LOGIN騒動から一週間が経った。
事態は、予想以上に深刻だった。
Stellarの次のライブイベントが中止になった。スポンサーの一部が撤退を発表した。そして、事務所は蓮に対し、最終通告を行った。
「相沢さんと別れるか、グループを脱退するか」
蓮は、答えを出せずにいた。
一方、澪は会社を休職することになった。編集長からの勧めだった。
「しばらく、落ち着くまで休んだほうがいい」
美咲も心配してくれた。
「澪ちゃん、私は味方だから。何があっても」
でも、澪の心は折れかけていた。
自分のせいで、蓮のキャリアが終わろうとしている。
自分のせいで、Stellarのメンバーたちも迷惑を被っている。
自分のせいで――。
その夜、澪は決意した。
蓮に会い、全てに終止符を打とうと。
約束の場所に向かう途中、澪のインスタに一通のメールが届いていた。
送信者:匿名
件名:応援しています
本文: 『相沢澪さんへ
私は、Stellarのファンです。 柊蓮くんのファン歴は5年になります。
最初、あなたのことを知った時、正直、許せませんでした。 私たちの蓮くんを奪った人だと思いました。
でも、蓮くんのSNSの投稿を読んで、考えが変わりました。
蓮くん、あんなに真剣に誰かを愛したことがあったんだって。 そして、その相手があなただったんだって。
私たちファンは、蓮くんの笑顔が見たいんです。 本当の笑顔が。
もし、あなたといることで蓮くんが笑顔になれるなら。 私は、応援したい。
だから、負けないでください。 あなたと蓮くんの愛を、貫いてください。
一人のファンより』
澪の目から、涙が溢れた。
こんな言葉をかけてくれる人がいる。
自分たちの愛を、認めてくれる人がいる。
澪は涙を拭い、前を向いた。
そして、約束の場所――あの海辺の町に到着した
それから一年が経った。 春の陽光が、小さなライブハウスに差し込んでいた。 ステージ上には、一人の青年が立っていた。 柊蓮。 かつてのトップアイドル。今は、インディーズアーティスト。「みなさん、今日は来てくださってありがとうございます」 蓮がマイクに向かって話す。 観客席には、五十人ほどの人々。Stellarの時代と比べれば、圧倒的に少ない。 でも、蓮の顔には、本物の笑顔があった。「今日は、特別な日なんです」 蓮が客席を見渡した。「一年前の今日、僕は大きな決断をしました。そして、ここにいる皆さんは、その決断を支持してくれた人たちです」 客席から、温かい拍手が起こった。「今から歌う曲は、僕が初めて作った恋愛の歌です。タイトルは『輝きの向こう側』」 蓮がギターを手に取った。 そして、歌い始めた。 優しいメロディー。心に染み込む歌詞。「画面越しに君を見ていた頃 僕は孤独に笑っていた でも君は気づいていた 僕の本当の顔を輝きの向こう側で 一人泣いていた僕を 君は見つけてくれた そして愛してくれたもう嘘はつかない もう隠さない 君と生きていく それが僕の輝きだから」 歌が終わると、大きな拍手が起こった。 客席の最前列には、澪が座っていた。 涙を流しながら、拍手している。 ライブが終わり、蓮は澪のもとに駆け寄った。「どうだった?」「最高でした」 澪が微笑んだ。「言葉にできないほど……本当に素晴らしかったです」「澪のおかげだよ」 二人は、ライブハウスを出て、近くのカフェに入った。「最近、どう? 仕事は順調?」 蓮が聞くと、澪が頷いた。「はい。フリーランスの編集者として、少しずつ軌道に乗ってきました」 澪は、会社を辞めた後、独立し
騒動から一週間が経った。 事態は、予想以上に深刻だった。 Stellarの次のライブイベントが中止になった。スポンサーの一部が撤退を発表した。そして、事務所は蓮に対し、最終通告を行った。「相沢さんと別れるか、グループを脱退するか」 蓮は、答えを出せずにいた。 一方、澪は会社を休職することになった。編集長からの勧めだった。「しばらく、落ち着くまで休んだほうがいい」 美咲も心配してくれた。「澪ちゃん、私は味方だから。何があっても」 でも、澪の心は折れかけていた。 自分のせいで、蓮のキャリアが終わろうとしている。 自分のせいで、Stellarのメンバーたちも迷惑を被っている。 自分のせいで――。 その夜、澪は決意した。 蓮に会い、全てに終止符を打とうと。 約束の場所に向かう途中、澪のインスタに一通のメールが届いていた。 送信者:匿名 件名:応援しています 本文: 『相沢澪さんへ私は、Stellarのファンです。 柊蓮くんのファン歴は5年になります。最初、あなたのことを知った時、正直、許せませんでした。 私たちの蓮くんを奪った人だと思いました。でも、蓮くんのSNSの投稿を読んで、考えが変わりました。蓮くん、あんなに真剣に誰かを愛したことがあったんだって。 そして、その相手があなただったんだって。私たちファンは、蓮くんの笑顔が見たいんです。 本当の笑顔が。もし、あなたといることで蓮くんが笑顔になれるなら。 私は、応援したい。だから、負けないでください。 あなたと蓮くんの愛を、貫いてください。一人のファンより』 澪の目から、涙が溢れた。 こんな言葉をかけてくれる人がいる。 自分たちの愛を、認めてくれる人がいる。 澪は涙を拭い、前を向いた。 そして、約束の場所――あの海辺の町に到着した
蓮が事務所に全てを打ち明けたのは、翌日のことだった。 社長室に呼ばれ、社長、マネージメント部長、そして蓮の直属のマネージャーが同席した。「柊、本当なのか」 社長が厳しい声で聞いた。「はい」 蓮は真っ直ぐ社長を見つめた。「相沢澪さんと、交際しています」「なぜ、今まで黙っていた?」「ご迷惑をかけたくなかったからです。でも、もう隠せません」 蓮は深呼吸をした。「そして、隠したくもありません」「柊、君は分かっているのか」 社長が立ち上がった。「これが公になれば、どうなるか」「はい」「Stellarの売り上げは落ちる。スポンサーは離れる。君のキャリアは、大きく傷つく」「分かっています」「それでも、続けるつもりか」「はい」 蓮の声が、揺るがなかった。「僕は、澪を愛しています。そして、その気持ちに嘘をつきたくない」 社長は長い沈黙の後、ため息をついた。「柊、君は我が社の宝だ。できれば、このまま成功の道を歩んでほしい」「ありがとうございます」「だが、君が彼女を選ぶなら……」 社長が真剣な目で蓮を見た。「契約解除も辞さない」 蓮の心臓が止まりそうになった。「それは……」「事務所として、スキャンダルを抱えたアイドルを支えることはできない。特に、相手が元ファンとなれば、ファンダムの反発は計り知れない」 マネージメント部長が続けた。「今なら、まだ引き返せる。相沢さんと別れ、これを『一時の過ち』として処理すれば、傷は最小限で済む」「でも、それは嘘になります」 蓮が反論した。「僕と澪の関係は、過ちなんかじゃない。本物の愛です」「愛?」 社長が冷笑した。
週刊誌の記事が出てから三日後、決定的な瞬間が訪れた。 澪が編集部で仕事をしていると、受付から内線電話がかかってきた。「相沢さん、来客です。Stellar事務所の方が」 澪の心臓が止まりそうになった。「分かりました。すぐ行きます」 会議室に向かうと、スーツを着た中年の男性が二人待っていた。「相沢澪さんですね」 一人が名刺を差し出した。Stellar事務所、マネージメント部長。「はい」「単刀直入にお聞きします。あなたは、柊蓮と交際していますか?」 澪は深呼吸をした。 嘘をつくべきか。でも、もう無理だと分かっていた。「はい」 その言葉が、全てを変えた。「そうですか」 部長が冷たい目で澪を見た。「では、いくつか確認させてください。交際期間は?」「四ヶ月ほどです」「きっかけは?」「取材で知り合って……蓮さんから告白されました」「向こうからですか」 部長がメモを取った。「相沢さん、あなたは元々Stellarのファンだったと聞いていますが」「はい」「それで、意図的に近づいたのではないですか?」 澪は怒りを感じた。「違います。仕事として、真摯に取り組んでいました」「でも、結果的に柊と親密になった」「それは……はい」 部長が立ち上がった。「相沢さん、あなたの行為は、ジャーナリストとしての倫理に反しています。そして、柊のキャリアに深刻な影響を与えています」「分かっています」「分かっているなら、別れてください」 澪の心が引き裂かれそうになった。「今すぐに、柊との関係を断ってください。そうすれば、事務所としても穏便に処理できます」「もし、断ったら?」「法的措置も
それは、交際四ヶ月目のことだった。 ある日、澪が編集部に出社すると、オフィス内が妙にざわついていた。「見た? 今朝のネットニュース」「え、何があったの?」「Stellarの柊蓮、女性とのデート写真が流出したらしいよ」 澪の心臓が凍りついた。 慌ててスマホでニュースサイトを開くと――。 トップページに、見覚えのある写真が掲載されていた。 公園を歩く二人の人物。マスクとサングラスをした男性と、女性。 先週、蓮と散歩した時の写真だ。 記事のタイトル:『Stellar柊蓮、謎の女性と密会!? 交際の可能性も』 澪の手が震えた。 写真は少し遠くから撮られていて、顔は鮮明には写っていない。でも、蓮だと分かる人には分かるだろう。 そして、自分も。「誰なんだろう、この女性」「モデルとか女優じゃない?」「でも、顔が見えないよね」 同僚たちが噂話に花を咲かせている。 澪は席に座り、深呼吸をした。 落ち着け。まだ特定されていない。大丈夫。 その時、スマホが振動した。蓮からのメッセージ。「見た? ごめん。気をつけてたのに」 澪は返信した。「大丈夫です。まだ私だとは特定されていません」「でも、時間の問題だよ。事務所が調査を始めてる」 澪の心臓が激しく鳴った。 昼休み、澪は外に出てカフェで一人考え込んだ。 このままでは、いずれ自分が特定される。 そうなったら、蓮のキャリアに傷がつく。 どうすればいい? 別れる? その選択肢が頭に浮かんだ瞬間、澪の胸が締め付けられた。 嫌だ。蓮と別れるなんて、考えられない。 でも、このままでは――。 午後、澪が編集部に戻ると、美咲が深刻な顔で待っていた。「澪ちゃん、ちょっと話がある」 会議
交際三ヶ月目に入った頃、澪は異変に気づき始めた。 最初は小さな違和感だった。 編集部で、同僚たちがStellarの話をしている時。「柊蓮って、本当にかっこいいよね」「でも、近寄りがたい感じがする。完璧すぎて」「そうそう。でも、そのギャップがまたいいんだよね」 澪は黙って聞いていた。心の中で、違う、と叫びながら。 彼は完璧じゃない。夜、一人で泣くこともある。疲れて、弱音を吐くこともある。 でも、それは誰にも言えない。 二重生活の重さが、少しずつ澪の心に重くのしかかってきた。 そして、ある日のこと。 美咲が澪に声をかけてきた。「澪ちゃん、最近どう? なんか疲れてない?」「いえ、大丈夫です」「本当に? クマできてるわよ」 美咲が心配そうに澪の顔を覗き込んだ。「無理してない? 仕事、大変?」「少し、忙しいだけです」 嘘をついた。仕事が忙しいのは事実だが、本当の理由は別にあった。 蓮との時間を作るため、澪は睡眠時間を削っていた。夜遅くまで蓮の家にいて、帰宅は深夜二時過ぎ。朝は七時に起きなければならない。 慢性的な睡眠不足。 でも、蓮と過ごす時間は、何にも代えがたかった。「ちょっと休んだら?」「大丈夫です」 澪は笑顔を作った。美咲は納得していない様子だったが、それ以上は追求しなかった。 その夜、澪は蓮の家を訪れた。 ドアを開けると、蓮が心配そうな顔で澪を見た。「澪、やつれてない?」「そんなことないです」「嘘。顔色悪いよ」 蓮が澪の頬に手を当てた。「最近、ちゃんと寝てる?」「寝てます」「また嘘」 蓮が優しく言った。「僕のせいだね。無理させてる」「そんなことないです」「でも――」