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第5話《決別の夜》

last update Tanggal publikasi: 2026-02-12 21:07:30

──守るべきものと、切り捨てるもの──

歌原レイラ(24歳)――

死まで、あと四年。

その夜、彼女は初めて

「家族」という言葉を、判断の外に置いた。

1 歌原家・居間(夜)

古びた照明が、テーブルの天板だけを白く照らしている。

壁には色あせた家族写真。

新聞、空き瓶、使われなくなった家電の箱。

片づけられないままの生活の痕跡が、居間を占拠していた。

テーブルを挟んで、父・和人と母・陽子。

向かいに、歌原レイラ。

彩は、廊下の影に身を寄せ、息を潜めて様子をうかがっている。

壁掛けテレビには、消音のままランウェイを歩くレイラの姿。

世界に向けて流れる映像と、この家の空気は、噛み合っていなかった。

陽子

「ねえレイラ。

今月の“生活費”はもらったけど……」

言葉を選ぶように、一拍置く。

「それとは別に、投資の資金も必要なのよ」

和人

「前にも言っただろ。

今は踏ん張りどころなんだ」

「お前も、家族の“挑戦”は応援してくれるって言ってたじゃないか」

レイラは背もたれに体を預け、視線だけを二人に向ける。

声は低く、感情の起伏はない。

レイラ

「……今は、渡せないわ」

沈黙。

陽子

「どういうこと?

今までは、ちゃんと渡してくれてたじゃない」

和人

「まさか……

金を抱え込むつもりか?」

レイラは短く息を吐く。

怒りでも嘲りでもない。

考えを区切るための呼吸だった。

父親を見る。

レイラ

「“投資”に失敗するたびに、私に泣きつく」

視線を逸らさない。

「太陽光発電の飛び込み契約。

名義だけ私にして、三年で赤字」

「“確実に倍”って書かれたDM。

それで仮想通貨に手を出して、半分」

一拍、置く。

レイラ

「……それを“挑戦”って呼ぶの?」

和人

「う、うるさい!

誰だって間違えることくらいある!」

レイラは否定しない。

頷きもしない。

今度は、母・陽子に視線を移す。

レイラ

「それから」

母の指が、膝の上でわずかにこわばる。

レイラ

「毎月、同じホストに通ってる」

陽子の目が揺れる。

レイラ

「ナンバー1にしたのは、あなた」

「週刊誌にも載った。

……私は、全部知ってる」

一瞬、空気が凍る。

だが、陽子はすぐに口を開く。

陽子

「だからって……

家族を見捨てる気?」

レイラは首を振らない。

肯定もしない。

背筋を伸ばす。

そこにいるのは、娘ではなく、判断を下す者だった。

レイラ

「見捨てないわ」

「だから、生活費は送る」

バッグから封筒を取り出し、テーブルに置く。

レイラ

「でも、それ以上は――今日で終わり」

「それを“夢”とか“挑戦”とか言って、

私に請求するのは、もうやめて」

和人

「俺たちの生活が、どうなってもいいのか!」

レイラ

「どうにもならないような使い方を、

これ以上、私の責任にしないで」

間を置き、淡々と続ける。

レイラ

「今すぐじゃない。

スポンサーとの契約もあるし、関係各所に通す筋もある」

「でも、頃合いを見て――事務所を離れる」

両親が息をのむ。

レイラ

「自分の会社を立ち上げる」

「その準備に、資金も時間も必要」

視線を上げる。

レイラ

「だから、“支援”は期待しないで」

沈黙。

蛍光灯の低い唸りだけが、居間に残る。

陽子

「……私たち、家族でしょう?」

レイラは一度だけ目を伏せ、短く息を吐く。

レイラ

「“家族”は、

都合のいいときだけ名乗るものじゃない」

椅子を引き、立ち上がる。

脚が床を擦る、乾いた音。

レイラ

「彩の生活にだけは――

二度と、手を出さないで」

振り返らず、玄関へ向かう。

その足取りは、静かで、迷いがなかった。

依存は、音もなく断ち切られた。

2 廊下 → 居間

小さな足音。

彩が、そっと顔を出す。

レイラは振り向き、彩を見るなり、自然と肩の力を抜いた。

この家で、唯一、心を緩められる存在。

「……おねーちゃん。

眉間にシワ。やだ。“がんばってる笑顔”の顔」

レイラは、彩にだけ柔らかな微笑みを向ける。

レイラ

「大丈夫よ、彩」

「ほんと?

さっきの笑顔、少しだけ嘘だった」

レイラは目を伏せ、彩の額にそっと指を当てる。

レイラ

「嘘をつくときは……

彩の前だけ、難しいの」

「ごめんね」

彩の頭を、優しく撫でる。

レイラ(心の声)

《あなたは――私が守る》

「わたし……

おねーちゃんみたいなモデルになりたい!」

レイラの胸の奥で、何かがほどける。

レイラ

「そう。じゃあ“レイラ体操”」

「朝と夜、欠かさずやりなさい。

基礎は、いちばん大事」

「うん! 毎日やる!」

レイラ

「それなら、大丈夫」

「彩は、モデルになれる」

「……私の妹だもの」

満面の笑みを向ける彩。

その瞳を見つめながら、レイラの胸に、静かな決意が宿る。

レイラ(心の声)

《……あの人たちの手から、彩を自由にする》

レイラはスマートフォンを取り出し、

短くメモを打ち、信頼する弁護士へ送信する。

ナレーション

両親との決別は、感情ではなく判断だった。

その一歩は、静かな波紋となり、

やがて世界の配置を変えていく。

それが――

彼女自身の命運を大きく揺るがすとも知らずに。

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