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15.オロチの蛇々

Author: 霞花怜
last update Last Updated: 2025-06-17 19:00:27

 縁側で将棋盤を挟んで笑い合う蒼と芯の上に影が落ちた。

 何気なく見上げる。

 知らない大きな男が蒼たちを見下ろしていた。

「相変わらず、ちまい人間のガキを囲ってるなぁ。餌を喰わんと命を維持できない独り者は面倒そうだ。しかし……」

 男の口から細い舌が伸びて、蒼の頬を舐め上げた。

 驚いて、後ろに下がる。

 粘りついた唾液が頬に張り付いて、気持ちが悪い。

「此度は、随分と美味そうな人間を仕入れたな。ようやっと番でも作るつもりかな。それとも喰って精を付ける気でいるのかな」

 クックと笑う顔が薄ら怖い。

 まるで蛇のような鱗が頬や腕の皮膚に浮かんでいた。

「蒼! 部屋の中に下がれ!」

 芯が蒼の襟首を掴んで後ろに引っ張った。

 体が部屋の中に転がる。

 芯が、ぴしゃりと障子戸を締めた。

「あれは、何?」

「蛇々《だだ》って大蛇《おろち》の妖怪だ。紅様が人間を買ってるのを知っていて、時々喰いに来るんだ」

 芯の説明に血の気が下がった。

「それって、紅様も知ってるの? 同意の元なの?」

「そんなわけないだろ。盗みに来てるんだよ。そもそも蛇々は番があるから人を喰う必要がねぇんだ。喰うのは只の遊びだよ。人間を嬲って遊んで、最後に喰うんだ」

 前に紅がしてくれた説明を思い出した。

 血肉を喰らう妖怪は、負の感情で魂を染めるために餌である人間を嬲って弄ぶ、と。

(喰わなくても生きられるのに、遊びで嬲って喰うなんて……)

 命を繋ぐ食事以外に遊びで命を弄ぶ。そういう妖怪が、この幽世にはいるのだ。

「なんで、紅様の屋敷に。どうやって入ったのかな」

 紅の屋敷は結界が張ってある。

 だから瘴気を遮れると話していた。妖怪の侵入は遮れないのだろうか。

「結界を壊したんだろ。今日は紅様がいないと知っていて、俺たちを喰いに来たんだ」

「僕らを、喰いに」

 恐ろしくて手が震える。

 
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  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   13.優しい妖狐

     気付けば、紅の屋敷に来て二週間が過ぎていた。 今夜はニコが紅に呼ばれて、添い寝していた。 蒼は、久々に芯と枕を並べて寝た。「多分、朝には溶けてると思うぜ、ニコ。羨ましいなぁ。俺も早く紅様の中に溶けてぇな」 夢心地に話す芯に、返事ができなかった。 紅に芯の事情を聴いてから、逃がしてほしいとも術を弱めてほしいとも言えなくなった。 術を弱めれば病で苦しい思いをするか、屋敷から抜け出して危ない目に遭うかの二択だ。 だったら、このまま夢の中で気持ち良く酔っていた方がいいだろうと思った。(本当はどうするのがいいかなんて、わからない。自分の状況を知ったら、正気の芯はどんな選択をしたかな) 考えてもわからない。 今更、芯本人に伝える訳にもいかない。(保輔なら、どうしたかな。正気の芯に事実を伝えたかな。このまま夢心地にしたかな) きっと保輔みたいな人なら、正しい選択ができるんだろう。 蒼には正解が、わからなかった。 次の日の朝。 起きると、紅が一人、庭でシャボン玉を吹いていた。 ニコが溶けたんだと思った。「おはようございます、紅様」 声をかけると、ちょっとぼんやりした目で紅が笑んだ。「おはよう、蒼」 いつもなら先に気が付いて声をかけてくれる。 ニコが溶けたのが、悲しかったのかもしれない。 色の時も、悲し気な表情をしていた。(優しいというより、お人好しだ。わざわざ死期が近い子供を金を出して買い取って、気持ち良くして逝かせてやって、自分はしっかり悲しくなって辛い思いをするなんて) 本当に馬鹿なんじゃないかと思う。 自分でもよくわからない怒りが蒼の中に湧き上がった。 蒼は、シャボン玉の液を持つ紅の手を握った。「僕も、シャボン玉、吹きたいです。やらせてください」 見上げる蒼の顔を眺めて、紅がストローを手渡した。「いいよ。一つしかないから、蒼がシャボン玉を吹いて。俺

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