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55.対話Ⅰ

Author: 美桜
last update Huling Na-update: 2025-07-26 18:03:19

希純は、朝からそわそわしていた。

実は、昨夜もあまり眠れなくて、頭の中では美月とどう会話をするか、シミュレーションばかりしていた。

中津はそんな上司に苦笑し、お茶を差し出した。

「落ち着いてください」

「あぁ、わかってる」

そう言いながらも指はトントンとデスクを叩き、その視線はチラチラとオフィスのドアへと度々向いていた。

明らかに今日の希純は、いつもに比べてオシャレをしていた。

チャコールグレーのジャケットは彼の整った体型にフィットし、中に着たサックスブルーのシャツとの相性も良い。

ジャケットと同系色のネクタイも合わせて、首元からのVゾーンも完璧だった。

全体的に落ち着いた大人なスタイルで、彼の魅力が引き立っていた。

しかも、爽やか系のコロンもつけているようで、気合いが入った様子がわかる。

社長…奥さまに会うの、よっぽど楽しみにしてたんですね…。でもオフィス内だから、ジャケットは脱いでほしいかなぁ。

上司が初心すぎて、見ている方が恥ずかしい。

中津は離婚に関しては美月の味方をすると決めていたが、できるなら、彼女には考え直してもらいたい。

最近の希純の頑張りが彼の見方を変えたのか、今日のオシャレにしても、健気でつい微笑んでしまうのだ。

中津はちらりと時計を見て、そろそろかな…と思った。

過去、美月は午前中会社に訪れる時には、大体10時前後に現れた。

彼女にとってそれが、〝ちょうど良い時間〟なのだろう。

まぁ確かに、業務が始まってすぐは連絡事項の伝達で忙しいし、お昼前はランチミーティングや会議で席を外している事が多い。

中津はこの、常に相手のことを考えて行動する美月の性格を好ましいと思いつつ、損な性格だなぁ…とも思っていた。

本来対等であるべき関係において、片方が常に相手を立てている…というのは正常な関係ではないと中津は思っている。

例えそれが愛情故であったとしても、無意識に片方が心理的負荷を負っている状態でいるというのは、その関係性が壊れた時に取り返しのつかない事になる可能性を秘めているからだ。

彼らのようにー。

コンコンコンッ

いろいろ考えて注意力がそれていたところ、ノックの音がして、中津はハッと顔を上げた。

急いでドアを開けに足を踏み出した時、なぜか偉そうな「入れ」という希純の声がした。

「……」

なぜ彼はこうなのか……。

素直じゃないにも程がある。

中津として
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