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第11話 シイナの秘策

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-05-20 19:00:00

シイナが私の一撃を、常人離れした体捌きで辛うじて防いでみせた。

その反応速度、危機的状況での冷静な判断力…。

この男、シイナ。

彼は単なる魔法研究所の研究員という仮面の下に、恐るべき戦士の素養を隠し持っている。

「まさか、初手から本気で首を獲りに来るとは……。あなたの戦い方は、本当に予測がつきませんね」

額に滲んだ汗を手の甲で拭いながらも、シイナの瞳からは先ほどまでの驚愕の色が薄れ、

代わりにどこか挑戦的な、それでいてこの状況を楽しんでいるかのような獰猛な光が宿っていた。

焦りの色は見て取れる。

それは、純粋に、力量差に対する焦りだ。

私はその言葉に答えず、ただ静かに、抜き放った剣の冷たい切っ先を揺らぎなく彼に向けた。

「さあ、次の一手はどう出る? 私を驚かせてみろ」

「はは……言ってくれるじゃないですか。ならば遠慮なく、これで行きますよ!」

先ほどまでの構えから一転、

シイナの両の手に瞬時に魔力が奔流のように集中し、金属質の重々しい輝きと共に二振りの細身の剣をその場で練成する。

そして、風を裂く青白い軌跡を描きながら、|一気呵成《いっきかせい》に私へと斬り込んできた。

鉄属性による武器生成、そして流れるような双剣術。見事な練度だ。

――速い。

そして、一撃一撃は軽いと見せかけて、その実、的確に人体の急所を抉らんと迫る。

だが、その太刀筋は、今の私にとっては手に取るように、いや、その先の先まで手に取るように読める。

ギィンッ!

ガンッ!

カキィィン!!

小気味良い金属音が連続して闘技場に木霊する。

彼の繰り出す無数の斬撃は、一切の無駄がなく、剃刀のように鋭利だ。

一太刀でもまともに受ければ、祝福の鎧に守られていようと、

その防御を深く切り裂かれ、戦況は不利に傾くだろう。

それでも私は、その怒涛の連続攻撃のすべてを、まるで水を受け流すかのように、

あるいは相手の力の流れを読み切り最小限の動きで捌く古流の柔術のように、

ミリ単位の動きで的確に受け流していく。

私の剣は、彼の剣と触れ合い、火花を散らすたびに、

その軌道、速度、力加減、呼吸のリズム、微細な筋肉の動き、そして太刀筋の癖、

その全てを蓄積するように記憶していく。

そして、数十合にも及ぶ剣戟の応酬の末、ほんの一瞬だけ、

彼の呼吸と剣の動きの連携に、常人には決して捉えきれぬであろう、

しかし私にとっては致命的とも言える“隙”が生まれた。

その刹那の好機を、私が見逃すはずがない。

即座に体勢を低く沈め、まるで地を舐めるような低い姿勢から、

全身のバネを使い、下から掬い上げるように、袈裟懸けに鋭く斬り上げる。

ズバァッ!

と、空気を切り裂く音すら置き去りにするような、鋭利な斬撃音。

私の剣は、彼の右手の剣の鍔元を寸分違わず捉え、強烈な衝撃と共にそれを弾き飛ばした。

宙を舞う、彼の剣。

その落下軌道、回転数――私はそれを正確無比に読み切り、

あたかも数秒後の未来を予知していたかのように、右足の甲を僅かに上げる。

落ちてくる彼のもう一振りの剣の刃が、まるで磁石に吸い付くかのように、

絶妙なバランスで私の足の甲に静止した。

「もらった」

シイナの視線が、一瞬だけ足元に落ちた己の剣へと釘付けになる。

その、ほんの僅かな意識の逸脱、あるいは驚愕。

私にとっては、それで十分すぎる。

足の甲に乗せた彼の剣を、つま先で軽く、しかし爆発的な瞬発力で蹴り上げる。

高速回転しながら宙を舞った剣は、彼自身の顔面へと、

下から顎を打ち抜くような変幻自在の逆打ちの軌道を描いて襲い掛かった。

「うぉ……っ!?」

シイナは咄嗟に首を大きく傾けてそれを避ける。

だが、その常識外れの回避行動が、彼の体勢に致命的なまでの揺らぎを生み出した……

――隙、ありだ。

「はっ!」

短く鋭い呼気と共に、私は一気に踏み込み、

全身の体重移動と気の流れを、右の掌の付け根、その一点に極限まで収束させる。

ズンッ!!

と、分厚い鉄板を打ち抜くかのような、鈍く重い衝撃音。

私の放った渾身の掌底が、がら空きになったシイナの喉元、

その急所へと深々と突き刺さる。

皮膚を貫通こそしないものの、衝撃は彼の頚椎から脳幹までを揺るがしたはずだ。

「ガハッ……! ぐ……っ……ぅ……!」

まるで巨大な鉄槌で打ち据えられたかのような、くぐもった呻き声を上げ、

彼の身体が木の葉のように軽々と吹き飛び、観客席から一瞬、息を呑む音が聞こえ、

そして次の瞬間、爆発的な歓声が闘技場全体を揺るがした。

『喉元ォォォォ!! 今のは強烈無比な一撃だァァァ!!!

まさに必殺の掌底が、シイナ選手の急所を的確に捉えたァァァ!!!』

実況が、興奮のあまり声を裏返らせながら割れるように叫び、

一瞬静まり返っていた観客席が、再びどよめきと興奮の渦に包まれる。

「ゲホッ、ゴホッ……ま、まじで……あなた、えげつない攻撃してきますね……常軌を逸してる……」

シイナは激しく咳き込みながらも、瓦礫の中からなんとか上半身を起こし、

苦痛に顔を歪めながらも、その瞳で私を強く睨みつけてくる。

その瞳の奥に宿る闘志は、まだ少しも衰えていない。

大したものだ。尋常な神経ではない。

「なかなかどうして、いい攻撃だろう?」

私はただ静かに、しかし確かな手応えと、相手へのある種の敬意を感じながら、微かに微笑み返した。

「ええ……本当に……。ですが、やられてばかりじゃいませんよ!」

彼が再度、両手に鉄の魔力を凝縮させる。

そして、それらの鉄塊が彼の明確な意志に従って瞬時に形を変え、融合し、

瞬く間に一本の、刀身が異常に鋭く長く伸びた“槍”へと再形成された。

その槍の穂先は、私の喉元を狙っているかのように、凶悪なまでに鋭く尖っている。

「ほう、武器を変えるか…面白い。次はどんな手で来る?」

その槍から放たれる、一点集中の鋭い突き。

それは先程の双剣とは比較にならないほどの速度と、鎧ごと貫通しかねない破壊力を秘めている。

私はそれを後方へ大きく跳躍し、剣の腹で受け流す。

金属同士が激しく擦れ、甲高い音と共に大量の火花が周囲に乱れ飛ぶ。

槍の凄まじい勢いは殺したが、まだ勝負は終わっていない。

彼は次なる手を既に打っている。

その直後。

私の予測の範疇を超え、あるいは心のどこかで期待していた通りの事態が起こった。

「ここからが、本当の勝負ですよ!!」

彼がそう叫んだ瞬間、その手にした槍はまるで生き物のようにさらにその形状を変化させると、

彼は真正面から、再びガントレットを装着した鉄の拳で私に突撃してくる。

(……なるほど。槍による大技の突きを受け流されるのは予測済み…

その後のこちらの体勢の僅かな崩れと、武器を持ち替える一瞬の隙を狙い、勢いを殺さず、

この至近距離での打撃戦に持ち込むか…!)

彼の鉄製ガントレットを装着した右の拳が、私の顔面を目がけて恐るべき速度で迫る。

回避は間に合わない。

私は反射的に剣を盾とする。

私の剣に、彼の重い拳が激しく激突した――

まさに、その瞬間。

パァンッ!!

と、鼓膜を突き破らんばかりの、けたたましい破裂音と閃光。

私の目の前で爆ぜたのは、彼の右腕に装着されていた“ガントレット”そのものだった。

「っ……!! 」

強烈な爆風と、視界の全てを純白に染め上げる閃光が同時に私を襲い、

咄嗟に剣を盾にしたものの、衝撃波は殺しきれず、私は為す術もなく吹き飛ばされる。

視界がぐるりと激しく反転し、まるで木の葉のように宙を舞う。

闘技場の天井と、熱狂する観客席の光が逆さまに流れ、一瞬、時間の流れが引き伸ばされたように感じた。

(……くっ、まさかガントレットが爆発を起こすとは…!

だが、この程度で終わると思うなよ。空中に飛ばされたというのなら、

その落下地点も、ある程度はこちらで制御ができる!)

私は空中で強引に体勢をねじり、落下速度と方向を調整すると同時に、右手に握る剣を逆手に持ち替える。

そして、落下していく闘技場の硬い魔導石の舞台へ――

渾身の力を込めて、剣の切っ先を深々と突き刺す!

ズザザザザッッ!!

刃が頑丈な魔導石の地面を裂き、激しい火花を散らしながら強烈な摩擦を生む。

私はその抵抗を利用し、落下と滑走の勢いをギリギリのところで殺し、両足でどうにか着地、静止した。

……そこは、闘技場の円形舞台の、まさに縁のギリギリのライン。

あとほんの数センチ、いや数ミリでも着地点がずれていれば、間違いなく場外判定で私の負けだっただろう。

冷や汗が背中を伝うのが分かった。

『おおおおおっとぉぉぉ!?!?!?

こ、ここに来て挑戦者シイナ選手が起死回生の一撃ィィィ!!

エレン選手が、この魔法闘技で初めて明確なダメージを負い、場外寸前まで追い込まれたァァァ!!

しかも……今の攻撃は、まさかのガントレット内部からの爆発だとぉ!?!?

な、な、なんという壮絶な、なんというハイレベルな心理戦と技術の応酬だァァァァ!!!』

興奮と驚愕に包まれる観客席。

実況の声も完全に裏返り、もはや絶叫に近い。

だが、私はゆっくりと体勢を立て直し、口元に滲んだ血を無造作に親指で拭いながらも、

静かに――しかし確かに、その口元を獰猛なまでの愉悦に緩めた。

「ふふ……ははは、面白い。実に面白いぞ、シイナ!」

この男、やはりただ者ではない。

研究者という仮面の下に、これほどの機知と戦術、

そして何よりも勝利への執念を隠し持っていたとは。

「アレを、あの至近距離でまともに食らってなお、場外にすらならないって……

一体どういう身体能力と反応速度をしてるんですか……あなたは本当に、人間なんですか…。」

シイナは肩で激しく息をしながらも、信じられないものを見る目で私を見つめている。

彼の切り札の一つであったことは間違いないだろう。

「経験…だろうな。」

私はあくまでも淡々とそう返す。

だが、その内心は――

彼の予想外の機転、鉄を生み出し自在に操るその発想力、

そして何よりもあの土壇場での思考の速さと決断力。

それらすべてに、私は心の底から武者震いにも似た興奮と、純粋な歓喜を覚えていた。

「今の爆発は……その臭いと威力からして、火薬…それも指向性を持たせた特殊なものか?」

シイナは、私の指摘にニヤリと、しかしどこか疲労の色を浮かべながら小さく笑う。

その表情には、してやったりという満足感と、それでもまだ決定打を与えられない相手への若干の焦りが混じっているように見えた。

「ええ。実験用に個人的に開発した、指向性の高い小型高性能炸薬です。

ガントレットの内部に少量仕込んでおいて、任意のタイミングで起爆できるように細工しておいたんですよ」

「まさか、こんなところで奥の手の一つを使う羽目になるとは思いませんでしたけどね。

あなたを倒すには、これくらいしなければと、私の計算が告げていましたので」

この“科学者”であり、同時に“戦士”でもあるシイナという男の本当の戦いは、どうやらここからが本番らしい。

鉄を生み出す魔法と、彼自身の科学的知識や技術を組み合わせた、

既存の戦闘理論を覆すような、予測不能な戦術。

(次は……一体どんな驚くべき手で、この私を楽しませてくれるのだろうか?)

私は剣の柄を軽く、しかし確実に握り直す。

全身の細胞が、歓喜に打ち震え、次なる一合を渇望しているのがわかる。

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    「本当に……本当に、ありがとうございました! エレナさん、そしてエレンさんにも、どうかよろしくお伝えください!」ギルドの受付カウンターで、いつもの快活な受付嬢が、カウンターから身を乗り出すようにして深々と頭を下げてきた。その声には、心からの感謝と安堵が滲んでいる。「依頼を受けたのは主にエレンですから……次に本人がギルドへ顔を出したとき、直接たくさんお礼を伝えてあげてくださいね。」私はにっこりと微笑みながら、安心させるようにそっと言葉を添える。「今日のこの感謝の気持ちはしっかりエレンに伝えておきますから。きっと喜びますよ」「もちろんです! ぜひお願いします! それにしても……今回の特殊個体のグール、ギルドに所属する他のSランクの冒険者の方々でも、単独での討伐はかなり難しかっただろうって、討伐後の調査チームから報告が上がってきているんですよ」その言葉に、私は思わず小さく息を呑んだ。──S級冒険者それは、単なる腕利きの冒険者という範疇を超え、一国の“戦略的戦力”とさえ呼べるほどの絶対的な実力者たちの総称。その、選ばれし彼らでさえ容易には打ち破れないほどの魔物だったというのだろうか。「そ、そんなに……手強い個体だったんですね……? 」受付嬢は私の驚きに、こくりと静かに、しかし重々しく頷いた。「ええ、尋常ではありませんでした。異常個体のグール……討伐現場に残されていたわずかな血痕や体組織を魔法研究所で詳しく分析してもらったのですが、あきらかに通常の魔物の組成とは異なる、未知の反応を多数示していたそうですよ。まるで、何かの実験で生み出されたかのような……」「それに――」受付嬢はそこで一度言葉を切り、周囲に人がいないことを確認するように声を潜めながら続けた。その瞳には、畏敬と興奮が入り混じったような複雑な色が浮かんでいる。「その規格外のグールをほぼ完璧な形で倒せたのは、皮肉なことに、“魔法が一切使えない”エレンさんだったからこそ……というのが、ギルド上層部の正式な見解なんです」「もし、他の魔法を得意とする冒険者の方だったら、もしかすると“たかがグールの一種”と、どこかで油断してしまっていたかもしれませんし、既存の魔法体系での対処に固執してしまった可能性も否定できませんから……」……その言葉に、私はハッとする。胸の奥を、鋭い何かで突かれたような衝

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第4話 戦う者と祈る者

    夜の闇に慣れた深紅の瞳が、前方に立ちはだかる異形の影を正確に捉える。私は、右手に握る馴染んだ長剣と、左手に逆手で持った短剣の二刀を、水が流れるように静かに構えた。目の前に立ちはだかるのは、先ほどまでの雑魚とは比較にならぬほどの瘴気を放つ特異個体のグール。その醜悪な巨体からは、低い獣のような唸り声が絶え間なく漏れ、再びこちらへ突進せんと全身の筋肉を不気味に|蠢《うごめ》かせている。 「……来い。その首を刎ねてやる」私の挑発に応じるかのように、咆哮とともに振り下ろされるのは、岩をも砕きそうな太く鋭い獣のような爪。それは風を切り、死の宣告のように私へと迫る。しかし、私はその攻撃を予測していたかのように、最小限の動きで体をひねって紙一重でそれを回避する。巨腕が空を薙ぎ、私のすぐ横の壁に叩きつけられ、石片が砕け散る音を立てた。着地とほぼ同時に、私は体重を乗せた鋭い突きを繰り出す。グシャッ――!右手に握る長剣の切っ先が、狙いすましたその巨大な右目に、まるで吸い込まれるように深く突き刺さった。肉を抉る鈍い感触が、柄を通じて私の手に伝わる。「カァァァァァァガアアアアアアッ!!」眼球を破壊された激痛に、巨体が大きく仰け反り、耳をつんざくような絶叫が下水道の狭い通路に反響し、壁をびりびりと震わせる。血飛沫と、おそらくは眼球の破片らしきものが周囲に飛び散った。間髪入れず、今度はその左腕が、まるで巨大な鉄槌のように横薙ぎに振り上げられるのを見た瞬間、私は即座に後方ではなく、あえて横へと大きく跳躍する。空中でしなやかに身体をひねり、勢いを殺すことなく、そのまま右目に突き刺さったままの長剣の柄を強く握り、──力任せに引き抜く。ブシュウウウッ――!噴水のように、粘度の高い紫色の血が大量の飛沫を描いて闇に散る。眼窩からは、もはや原型を留めぬ何かが溢れ出していた。「……次だ」私は一瞬たりとも攻撃の手を緩めない。即座に構えを切り替え、左手に逆手で持っていた短剣を順手に持ち直し、標的を定める。一瞬の溜めもなく、残された左の眼窩めがけて、投擲ではなく直接、渾身の力を込めて突きを放つ――ザクッ!短く鋭い刃が、抵抗も少なく眼窩の奥深くを正確に貫き、おそらくは脳の一部にまで到達したかのような重い手応えと共に、肉の奥深くまで沈み込んだ。両目の視界を完全に失ったグールが、もは

  • Soul Link ─見習い聖女と最強戦士─   第3話 得意個体のグール

    (エレン……大丈夫? 数が多いけど……) エレナの、隠しようもない不安を滲ませた声が、意識の奥深く、まるで水面に広がる波紋のように静かに響いた。 私は夜の静寂に紛れるほど小さな声で、しかし絶対的な自信を込めて、短く返す。 (……私を誰だと思っている。この程度の数、ウォーミングアップにもならん) 前方、薄暗い通路の先には、先ほど右腕を斬り飛ばされたグールが、未だ夥しい量の血を滴らせながらも、濁った眼でこちらを睨みつけ、低い唸り声を上げ続けている。その執念深さだけは評価に値するかもしれない。 「……さて、狩りの時間だ」 私はフードの端をわずかに引き下げ、その深紅の瞳に宿る光をさらに鋭くした。 そのまま、予備動作なく跳躍。石畳を強く蹴った身体が、まるで放たれた矢のように夜空を裂き、濃密な殺気を纏って滑り出す。目指すは、ただ一体の敵。 先頭に立ちはだかる一体へ――最短距離で踏み込み、腰の愛剣を流れるような動きで袈裟懸けに斬り上げる。 ズバァッ、と肉を断つ鈍い音と、骨が砕ける乾いた音が混じり合った。 巨大な胴が上下に裂ける。噴水のように鮮血が横薙ぎに吹き出し、おびただしい量の臓物が、ぬちゃりとした音を立てて石床に無残に散らばった。 だが、私の動きは止まらない。その勢いを殺すことなく、手首の返しだけで剣を右へと反転させる。 ──ザシュッ。 右隣にいた個体の首が、まるで熟れた果実のように宙を舞う。胴体は一瞬遅れて、崩れ落ちるように膝をついた。 銀色の刃が描く軌道は、まるで意思を持っているかのように止まらず、身体全体のしなやかなひねりと共に左へと流れる。 シュバッ―― 左翼にいた最後のグールも、先の二体と全く同じように、抵抗する間もなく斬首される。 鮮血が闇夜に三日月の軌跡を描き、夜闇を反射して赤く妖しく輝く私の瞳が、その血煙の中に静かに沈んでいった。 数瞬前までの喧騒が嘘のように、動きが――ぴたり、と止まる。 残る二体のグールは、仲間たちが一瞬にして肉塊へと変わる様を目の当たりにし、完全に戦意を喪失したようだった。ぜえぜえと荒い息を繰り返しながら、じりじりと後退を始める。その濁った瞳には、先ほどまでの凶暴性はなく、ただ原始的な恐怖だけが浮かんでいた。 逃げる。その選択は、生物として正しいのかもしれない。 だが、私はその背中に向けて、氷

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