LOGINそれから一年が経った。
春の陽光が、小さなライブハウスに差し込んでいた。
ステージ上には、一人の青年が立っていた。
柊蓮。
かつてのトップアイドル。今は、インディーズアーティスト。
「みなさん、今日は来てくださってありがとうございます」
蓮がマイクに向かって話す。
観客席には、五十人ほどの人々。Stellarの時代と比べれば、圧倒的に少ない。
でも、蓮の顔には、本物の笑顔があった。
「今日は、特別な日なんです」
蓮が客席を見渡した。
「一年前の今日、僕は大きな決断をしました。そして、ここにいる皆さんは、その決断を支持してくれた人たちです」
客席から、温かい拍手が起こった。
「今から歌う曲は、僕が初めて作った恋愛の歌です。タイトルは『輝きの向こう側』」
蓮がギターを手に取った。
そして、歌い始めた。
優しいメロディー。心に染み込む歌詞。
「画面越しに君を見ていた頃 僕は孤独に笑っていた でも君は気づいていた 僕の本当の顔を
輝きの向こう側で 一人泣いていた僕を 君は見つけてくれた そして愛してくれた
もう嘘はつかない もう隠さない 君と生きていく それが僕の輝きだから」
歌が終わると、大きな拍手が起こった。
客席の最前列には、澪が座っていた。
涙を流しながら、拍手している。
ライブが終わり、蓮は澪のもとに駆け寄った。
「どうだった?」
「最高でした」
澪が微笑んだ。
「言葉にできないほど……本当に素晴らしかったです」
「澪のおかげだよ」
二人は、ライブハウスを出て、近くのカフェに入った。
「最近、どう? 仕事は順調?」
蓮が聞くと、澪が頷いた。
「はい。フリーランスの編集者として、少しずつ軌道に乗ってきました」
澪は、会社を辞めた後、独立し
それから一年が経った。 春の陽光が、小さなライブハウスに差し込んでいた。 ステージ上には、一人の青年が立っていた。 柊蓮。 かつてのトップアイドル。今は、インディーズアーティスト。「みなさん、今日は来てくださってありがとうございます」 蓮がマイクに向かって話す。 観客席には、五十人ほどの人々。Stellarの時代と比べれば、圧倒的に少ない。 でも、蓮の顔には、本物の笑顔があった。「今日は、特別な日なんです」 蓮が客席を見渡した。「一年前の今日、僕は大きな決断をしました。そして、ここにいる皆さんは、その決断を支持してくれた人たちです」 客席から、温かい拍手が起こった。「今から歌う曲は、僕が初めて作った恋愛の歌です。タイトルは『輝きの向こう側』」 蓮がギターを手に取った。 そして、歌い始めた。 優しいメロディー。心に染み込む歌詞。「画面越しに君を見ていた頃 僕は孤独に笑っていた でも君は気づいていた 僕の本当の顔を輝きの向こう側で 一人泣いていた僕を 君は見つけてくれた そして愛してくれたもう嘘はつかない もう隠さない 君と生きていく それが僕の輝きだから」 歌が終わると、大きな拍手が起こった。 客席の最前列には、澪が座っていた。 涙を流しながら、拍手している。 ライブが終わり、蓮は澪のもとに駆け寄った。「どうだった?」「最高でした」 澪が微笑んだ。「言葉にできないほど……本当に素晴らしかったです」「澪のおかげだよ」 二人は、ライブハウスを出て、近くのカフェに入った。「最近、どう? 仕事は順調?」 蓮が聞くと、澪が頷いた。「はい。フリーランスの編集者として、少しずつ軌道に乗ってきました」 澪は、会社を辞めた後、独立し
騒動から一週間が経った。 事態は、予想以上に深刻だった。 Stellarの次のライブイベントが中止になった。スポンサーの一部が撤退を発表した。そして、事務所は蓮に対し、最終通告を行った。「相沢さんと別れるか、グループを脱退するか」 蓮は、答えを出せずにいた。 一方、澪は会社を休職することになった。編集長からの勧めだった。「しばらく、落ち着くまで休んだほうがいい」 美咲も心配してくれた。「澪ちゃん、私は味方だから。何があっても」 でも、澪の心は折れかけていた。 自分のせいで、蓮のキャリアが終わろうとしている。 自分のせいで、Stellarのメンバーたちも迷惑を被っている。 自分のせいで――。 その夜、澪は決意した。 蓮に会い、全てに終止符を打とうと。 約束の場所に向かう途中、澪のインスタに一通のメールが届いていた。 送信者:匿名 件名:応援しています 本文: 『相沢澪さんへ私は、Stellarのファンです。 柊蓮くんのファン歴は5年になります。最初、あなたのことを知った時、正直、許せませんでした。 私たちの蓮くんを奪った人だと思いました。でも、蓮くんのSNSの投稿を読んで、考えが変わりました。蓮くん、あんなに真剣に誰かを愛したことがあったんだって。 そして、その相手があなただったんだって。私たちファンは、蓮くんの笑顔が見たいんです。 本当の笑顔が。もし、あなたといることで蓮くんが笑顔になれるなら。 私は、応援したい。だから、負けないでください。 あなたと蓮くんの愛を、貫いてください。一人のファンより』 澪の目から、涙が溢れた。 こんな言葉をかけてくれる人がいる。 自分たちの愛を、認めてくれる人がいる。 澪は涙を拭い、前を向いた。 そして、約束の場所――あの海辺の町に到着した
蓮が事務所に全てを打ち明けたのは、翌日のことだった。 社長室に呼ばれ、社長、マネージメント部長、そして蓮の直属のマネージャーが同席した。「柊、本当なのか」 社長が厳しい声で聞いた。「はい」 蓮は真っ直ぐ社長を見つめた。「相沢澪さんと、交際しています」「なぜ、今まで黙っていた?」「ご迷惑をかけたくなかったからです。でも、もう隠せません」 蓮は深呼吸をした。「そして、隠したくもありません」「柊、君は分かっているのか」 社長が立ち上がった。「これが公になれば、どうなるか」「はい」「Stellarの売り上げは落ちる。スポンサーは離れる。君のキャリアは、大きく傷つく」「分かっています」「それでも、続けるつもりか」「はい」 蓮の声が、揺るがなかった。「僕は、澪を愛しています。そして、その気持ちに嘘をつきたくない」 社長は長い沈黙の後、ため息をついた。「柊、君は我が社の宝だ。できれば、このまま成功の道を歩んでほしい」「ありがとうございます」「だが、君が彼女を選ぶなら……」 社長が真剣な目で蓮を見た。「契約解除も辞さない」 蓮の心臓が止まりそうになった。「それは……」「事務所として、スキャンダルを抱えたアイドルを支えることはできない。特に、相手が元ファンとなれば、ファンダムの反発は計り知れない」 マネージメント部長が続けた。「今なら、まだ引き返せる。相沢さんと別れ、これを『一時の過ち』として処理すれば、傷は最小限で済む」「でも、それは嘘になります」 蓮が反論した。「僕と澪の関係は、過ちなんかじゃない。本物の愛です」「愛?」 社長が冷笑した。
週刊誌の記事が出てから三日後、決定的な瞬間が訪れた。 澪が編集部で仕事をしていると、受付から内線電話がかかってきた。「相沢さん、来客です。Stellar事務所の方が」 澪の心臓が止まりそうになった。「分かりました。すぐ行きます」 会議室に向かうと、スーツを着た中年の男性が二人待っていた。「相沢澪さんですね」 一人が名刺を差し出した。Stellar事務所、マネージメント部長。「はい」「単刀直入にお聞きします。あなたは、柊蓮と交際していますか?」 澪は深呼吸をした。 嘘をつくべきか。でも、もう無理だと分かっていた。「はい」 その言葉が、全てを変えた。「そうですか」 部長が冷たい目で澪を見た。「では、いくつか確認させてください。交際期間は?」「四ヶ月ほどです」「きっかけは?」「取材で知り合って……蓮さんから告白されました」「向こうからですか」 部長がメモを取った。「相沢さん、あなたは元々Stellarのファンだったと聞いていますが」「はい」「それで、意図的に近づいたのではないですか?」 澪は怒りを感じた。「違います。仕事として、真摯に取り組んでいました」「でも、結果的に柊と親密になった」「それは……はい」 部長が立ち上がった。「相沢さん、あなたの行為は、ジャーナリストとしての倫理に反しています。そして、柊のキャリアに深刻な影響を与えています」「分かっています」「分かっているなら、別れてください」 澪の心が引き裂かれそうになった。「今すぐに、柊との関係を断ってください。そうすれば、事務所としても穏便に処理できます」「もし、断ったら?」「法的措置も
それは、交際四ヶ月目のことだった。 ある日、澪が編集部に出社すると、オフィス内が妙にざわついていた。「見た? 今朝のネットニュース」「え、何があったの?」「Stellarの柊蓮、女性とのデート写真が流出したらしいよ」 澪の心臓が凍りついた。 慌ててスマホでニュースサイトを開くと――。 トップページに、見覚えのある写真が掲載されていた。 公園を歩く二人の人物。マスクとサングラスをした男性と、女性。 先週、蓮と散歩した時の写真だ。 記事のタイトル:『Stellar柊蓮、謎の女性と密会!? 交際の可能性も』 澪の手が震えた。 写真は少し遠くから撮られていて、顔は鮮明には写っていない。でも、蓮だと分かる人には分かるだろう。 そして、自分も。「誰なんだろう、この女性」「モデルとか女優じゃない?」「でも、顔が見えないよね」 同僚たちが噂話に花を咲かせている。 澪は席に座り、深呼吸をした。 落ち着け。まだ特定されていない。大丈夫。 その時、スマホが振動した。蓮からのメッセージ。「見た? ごめん。気をつけてたのに」 澪は返信した。「大丈夫です。まだ私だとは特定されていません」「でも、時間の問題だよ。事務所が調査を始めてる」 澪の心臓が激しく鳴った。 昼休み、澪は外に出てカフェで一人考え込んだ。 このままでは、いずれ自分が特定される。 そうなったら、蓮のキャリアに傷がつく。 どうすればいい? 別れる? その選択肢が頭に浮かんだ瞬間、澪の胸が締め付けられた。 嫌だ。蓮と別れるなんて、考えられない。 でも、このままでは――。 午後、澪が編集部に戻ると、美咲が深刻な顔で待っていた。「澪ちゃん、ちょっと話がある」 会議
交際三ヶ月目に入った頃、澪は異変に気づき始めた。 最初は小さな違和感だった。 編集部で、同僚たちがStellarの話をしている時。「柊蓮って、本当にかっこいいよね」「でも、近寄りがたい感じがする。完璧すぎて」「そうそう。でも、そのギャップがまたいいんだよね」 澪は黙って聞いていた。心の中で、違う、と叫びながら。 彼は完璧じゃない。夜、一人で泣くこともある。疲れて、弱音を吐くこともある。 でも、それは誰にも言えない。 二重生活の重さが、少しずつ澪の心に重くのしかかってきた。 そして、ある日のこと。 美咲が澪に声をかけてきた。「澪ちゃん、最近どう? なんか疲れてない?」「いえ、大丈夫です」「本当に? クマできてるわよ」 美咲が心配そうに澪の顔を覗き込んだ。「無理してない? 仕事、大変?」「少し、忙しいだけです」 嘘をついた。仕事が忙しいのは事実だが、本当の理由は別にあった。 蓮との時間を作るため、澪は睡眠時間を削っていた。夜遅くまで蓮の家にいて、帰宅は深夜二時過ぎ。朝は七時に起きなければならない。 慢性的な睡眠不足。 でも、蓮と過ごす時間は、何にも代えがたかった。「ちょっと休んだら?」「大丈夫です」 澪は笑顔を作った。美咲は納得していない様子だったが、それ以上は追求しなかった。 その夜、澪は蓮の家を訪れた。 ドアを開けると、蓮が心配そうな顔で澪を見た。「澪、やつれてない?」「そんなことないです」「嘘。顔色悪いよ」 蓮が澪の頬に手を当てた。「最近、ちゃんと寝てる?」「寝てます」「また嘘」 蓮が優しく言った。「僕のせいだね。無理させてる」「そんなことないです」「でも――」