Mag-log in壮絶なゴール前のバトル。互いにスロットルはベタ踏みのままだ。スピードに乗ったミハルの機体はグングンと六号機に迫っていく。
近年、稀に見るデッドヒートに盛り上がるスタンド前。疾風迅雷の勢いで、先頭を行く二機が並んでゴールラインを突っ切っていった……。
『物凄いレースとなりました! どちらが勝利したのか肉眼では確認できません! 最終コーナーから猛追する十号機! 逃げ切りを図ったのは六号機です! 勝敗は映像判定となります!』
ほぼ同時にゴールラインを突っ切った二機。実況アナウンサーにも、その勝敗は分からなかったようだ。勝負は映像判定にて決するようである。
『ああっと、結果がでました! 一着は六号機です! 先頭である優位を生かし逃げ切った模様! そして二着に十号機! 猛追及ばず惜しくも届きませんでした! しかしながら、三着以下を大きく突き放すデッドヒート! 観衆の皆様、この素晴らしいレースを展開した若きパイロットたちに惜しみない賛辞をお願い致します!』
実況放送にスタンドは一段と沸き返っている。至る所から割れんばかりの拍手が送られていた。
次のレース準備が始められないほど観客たちは先ほどのレースに熱狂し、選手たちがドックへと引き上げた今も万雷の拍手が響いている。そんな中、ミハルは機体のハッチを開き、飛び降りるようにして降機していた。
「ミハルちゃん惜しかったね! 驚いたよ!」
担当整備士が駆け寄ってきたが、ミハルは小さく微笑んだだけでやり過ごす。彼女には真っ先に確認したいことがあったのだ。自機のドックから四つ左。そこがミハルの目的地だった。しかし、既にパイロットの姿はなくフルエイジクラスの操縦者が準備を始めている。
「確か表彰式はフルエイジクラスのあとよね……?」
どこへ行ったのかとミハルは考える。恐らく表彰式もパイロットスーツのはず。だから着替えではないはずだ。
「私なら……」
ミハルは駆け出した。思いついたら即行動。それは彼女の欠点であり、ある意味長所でもある。躊躇わない性格はパイロットとして問題があったものの、咄嗟の判断力が試されるレーサーには向いているといえた。
「あれ? ここにもいない……。てか、そもそも私は誰を探してたんだっけ……?」
頭が混乱してしまう。飲み物の自動販売機があるエリアでミハルは立ち尽くしている。 ここに来るまでは確かに女の子を探していた。だが、冷静に考えれば自分に土を付けたのは六号機である。ミハルは六号機をマークしていなかったから、どんなパイロットが操縦していたのか覚えていなかったのだ。「誰を探してるんだ?」
そんなとき、ふと背後から声がする。
ミハルが振り向くと、そこには青色のパイロットスーツに身を包んだ男の子がいた。輝くようなブロンドの髪。すらりとして背が高い。年の頃はミハルと変わらないだろう。
「貴方……誰……?」
「誰とは挨拶だな? 俺はさっきのレースに参加してたパイロットだけど?」彼の記憶はまるでなかった。けれど、先ほどのレースに参加していたのならミハルにとって好都合だ。
戸惑うミハルに構うことなく、彼はジュースを購入し渇いた咽を潤している。「ねぇ、六号機のパイロットって誰なの?」
「……ん? どうして六号機のパイロットを探してる? そういうお前は十号機のパイロットだよな?」「ええ、私はセントグラード航宙士学校のミハル・エアハルト……」
男の子はミハルの挨拶に頷いていたが、特に情報もなかったのかポリポリと頭を掻いていた。「負けた腹いせをするために捜してるのか?」
「違うわよ! 別に負けたからって探しているんじゃないわ!」ミハルの反応に男の子は笑みを零した。彼は一歩ミハルへと近付いて、
「俺がそうだけど……?」
と予想外の話を口にする。
驚きのあまり声を失うミハル。しかし、直ぐ失礼に気が付いてペコリと頭を下げた。「ごめんなさい。私、顔を覚えてなくて……」
「ああ、いいよ。何かしきりに三号機のやつを睨みつけてたな?」「見てたの!? や、でもどんな子かなって思うじゃない? 軍にいるエースの妹とかさ!」
「あいつ有名人なのか? それは知らなかったな……」凄く恥ずかしい。他にも競技者がいたというのに一人しか見ていなかったとか。しかも優勝者の顔すら知らないだなんて本当に申し訳ないと思った。
「凄く有名らしいわ。でも、腕前は大したことなかったみたい。貴方の方がずっと速かったもの」
三号機に関しては正直に期待外れだった。聞いていたほどの実力はなかったらしい。
「お前も速かったよ。背後からのプレッシャーは相当なものだった。もしも俺が大外枠だったなら勝敗は違っていたかもしれないな」
「別にお世辞はいらないわ。私は自分の実力がよく分かったし……」
「まあ、そうへこむな。軍部だと俺の技術も大したことない。それに俺は十九歳だし、お前とは経験が違うから……」彼もまた軍人なのだという。けれど、たった一年の差だ。その話は慰めてくれただけだとミハルは理解している。
『只今より、表彰式を行います。入賞者は中央ステージまでお越しください』
館内放送によって、二人は表彰式の時間を知らされた。
前座であるフルエイジクラスとティーンエイジクラスのみ先に表彰するらしい。「おっ、やべ! ミハル、急ぐぞ!」
二人は共に受賞者である。こんなところで無駄話をしている場合ではない。ミハルは彼に続いて、ステージへと繋がる通路を走った。
舞台袖から見るスタンドはまさに人の海だ。流石のミハルも緊張してしまう。キョロキョロと落ち着かなくしていると、進行役の男性がステージに立つ。
『只今より、アマチュアクラス二部門の表彰をさせて頂きます! まずはティーンエイジクラスの表彰です! さあ、入賞者たちに盛大な拍手をお願い致します!』
大歓声が選手たちを迎えた。
耳が痛いほどに届く歓声。ミハルは息を呑んでスタンドを見渡している。「みんな、私たちのレースを見てくれたんだ……」
そう思うと地鳴りのような歓声も心地よく感じた。
ちゃんと記憶にある。あのデッドヒート。思い出しただけでも心に火が着いたかのように感じる。熱くたぎる何かがミハルに芽生えていた。『では、表彰式を始めましょう! 第三位は三号機に搭乗されていましたメンシス航宙士学校代表マイ・ニシムラ選手!』
壇上に上がったのは何と三号機の女の子だった。彼女は少し出遅れたものの、後半に巻き返して入着していた模様だ。
「えっ? この子って確かジュリア……?」
ミハルはずっと間違えていたらしい。彼女の名はマイ・ニシムラ。気になっていた人ではなかった。
「じゃあ、ジュリアって誰よ!?」
当然の疑問は解消できなかった。考える間もなくミハルは名前を呼ばれてしまったのだ。
『さあ、二着に参りましょう。またも女の子ですね! まだ鮮烈に思い出されます! 歴史に残る最終コーナーからのデッドヒート! 惜しくも二着に破れましたが、流石は名門セントグラード代表です! また大外枠からの二着はお見事でした! 十号機に搭乗されましたセントグラード航宙士学校代表、ミハル・エアハルト選手!』
一際大きな歓声がミハルの思考を止めた。
360度から届く絶叫にも似た声援。良い意味で身体が震えた。一歩進むたびに強く脈動する胸。視線を動かすたび手に汗が滲んだ。優勝したわけでもなかったのに。学校の連勝記録を止めてしまったのに……。
ミハルは大歓声を浴びながら表彰台に乗る。大会のスポンサーらしき人と握手をして、メダルが彼女の首に掛けられた。
地味に輝く銀メダル。それは優勝を逃した者の色だ。
「銀メダル……」
かつてミハルは同じ色のメダルを手にしていた。幼き日の彼女は銀メダルに歓喜したあと、悔し涙を流している。
『嬢ちゃん、二着は負けだぞ?――――』
今も忘れない。あの一言がどれだけ悔しくて悲しかったのかを。二着に価値などないと幼き日の彼女は知った。もう絶対に負けるもんかとミハルは心に決めたはず。なのに、あれから十二年が過ぎ、再び彼女の胸には同じ色のメダルが輝いている。
「これはあの日の私に見せられないな……」
ミハルは心の内に思う。十二年後にまたも同じメダルをもらうだなんて話をすれば、幼少期の自分は激怒したはずと。自身の不甲斐なさが我慢ならなかっただろうと。
「ごめんね……」
小さく呟く。しかし、ミハルは笑みを浮かべた。悔しくないとすれば嘘だ。けれど、負けたことにより、彼女はようやく思い出せたのだ。
あの日の感情や自身が費やしてきた全て。人生を通して航宙機と共にあった。この場所まで自身が飛び続けて来たことを彼女は思い出していた。
「もう負けないから……」
勝者にしか見えない景色がある。ミハルは二着になることでそれに気付いた。一段低い表彰台の眺めはいつも見てきたものと明確に異なる。やはり一番高いところ。表彰台の真ん中でなければ納得できない。ミハルはこの景色を忘れずにいようと思う。いつでもあの悔しさが思い出せるようにと。
『続きまして優勝者の表彰です! こちらも六枠という不利をものともしない圧巻のフライトでした! 壮絶なゴール前の争いを制しましたのは……』
まだミハルは考え込んでいた。優勝者の表彰があるというのに、彼女は俯いたまま。どれだけ怠けていたのかを悔やみ続けている。
ところが……。『GUNSセントラル基地所属ジュリア・マックイーン一等航宙士です!』
続けられた選手名にミハルは唖然として隣を振り返った。
一段高くなった表彰台の真ん中。そこには先ほど知り合った六号機の彼がいる。ミハルがずっと気にしていた女の子の姿はどこにもいない。
ミハルの辞令を全員が覗き込むようにしていた。傍目から見るとミハルよりも周りが食いついているようにしか思えない。「ミハルちゃん、凄いじゃない? うわ! 連名が物凄いメンバーね!」 錚々たる顔ぶれの署名にシエラは声を上げて驚いていた。 承認欄にはクェンティン司令から参謀のアーチボルト准将の名。第三航宙戦団長のテレンス大佐や301小隊の隊長代理であるベイル准尉まで含まれている。更には要請者としてアイリス・マックイーンの名があった。「これはフロント閥の力が働いておるのぉ……」 小さく顔を振るバゴス。とてもルーキーを呼び寄せるだけの辞令だとは思えない。士官を迎えるような名が連なっていたのだ。 フロント閥とは木星圏を代表する軍事派閥である。所属するのは概ねガリレオサテライト5thを中心としたメガフロントユニック群に関係する兵士たちだ。派閥の長はクェンティン・マクダウェル大将。通常なら一等航宙士に派閥から声が掛かるはずもなく、この辞令には様々な憶測を巡らせてしまう。「内部異動という形じゃの。形式は出向となっておるが、どうなることやら……」 「おい、バゴスさんやめろよ! 俺は念を押したんだぞ? ちゃんと返せとな!」 ミハルを余所に会話が進む。当人であるミハルはどうにも信じられなかった。承認者に面識はなかったし、何よりミハルを酷評したアイリスが要請するなどあり得ないことである。「グレック隊長、これはどういうことです!?」 堪らずミハルは疑問を口にする。望まれて行くのならば確かに嬉しい。けれど、望まれるような状況にまで達していないことをミハルは自覚していた。「先日、アイリスから通信があってな。エース格が欲しいと言うから、ミハルを推薦しただけだ。まあアイリスが復帰するまでの繋ぎのようなもの。気楽に行ってこい」「でも、セントラル基地はどうなるのです!? また二人で戦うんですか!?」「それなら問題はない。ちゃんと気を遣ってくれているようだ。朝一の定期便でパイロットが二人補充されることになっている。ミハルはその便に乗ってフィフスへと帰れ。シャト
グレックが手術を決意してからもハンター隊は連日に亘って任務をこなしている。日程について考える暇もなく日数だけが過ぎていった。 早朝に全員でコーヒーを飲むといういつもの光景。しかし、突として鳴ったグレックのギアによって、憩いのひと時は終わりを告げてしまう。「早いな……」 出撃ではないだろう。ギアが鳴っているのだから個人的な用事に違いない。ただグレックは要件を察しているようだ。コーヒーを啜りながら、慌てることなくギアを眺めている。「おい、ミハル。お前は今日から出向だ――」「はいぃ……?」 唐突な話にミハルは声を裏返した。聞き違いでなかったのなら、グレックは確かに出向と口にしたはず。まだ配属して三ヶ月しか経っていない。ようやく馴染んできたところであったというのに出向とかあり得ないと思う。「異動じゃないぞ? 期間制限のある出向だ。三ヶ月という期間が満了すれば、お前はセントラル基地へ戻ることになっている。詳しくは辞令を読め……」 言ってグレックはミハルのギアに辞令を送信。有無を言わせず確認させた。 何だかわけの分からぬ展開であったものの、ミハルは辞令を開く。人間関係が変わるのはあまり好きじゃなかったから、不満げな表情を浮かべながら。「ソロモンズ……ゲート…………?」 ところが、ミハルの表情が一変した。 辞令にはソロモンズゲート支部イプシロン基地とある。そこは言わずもがな彼女が配属を望んでいた場所だ。ミハルは咄嗟に顔を上げてグレックを見つめた。「イプシロン基地への配備だ。それも301小隊だぞ? 目一杯に暴れてこい……」 とても信じられない。グレックが気を利かせてくれたとしか思えなかった。こんなにも早くイプシロン基地へと配置されるだなんて。 ミハルは呆然とギアを眺める。突如として舞い込んだ話がまだ消化し切れていない。 ◇ ◇ ◇ ミハルが辞令を受けるより遡ること三日。話が動き始めたのはグレックに手術の説得をしたあとである。ミハルがオペレーションルームを出て行った直後のことだ。 オペレーションルームに残されたグレックは考え込んでいた。仮に足が元通りとなれば自分はどう変わるのか。今よりも高みを目指していけるのか、或いはミスがなくなるだけだろうかと。「今まで考えもしなかったことだな……」 言ってグレックは小さく笑い、眠気覚ましのコーヒーを
セントラル基地では夜勤の時間になっていた。 本日の担当はグレックである。夜勤とはいっても基本的にはオペレーター業務をこなすだけだ。緊急通信や担当エリアの不審船アラートを受けるためであり、出撃の際には全員が集まることになっている。 大きな欠伸をしていたグレックは不意に開かれた扉に慌てて姿勢を正す。「何だミハルかよ? どうした?」 オペレーションルームに現れたのは自室へ戻ったはずのミハルだった。何やら神妙な面持ち。眠れないといった理由ではないのはグレックにも理解できた。「グレック隊長、ひとつお願いがあります」「面倒くさい奴だな? 何だ言ってみろ?」 グレックはミハルの要求をある程度察していた。成長著しいミハルが上を目指したいと願うのは自然な流れである。「ここでは嫌でも経験値が上がる。三人しかパイロットがいないからな。実戦は訓練で得られない確かな実力を与えてくれるんだ。同期の誰もミハル以上の経験は積んでいないだろう。もしもミハルがイプシロン基地へ向かいたいというのなら話はつけてやる。だが、これまで以上に訓練に身を入れないことには同じように成長できないぞ?」 ミハルが答える前にグレックが諭すように話す。毎日のように出撃があるセントラル基地と比べ、ゲートに配備されたパイロットは訓練でしか成長が望めないのだ。「違いますよ! 私は異動を願いに来たわけじゃありませんから!」 ところが、ミハルはその話を否定する。アイリスがいるイプシロン基地への配備は彼女の目的であったはずなのに。「じゃあ、何だ? まさか後衛機に変えてくれというつもりじゃないだろうな?」 またもミハルは首を振る。編隊に関する要望でもないらしい。 ミハルの希望なんてそんなにはないだろうと考えていたが、グレックが思いついたものは全て不正解だった。「グレック隊長、ちゃんとした義足をつけてください!」 意外な要求にグレックは唖然としている。それは予想していた内容とまるで違っていたのだ。てっきりミハル自身に関する話だと考えていたというのに。「確かに俺はミスを
ジュリアが去って行った病室。アイリスは悩んでいた。どうにも姉弟のコミュニケーションがマズいように思う。今までも上手くいった例はなかったものの、やはりたった一人の弟である。仲良くしたいとは考えていた。「まあ、あれは俗にいう反抗期というやつだろう」 見当外れの解答を導き、納得した様子。特にするべきこともなかった彼女はもう眠ってしまおうとライトパネルに手を伸ばした。「アイリス中尉! ベイルです!」 ところが、またも来客である。夕方になって面会謝絶が解除されたばかりだ。可愛い弟ならばまだしも、副隊長と仕事の話をする気にはなれなかった。 無視をして眠ろうとする。けれど、返事をしないからか呼び声は収まらない。「さっさと入れ! ベイル!」 怒りを露わにしながら、アイリスは解錠ボタンを押す。どうにも腹立たしく感じたが、早く話を済ませて追い返す方が建設的だと思い直していた。「何のようだベイル? このような夜更けに乙女の寝室を訪れるなど無礼だろうが!?」「失礼ですが、中尉のそのような時代はとうに過ぎ去っていますよ? しかし、寝たふりは酷いですね? 面会謝絶の頃に押し入らなかっただけ有り難いと考えて欲しいものです」 チッと舌を鳴らすのはアイリスである。仲が悪いわけでもなかったが、彼女は寝ようとした矢先に訪れたベイルが許せなかったらしい。「で、何のようだ? というより、その辛気くさい顔を何とかしろ! 親の顔より見たぞ? うら若き乙女の病室に入室を許されたのなら、男であればニヤついて見せるところだろうが!? 天使の如き目映さの乙女であれば尚更だ!」 地雷を踏んでしまったことにベイルは気付いた。苦い顔をして薄ら笑いを返すしかない。 ベイルは第三航宙戦団第一隊の副隊長だ。現在はアイリスの代理を務めている。年齢はアイリスより十歳も年上であったが、圧倒的な技量を見せるアイリスを尊敬していた。ただそれは操縦技術面のみであって、普段の彼女は実年齢ほど成熟していないことを分かっている。「実は補充に関することで相談が……」「補充だと? そん
イプシロン基地では大戦の後処理が急ピッチで行われていた。失われた無人機の補充からパイロットの異動。破損した艦隊や砲台、あらゆるものの修理が始まっている。 イプシロン基地に接続する施設の一つに病棟があった。そこは戦闘による負傷者の治療を一手に引き受ける場所だ。その中の一室。少しばかり広い個室に二つの影があった。「姉貴、すまない……。俺が先走ったばかりに」「なんだ、ジュリア? お前は見舞いではなく、泣き言を吐きに来たのか? これでも私は安静にしていないと怖いドクターに怒られてしまう重症患者だぞ?」 どうやらアイリス・マックイーンの病室であるようだ。見舞客は彼女の弟であるジュリア・マックイーンに他ならない。彼もまた病棟に運び込まれていたのだが、外傷のみであった彼は精密検査を受けただけで自室療養となっている。 俯き黙り込むジュリアに嘆息するアイリス。これではどちらが入院患者であるのか分かったものではない。「敢えて言わせてもらうと、ジュリアはまるで見えていない。小さな範囲だけで戦っている。私の支援機であったことを差し引いても、フライトの発想が乏しいと言わざるを得ないな。もしも私のいない間に戦闘があったとしたら命を失うと思え」 アイリスの指摘は手厳しいものだった。項垂れるジュリアに追い打ちを掛けるかの如く畳み掛けている。「分かってるよ。姉貴のように飛べないのは理解した。才能がないのも全て……」 ジュリアは悔やんでいた。自分が吹き飛んでさえいればGUNSはエースを失わずに済んだのだ。下手に生きながらえてしまったばかりに取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。「才能がない? ふはは! 面白い冗談だ! 腹部を切り裂き縫い付けた姉を笑わせるとは、お前も質が悪いな? 傷口に響いてかなわんぞ!」「冗談じゃねぇよ! 俺が生き残ったって何の足しにもならない! あの場面で俺を助けるなんて馬鹿な真似してんじゃねぇ!」 ジュリアは声を荒らげた。それでなくとも場違いなエース部隊に編成されてしまったのだ。大した戦果を上げられなかったことに加え、アイリスが戦線離脱する原因となってしまっては今まで以上に肩身が狭くなるだろう。「いいか、ジュリア? 才能なんて言葉を信用するな。それは努力しない者が作った都合の良い言葉だ。自身の怠慢さを棚に上げるために、他者を特別な存在に昇華さ
太陽系全域に防衛成功という吉報が届いた。誰しもがGUNSの奮闘を称え、星系に訪れた束の間の平穏を実感したことだろう。 セントラル基地にも勝利の一報は届いている。しかし、吉報だけではなく届いたのは負傷者や死者の詳細まで。 いの一番にキャロルの無事を確認したミハルは安堵している。また長く軍部に在籍する他の隊員たちも食い入るように名簿を眺めていた。 朝一番は出撃がなければ全員でコーヒーを飲むのが慣例である。夜勤明けの交代時間であるため、簡単な引き継ぎと雑談をするのだ。いつもなら大した話題もないのだが、本日は開戦翌日とあって長話となっている。「大尉、アイリス中尉が戦線離脱だって! 無事だといいのだけど」 シエラが被害報告書を読みながら話す。顔見知りである人たちの怪我や訃報は快勝した事実よりも大きく、心の内からゆとりを奪っていく。 死者数は想定よりもかなり少なかったのだが、それでも昨年度に記録した二百倍という人数がたった数時間で失われていた。「何でもジュリア坊を庇ってのことらしいの。心配じゃなぁ」 ミハルの目標であるアイリスの容体については詳しく書かれていた。損傷した内臓の手術に加え、挫滅した左足を膝上から切断したことまで。内容を見た限りは、とてもパイロットを続けられる状態だと思えなかった。「アイリス・マックイーンは絶対に復活しますよ!」 皆が溜め息を吐く中、ミハルが声を張った。彼女がパイロットを辞めるなんて少しも想像できない。憎らしいほどの自信と共に復活すると信じている。「逃げも隠れもしないって彼女は言ってたもの!」 ミハルを導いていた目も眩むほどの光。少し風が吹いたくらいで消えるはずがない。今も太陽の如く輝いてミハルを誘っているのだから。「俺もそう思うぞ。損傷した臓器の手術は成功しているようだし左足についても、さして問題はないだろう。俺にちゃんとした義足を付けろというくらいだ。あいつは棒切れじゃないものを選ぶだろう」 言ってグレックが笑う。自虐的なその冗談に本気で笑える者はいない。皆が経緯を知っていたからオペレーションルームは微妙な空気に支配されてしまう。「き、緊急通信! 大規模な海賊団が現れたようです! 大至急応援に向かってください! 位置はエスバニア区画から2000kmのところです! データリンクします!」 GUNSが歴史的勝利を収