シイナが私の一撃を、常人離れした体捌きで辛うじて防いでみせた。その反応速度、危機的状況での冷静な判断力……この男、ただ者ではない。
「まさか、初手から本気で首を獲りに来るとは……。あなたの戦い方は、本当に予測がつきませんね」 額に滲んだ汗を手の甲で拭いながらも、シイナの瞳からは驚愕の色が薄れ、代わりにこの状況を楽しんでいるかのような光が宿っていた。 私は答えず、ただ静かに、抜き放った剣の冷たい切っ先を揺らぎなく彼に向ける。 「さあ、次の一手はどう出る? 私を驚かせてみろ」 その、絶対的な強者としての挑発。シイナはふっと口元に笑みを浮かべた。 「はは……言ってくれるじゃないですか。ならば遠慮なく、これで行きますよ!」 先ほどまでの構えから一転、シイナの両の手に瞬時に魔力が集中し、金属質の輝きと共に二振りの細身の剣をその場で練成する。 (鉄属性による武器生成、そして流れるような双剣術。見事な練度だ) 風を裂く青白い軌跡を描きながら、一気呵成に斬り込んできた。 ――速い。そして、一撃一撃は軽いと見せかけて、その実、的確に人体の急所を抉らんと迫る。 だが、その太刀筋は、今の私にとっては手に取るように、いや、その先の先まで読める。 ギィンッ! ガンッ! カキィィン!! 小気味良い金属音が連続して闘技場に木霊する。 彼の繰り出す無数の斬撃を、私はミリ単位の動きで的確に受け流していく。私の剣は、彼の剣と触れ合うたびに、その軌道、速度、力加減、呼吸のリズム、微細な筋肉の動き、そして太刀筋の癖――その全てを蓄積し、分析していく。 (……右肩がわずかに下がる癖。斬撃の終わり際に、一瞬の硬直。) 数十合にも及ぶ剣戟の応酬の末、ほんの一瞬だけ、彼の呼吸と剣の動きの連携に、私にとっては致命的と言える“隙”が生まれた。 その刹那の好機を、私が見逃すはずがない。 即座に体勢を低く沈め、地を舐めるような低い姿勢から、全身のバネを使い、下から掬い上げるように袈裟懸けに鋭く斬り上げた。 私の剣は、彼の右手の剣の鍔元を寸分違わず捉え、強烈な衝撃と共にそれを弾き飛ばした。宙を舞う、彼の剣。 (その落下軌道、回転数――予測完了) 私はあたかも数秒後の未来を予知していたかのように、右足の甲を僅かに上げる。 落ちてくる彼の剣の刃が、まるで磁石に吸付くかのように、絶妙なバランスで私の足の甲に静止した。 「もらった」 シイナの視線が、一瞬だけ足元に落ちた己の剣へと釘付けになる。 その、ほんの僅かな意識の逸脱。私にとっては、それで十分すぎる。 足の甲に乗せた彼の剣を、つま先で爆発的な瞬発力で蹴り上げる。高速回転しながら宙を舞った剣は、彼自身の顔面へと、下から顎を打ち抜くような変幻自在の軌道を描いて襲い掛かった。 「うぉ……っ!?」 シイナは咄嗟に首を大きく傾けてそれを避ける。だが、その常識外れの回避行動が、彼の体勢に致命的なまでの揺らぎを生み出した。 (――隙、あり) 「はっ!」 短く鋭い呼気と共に、私は一気に踏み込み、全身の捻りと踏み込みが生み出す運動エネルギーの全てを、右の掌の付け根、その一点に極限まで収束させる。 ズンッ!! 分厚い鉄板を打ち抜くかのような、鈍く重い衝撃音。私の放った渾身の掌底が、がら空きになったシイナの喉元、その急所へと深々と突き刺さった。 「ガハッ……! ぐ……っ……ぅ……!」 まるで巨大な鉄槌で打ち据えられたかのような呻き声を上げ、彼の身体が木の葉のように軽々と吹き飛び、観客席から息を呑む音が聞こえる。 そして次の瞬間、爆発的な歓声が闘技場全体を揺るがした。 『喉元ォォォォ!! 今のは強烈無比な一撃だァァァ!!! まさに必殺の掌底が、シイナ選手の急所を的確に捉えたァァァ!!!』 実況が興奮のあまり声を裏返らせながら叫び、観客席が再びどよめきと興奮の渦に包まれる。 シイナが激しく咳き込みながらも、瓦礫の中からなんとか上半身を起こし、苦痛に顔を歪めながら私を強く睨みつけてくる。その瞳の奥に宿る闘志は、まだ少しも衰えていない。 (……大したものだ。尋常な神経ではない) 「なかなかどうして、いい攻撃だろう?」 私は静かに、しかし相手への敬意を感じながら、微かに微笑み返した。 「ええ……本当に。ですが、やられてばかりじゃいませんよ!」 彼が再度、両手に鉄の魔力を凝縮させる。それらの鉄塊が彼の意志に従って瞬時に形を変え、融合し、瞬く間に一本の、刀身が異常に長く鋭い“槍”へと再形成された。 その槍から放たれる、一点集中の鋭い突き。先程の双剣とは比較にならない速度と、鎧ごと貫通しかねない破壊力を秘めている。 私はそれを後方へ大きく跳躍し、剣の腹で受け流す。金属同士が激しく擦れ、甲高い音と共に大量の火花が周囲に乱れ飛んだ。 (……槍による大技の突きを受け流されるのは予測済み。その後のこちらの体勢の僅かな崩れを狙い、勢いを殺さず、この至近距離での打撃戦に持ち込むか……!) 私の予測通り、彼は手にした槍を形状変化させると、再びガントレットを装着した鉄の拳で突撃してくる。 彼の右の拳が、私の顔面を目がけて恐るべき速度で迫る。 (回避は間に合わない――!) 私は反射的に剣を盾とする。私の剣に、彼の重い拳が激しく激突した――まさに、その瞬間。 パァンッ!! 鼓膜を突き破らんばかりの、けたたましい破裂音と閃光。 私の目の前で爆ぜたのは、彼の右腕に装着されていた“ガントレット”そのものだった。 「っ……!! 」 強烈な爆風と、視界の全てを純白に染め上げる閃光が同時に私を襲う。咄嗟に剣を盾にしたものの、衝撃波は殺しきれず、私は為す術もなく吹き飛ばされた。 視界がぐるりと激しく反転し、まるで木の葉のように宙を舞う。 (……くっ、まさかガントレット自体が爆発するとはな……! だが、空中に飛ばされたのなら、その落下地点も、ある程度はこちらで制御ができる!) 私は空中で強引に体勢をねじり、落下速度と方向を調整すると同時に、右手に握る剣を逆手に持ち替える。そして、落下していく闘技場の硬い魔導石の舞台へ――渾身の力で、剣の切っ先を深々と突き刺した! 刃が頑丈な魔導石の地面を裂き、激しい火花を散らしながら強烈な摩擦を生む。私はその抵抗を利用し、落下と滑走の勢いをギリギリのところで殺し、両足でどうにか着地、静止した。 ……そこは、闘技場の円形舞台の、まさに縁のギリギリのライン。あと数ミリずれていれば、間違いなく場外判定で私の負けだっただろう。 冷や汗が背中を伝うのが分かった。 『おおおおおっとぉぉぉ!?!?!? こ、ここに来て挑戦者シイナが起死回生の一撃ィィィ!! エレン選手が、この魔法闘技で初めて明確なダメージを負い、場外寸前まで追い込まれたァァァ!!』 興奮と驚愕に包まれる観客席。実況の声も完全に裏返り、もはや絶叫に近い。 だが、私はゆっくりと体勢を立て直し、口元に滲んだ血を無作法に親指で拭うと、静かに――しかし確かに、その口元を獰猛なまでの愉悦に緩めた。 「ふふ……ははは、面白い。実に面白いぞ、シイナ!」 この男、やはりただ者ではない。研究者という仮面の下に、これほどの機知と戦術、そして勝利への執念を隠し持っていたとは。 「アレを、あの至近距離でまともに食らってなお、場外にすらならない……一体どういう身体能力と反応速度をしてるんですか……」 シイナは肩で激しく息をしながらも、信じられないものを見る目で私を見つめている。 「経験…だろうな」 私はあくまでも淡々とそう返す。 だが、その内心は――彼の予想外の機転、鉄と科学を融合させるその発想力、そして土壇場での決断力。それらすべてに、私は心の底から武者震いにも似た興奮と、純粋な歓喜を覚えていた。 「今の爆発は……その臭いと威力からして、火薬か。それも指向性を持たせた特殊な」 「ええ。実験用に開発した、指向性の高い小型高性能炸薬です。ガントレットの内部に少量仕込んでおいて、任意のタイミングで起爆できるように細工しておいたんですよ」 シイナはニヤリと、しかしどこか疲労の色を浮かべながら小さく笑う。 「まさか、こんなところで奥の手の一つを使う羽目になるとは。あなたを倒すには、これくらいしなければと、俺の計算が告げていましたので」 (この“科学者”であり、同時に“戦士”でもあるシイナという男の本当の戦いは、ここからが本番、か) 鉄を生み出す魔法と、彼自身の科学的知識を組み合わせた、予測不能な戦術。 (次は……一体どんな驚くべき手で、この私を楽しませてくれる?) 私は剣の柄を軽く、しかし確実に握り直す。 全身の細胞が、歓喜に打ち震え、次なる一合を渇望しているのがわかる。大神殿へと続く、長く、美しい石畳の道。その荘厳な雰囲気とは裏腹に、私たちの周りには今、冷たい緊張感が張り詰めていた。 「待て!!! 止まれ!!」 どこからともなく現れた屈強な騎士の一団が、私たちを取り囲み、その鋭い切っ先をこちらへ向けている。 「……これはどういうことだ?」 シイナさんが、冷静さを保ちながらも、警戒を露わにして問いかけた。 「すまないが、君たちの入国は許可できなくてね。この国へ通した手前、悪いが、君を幽閉させてもらう」 騎士団のリーダーらしき人が、無感情な声でそう言うと、その指はまっすぐに私を指し示した。 ど、どういうこと……? 私の頭は、真っ白になった。 「ま、待ってください!!! 私は何も悪いことなんてしていませんよ…!?」 「これから起きるのです。ですので、一度、あなたを捕らえます」 これから……? この人は、一体何を言っているのだろう。未来のことなんて、誰にも分からないはずなのに……。 「『これから……起きる』……?」 シイナさんが、怪訝な顔でその言葉を繰り返す。 「ちょっと待ってくれ、それはどういうことだ?納得のいく説明をしてもらいたい」 「そうだぜ!! なにもやってねぇのに、『これから起きるから』なんて訳の分からねぇ理由でエレナを捕まえるなんて、理不尽にもほどがあるだろうが!?」 グレンさんの怒声が、静かな街に響き渡った。 「これは『暗明の聖女』様からの、絶対なるご指示だ。『金髪の女性……いや、聖女見習いがこの国に来たら、捕らえろ』とね」 「あの方様には、未来が見える。『未来予知』の力をお持ちなのだ。そして、『金髪の聖女が、この国に厄災をもたらす』と、そう予知なされた。」 私が、聖女見習いであることが知られてる……? それに、私を……捕らえる? 暗明の聖女という人の、命令で? 一体、何がどうなっているのか、全く理解が追いつかなかった。 (暗明の聖女の指示……? それに未来が見えるだと?) エレンの、鋭い声が心に響く。 「ちょっと待ってください」 ミストさんが、すっと一歩前に出た。いつもの彼女からは想像もできないほど、真剣で、知的な光を宿した瞳だった。 「何故、エレナさんが捕らえられなければならないのか、せめてその理由を、論理的に説明していただけませんか」 「『暗明の聖女』様には、未来
へレフィア王国へ向かう船旅は、驚くほど穏やかだった。海は陽光を受けて宝石のようにきらめき、波は柔らかく船体を持ち上げては下ろす。その規則正しい揺れが、心臓の鼓動と重なって、妙な安心感を与えてくれる。潮風は冷たく、けれど鼻を抜けるとどこか甘さを含んでいて、これから訪れる新しい土地の匂いを運んでくるかのようだった。しばらく進むと、視界の先に大きな船影が現れる。白銀の装飾をまとい、陽を浴びて輝くその姿は、海の上を行く巨大な聖堂のよう。あれが、へレフィア王国の騎士団の船――。私たちの船が近づくと、操舵手さんが甲板に立ち、胸を張って声を張り上げた。「騎士団の皆さん! お疲れ様です!」その呼びかけに、鎧を着込んだ騎士が姿を現す。鉄靴が甲板を打つ音さえ、威厳を帯びていた。「お疲れ様でございます。……そちらの方々は、見ぬ顔のようですが?」「彼らはナヴィス・ノストラのギルド受付嬢の推薦を受け、へレフィア王国へ向かっているところです!」操舵手さんが誇らしげに言うと、騎士団の人たちは一瞬だけ視線を交わし、そして私たちに柔らかな笑みを向けてくれた。「なるほど。あの方の推薦であれば、何も問題はございません。――へレフィア王国への上陸を許可します」(やっぱり……エレン、あの受付嬢さん、すごい人なんじゃない?)(ああ。ギブソンにも物怖じせぬ胆力、そして王国騎士団すら動かす信頼。ふむ……市井に埋もれさせておくには惜しい人材だ)エレンの声が、少しだけ感心を含んで響く。私は胸の奥で頷き、改めて、あの受付嬢さんに助けられたことを深く感謝した。「では、失礼します!」「皆様も、王国で実りある日々を」騎士の言葉に見送られ、船は再び速度を上げる。風が強まり、白い飛沫が甲板に散った。***やがて船着き場が近づき、仲間たちは次々と下船していった。私は最後に、木の板を踏みしめて石畳の港へ降り立つ。潮の匂いに混じって、どこか清冽な空気が流れ込んでくる。深呼吸すると、胸の奥に冷たさと同時に清らかな熱が広がるようだった。顔を上げた瞬間、言葉が喉に詰まった。――空が、狭い。正確には、空を覆い隠すかのようにそびえる建物のせいだ。天を貫くほどの巨大な大聖堂。その壁はクリーム色に近い温かな白で築かれ、どこまでも高く伸びている。首が痛くなるほど見上げても、その頂は霞に隠れて見えない
**────エレナの視点────** いくつもの船が停泊する港町。その一角にあるギルドの内部で、私たちは今回の依頼の完了報告と、捕らえた海賊たちの引き渡しを行っていた。 「この度は……本当に、本当にすみませんでした……!」 カウンターの向こうで、依頼をくれたあの受付嬢さんが、深く深く頭を下げていた。その声は、申し訳なさで震えている。 「い、いえ!大丈夫ですっ!どうか、頭を上げてください……!」 私は慌ててそう言った。彼女が悪いわけじゃないのに、そんなに謝られるとこっちまで恐縮しちゃう。 「いえ……今回の不備は、完全に我々ギルドの不手際によるものです。まさか、あの『紅の海蛇』の内通者が、ギルド所属の操舵手に紛れていたなんて……」 「確かに、それはそちらの不手際だ」 今まで黙っていたシイナさんが、厳しい声でそう言った。ピリッ、と空気が少しだけ緊張する。でも、彼の言葉はすぐに和らいだ。 「だが、結果として依頼は達成できた。今後はこのようなことが無いよう、人員管理を徹底してくれればそれでいい」 「……お言葉もありません。そのお詫びと言ってはなんですが、皆様をへレフィア王国へ渡れるよう、こちらで手配いたします」 受付嬢さんの口から、思いもよらない言葉が飛び出した。 「な、なに!?それは本当だろうか!?」 シイナさんが、思わずといった様子で声を上げる。 「ええ。私、へレフィア王国の出身ですから。そのくらいの融通は利かせられます」 「きっと、明日にはへレフィア王国へと渡れるでしょう」 彼女はそう言って、少しだけはにかんだ。 へレフィア王国へ……。 その言葉が、私の胸に温かく染み渡っていく。 もうすぐ……もうすぐ、お母様に会えるんだね……。 ずっと張り詰めていた気持ちが、ふっと軽くなるのを感じた。 今まで、一度もへレフィア王国へいったこ (エレナ……二人で、君の母君に挨拶を済ませよう) エレンの、優しくて力強い声が響く。 (うん……) 私は、心の中で強く頷いた。 「そういえばなのですが」と、受付嬢さんが思い出したように付け加えた。 「あなた方が連れてこられた、ギブソンという海賊ですが……彼は船の器物破損、及びギルド所属船への無断乗船の罪で、現在、地下牢に幽閉中です」 (そ、そうなんだ……) あの人のことを考えると、正直、少
エレンがマリーたちを捕らえてくれた後、私たちは船内の物陰でそっと入れ替わった。荒れた甲板の中心で、マストに縛られている大海賊マリーさんと向き合う。さっきまでの喧騒が嘘のように、船の上は静かだった。 ふと、一つの疑問が浮かぶ。 「そういえば……他の海賊船はどうしたんですか?」 私の問いに、グレンさんがニカッと笑って答えてくれた。 「おう!俺が派手に一隻沈めてやった後、ギブソンの奴が潜って、もう一隻の船底に風穴開けてやったのさ!」 (そんな事になってたんだ……) エレンとマリーさんが戦っている間に、そんな激しい戦闘が繰り広げられていたなんて。グレンさんは、さらに得意げに言葉を続ける。 「残りの一隻は、シオンの奴が一人で静かに潰してたぜ」 「ああ。だが、最後の船は勝ち目がないと見て逃走した。……詰めが甘かったな」 冷静に補足してくれたのはシイナさんだった。それを受けて、ギブソンさんが吐き捨てるように言う。 「海賊なんてそんなもんさ。裏切りは日常茶飯事よ。どうせまたどこぞのバカと手を組むだけだ」 逃げた船もいるんだ……。でも、それよりも気になることがあった。 「あの、沈没した船に乗っていた海賊の方たちは……?」 (悪い事をした人達だけど……命が失われることは、やっぱり嫌だから……) 私の心からの祈りにも似た呟きに、エレンが優しく応えてくれる。 (そうだな。君のそういうところは、美徳だと思う) その時、ミストさんが「ご安心を!」とでも言うように、ぱっと明るい声を上げた。 「エレナさんが心配すると思って、全員きっちり捕獲済みですよ!」 (良かった……) ミストさんの言葉に、私は心の底からほっとした。 その声で意識が戻ったのか、マリーさんが呻きながら顔を上げた。 「くそ……この私が、こんな奴らに捕まるとはね……」 その悔しそうな声を聞き、それまで黙っていたギブソンさんがズカズカと彼女の方へ歩いていく。 「よォ、マリー。随分と派手にやってくれたじゃねえか」 「……ギブソンか。今更何の用だい」 「決まってんだろ。俺から奪っていったモンを、きっちり返してもらうだけだ」 ギブソンさんはそう言うと、どこからか取り出した巨大な斧をその手に構えた。危ない! 「待ってくれ!俺たちの依頼は海賊の掃討だ!捕まえたのなら命まで奪う契約ではない!
私は再び剣を構え、マリーへと踏み込んだ。「はっ!!!」踏み込みと同時に、刃を振り下ろす。「甘いな!!」マリーは後退しながら、あの奇妙な銃を私に向けて連射する。赤い宝石が、唸りを上げて空を切り裂いた。一発目を身を翻して避ける。二発目は背後の船のマストを盾にする。直後――凄まじい衝撃と共に、盾にしたはずの柱が内側から弾け飛んだ。木片が、雨のように降り注ぐ。「……!」私は目を細める。「柱を貫くか……!とてつもない威力だ」正直に認めざるを得ない。「当たったら耐えられんな」だが、脅威はその程度だ。「放つ武器と理解したら」私は、マストの残骸を蹴りつける。「そこまでだ」煙幕のように舞い上がる木屑の中から、私は飛び出した。予測通り、マリーは再び銃口をこちらへ向ける。引き金に指がかかる。しかし――もう遅い。迫り来る宝石の弾丸。私は腰に差していた短剣を抜き、その側面を叩き斬るように弾いた。甲高い音を立てて、弾丸は明後日の方向へと飛んでいく。海の彼方へと消えた。「はっ!??」マリーの目が、大きく見開かれる。「斬っただと!?」彼女の顔に、初めて純粋な驚愕が浮かんだ。その一瞬の硬直が――命取りだ。「隙を見せたな!!」一気に距離を詰める。風が、頬を撫でた。「そんなモノに頼っているからだ!!」がら空きになった胴体へ、容赦なく膝蹴りを叩き込む。「ぐぅぅ……!!」マリーは苦悶の声を漏らし、くの字に折れ曲がって吹き飛んだ。船の甲板を転がり、マストにぶつかる。だが――それでも体勢を崩しながら、執念で銃を向けてくる。二発、三発。赤い閃光が、立て続けに放たれた。「ふっ!!」一発目を剣の腹で受け流す。「はっ!!」二発目も同様に。巧みに軌道を変えてやった。狙いは――彼女が守るべき背後の部下たちだ。「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」仲間が放った弾丸に太ももを貫かれ、海賊が倒れる。「がぁっ……!!」もう一人も、肩を押さえて崩れ落ちた。その無様な光景を眺め、私は周囲の敵を見回す。「さぁ」剣を軽く振る。「お前たちも掛かってくるといい」挑発の言葉。案の定、効果は覿面だった。「くそ!!バカにしやがって!!」逆上した海賊たちが、やみくもに斬りかかってくる。素人じみた剣戟。力任せの振り下ろし。私はその全てを最小
ギブソンの怒号が、炎と煙の渦巻く甲板に響く。 「船の炎を消せぇぇぇぇ!!!」 だが、その声は空しく、火勢は衰える気配もない。状況は最悪だ。その絶望に追い打ちをかけるように、巨大な船影が波を割って迫る。その船首には、おぞましい蛇の紋様が彫られていた。 「ひゃひゃひゃひゃ!!! 俺たちに喧嘩を売るとは、馬鹿か!? しかも、そのザマじゃあ、海の上での戦いは素人のようだなァ!!」 敵船から飛んでくる下卑た嘲笑。その声の主を視界に捉えた瞬間、全ての状況が一本の線で繋がった。 「そういうことか……!あの操舵手め!!」 敵の甲板で不快な笑みを浮かべているのは、つい先ほどまで我々の船の舵を握っていた男だった。どうりで動きが鈍いと思った。初めから、我々をここに誘い込むための芝居だったというわけだ。 (つまり……さっきの人が情報を流してたから、孤島から姿を消してた…ってこと!?) エレナの驚きに満ちた声が、思考に割り込んでくる。私は内心の舌打ちを隠しながら、静かに肯定した。 (ああ……。そのようだ) 裏切り者は、隣に立つ屈強な女海賊へ向き直り、大声を張り上げた。 「姐さん!!! 大砲の準備、完了したぜ!!」 「よし……。――放て!!!!」 女――あの船団の頭だろう――は、短い命令を下す。無駄のない、冷徹な声だった。 「おい!!マリー!!いくらなんでもこれはひでぇだろうが!!!」 ギブソンが女の名を叫ぶ。知り合いか。だが、マリーと呼ばれた大海賊は、一切動じることなく言い放った。 「黙れカスめ……!お前たちにはここで死んでもらう」 あの瞳、あの声。交渉の余地はない。純粋な殺意だ。 「ちぃ!!」 覚悟を決めるしかない。この状況、予期すべきだった。 「やはり私が付いてきて正解だったようだな……!」 こうなる可能性を考えれば、戦力は一人でも多い方がいいに決まっている。私は即座に傍らのシオンへ指示を出す。 「シオン、頼みがある」 「わかりました……!して、何をすれば…!」 話が早いのは、何より助かる。 「私に、風属性を纏わせてくれ!私があの大海賊の元へ直接殴り込みに行く!」 「しかし、それは非常に危険では…いえ、あなたの強さは我々がいちばん知ってますね…!了解しました」 一瞬の躊躇の後、シオンは力強く頷いた。それでいい。頭を潰すのが、この状