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「夫の子を妊娠したのは親友でした。」
「夫の子を妊娠したのは親友でした。」
Author: 琉球狸

第1話「おめでとうって言えるよね?」

Author: 琉球狸
last update publish date: 2026-03-25 08:19:29

「ねぇ!拓也さん!...これってどういう事!?」

いつもの3人での夕食。

沙織が、テーブルを叩き拓也に詰め寄る。

「......だって、もうこんな状況.....

俺だって疲れたんだよ!」

拓也は、沙織と目を合わせずに

言葉を返す。

「美咲...美咲はいいの!?」

私は、沙織を見つめ何も言葉を返さない。

「もうなんなのよ!訳がわかんない!」

叫びながら拓也に掴みかかる...

その時だった。

「やめろよ!!」と拓也が沙織を突き飛ばす...

強く壁に叩きつけられる。

「もういい...この子は美咲と二人で育てる...

拓也なんていらない!!」

キッチンに駆け込みながら、包丁を取り出す

「待て!おい!沙織!...美咲も何か言ってくれ!」

私は無表情でただテーブルに座る。

そして拓也をただ、見つめて

ほんの少しだけ、笑った。

.......

...

.

あの時、もう全部壊れていたんだと思う。

私の名前は、高橋美咲。

学生の頃は、ただ勉学に追われる毎日の中で

それでも、人並みに恋をして、親友ができて。

ちゃんと、青春をしていた。

学校の帰り道。

親友の鈴木沙織と、他愛もない恋バナで盛り上がる時間が好きだった。

「美咲は将来の夢は何かあるのー?」

「お嫁さんかな…」

「何それーハハっ!……美咲は可愛いね」

「沙織!からかわないでよ…」

「じゃあどっちが幸せなお嫁さんになれるか、競争だね!」

「……何それ、恥ずかしいよ…」

そんな、どうでもいいような約束をして

私たちは笑っていた。

高校に入った頃、

人見知りな私に最初に声をかけてくれたのは沙織だった。

向日葵みたいに明るくて、

無邪気に笑うその姿は、いつも眩しくて。

私は、密かに彼女に憧れていた。

だけど。

そんな沙織とは、別々の大学へ進学して

卒業と同時に、自然と連絡も途絶えた。

あれきり、一度も会っていない。

……いや。

私たちは、会わない方がよかったんだ。

大学に入学してすぐの新歓イベントで、

声をかけてくれたのが──高橋拓也だった。

最初は、ただの優しい先輩だった。

彼のマイペースな所に惹かれた私は、

気付けば...

ずっとそばにいた。

恋人同士になった後も何事もなく進み...

社会人になってから同棲を始めて、

ある日、何気ない夜にプロポーズされた。

「結婚しよう」

その言葉に、私は迷わず頷いた。

夢だった「お嫁さん」になれた瞬間だった。

幸せだった。

少なくとも、あの頃の私は

そう信じていた。

結婚してからの生活は穏やかで、

私は“良い妻”でいられるように必死だった。

ちゃんと料理をして、

ちゃんと笑って、

ちゃんと支えて。

壊れないように。

この幸せが、続くように。

そんな私にも、一つだけ夢があった。

...拓也との子どもがほしい。

街で見かける家族連れに、

何度も目を奪われた。

ああなれたらいいな、と。

でも。

どれだけ願っても、時間だけが過ぎていく。

二人の間に、子どもはできなかった。

それが、私の

たった一つの悩みだった。

それ以外は...

きっと、普通に幸せだったと思う。

あの頃、までは...

私はただ、

拓也と、子どもと。

三人で「家族」になる未来に

憧れていただけなのに。

......

「ただいま」

玄関の扉が開く音に、

私はキッチンから顔を出した。

「おかえりなさい、拓也」

ネクタイを緩めながら入ってくる拓也に、いつも通りの笑顔を向ける。

「今日も遅かったね」

「ああ、ごめん。ちょっと仕事が立て込んでて」

そう言いながら、拓也は視線を逸らした。

最近ずっと、こういう瞬間が増えた気がする。

でも、私は何も言わなかった。

夫婦って、多少の違和感には目をつぶって続いていくものだと、そう思っていたから。

違和感であればよかったのに...

そう、違和感であれば...

「ご飯、できてるよ」

「ああ、ありがとう」

テーブルに並べた料理は、拓也の好きなものばかりだ。

肉じゃが、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし。

結婚して三年。

拓也の好みは、誰よりも分かっているつもりだった。

「……美味いよ。ありがとう」

箸を動かしながら、拓也がぽつりと呟く。

「ほんと?」

「ああ」

短い返事。

でも、それで十分だった。

この人と、ちゃんとやっていけている。

この何気ないひとときがあることで

そう思えていた。

あの時までは。

「ねえ、拓也」

食後、食器を洗いながら、

私は背中越しに声をかけた。

「今度さ、病院……もう一回行ってみない?」

水の音に紛れるように、小さな声で。

空気が、ぴたりと止まる。

「……またその話?」

少しだけ面倒そうな声。

「ごめん。でも……」

言葉を選びながら続ける。

「やっぱり、ちゃんと調べた方が――」

「いいって」

遮られた。

「そのうちできるって、医者も言ってたじゃん」

「でも、三年だよ?」

振り返ると、拓也は露骨に眉をひそめていた。

「焦りすぎなんだよ」

「焦ってるわけじゃ……」

「じゃあ何?」

言葉に詰まる。

焦っていないわけがない。

でも、それをそのまま言葉にするのは、

怖かった。

今は、バレちゃいけない...

「……ごめん」

結局、そう言うしかなかった。

拓也は小さくため息をついて、ソファに寝転ぶ。

テレビの音が、やけに大きく響いた。

この話になると、いつもこうだ。

私が悪いみたいに終わる。

それでも、いいと思っていた。

拓也と一緒にいられるなら。

ずぅっと一緒にいられるなら...

その日の夜。

ベッドに入っても、なかなか眠れなかった。

隣では、拓也が規則正しい寝息を立てている。

スマホの画面が、暗闇の中でぼんやり光る。

時間は、午前一時を過ぎていた。

ふと、拓也のスマホが目に入る。

充電器に繋がれたまま、枕元に置かれている。

見てはいけない。

見ても良いことなんてない。

分かっている。

でも。

ほんの少しだけ。

確認するだけなら――

手を伸ばしかけて、止めた。

ダメ。

こんなこと、信じてない人がすることだ。

深追いはしちゃいけない...

私は、拓也を信じている。

今はそうしてなきゃいけないんだ。

じゃなきゃ...

そう自分に言い聞かせて、目を閉じた。

翌日。

昼過ぎ、スマホにメッセージが届いた。

『美咲、元気してる?

いきなりなんだけどさ

今日...時間ある?』

送り主の名前を見て、自然と頬が緩む。

鈴木沙織。

高校の頃からの親友で...

どんな時でも味方でいてくれた、大切な人。

先に結婚するのを競い合ったりして...

...家族みたいな人だ。

『あるよ。どうしたの?』

すぐに返信すると、既読がつく。

『久しぶりに会いたいなって』

『いいよ。どこ行く?』

『じゃあ、いつものカフェで』

...午後三時。

待ち合わせのカフェに入ると、

すでに沙織は席に座っていた。

「美咲!こっちこっち!」

明るく手を振る姿に、自然と足が向く。

「久しぶりだね。沙織」

「ほんとだね。元気してた?」

向かいに座ると、いつも通りの空気が流れる。

「最近どう?身体の調子とか?」

「まあまあかな...」

「拓也さんとは?」

何気ない質問。

拓也さん...

「うん、普通だよ...」

少しだけ言葉を濁す。

「そっか...」

沙織はにこりと笑った。

「美咲は顔に出るからすぐにわかるよ」

「上手くいってないならよかった...ふふ」

その笑顔に、ほんの一瞬だけ、

引っかかるものを感じた。

気のせい、だよね。

きっと聞き間違い...

「ねえ...あのさ...」

コーヒーが運ばれてきて、少し経った頃。

沙織が、カップの縁をなぞりながら口を開いた。

「相談があるんだよね」

珍しいな、と思った。

「どうしたの?」

軽く返すと、沙織は少しだけ視線を落としてから言った。

「驚かないで聞いてほしいんだけど」

ゆっくりとバッグに手を入れる。

取り出されたのは、小さな封筒。

「じゃじゃーん、これ、見てよ。」

テーブルの上に置かれる。

「え!?何?どしたの?」

「いいからいいから」

促されるままに、中の紙を取り出した。

白黒の、ぼやけた画像。

一瞬、何か分からなかった。

でも。

次の瞬間、理解する。

子供のエコー写真。

思考が止まる。

「……これ」

声がうまく出ない。

「うん」

沙織はあっさり頷いた。

「できちゃった」

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

でも同時に、どこかで安堵している自分もいた。

よかった。

沙織が幸せなら、それでいい。

「……あはは...お相手は?」

ぎこちなく笑いながら、言葉を絞り出す。

その時だった。

「...お相手?知りたい?」

沙織が微笑む。

そして

「これね、拓也さんの子なの」

時間が、止まった。

何を言われたのか、理解できない。

「……え?」

やっと出た声は、ひどく間の抜けたものだった。

「だからぁ」

沙織は同じ調子で繰り返す。

「美咲の旦那さんの子、拓也さんと私の子!」

笑っている。

嘘だ。

そう思った。

思いたかった。

「...冗談、でしょ?」

声が震える。

「ううん」

あっさりと否定される。

「ちゃんと確認したし、検査もしたよ」

指先で、エコー写真を軽く叩く。

「ほら、私の中でちゃんと生きてるよ」

現実感がない。

まるで、他人の話みたいだ。

「……なんで」

ようやく、それだけを口にする。

「なんで、って?」

沙織は首をかしげる。

「好きになっちゃったから、かな...

仕方なくない?」

...あまりにも、軽い口調。

「拓也さんのこと、大好きになっちゃった」

胸の奥が、じわじわと熱くなる。

「......いつからなの?」

「結構前からだよ?」

あっさりとした答え。

「美咲が悩んでた頃には、もう」

その言葉が、深く突き刺さる。

「拓也さんからも相談も乗ってたしね」

笑う。

「大丈夫だよ、って」

頭の中で、何かが崩れた。

「……最低」

やっと出た言葉。

でも沙織は気にした様子もなく、肩をすくめた。

「そうかもね...けど気持ちは最高だよ!」

そして。

「私は今、すっごい幸せなの」

まっすぐにこちらを見て言う。

「だって、産めないより絶対産みたいじゃん!

好きな人の子だし...

拓也さんから聞いたよー

あっ、美咲は産めないんだっけ?ふふっ...

幸せなお嫁さん勝負、私の勝ちだね」

産めないんだっけ...その一言で。

私の中にあるモラルがすべて壊れた。

何も言えなかった。

怒鳴ることも、泣くこともできない。

ただ、沙織の顔を見つめることしかできなかった。

「ねえ」

沈黙を破ったのは、沙織だった。

「一応、順番としてさ」

コーヒーを一口飲みながら、軽く言う。

「報告しとこうと思って」

「親友だしね。」

親友。

その言葉が、ひどく遠く感じた。

「……なんで」

もう一度、同じ言葉がこぼれる。

「なんで、私に言うの」

すると沙織は、少し考えるようにしてから――

にっこりと笑った。

「おめでとうって、言ってほしいから?」

その瞬間。

何かが、静かに決まった。

泣くと思った?

怒ると思った?

違う。

私は、ゆっくりと息を吐いて。

笑った。

「……そっか」

自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。

「そういうことかぁ、沙織はそうなんだ」

沙織の目が、わずかに見開かれる。

「……怒らないの?」

「うん」

エコー写真を、そっとテーブルに置く。

「怒らないよ」

その代わりに。

胸の奥で、何かが静かに燃え上がる。

「ねえ、沙織...」

顔を上げて、微笑む。

「そのお腹の子さ...」

一拍置いて、言った。

「私が育てるね」

沙織の表情が、初めて歪んだ。

「……え?」

その反応に、ほんの少しだけ満たされる。

ああ、そうか。

まだ、分かってないんだ。

どれだけのことを、したのか。

だから。

教えてあげる。

ゆっくりと。

丁寧に。

全部。

「だって」

私は穏やかに言った。

「私の夫の子でしょ?」

示談や慰謝料なんかで

済ませる訳がない。

何一つ。

全部、私のものにする。

私は、声を殺して呟く...

「絶対に...逃がさないから...」

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