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128.藤原架純の場合Ⅰ

Auteur: 美桜
last update Dernière mise à jour: 2025-10-24 19:49:22

ある日ー

バンッ!!

架純が部屋にある全身鏡で今日のスタイルの確認をしていたところ、父親の徳仁が、怒りに顔を染めて部屋のドアを勢いよく押し開けた。

「架純!」

「キャッー」

突然のことに驚いて振り向くと、そこには顔を真っ赤に染めて、額に太い青筋を浮かべている父親が立っていた。

「なによ、お父さん。びっくりするじゃないのっ」

架純が文句を言うと、徳仁は「うるさい!」と目の前のハンガーにかかったドレスを鷲掴んで、バシッと床に投げ捨てた。

「ちょっと!」

それは、次に試着してみようかと出しておいたお気に入りのブランドの新作で、今度怜士も出席するあるパーティーに着て行こうと思っていたものだ。

それを徳仁は投げ捨てただけでなく、なんと靴で踏みにじってしまった!

「お父さん!何してんのよ!?」

架純は怒りに我を忘れて、思わず父親をドンッと突き飛ばしてしまった。

徳仁は特に身体を鍛えたりしているわけでもなく、普通に年相応に足腰が弱ってきていた。なので、彼は突き飛ばされた途端ドサッと床に倒れ込み、したたかに腰を打ち付けたのだった。

「架純!このーっ」

振り上げた拳は、襲いかかる痛みにすぐさま下ろされた。

「痛たたた…」

「お父さんっ」

「触るな!」

慌てて身体を支えようと近寄ってきた娘に彼はそう怒鳴り、執事に手を貸してもらって起き上がった。

「この、親不孝者がーっ」

「……」

憎々しげに吐き捨てる父親の言葉に、彼女は眉をひそめた。

なによ…どういうこと?

部屋からヨロヨロと出て行く父親を見送って、ふと足下のぐちゃぐちゃに汚れてしまったドレスに目を遣った。

自分が何をしたというのだろう?

彼女は、子どもの頃から徳仁に溺愛されて育ってきた。こんな風に怒鳴られ、尊厳を踏みにじるようなことなどされたことはなかった。

一時期、怜士を諦めるように説得された時でさえ、最終的には彼女の好きにしてもいいと言ったのだ。

佐倉家とのお見合いが失敗に終わった時も、ただため息をつかれただけだった。

それ以外で、何をそんなに怒ることがあるっていうの?

架純には、どんなに考えても答えが思い浮かばなかった。

「もう…。またドレス買いに行かなきゃいけないじゃない…」

名残惜しそうに、まだ一度も袖を通していない新作ドレスを見てそう言った。

*

はぁ…。

「ーっくそ!」

痛めた腰を擦りながら書斎へ戻り、椅子に深く座っ
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