LOGINドック内は慌ただしかった。反物質爆弾により使えなくなったドックが多数あり、稼働中のドックへと航宙機が振り分けられていたからだ。
仮眠を取るミハルのギアが鳴った。約三十分の休憩は瞬く間に終わりを告げてしまう。
「行くか……」
ジュリアが立ち上がると、ミハルもまたそれに続いた。ギアで戦況を確認しながら、詰め所をあとにしていく。
「なあ、ミハル……」
歩きながらジュリアが声をかけた。何やら話しにくそうな表情だ。間違っても最後のひと頑張りと鼓舞する感じではなかった。
「何? 怖じ気付いたとか言わないでよね?」
「まさか! 俺が聞きたいのはこの戦闘が終わったあとのことだ」ジュリアは戦闘後の話を聞きたいらしい。まだカザインは撤退しておらず、自身もこれから再出撃を迎えようというのに。
「三ヶ月経てば、お前は木星に帰るのか?」
意外な話にミハルは思わず立ち止まった。すっかり忘れていたけれど、形式的にはセントラル基地からの出向となって
地球より250万光年離れた広大な銀河。本来なら人類との邂逅など考えられなかったけれど、カザイン光皇連の居住星系は今や銀河系と隣り合っている。 集結していた宙間建造物アルバ群だが、それは銀河間戦争が勃発してから徐々に間隔を設けていた。しかし、それらはただ拡がっただけであり基本的には母星ゼクスの重力圏である。 母星ゼクスから更に50AU離れた宙域に浮かぶ星は辺境惑星ガリアという。そこは鉱物資源の供給地であり、リグルナム星院家が管理していた宙域だ。だが、バーストの避難政策によってガリア宙域は事実上廃棄されていた。「殿下、よくぞご無事で……」 ガリア圏に浮かぶアルバは四つだけである。それらは元鉱物採取員の居住区であり、鉱物保管庫並びに作業場だった。 廃棄されたはずのアルバだが、どうしてかそれらは再稼働している。多数の小型船が停泊し大勢が忙しなく作業しているようだ。「ああマルキス、心配をかけた」 船から下りてきた男性はベゼラ・リグルナム。彼は光皇路での暗殺未遂を回避し、所領の一つに戻ってきた。しかし、ベゼラが到着したのは本邸があるゼクスとは異なり辺境惑星ガリアである。「殿下、やはりデボルセは……?」「彼は最後まで忠臣だった。デボルセがいたからこそ私がここにいる。彼によって導かれ、私は光皇連を率いる決意をしたのだ。彼の意を汲み戦おうと決めた」「そうでございましたか。残念ですが、デボルセも本望でしょう。殿下の身代わりとなり、光皇の下に還ったのでしたら……」 マルキスはデボルセの友人であったようで祈るように目を瞑っている。自ら皇子の救出に向かった彼を悼んでいた。「それでマルキス、クウィズはどこへ行った?」 ベゼラと同じく光皇路から逃げ延びたクウィズ・ヘーゼン皇子の話になる。各々が無事帰還したはずだが、ベゼラは何も聞かされていない。「分かりません。宙間の通信は行っておりませんし。恐らくヘーゼン星院家は小惑星帯にあるアルバへ引き込んでいるかと思われます」「無事だと良いのだがな。カザイン家を打破するならば彼の力が必要となる」 光皇家の打倒を目論む二つの星院家は光皇路が出現した直後から極秘裏に動いている。銀河間戦争の気運が高まるや計画を実行し、何とか領民の一割をゼクスから連れ出すことに成功していた。しかし、ヘーゼン星院家とは密な連絡が取れておらず、救出作
急なイベント出演の通達から数日が経過している。ミハルは憂鬱な毎日を過ごしていた。 本日は特に出撃もなく、ミハルは何をするでもなくボウッと愛機を眺めている。「どうした嬢ちゃん? らしくないの?」 ミハルに声をかけたのはバゴスだ。落ち込んだようなミハルを見ていられなかったらしい。 その声に振り返ったミハルは小さく息を吐く。「バゴスさん、私はどうすればいいのでしょうか……?」 予想通りの表情をするミハルにバゴスもまた溜め息を漏らす。 配属から半年。短い期間に二度も異動させられるかもしれない。流石に可哀相だと思う。環境の変化は誰であってもストレスに違いなかった。「嬢ちゃん、実をいうと儂の息子は地球におるんじゃ」 問いに対する答えではなかったけれど、妙に興味が湧く話だ。何しろバゴスの家庭について聞くのはこれが初めてである。「昨日、連絡があったんじゃが、レース協会のイベントに儂の孫娘が参加するらしい。儂が嬢ちゃんと同じ部隊にいると知って通信してきたんじゃよ」「お孫さんは地球人なのですか?」「まあ一般的にはそう呼ぶが、太陽系に住む同じ人類じゃて。区別するから余計に溝が生まれるんじゃないかと儂は考えておる。じゃから孫娘に対して地球人という言葉は選んだことがない。儂らはどこにいようが家族なのじゃからな……」 ミハルも地球人という言葉は常々耳にしている。それこそ学校でも習う言葉だった。地球人と聞けば何か違う生命体のように感じてしまう。人類という括りとは明らかにイメージが異なっている。「孫は航空士学校を今年卒業予定なんじゃ。卒業後はレーサーになって賞金王を取るだなんて大口を叩いておる。何でも特待生選定対象レースで一番になったらしくての。既に内定しておるんじゃ」「凄いじゃないですか? 私は二着でしたけど……」「ああ、そうじゃったな。じゃが孫は素人相手に勝っただけじゃ。もし仮にジュリア坊がいたとしたら負けておったじゃろう」 あまり思い出したくない記憶だ。でもあのレースはミハルにとって転機となった。あの日が異なる一日になっていたのなら、今この場所にミハルはいない。「なあ嬢ちゃん、一つ孫娘の鼻を明かしてやってはくれんか? 今のままでは成長がない。本物のフライトを見せてやってくれ」 正直にレースはトラウマである。あの敗戦が脳裏に蘇っていた。狭いフェアゾ
日課としている個人的な訓練を終え、ジュリアは遅い夕食を取っていた。一人きりの夕食も随分と慣れている。イプシロン基地に来た頃から食事は一人であったものの、あの頃のジュリアは自発的というより受動的に孤立していただけであり、今のように結果的に一人であったわけではない。「ジュリア一等航宙士……?」 黙々と食べていたジュリアであるが、不意に声をかけられていた。 視線を向けると記憶にある人がそこにいる。何十万という人間が暮らすイプシロン基地であるから、隊員以外の人間に出会う確率は限られていたのだが……。「確か……キャロルさん?」 ミハルと一緒にいるところを何度か目撃している。またジュリアは彼女の部屋にも訪れた経験があった。「遅い夕食ですね? ここ良いですか?」 キャロルの話にジュリアは頷く。他にも空席はあったのだが、わざわざ相席を望む理由。ジュリアは何となく推し量れている。「何か悩みでもあるのか?」 藁をも掴みたくなるのは自身も経験があることだ。結果としてふて腐れ、誰にも見向きされなくなった。自身の経験からジュリアは助け船を出そうと思う。「あらま? ジュリアさんってミハルと違って察しが良いのですね?」「いやまあ凡人の俺に話があるなんて限られてるだろ? 俺で良かったら悩みを聞いてやるぞ?」 戦争と背中合わせの生活だ。いつ何時出撃するのか分からない。ルーキーであるのなら尚更である。肝が据わった若きエース様とは違うのだ。「ジュリア一等航宙士、ありがとうございます。あたしはキャロル・ウォーレンです。実は後衛機の機動について話が聞きたくて……」「ああ、ジュリアで良いよ。ミハルには呼び捨てにされていたし、今さらむず痒い。俺は所属先ほど優れたパイロットじゃないからな」 ジュリアは既にプライドを捨てていた。大いなる才能の前には自身の存在などないに等しい。アマチュア時代にどれほど賞賛されようと比較対象にすらなれないことを理解していた。「それじゃあジュリアさん、実はあたし悩んでいるのです」 ジュリアは予想していた。彼女の悩みが何であるのか。パイロットを辞める辞めないの話であれば自分に相談するはずもない。ミハルの友人である彼女の悩みはもっと前向きな内容であると。「あたしは全体訓練後にずっと個人的な訓練をしています。だけど正解が分からない。だからミハルの支援機
セントラル基地ではいつものように朝の引き継ぎを行っていた。夜勤の当番はミハルであり、彼女は少しばかり眠たそうだ。これから仮眠を取るというのに、彼女は甘めのコーヒーを啜っている。 特に問題もなく引き継ぎが終わり、ミハルは自室へ戻ろうとする。だが、急に基地の通信が鳴り響いた。「LCSBF通信です! えっと場所は……ソロモンズゲート支部イプシロン基地!」 シエラが声を張る。どうやら緊急出撃というわけではなさそうだ。しかし、通信元がイプシロン基地であるだけに全員が戸惑っていた。「は、はい。了解です……。映像回します……」 シエラが先方と話をし、その通信はモニターへと回されることになった。 モニターへ映し出されたその顔に全員が即座に敬礼をする。あり得ない人物だった。早朝という時間帯であったのだが、その人物は全員の眠気を吹き飛ばしている。『ああ結構、楽にしてくれ。朝からすまないな……』 通信者はクェンティン・マクダウェル大将。雲の上にいるような人物からの通信に全員が固まってしまう。『実はグレック大尉とミハル一等航宙士に用があって連絡させてもらった』 冒頭部分だけで隊員たちは大凡の内容を推し量っている。帰ってきたばかりのミハルを呼び戻そうとするものであると。トップシューターになったミハルの力が必要となったに違いない。『ミハル君には地球へ行ってもらいたい――――』 ところが、突として告げられた話は誰も予想していないことだった。聞き間違いじゃないかと全員が眉根を寄せている。「クェンティン大将、それはどういったことでしょう? ミハルは戻ってきたばかりですよ?」 代表してグレックが問う。どうして地球なのかと。セントラルで生まれ育ったミハルとは縁もゆかりもないはずなのにと。『操縦以外に余計な役割まで与えたくはなかったのだが、そうも言っていられない状況なのだ。銀河間戦争でミハル君はトップシューターとなった。またそれを成したのがルーキーであり、小柄な女性というのだから注目されないわけがない。今やどの主星圏でも救世主的に報道され、ミハル君の人気は絶大だ』 木星圏でも日増しに騒動が大きくなり、ミハルには取材の依頼が殺到していた。宙域の警護があるためと全てを断っているけれど、家族や友人だけでなく恩師であるグレンのところにもメディアが押しかけている。幼少時のつまら
GUNSソロモンズゲート支部イプシロン基地では次戦に向けての準備が始まっていた。艦隊の補修から人員の異動だけに留まらず、失われた以上の無人機が木星より運び込まれている。 301小隊の詰め所では朝一番の会議が行われており、隊長に復帰したアイリス・マックイーンの長々とした話が続いていた。「以上が301小隊の代替パイロットだ。これで定員の二十五人となる。編成は通達した通り、問題があれば逐次報告しろ……」 アイリスは新入隊員の紹介を終え、小隊が定員に達したことを告げる。これにより301小隊は正規の訓練を再開することが可能となった。「それでは解散とする。しばらくは班ごとの連携訓練に費やせ。だが、午後にある警備飛行は忘れるなよ?」 ようやくと会議が終わる。各々が新入隊員たちと挨拶をし、まばらに詰め所をあとにしていく。 ところが、副隊長に戻ったベイルは詰め所を去ることなく不安げな表情をしてアイリスへと近付いた。「アイリス隊長、この時点で定員になるとはどういうことです?」 「なんだベイル、貴様はもう編成を考えなくても良いのだぞ?」 以前は一向に補充されないことを嘆いていたベイルだが、早々に補充された今回も何やら同じような不安を覚えているらしい。「それは分かっていますが、私が危惧しているのは編成の段取りじゃありません」 眉根を寄せるアイリス。編成についての文句を聞かされるとばかり考えていた。しかし、当のベイルは編成の段取りについて異論などないようだ。「私の懸念はミハル・エアハルトの枠がなくなったことです――」 ベイルとしてはミハルが戻ってくるものとばかり考えていたのだ。だから定員となった現状には疑問を覚えている。「ああ、そのことか……」 ベイルの話にどうしてかアイリスは深い溜め息をつく。どうやらベイルが考える通りの理由がありそうだ。「ミハルは当てにできない……」 まさかの返答にベイルは絶句する。先の大戦で大車輪の活躍を見せた若きエースが当てに出来ないだなんて意味が分からなかった。「どういうことです? まさか病気や怪我でも?」 「いや、ミハル自身は問題ない。ただ少々ややこしい状況となっているのだ……」 益々ベイルは眉間にしわを寄せる。ややこしい状況がどのようなものであるのか彼は理解していない。「アイザック大将に目をつけられたらしい。クェンテ
木星圏にあるGUNS統轄本部内にある一室。通信会議場にデミトリーはいた。 本日はミルキーウェイ定例会議の予定であるらしいが、大戦直後ということもあり通信にての開催となっている。「早速だが喫緊の問題から話し合おう。本日はイプシロン基地司令長官クェンティン・マクダウェル大将にも参加頂いている」 挨拶もそこそこに重い口調でデミトリーが話し出す。言葉の通りに切迫感を醸し出している。「クェンティン・マクダウェルであります。議員の方々どうぞよろしく。実は少しばかりご協力頂きたいことがあって会議に参加させてもらっております」 どうも問題は軍部に関することであるらしい。また軍部の重鎮が参加する意味合いを参加者たちは推し量っていた。「既に通知が届いておることでしょう。次戦を考えた場合に戦闘機パイロットが不足していること。次なる戦いが前回と同じ規模であればイプシロン基地は陥落するという試算について。それだけ状況が切迫しているということを……」 やはり軍部の要求はパイロットの派遣であった。軍部内での遣り繰りは既に限界であり、レーサー協会からの転身も希望者に限定している。よって思うようにパイロットの補充は進んでいなかった。「基本的にパイロット経験者を求めております。現在はグランプリレース協会が主な協力先であるが、輸送パイロットやライセンスを持つ者であれば誰でも構わない。もっと多くのパイロットが必要なのです。即座に最前線へ配備されることは絶対にない。我々が求めるのは木星から地球圏にある基地の所属パイロット。宙域の警護を担当するパイロットが必要なだけだ。それは協会から配備されたパイロットたちを見てもらえれば事実だと確認できるはずです」 実績としてクェンティンは真っ先に協力を願った元レーサーたちの名を列挙していた。ただし、それは本当に少ない。失われた数と比較すれば何の足しにもなっていないような数である。「木星圏は割と協力を得られた。火星圏もまた人口比率ではマシだと言える。だが、地球圏は他人事と考えているのか非協力的だと言わざるを得ない状況。人口は火星圏よりもずっと多いはずなのに、戦闘機パイロットに転身した者は数えるほどしかいない。これはどういうことでしょうか?」 地球圏に圧力をかけるためクェンティンは会議に参加したらしい。事実上の最高責任者である彼が自ら文句をいうために