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◇ドン引きされるだろうか 110

Auteur: 設樂理沙
last update Dernière mise à jour: 2025-05-03 09:58:46

110

 気が付くと、凛ちゃんの『あーぁー、うーぅー』まだ単語になってない

言葉で目覚めた。

 ヤバイっ、つい凜ちゃんの側で眠りこけていたみたい。

 私はそっと襖一枚隔てた隣室で寝ているはずの相原さんの様子を窺った。

『良かったぁ~、ドンマイ。まだ寝てるよー』

 私の失態は知られずに終わった。

 私はなるべく音を立てないよう気をつけて凛ちゃんの子守をし、

彼が目覚めるのを待った。

 しばらくして起きた気配があったので凛ちゃんを抱っこして近くに行く

と、笑えるほど驚いた顔をするので困った。

「えっえっ、掛居さんどーして……あっそっか、来てもらってたんだっけ。

寝ぼけてて失礼」

 それから彼は外を見て言った。

「もう真っ暗になっちゃったな。遅くまで引っ張ってごめん」

「まだレトルト粥が2パック残ってるけど明日のこともありますし、

土鍋にお粥を炊いてから帰ろうかと思うので土鍋とお米お借りしていいですか?」

「いやまぁ助かるけど、君帰るの遅くなるよ」

「ある程度仕掛けて帰るので後は相原さんに火加減とか見といて

いただけたらと……どうでしょ?」

「わかった、そうする」

 私は何だか病気の男親とまだ小さな凛ちゃんが心配でつい相原さんに

『困ったことがあれば連絡下さい』

とメルアドを残して帰った。

 帰り際病み上がりの彼は凛ちゃんを抱きかかえ、笑顔で

『ありがと、助かったよ』と見送ってくれた。

 私は病人と小さな子供にはめっぽう弱く、帰り道涙が零れた。

 こんなお涙頂戴、相原さん本人からしても笑われるのがオチだろう。

 たまたま今病気で弱っているだけなのだ。

 普段は健康でモーレツに働いている成人男性なのだから泣くほど

可哀想がられていると知ったらドン引きされるだろうな。

 そう思うと今度は笑いが零れた。

 悲しかったり可笑しかったり、少し疲れはあるものの私の胸の中は

何故か幸せで満ち足りていた。
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    105「お待たせしました、掛居です」「休日でお休みのところ、ごめんなさいね」「いえ、大丈夫です。自宅訪問の件ですが行けます。 伺う時間とサポート内容、場所、それから滞在時間の目安など教えていただけますか」「有難いわ、助かります。 詳細は後からメールで送るわね。 掛居さんに担当してもらうのは相原さんなの。 場所は……」 私は『相原』という名前を聞いた途端、頭やら耳の機能が停止してしまったようで、芦田さんの話してる言葉が何も入ってこなかった。 いゃあ~、人を差別するというか、この場合自分の好き嫌いで選別してはいけないこととは分かっているものの、先月の彼とのエレベーターでの出来事を思えば、どんな顔をしてサポートに入れるというのだ。「もしもし?」「あの、芦田さん、できれば他の人と……つまり芦田さんが訪問する予定のお宅と替わっていただけないでしょうか」「……」「掛居さんは私が受け持つ人とは面識がないし、というのもあるし、ちょっと恥ずかしいんだけど言っちゃうわね。 私、独身でしょ、だから男性のお宅へ伺ってサポートっていうのは恥ずかしくて」 それを言うなら私も独身、しかも花も恥じらう? まだ20代ですってば。「あ、掛居さんも独身だけど相馬さんとも親しくしているって聞いてるし、男性に耐性あるんじゃないかと思って」 そんなこと誰に聞いたんですかぁ~、保育所勤務なのにぃ~、噂って怖いぃ~。「付き合ってるのよね?」「いえ、付き合ってません」 えっ、私ってばそんなことになってるの、知らなかったー。 相馬さんは知ってるのかしら。「でも親しくしてるのはほんとよね?」「個人的に親しくしてないつもりですが……。 そうですね、彼の仕事を手伝ってるので職場では親しくさせてもらってます」

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇突然の嵐 104

    104    夜間保育に係わるようになって3ヶ月目、秋も一段と深まり時に寒さが身に染みる季節になってきた。 あぁ、仕方がない、重い腰を上げる時がやってきたのだ。 本格的に冬物の衣類を収納ケースから取り出し、クローゼットに吊るさないとなぁ~などと花が休日の予定をぼぉ~っと考えながらまったりと寝起きのミルクティーで身体を暖めているところへ、芦田からの1通のメールが届く。 三居建設(株)の子育て支援はほんとに手厚い支援体制になっていて、子たちの親が病気になった時には保育士の手を必要としている場合、自宅訪問をしてサポートしてくれるのだとか。 芦田さんからの連絡はうちの会社ではそのような環境が整っていることの説明と今回正規雇用の保育士2人に対してHelp要請が3件入ってしまい、大変申し訳ないが可能な限り3人目のサポートに入ってほしいというものだった。 メールを読んだなら芦田さんまで電話してほしいと書かれてある。 サポート支援のことなんて今初めて聞いた。 おじいちゃんは知っているだろうか。 誰がこんなすごい制度を提案し作ったのだろう。 素晴らし過ぎるぅ~。 だけどしばし待たれよ。 私って元々保育所にいない人材でしょ。 今までは今回のようなシチュエーションはなく、無事上手く仕事が回っていたのかしら。 自分がサポーターとして社員のお宅へ出張って行けるのか行けないのか……迫られているというのにそんなふうな今まではどうしていたのだろう、なんてことばかり考えが過るのだった。 気が付くと15分ほど経過していた。 いけないっ……私は急いで芦田さんに電話を掛けた。

  • 『特別なひと』― ダーリン❦ダーリン ―❦   ◇遠くどこまでも遠い距離感 103

    103 目の前の女は俺の問い掛けには答えず、涙をためた目を見開いて穴の開くほどじっと俺を見ている。 ここで俺は大人げないことをしている自分の所業に気が付き、恥ずかしくなった。 そうだ、なんでこんなに彼女のことを構うんだ。 相馬の彼女だというのに。 自分の愚行にどっと疲れを覚えた。 ボタンから俺の指が離れ扉が開いた途端、スルリと彼女は俺の前からすり抜けて行った。相原清史郎《あいはらせいしろう》は周りから見られているイメージとは180℃違っていてウブで自分に自信のない人間だった。 そんな彼は女性に対しては中身重視。 好きになった相手とは絶対遊びで付き合えない。 相原は当初、相馬付のサポーターとして担当に着任した若くてそこそこ可愛い女子社員を見るにつけ、ご多分に洩れず多少の羨ましさを感じていた。 しかし、来る派遣社員、派遣社員、二人共長続きせずあれよあれよという間に辞めてしまい、女子社員と一緒に仕事をするというのは予想以上に難しいものなのだという認識を強くした。 彼女たちが辞めていった理由として周囲から漏れ伝わってきたのはモテ男相馬に恋心を抱いて玉砕したから、というものだった。 それ故、おばさん《おじさん》気質で周囲と同じようについ3番目に着任した掛居花の言動、つまり様子をそれとなく気にするようになっていた。 そんなふうに野次馬根性で気にかけていた女性《ひと》が娘の保育所に現れたものだからつい、興味を覚えたのだ。全く繋がりのなかった立場から細い糸で彼女と繋がれたのだから多少気持ちが浮ついてもしようがないだろう。  これは日常会話くらい話せるようにならなくてはと声を掛けるも、滑ってばかりのようで掛居から余り良い反応を得られず、普通に話せる間柄になるのには万里の長城(北海道から沖縄まで日本列島をぐるりと囲む距離)ほどもの距離があるのを感じ、寂しく思った。 そしてスマートに成り切れない自分に対して臍《ほぞ》を嚙む思いだった。

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