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第68話:幸せの町、ソレア

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-08-26 07:59:49

野営地のテントへと戻ると、朝の柔らかな光が木々の葉を透かし、きらきらと地面で揺れていた。夜の冷気はもうどこにもなく、空気に暖かさが満ち始めている。

「ん…おはよう」

焚き火の番をしていたらしいシイナさんが、私の足音に気づいて顔を上げた。

「うん、おはようございます」

私も同じように手を振って、笑顔で返す。少しずつ、本当に少しずつだけど、仲間たちに敬語を使わずに話すことに慣れてきた気がする。

「朝から出かけていたのか? 珍しいな」

「ダンジョンを見つけて……ちょっとだけ、中に入ってみたの」

言った瞬間、シイナさんの穏やかだった表情が僅かに固まった。

「…ダンジョン? 一人で…?」

彼の声のトーンが、少しだけ低くなる。

彼が純粋に心配してくれているのが痛いほどわかったから、私はできるだけ落ち着いた声で説明した。

「エレンが、私の自身の護身のためにも戦闘の訓練が必要だって言うから……。本当に少しだけ潜って、様子を見てきただけなんだ」

その言葉に、シイナさんは何かを考えるように少しだけ目を伏せた。

「なるほど… エレンの判断か」

彼は一度言葉を切り、私に向き直る。

「そうだな、…いざという時もある。」

「自身の護身の為の実戦経験も必要だろう。無事に戻ったから何も言わないが、次からは俺も同行させてもらうぞ? 心配だからな」

私のことを心から案じてくれているのが伝わってくる、その真っ直ぐな言葉が、胸の奥にじんわりと温かく染みていく。

そんなやり取りをしながら自分たちのテントへ戻ると、どうやら先に戻っていたらしい三人が、それぞれの形で迎えてくれた。

「おっ、戻ってきたか、エレナ!」

「待ってましたよぉ~!」

「おかえりなさい」

軽く手を振ってくれるその姿に、張り詰めていた肩の力が自然と抜けていくのを感じる。

「グレン、ミスト。口だけじゃなくて、手も動かしてくれると助かるんだがな」

シイナさんが、二人を見て、やれやれと首を振る。

「一人だけ優雅に本を読んでるヤツに言われたかねぇよ!」

「そーだそーだぁ! 我々が働いているというのに!」

二人が示し合わせたように、息ぴったりにシイナさんを責め立てる。

「…これは遊びで読んでる訳ではないんだが!??」

「はぁ……」

その深いため息だけが、朝の空気にやけに大きく響いた。

***

なんだかんだと騒がしくテントの片付けを終えた私たちは、
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