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56.対話Ⅱ

Author: 美桜
last update Last Updated: 2025-07-26 18:03:31

「いいわ。本題に入って」

希純はその言葉に眉を寄せた。

「そんなに急いでいるのか?」

そう言いながら、さり気なくソファの方へと導いた。

彼女を座らせ、自分も正面に腰を降ろした。

「この後、用があるの」

「どんな?」

美月は、自分の前に置かれたコーヒーカップに目を移した。

確かこのブランド、奈月が好きなのよね…。

そう心の中で嗤って、視線を上げた。

「あなたに関係ないわ」

「……」

希純はぐっと喉に何かが詰まったように感じた。

〝あなたに関係ない〟

彼女とこんな感じになってから、よく言われる言葉だ。

それは、酷く自分を傷つける言葉だった。

「なぜだ…?何が関係ないんだ?俺は!お前の夫だぞ!?」

「……」

ドンッとテーブルを殴っても、美月は冷めた目で希純を見つめるだけだった。

そうして、静かに口を開いた。

「話し合う気はあるの?ないの?」

「離婚などしない!!」

怒りのあまりつい本音を叫んでしまった希純に、美月は傍らに置いたバッグを手に取り、言った。

「もういいわ。協議書なんかいらない。離婚届にサインをして中津さんに届けさせて。あなたとはもう、関わりたくない」

「!」

そう言われた瞬間、希純は目を見開き固まった。

美月はそれを見てもなんの感情も表さず、サッと立ち上がりオフィスのドアへと向かって歩いた。

そして部屋を出るまで振り返ることもなく、立ち去って行ったのだった。

「社長…」

呆然としている希純に呼びかけてみたが、なんの反応もなかった

見ると、その目にはうっすらと涙が滲み、口はぎゅっと固く閉じられていた。

中津はとりあえず美月を引き留めねば…とひとまず希純の前を辞し、エレベーターへと向かった。

「奥さま!」

呼びかけると、彼女は立ち止まって待ってくれた。

「中津さん」

口調は優しい。でも、その瞳は冷めていた。

おそらく、自分のことも信じていないのだろう。

中津は彼女の前で一つ息をつき、言った。

「このままでよろしいのですか?」

「?」

首を傾げるが、特に気分を害した感じはしない。

なので、思い切って訊いてみた。

「何が駄目だったのか、教えていただけませんか?」

「なんのこと?」

そう返されて、中津は尋ねた。

美月の物は全て取り返した。奈月も追い出した。希純も、もうあんな曖昧なことはしないと言った。

「それでも社長を許さないのは、許す気がそもそもない、ということです
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    「いいわ。本題に入って」希純はその言葉に眉を寄せた。「そんなに急いでいるのか?」そう言いながら、さり気なくソファの方へと導いた。彼女を座らせ、自分も正面に腰を降ろした。「この後、用があるの」「どんな?」美月は、自分の前に置かれたコーヒーカップに目を移した。確かこのブランド、奈月が好きなのよね…。そう心の中で嗤って、視線を上げた。「あなたに関係ないわ」「……」希純はぐっと喉に何かが詰まったように感じた。〝あなたに関係ない〟彼女とこんな感じになってから、よく言われる言葉だ。それは、酷く自分を傷つける言葉だった。「なぜだ…?何が関係ないんだ?俺は!お前の夫だぞ!?」「……」ドンッとテーブルを殴っても、美月は冷めた目で希純を見つめるだけだった。そうして、静かに口を開いた。「話し合う気はあるの?ないの?」「離婚などしない!!」怒りのあまりつい本音を叫んでしまった希純に、美月は傍らに置いたバッグを手に取り、言った。「もういいわ。協議書なんかいらない。離婚届にサインをして中津さんに届けさせて。あなたとはもう、関わりたくない」「!」そう言われた瞬間、希純は目を見開き固まった。美月はそれを見てもなんの感情も表さず、サッと立ち上がりオフィスのドアへと向かって歩いた。そして部屋を出るまで振り返ることもなく、立ち去って行ったのだった。「社長…」呆然としている希純に呼びかけてみたが、なんの反応もなかった見ると、その目にはうっすらと涙が滲み、口はぎゅっと固く閉じられていた。中津はとりあえず美月を引き留めねば…とひとまず希純の前を辞し、エレベーターへと向かった。「奥さま!」呼びかけると、彼女は立ち止まって待ってくれた。「中津さん」口調は優しい。でも、その瞳は冷めていた。おそらく、自分のことも信じていないのだろう。中津は彼女の前で一つ息をつき、言った。「このままでよろしいのですか?」「?」首を傾げるが、特に気分を害した感じはしない。なので、思い切って訊いてみた。「何が駄目だったのか、教えていただけませんか?」「なんのこと?」そう返されて、中津は尋ねた。美月の物は全て取り返した。奈月も追い出した。希純も、もうあんな曖昧なことはしないと言った。「それでも社長を許さないのは、許す気がそもそもない、ということです

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  • あなたからのリクエストはもういらない   51.前世

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