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【第7話】失われた城と、賢者のカード

last update publish date: 2026-09-09 06:10:20

日曜日の朝。窓から差し込む柔らかい光の中で、私はゆっくりと目を覚ました。

新しいアパートのまっさらな天井。静かな室内。 スマートフォンは音もバイブレーションもすべて完全にオフにして寝ていたため、何ひとつ邪魔されることなく、驚くほど深く心地よい睡眠を貪ることができた。

(……こんなにぐっすり眠れたの、一体何年ぶりかしら)

肩の力を抜き、ベッドの上で大きく背伸びをする。 直樹と暮らしていたあの家では、いつ不機嫌な足音が聞こえてくるか、いつ理不尽な怒声が飛んでくるかと、無意識のうちに緊張の糸を張り詰めていたのだと痛感する。

身を起こし、サイドテーブルのスマートフォンを手にとった。画面をタップして点灯させた瞬間、思わず「うわぁ……」と声が漏れ出た。

画面を埋め尽くしていたのは、文字通り画面から溢れんばかりの着信履歴とメッセージの通知だった。

不在着信、八十七件。 メッセージアプリの通知、一〇〇件以上。

発信者はすべて、夫の佐伯直樹。

直樹が出張に出かけたのは、今週の水曜日だった。三日間の予定だと言っていたから、帰宅するのは土曜日の夜。つまり昨日の夜だ。 予定通り不倫相手との甘い旅行から帰ってきた彼は、暗闇の中で家具も車も水も光も失われた「もぬけの殻」の自宅に足を踏み入れ、パニックを起こして私に電話をかけまくったのだろう。

『おい真尋! どういうことだ!?』 『家の中が空っぽなんだが!?』 『レクサスがないぞ! 電気も点かない!』 『おい、ふざけるな! 電話に出ろ!』 『どこにいるんだ! 返事しろ!!』

時間が経つにつれて、メッセージの文章は怒りと焦りで乱れ、後半は支脈を滅裂に爆発させていた。昨日の深夜一時過ぎまで、狂ったように着信が続いていたようだ。

私は画面を冷ややかにスクロールしながら、フッと小さく鼻で笑った。

さて、ここで一つ、大切なポイントがある。

配偶者と離婚したいからといって、相手からの連絡を一方的にすべて拒否して逃げ回り続けるのは、実はかなり危険な行為なのだ。

話し合いを完全に拒否し続けてシャットアウトしてしまうと、後々裁判や調停になった際、「離婚協議に誠心誠意応じなかった」「勝手に家を出て夫婦の同居義務を放棄した」とみなされ、こちらが離婚の有責者扱いされたり、慰謝料や財産分与の条件が悪くなったりするリスクがある。

では、私のように「相手と口すらききたくない」場合はどうすればいいのか?

答えは至極シンプルだ。 あの空っぽになったリビングの床、離婚届のすぐ隣に「一枚の紙」を残しておけばいい。

私が置いてきたのは、あらかじめ依頼しておいた弁護士事務所の名刺だ。その裏面には、はっきりとこう書き添えてある。

『今後のご連絡・お問合せ・協議に関しましては、すべて代理人弁護士を通してください。本人への直接の連絡はお控え願います』

このように正当な代理人(弁護士)を立て、連絡窓口を一本化しておけば、私が直樹からの直接の電話やLINEを一切無視しても、法的に「話し合いを拒否した」ことには絶対にならない。私は代理人を通じていつでも協議に応じる姿勢を示しているのだから、私の立場は完璧に守られるのだ。

そして何より、ここからが本当の「罠」になる。

直樹という男は、典型的な「内弁慶」だ。 自分より弱い立場だと思い込んでいる相手にはどこまでも強気でマウントをとるが、弁護士や裁判所、警察といった「本物の権威」や「法律のプロ」が大の苦手で、ビビり散らかす癖がある。

だからこそ彼は、名刺にある弁護士事務所へ連絡して冷静に話し合うことなどできず、私個人に向かって感情任せに電話やメッセージを叩きつけ続けてくるのだ。

(そう……それでいいのよ、直樹)

弁護士から「本人への直接連絡は控えるように」と明確に示されているにもかかわらず、それを無視して妻に執拗な電話やメッセージを送り続ける行為。

それは、将来調停や裁判の場に立った時、「この人物は指定された正当なルールすら守れず、相手を感情的に攻撃し続ける不誠実な人間である」という動かぬ証拠(プレゼント)として、調停員や裁判官の手に渡ることになる。

画面の上で絶え間なく揺れる直樹からの狂乱の通知を見つめながら、私は淹れたてのコーヒーを一口含んだ。

「さあ……いくらでも発狂しなさい。あなたが暴れれば暴れるほど、自分の首を絞めることになるんだから」

澄み渡る日曜の朝空の下、私は最高の気分で朝食のパンを一口かじった。

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