間後にトップパイロットたちが戦線を離脱しますと、必ずやカザインは戦線を押し上げるでしょう。どうせならば離脱と同時に戦線を下げ、僚機の密度を高めるのです。それは同時にα線上に圧縮されていたカザイン機の分散にも繋がります。危うい作戦ではありますが、私が考える最善の策でもあります……」 一時的な後退は攻めの姿勢であるという。確かに結果が同じであれば試す価値はあるのかもしれない。「分かった。ただし補給並びに休憩は三十分とする。デルタ線にまで攻め入られては押し返すのが困難だ。その内容で通達しておけ」「致し方ありませんね。以降は敵軍の様子を見て休憩してもらうことにしましょう。一時間後の交代準備を手配して参ります」 交代時間の変更に続き、通常一時間与え
司令室では各部隊への指示が飛び交っていた。 交戦が始まってから二時間。β線上で両軍が押し合うような状況が続いている。 既に前回の大戦を遥かに超える敵機がゲートより侵攻していた。一方的な戦いとなった前回とは異なり、両軍の戦力は拮抗している。「とんでもない数を送り込んできましたね。もう既に前回の総数を超えています」 参謀のアーチボルトが溜め息混じりに話す。ただ言葉とは裏腹に悲壮感はない。カザインの猛攻も想定内といったところだろうか。「しかし、またもや無人機が目立つな。有人機がいないわけでもないのだが……」 「確かに気になります。第二陣に有人機部隊を組み込んでいるのやもしれません」 今回も敵航宙機部隊は無人機が中心の編成であった。GUNSとしては有り難いことであるのだが、有人機が最後まで姿を現さないなんて話は期待していない。「無人機のハッキングはどうなっている?」「いえ、どうもシステムごと換装されているようです。残念ながら戦闘中のハッキングは難しいですね」 先の大戦後にGUNSは回収した無人機を解析していた。その過程で発見したセキュリティホールを利用し、戦闘中にハッキングするという大胆な作戦を立てていたのだ。しかし、カザインはそれに気付いていたのか、対策を講じてきた模様である。「ならば蹂躙するしかないな。β線及びγ線の艦隊は戦線を押し上げろ! α線に配備された艦隊はゲートへ直接撃ち込め! カザインの大将をいぶり出してやれ!」 戦況を動かす指示が飛んだ。無駄撃ちとなる可能性が高かったものの、クェンティンは挑発と威嚇の意味を込めてビーム砲の照射を命令している。持久戦となる前に敵主力部隊の侵攻を促そうとしていた。 ミハルたち301小隊は依然として戦線を維持していた。ゲートのど真ん中に位置する最も攻撃の激しいエリアであったが、そこはエース部隊である。怒濤の勢いで押し寄せる無人機からエリアを守護していた。『こちらセラフィム・ツー、全隊員に告ぐ。W1ラインEブロックがβ線を抜かれたようだ。現在W1ラインFブロッ