LOGINこの男。
敵に回してはならない相手だった。余裕を含みつつも歪んだ笑みを浮かべる彼の端整な顔立ちは凍りつくように冷たく、背筋が粟立つほどの殺気を放っている。
黒い髪、黒い瞳、そして黒いスーツ。一匹の飢えたジャガーのように鋭い眼光。
その時、男が私の後頭部を掴もうと手を伸ばした。かろうじてその手首を掴んで攻撃を阻止した私は、大きく息を吸い込む。
男は再び私をねじ伏せようとしたが、逆に足首を蹴り上げ、拳を彼の腹部に叩き込んだ。
「ふっ!」
その瞬間、ゴンッ――。こめかみがデスクに叩きつけられる。
マスクがずれることを危惧し、こめかみに響く衝撃を我慢しながら、彼の尋常ではない握力に逆らうのは不可能だと悟り、あえて全身の力を抜いた。
この男がただ者ではないことを、身をもって痛感する。絶望がじわりと足元から這い上がってきた。
その時、下腹部をくすぐるような、静かな低音が耳元を掠めた。
「実力を見せてみろ。どこまでできる?」
気だるげな声。低いトーン。強烈な気配。その声は、まるで私の首筋を捕らえて支配するようだった。
妙な緊張感を与えながらも、もっと聴いていたいと思わせる魅力的な響きに、自然と意識が引き寄せられる。男は片手で私のこめかみを強く固定したまま、もう片方の手で私の肩から腰にかけて、ゆっくりと這わせるように辿り始めた。
……あ、いけない。
肩、肩甲骨をかすめ、脇腹へ。
腰、そして太腿の内側。その手が通るたび、全身に痺れるような感覚が奔る。さらに、彼が胸元をなぞり、ゆっくりと執拗に指を這わせた瞬間――いかに潰して隠そうと包帯で固めていようが、その手のひらの熱と感覚は、余すことなく神経を突き抜けた。
下半身から突き上げる熱い衝動が太腿を伝い上がってきて、自分でも気づかないうちに爪先が丸まった。
男の拘束は、私の息の根を止めるほどに締め付けられていたが、本当に私を追い詰めていたのは、彼の鋭い眼差しの奥に潜む、正体不明の官能的な威圧感だった。
「まともな武器もなく、無謀さと気合だけで乗り切れると思っているのか。……呆れるな。」
男は別世界の住人のように、気だるげに言い放つ。
舌打ちをすると、私を侮蔑するように髪を押さえていた手に力を緩めた。私は最後の賭けに出た。身体を脱力させて相手の力を逆手に取り、片足で床を蹴って体を捻り、彼の抱擁から脱出した。
胸元に隠していた短剣が瞬時に閃き、彼の喉元を狙う。
「……兄貴、挨拶が遅れました。任務完了です。武器も、ちゃんと持ってますよ。」
男らしく聞こえるよう声を低く絞り出したが、隠しきれない若々しい美声が漏れ、空気に微かな震えをもたらした。
ほんの一瞬だったが、闇の中で彼が小さく笑う音が聞こえた。
「やるじゃないか。……小僧。」
男は、自分の掌中から逃げた私を見て、非常に興味深そうに目を細めた。
彼が片手を軽く上げると、どこからともなく軋む音が鳴り響く。
裏口が開き、影が一つ、また一つと這い出てきた。三、四……。黒い影が蛇のように滑り込み、私を包囲する。「ここで生き残れる自信はあるか?」
私の問いかけは、闇を切り裂く刃のように冷ややかだった。
頭の中は脱出ルートを探す思考で渦巻いていた。数的な不利、武器の不足、窓の外の崖――すべてが鉄格子のように私を締め付ける。
(煙幕弾を使えば……くそっ……)
死の影が目前に迫り、私の瞼が重く垂れ下がった。
男がさらに近づいてくる。顔を突き合わせ、私の顎を乱暴に持ち上げた。
「こんなガキを死地へ追い込むとは。……『韓秘団』の連中も、狂っているな。」
乱暴に吐き捨てられた言葉には、頂点に君臨する捕食者の傲慢さが溢れており、黒く輝く瞳には、全身を緊張させる官能的な男の香りが漂っていた。
「おい、生き残りたいんだろう?」
「……。」一瞬、言葉が詰まった。
「生きたい」という本能と、「こんな風に生きていていいのか」という懐疑心が交差し、口を閉ざす。
この刹那の瞬間にも、人生の重圧がのしかかり、必死に生きたいという渇望が湧き上がらない。脳内で鐘が鳴るような空虚さが広がり、銃器が消えた喪失感で、言葉を発せられなかった。
彼が私を見た瞬間、微かに身を震わせたのがわかった。闇のせいで表情までは読み取れないが、今の私の状況を理解しているような、奇妙な同質感が過ぎ去った気がした。
「……おい、その顔は何だ。」
私は言葉を失い、ただ彼を見つめることしかできなかった。
二人の間に、妙な静寂が流れる。やがて彼が視線を逸らすと、私は手で空を切り、大きく溜め息をついた。
「もういい、ガキ相手に何してるんだ……。USBを出せ。検察に回す。」
「……あ!」そこでようやく、私が任務中だったことを思い出し、意識が現実に引き戻された。
男が手配すると、背後から誰かが100ドル札の束をいくつも見せつけた。
「コードネーム『S』だな? 俺が本当の依頼人だ。」
金を見た瞬間、男から放たれていた殺気が消えたことに気づく。迷うことなく、彼の懐へと歩み寄った。
「えっ? おお、依頼主の方でしたか。助かりました! はは!」
瞬時にポケットからUSBを取り出し、彼に密着して突き出し、精一杯の笑みを浮かべる。
その時、男はまた何かに対して狼狽したように、ギクリとして眉間に皺を寄せた。
「……小僧。二度とこんな危険な真似はするな。次にまた現れたら、ただじゃおかない。」
男は大人びた態度でそう言い放ち、ドルの束を突き出した。
ただじゃおかない? ……それなら、一体どうするつもりだ。
正義も重要だが、私には金の方が遥かに切実だった。彼が差し出した金を、素早くしっかりと掴み取る。
(この人、いい男なのか……?)
彼の瞳を凝視しながら、少しだけ考えた。
そして、明るく笑いながら背を向けた。「兄貴、会えて光栄でした。」
= = =
「はぁっ! はぁっ……」
日本の、とあるスイートルーム。
一人の東アジア系の女性の喘ぎ声が、部屋いっぱいに響き渡っていた。
鍛え上げられた肉体に、ほのかな紫を帯びた銀髪。美しいヨーロッパ系の白人男性が――。
ショートカットの茶髪に白い肌をした女性をベッドのヘッドボードに手をつかせ、背後から深く突き上げている。
「ああっ、ぁっ……」
女性の甘く乱れた声に、男は何も答えず、ただ口元に深い笑みを浮かべたまま、彼女の腰を掴んで激しく腰を振る。女性は意識が混濁し、身体を制御できずに荒い息を吐き続けるしかない。
男は神秘的な紫色の瞳で、女性の背中を見下ろしていた。その結ばれた唇からは、時が経っても何も聞こえてこない。
じゅるっ、じゅるっ――。
艶やかな摩擦音が寝室を満たす。
男の手が女の胸を力任せに掴み、蹂躙しながら、気だるげにドイツ語で呟いた。
「Ich muss es schleunigst finden.(早く見つけなければならない。)」
夜明け。ヒョンシンが眠っている顔をしみじみと見つめてから、ゲョンはやっと静かにリビングへ出てくることができた。ヒョンシンがチェ・ジュヒョンに会う前、最後のミッションのために苦悩しながら朝を迎えたあの日が、ゲョンの頭の中にくっきりとよみがえった。彼女がひとりで血の滲むような決断を下したまさにその場所へと歩いていき、ゲョンも同じように床に座った。「お前が見つめていた風景はこれだったんだな」窓の外のソウルの街並みは、青灰色の混じる妙な静寂と明るさをたたえていた。人生を賭け、命を投げ出す覚悟で思い悩んでいたヒョンシンが、まさにこの場所で一世一代の選択をしたのだろうと思うと、胸が重くなった。ゲョンは小さく深呼吸をしてLFに電話をかけた。「ケンズ代表。相変わらず連絡が早いな」 「用件だけ言え。次の行き先はどこだ?」 「話が早くて助かる。イギリスのロンドンだ」ヨーロッパをより確実に掌握しようとするLFの巨大な計画が垣間見えるようだった。「ヒョンシンを手放したくない」 「さあな。約束をしっかり守るエスだからな」ゲョンは再び考えに耽った。しばらく両目をソウルの上空へと向けた。「……ヒョンシンに広い世界を見せてやりたいんだ。俺はもちろんヒョンシンのそばに立つ」 「ほう、まるでヒルのように貼り付くつもりか?」 「ああ、それに俺は彼女をオックスフォードに連れていきたい。どうだ、共通の目的地になっただろう?」ゲョンは思いつきで言っているわけではなかった。国内であれ海外であれ、ヒョンシンには大学生になりたいという夢があった。LFとの課題も裏から支え、彼女を幸せにするルートも提供してやりたかったのだ。その時、LFはゲョンの心を読み取るかのように、ゆっくりと笑いながら言葉を続けた。「それを知っているか? 私の愛おしいエスは頭が良いから、かつてその大学に合格した履歴もある。私自身、だからこそロンドンに狙いを定めたのさ」ゲョンはあまりの驚きに、思わず胸が高鳴った。すでにLFは自分と同じ気持ちだったというのか。「面白い。じゃあ、俺も彼女のそばで継続教育学部(Department for Continuing Education)のコースでも通うとするか」 「ケンズ代表。お前も相当しつこい男だな」 「早ければ今年の10月学期(Michaelm
ついに3月中旬。ヒョンシンとゲョンは玄関の扉を入るやいなや、約束でもしたかのように互いの唇を重ね合わせ、くすくす笑い声を交わした。「また何ヶ月も経ったみたいです。ゲョンさんの家は来るたびに新鮮ですね」 「これでやっと俺も安心して足を伸ばして眠れるな」その低く呟くような告白に、ヒョンシンは胸の奥がツンと痛んだ。自分のせいでこの男の胸がどれほど冷やりとしたか推し量ることもできず、ただ申し訳ないばかりだった。「ごめんなさい、ゲョンさん」ヒョンシンがそっと謝ると、ゲョンはふたたび彼女の唇を軽くキスで奪い、優しい眼差しを合わせた。「ヒョンシン。それでも今回は違った。お前が必ず戻ってくると信じていたから」ゲョンはスーツの胸の内ポケットから真っ黄色の黄金のハンカチーフを取り出して見せた。そして優しい手つきでまたポケットにスッとしまい込み、自分の胸をトントンと叩いた。感謝と申し訳なさが入り混じり、ヒョンシンはゆっくりと手を上げて自分の首元を探った。「私ももう習慣のように……このネックレスが私の体の一部になったみたいです。ゲョンさんの心が私を何度も救ってくれました」ヒョンシンはゲョンの大きな手を引き寄せ、ネックレスが触れている自分の鎖骨の上にそっと乗せた。「いつも身につけさせてくれてありがとう」 「僕たちはこうしていつも心が繋がっていたんだね」これ以上の言葉は必要なかった。言わなくても互いの深い息づかいに込められた本心がそのまま伝わってきた。そして堪えていたゲョンの欲望が爆発するかのように、ヒョンシンの唇を飲み込んだ。寝室まで歩いていく余裕すらなかった。二人は焦れったい手つきで互いの服を脱ぎ捨て、リビングのソファの上に転がり落ちた。荒い吐息と熱い息遣いがリビングいっぱいに響き渡った。地獄のような苦難を乗り越えて訪れた関係は一段と激しく、空間全体を燃え上がらせるように熱く火照らせた。ただ原始的な本能に身を任せ、無言で求め合う二人の男女の体温が絡み合った。時には荒々しい獣のように激しく、時には世の中で最も純粋な子供のように優しく。まさにその瞬間。Rrrr— Rrrr—ソファの下に落ちたゲョンの携帯電話が激しく振動した。遠のいていた意識がはっきりと戻った。「ゲョンさん。私たちの夜はとても長いです。早く携帯から確認してください」 「……ああ。私
ヒョンシンを先に送り出した後、チュ・ヒョジンはLFとのティータイムを続けた。ヘルマンも今夜はチュ・ヒョジンに任せ、ナンバーたちを連れて仕事を片付けに出かけていたため、二人だけの時間はとても甘美なものだった。「あら、あなたひどくない? 神様って本当に不公平よね」ヒョンジンは紅茶とマカロン、タルト、フルーツ、みたらし団子、サンドイッチまで、トレイがしなるほどのおやつを並べていた。「病人がこんなにセクシーでいいの? 顔を見るだけで今にも私を抱き上げてホテルへ直行しそうなほどエネルギーに満ち溢れているのに。さあ、早く食べてぱっと起き上がってよ」 「繰り返しになるが、このデザートを全部食べたら、ない病気までできそうだな」LFが日差しのように明るく笑いながら見つめた。「あら、あなた怒ったの? ああ、お酒がないからか!」 「やっと俺のことが少し分かってきたな」ヒョンシンはイチゴをフォークで刺してLFに差し出しながら満面の笑みを浮かべた。「あなた、結構危険な男だったのね。本当に驚いたわ」LFは無造作にイチゴを受け取って食べると、フォークを下ろした。「俺もヘルマンも、金儲けのために投資したんだ」 「だから君は魅力的なんだ」LFが腕を組んだままじっと見つめた。「これからは、君の公演で『ブラボー』をもっと長く叫べるようになったわけだな」 「今年も、来年も、再来年も私の公演を見に来てよ。あぁ、我慢できない。私とキスして」ヒョンシンがそっと病室のベッドの上に這い上がってきた。「おや、趣味が変わっちまいそうだな」 「あなたに秋と冬ができたなんて嬉しいわ。来年の春も、その次の春も私たちのベッドでもっと熱く過ごしましょう」 「君、すっぴんもなかなかだな。もちろん服まで脱げばもっと綺麗だろうが」ヒョジンは微笑みながらLFの襟を引っ張り、熱く唇を重ねた。= = =その日の夕方、開浦洞(ケポドン)にあるムヒョンの家。「家が小さくても綺麗に可愛くまとめてるね、シオン」今日退院したヨレンとリソンを家に招いたシオンが、フルーツを綺麗に剥きながら迎えた。「俺が倒れてる間、リソンの面倒を見てくれてありがとう。一緒に食べようと思ってさ」 「ヨレン先輩、意識が戻ってからも見事に僕たち全員を騙すなんてひどすぎますよ」2組のカップルは食卓を囲み、これまで胸に秘めて
やっぱりこれも長生きしてみるものだった。流れる涙をLFが拭いてくれた。笑わなければならないのに、なぜか涙ばかりが出た。カ・ゲョンがLFを信じて二方だけの時間を過ごせと「プレゼント」という表現まで使うなんて。「……LF先輩、ご機嫌ななめのようですね」 「ああ。機嫌がいいわけないだろ? レディを泣かせるのは趣味じゃないからな」こんなにも美しく笑いながら言う言葉だなんて。「こっちに来い」LFは笑みを引っ込め、淡々とした表情でヒョンシンを見つめた。ヒョンシンがベッドに腰掛けて彼との距離を縮めた。彼が手を伸ばし、ヒョンシンの頭をゆっくりと撫でてくれた。まるで複雑な心をすべて分かっているかのような優しい手つきだった。「それでも、先輩を助けたかったのに……自分の手でやり遂げました」LFの濃い紫色の瞳に温かい笑みが広がった。相変わらず美しく、神秘的に人を惑わす瞳だった。「なぜ毎回助けるんだ?」ヒョンシンは泣かないようにと涙ぐみながらも唇を尖らせた。「先輩、私のせいで銃まで撃たれて私を助けてくれたじゃないですか。私も……その日は本当に生きるのが嫌だったのに」 「その日はお前が望んだんだ。韓国に来たいと言っただろ」間違いではなかった。キーマンを探そうとしたのはまさにヒョンシンの意志だった。ヒョンシンは胸が熱くなって喉がツンと痛んだが、深く息を吸い込んで感情を鎮めた。「はい。あの地獄は私が選びました」 「それに、悪人の肝臓がなんで俺の体についてるんだ?」 「悪人に罰を与えようと」そのとき、LFの耳に心地よい笑い声がヒョンシンの耳をかすめた。「気に入らないな。今度からしっかり体を酷使しないとな」ヒョンシンは言い返す代わりに、ふふっと笑ってしまった。この状況でもLFは相変わらずでのんびりと他人事のように話していた。「俺の病気、いつ気づいた?」そろそろ深刻な話をしなければならないのだろうか。ゲョンが置いていったジュースを一口飲んだヒョンシンは、ゆっくりと言葉を切り出した。「盆唐でバンジージャンプをしたとき、何か変でした。その後もずっと時間がないという話をしたり……1年後にこの世にいない人のように振る舞っていたじゃないですか。後でヘルマン先輩と話しているのをちらっと聞いたんです」 「無駄に鋭いな」LFは本当に面倒くさそうに、あまりにも美し
焦りを覚えたキム・ミンチョルは、突然何冊もの帳簿を取り出して説明を始めた。「さあ、俺が望むのは世の中が正しく正されることだ。」キム・ミンチョルがハンビダンのコードタワーとしての役割を果たしたという証拠物には、悪事ばかりが記されているわけではなかった。過去にハンビダンで成し遂げた実績や大がかりな事件、そしてそれなりに正しく築き上げられた正義の結果物も並べられていた。「俺は自分の父親からこれを受け継いだとき、要員たちのあの血の滲むような努力に感謝した。」最近の帳簿を見ると、ヒョンシンが成し遂げた任務も記載されていた。ゲョンを初めて医療不正の現場で出会ったこと、ソウルで証拠を確保した警察の不正、ハン・ギュリョンの会社への侵入事件まで。すべて実際に起きた事実だった。そのとき、帳簿を一緒に覗き込んでいたハン・ギュリョンが目を丸くし、ゲョン、カンムと視線を合わせた。「うちの会社の創立記念日の侵入事件は、結局黒幕がペク会長だったわけ? じゃあ、LFはなんなのよ。助けに来てくれたってこと? 私を守るように依頼したじゃない!」 「バイトくんを香港に連れて行ったのも、結局LFが助けようとしたってわけか。」帳簿には、ヒョンシンが国の機密を流出させようとした裏切り者の要員だという濡れ衣を着せられたうえ、さらにH建設の技術を持ち出そうとした産業スパイのリストにも名前が載っていた。キム・ミンチョルは指でヒョンシン除去の依頼項目を指し示しながら、周囲を見回した。「エス, 俺はただチェ・ジュヒョンを信じ続けていただけなんだ。お前が、まさかLFをそそのかしてヴィクトリアを崩壊させ、カ・ゲョンまで巻き込んでハンビダンを世間に暴き出し瓦解させようとする人物だとは思わなかった。お前を殺そうとしたことは謝る。」ヒョンシンはあきれて言葉Fが出なかった。続いて広げられた資料はハンビダンの会計帳簿だった。負傷した要員を無料で治療したり、生活費を継続的に支給するなど、むしろキム・ミンチョルの財産の一部がハンビダンへ寄付されていた情勢も確認された。「俺はハンビダンのタワーだ。ハンビダンの機能に感謝を感じる人間のひとりさ。もちろん、明日は検察に出頭する。これまで犯した罪があるなら、それは受ける。だが、チェ・ジュヒョンが犯した罪まで濡れ衣を着せられるのはごめんだ。俺はこの国の腐った部分をずっと
ヒョンシンは、悪びれる様子もなく現れたキム・ミンチョルを見るだけで歯ぎしりが出る思いだったが、何とか平静を保とうと努めた。カ・ゲョンはすぐにマ室長を呼び、準備してきた数々の証拠をテーブルの上に冷ややかに並べた。「まったく、気が早い奴らだな!」 「私に忍耐力があまりないもので、かなり増えたほうみたいです。一週間も時間を与えたのに答えを出せなかったとは、残念ですね。」ゲョンは話し合いに先立ち、チェ・ジュヒョンとキム・ミンチョルの罪を立証する書類と証拠を見せ、決定的な録音ファイルまで聞かせた。「こんな……! 不法な証拠なんて効力はない! 法はそこまで甘くないぞ!」 「院長! どうしてカンムに手を汚させようとなさったのですか? 違法だろうとなんだろうと、SNSや放送局にバラして恥をかかせることはできるってご存知ですよね?」怒りを抑えきれなくなったハン・ギュリョンが怒鳴りつけると、キム・ミンチョルはすぐに尻尾を巻き始めた。「ハン社長! わかったから、話そうじゃないか。」「俺は今日、親父の味方じゃない。」 「この親不孝者が! すべてお前のせいだ!」カンムの乾いた言葉に、キム・ミンチョルは八つ当たりするように再びヒョンシンを睨みつけた。ヒョンシンはハンビ단に対してすっかり愛想が尽きていたうえ、こんなふうに骨の髄まで腐りきった組織にこれ以上自分の命を賭けたくなかったため、気持ちを立て直してきっぱりと口を開いた。「院長、私は正義を立てて自分の大切な人たちを守るためにこれまで要員でいたのであって、誰かの欲を満ために命を張ったわけではありません。」「そうか? また要員が一人引退する瞬間だな。」キム・ミンチョルはとりあえず惜しそうな表情を作ると、理解したという意味でうなずいた。「エス。もう出ていっていい。これからはチェ・ジュヒョンが残した裏金の話もあるし、ハンビ단의機密について話さなければならないから、席を外してもらうぞ。」ヒョンシンは突然気まずくなって体を縮こまらせた。そのとき、傍らにいたギュリョンとカンムがソファから背中を離し、一言ずつ浴びせた。「院長、一番大事なこと! うちのバイトくんを殺そうとなさったではありませんか?」 「そうです、親父。この事態に至った原因なんですから、コードネーム・エスに謝罪からするべきでしょ。」キム・ミンチョルは一体