LOGIN苓さんの言う通り、谷島さんからのメールには涼子が女性スタッフに接触していた事。 そして、女性スタッフを唆し、苓さんを狙う事を指示されたと書かれていた。 「……プレオープン前のあのお店の情報を、涼子が知っている……?」 「ええ、そうなんです。……以前茉莉花から聞いた時も、違和感を覚えていて。……俺が以前、怪我をして搬送された時。その時も、茉莉花に速水 涼子から連絡が入ったんですよね?」 「そ、そうです……!それも、苓さんが搬送されてまだそんなに時間が経っていないのに……」 あの時の事はしっかりと覚えている。 苓さんの頭から、血が流れる光景。 私を庇ったせいで、苓さんが大怪我を負った、と自分自身を責めたから。 そして、そんな私に追い打ちをかけるように涼子からメッセージが届いたのだ。 あの時、きっと涼子は私の近くに居た。 私が絶望に打ちひしがれているのを見て、とどめを刺すようにメッセージを送ったのだろう。 それは、容易に想像が出来た。 「……俺や、茉莉花──いや、茉莉花の行動が筒抜けになり過ぎていませんか……?」 苓さんの言葉に、私ははっとする。 確かに、言われてみればそうだ。 どうして涼子は私の行動を把握しているの? 今回の、和風庭園カフェのプレオープンだって、どうしてその日付まで知っているの……? 「和風庭園カフェの事は……記念パーティーが開催されているし、ネットニュースにもなっているから、知っていてもおかしくは無い。……だけど、どうして茉莉花と俺が視察する日を知っているのか……そこがおかしいんです」 苓さんの言葉に、私も頷く。 「苓さんの言う通りです」 考えたくないけど──。 もしかしたら──。 私が考えていた事を、苓さんがはっきりと言葉にした。 「小鳥遊建設か、藤堂グループか……。どちらかに内通者──情報を、速水 涼子に流している人間がいる。俺は、そう思います」 「──っ」 疑いたくなかった。 だけど、私のスケジュールを把握していると言う事は。 そう言う事、だ。 私はぎゅっと目を閉じ、悔しさに唇を噛み締めた。 「……来週、出社したら……社内を1度確認、します……」 「ええ、そうしてください。俺も、小鳥遊建設で1度社内システムを確認します」 まさか、社内に内通者がいるなんて。 そうじゃないと願いたい
「苓さん、お待たせしました。家に帰りましょう」 「──え?」 私が戻るなり伝えた言葉に、苓さんはきょとんと目を丸くした。 苓さんもこの後、警察署に行くものとばかり思っていたのだろう。 だから私は今さっき電話で話した事を苓さんに説明する事にした。 「何だか、今日は来なくても大丈夫ですって。詳しい事は後日聞きますって言ってました。苓さんは藤堂で寝泊まりしますって伝えたら、警察の方が後日家に来るそうです」 「──茉莉花の家で過ごしていいんですか?本当に?」 私の言葉に、苓さんの表情がぱっと明るく変わる。 「ええ、もちろん。……もし苓さんが良ければ、これからもずっと暮らしませんか?」 苓さんから聞いた、小鳥遊のご両親の話──。 きっと、幼少期からずっと辛い思いをしていたのだろう。 長男も、次男も成功して──スペア扱いだった苓さんへ、苓さんの両親は愛情をたっぷり注いでくれたのだろうか。 いえ、きっとそれは無い。 苓さんの話や、態度から両親に愛されていたような雰囲気は感じなかった。 むしろ、その逆で。 ずっと寂しい思いをしていたのかもしれない。 それなら──。 藤堂の家は。 私のお父様やお母様は、少し過干渉だとは思うけど。 両親は娘の私の欲目を抜かしても、しっかり個人を見てくれる人だし、愛情深い人達だと思う。 それに、苓さんの事が大好きな私もいるから。 苓さんとは、何れ近い内に一緒になるのだ。 それなら、少し同居が早くなってもいいんじゃないだろうか。 一緒にいれば、怪我をした苓さんの生活のお手伝いだって出来る。 私の考えを苓さんに伝えると、苓さんは嬉しそうに頷いてくれた。 「ありがとうございます。藤堂の家に、お世話になります」 「分かりました。では、お父様に伝えておきますね」 私はお父様に一報を入れ、苓さんと一緒に病院を後にした。 車に乗り込み、走り出してから少し。 スマホを確認していた苓さんが私に声をかけてくれた。 「──茉莉花、谷島から連絡が……!」 「えっ、谷島さんから?……捜査に進展があったんですか?」 私の言葉に、苓さんは持っていたスマホを私に見えるように見せてくれた。 「今回の事件、どうやら速水 涼子が関わっていたみたいです」 「──えっ!?」 「あの女性スタッフ、速水 涼子からの依頼を受けて
女性スタッフは写真から顔を逸らし、小さな声で答えた。 「──っ、知り、ません……」 青い顔でしらを切ろうとする女性スタッフ。 谷島はため息を吐き出した。 「君は、この女性がどんな恐ろしい事をしたか、知っているか?」 「──え」 「坂口 美波さん。あなたの供述は一貫性が無く、信用に値しない。……それに、防犯カメラにもしっかり映っている。あなたは小鳥遊 苓に襲われたんじゃく、自ら彼に迫り、そして押し倒した。その結果、小鳥遊さんは怪我を負った。……捜査に協力的ではない今の態度だと……結果は悪い事になりますよ」 「──っ」 そう。 今回の事件は、全て防犯カメラに映っていたのだ。 茉莉花が警察への通報を指示した時、女性スタッフ──坂口はそこまでやるつもりは無かった。 寧ろ、自分が犯罪行為を働いたのだ。 警察に通報され、しっかり調べられたら自分が嘘をついて苓を陥れようとした事が簡単にバレてしまう。 だからこそ、その動揺や恐怖から、警察が来て事情を聞かれている時も坂口は動揺し、供述が一転二転した。 襲われて、動揺しているのではない。 何か嘘をついているから、それが発覚するのを恐れている。 その動揺だ。 そう判断した警察は、見方を変えた。 もしかしたら、これは単なるトラブルじゃないかもしれない。 警察は坂口だけではなく、坂口に対して何か不思議に思う事や、普段の彼女の様子を店のスタッフに聞いた。 そうしていると、他のスタッフから坂口が仕事仲間ではない女性と店の裏で会い、話しているのを見た事があると複数人から話されたのだ。 それを聞いた警察が、周辺の道路の防犯カメラを探し、映像を確認した所、他のスタッフの言葉通り、確かに坂口と別の女性が映っているのが確認出来た。 そして、そのもう1人の女性──。 その女性が、速水 涼子だと分かり、警察は警視庁刑事課の担当刑事、谷島にすぐに報告をしたのだ。 未だだんまりを続ける坂口に、谷島は懐から手錠を取り出した。 「──指名手配犯、速水 涼子の協力者と判断し、坂口 美波さん。あなたを緊急逮捕します」 「──えっ!?」 谷島が口頭で弁護士の事、拘束についてなどを説明していると、坂口がぎょっとして顔を上げた。 「まっ、待ってください!私、知らなかったんです……!あの女性が指名手配犯なんて……っ!ぜ
◇ 「縫合の必要はなさそうですね。傷口の洗浄も終わりました。化膿する恐れもなさそうなので、帰宅いただいて大丈夫ですよ」 あれから。 病院に搬送された苓さんを、お医者さんが診てくれた。 幸いな事に、手術するような大きな切り傷じゃなくて。 傷口を診て、処置をしてくれたお医者さんがそう言ってくれて私と苓さんはほっと安堵の息を吐き出した。 「良かった、帰宅出来るんですね……!」 「ええ、ですが今夜熱が出る可能性があります。解熱剤と抗生物質を処方しておきますので、熱が出たら必ず飲んでくださいね」 「分かりました」 「あの、先生……!お風呂とかは、入らない方がいいですか?」 私は、先生に質問をする。 すると先生は私に体の向きを変えて、答えてくれた。 「お風呂も入って大丈夫ですよ。ですが、傷口を濡らさないよう、奥様が入浴のお手伝いをしてあげてください」 「──分かりました」 「日常生活を送る分には支障はありません。ただ、工事現場で動く、とか走る、などの体を激しく動かすような行動は暫く避けてくださいね」 「はい、分かりました」 「では、処方箋を出しておきます」 「ありがとうございました」 先生の話を聞き終えた私達は、病室を出るために椅子から立ち上がる。 すると、苓さんが僅かに体を強ばらせ、顔を顰めた。 縫合するほどの傷ではないとは言え、切っているのだ。痛くないはずが無い。 「苓さん、手を……。私に掴まってください」 「俺が体重をかけたら、茉莉花が潰れてしまいます」 「それくらい大丈夫です!しっかり支えますから」 そんな事を話しながら私と苓さんは診察室を出た。 苓さんを待合室の椅子まで支え、座ってもらうと私は思い出す。 そうだった、警察に連絡をしないと……! 「苓さん、私ちょっとだけ離れて電話をしてきますね。警察の方に連絡をしないと……!」 「だけど、1人じゃあ──」 「大丈夫です、──ああ、ほら!護衛の方も少し離れた場所で控えてくれていますから!」 私が視線を向けた先に、苓さんが手配してくれていた護衛の姿を見つける。 救急車で搬送された時、護衛もしっかり後を追ってくれていたのだろう。 護衛の姿を確認した苓さんは安心したのだろう。 渋々ではあるけど、頷いてくれた。 「──分かりました。だけど、俺の目の届く所にいて
「──何だか、やけにあっさりとしていますね」 救急搬送されても、警察の監視があると思っていました、と苓さんが呟く。 私も苓さんと一緒に救急車に同乗していたから、警察と苓さんのやり取りを見ていた。 「確かに、苓さんの言う通りです。事情を聞く時も何だか……気遣い、のような物がありました、ね……?」 「ええ……。襲われた、と女性スタッフが言っているのに……どうして俺の気遣いを……?」 不思議そうに首を傾げる苓さん。 私は、苓さんが女性スタッフを襲うなんて、有り得ないと思っている。 それは、長い時間苓さんの人となりを見ているし、過ごした時間があるから。 だから、苓さんがそんな事をしない人だって事は分かる。 だけど、警察は苓さんの事を知らない。 小鳥遊財閥の事や、企業の事は知っていても、苓さん個人の事は知らないはずなのに。 それなのに、警察から感じたのは苓さんに向けられる気遣いの感情と、何だか──。 憐れむ、ような……? 私達が首を傾げていると、救急隊が「では、発進します」と声をかけてくれた。 苓さんはうつ伏せにベッドに横になり、その隣に救急隊員が座る。 「婚約者さんも、ベルトを締めてくださいね」 「あっ、すみません、分かりました!」 救急隊員に促され、私は急いでベルトをする。 救急車がサイレンを鳴らして走り出す。 車が走り出して、少し。 私の手を、苓さんがそっと握ってきた。 「茉莉花、こんな騒ぎにしてしまってすみません。せっかく明日はプレオープンの日だったのに……」 「苓さんが謝る事じゃないですよ。これは……事故ですから。苓さんの怪我が酷い物じゃなくて良かったです」 「ええ……」 私の言葉に頷いてはくれるけど、苓さんは悔しそうに唇を噛んでいた。 せっかく、晴れのプレオープン前だったのだ。 大事な大事な仕事の成果が、やっと現れる。 その日を楽しみにこれまでずっと一緒にやって来た。 大変な目に遭いながらも、この仕事を成功させたい一心でやってきたのに、大事な所でこんな事が起きてしまって、苓さんの悔しさは計り知れない。 「──くそっ、本当に油断していました……。まさか、あんな風に突進してくるとは思わなかったから……。馨熾さんにも迷惑をかける事になって、申し訳ない気持ちでいっぱいです」 「お父様の事も、私の事も、仕事の事
苓さんの説明を聞いていく内に、私の口は驚きであんぐりと開いてしまう。 し、信じられない……! 仕事先で、しかも協力会社の上司に対してそんな暴挙を……! 「苓さんの話が……」 「ええ、本当です。……とは言っても、証拠が無いですからね……。この辺りに防犯カメラがあればいいんですけど……」 「設置は本オープンに間に合うように手配していたから……」 「そうなんです。だから、プレオープン前の今はまだ設置されていないんですよね……」 ああ、くそ。 珍しく苓さんが憤りを顕にしていて。 本当に防犯カメラは設置されていないだろうか。 本オープン前に設置が完了していたら──。 そう思い、私は周辺を確認する。 このままじゃあ、あの女性スタッフの言い分が通る可能性の方が大きい。 苓さんの背中の怪我の具合にもよるけど……。 怪我の状態が酷ければ、女性スタッフに男性である苓さんが無理やり迫る、なんて事は状況的に無理だ、と判断されればいいけど、そうなると苓さんの怪我がかなり酷い状態じゃないと判断されない。 苓さんの潔白を証明するには、大怪我を願う状態な今のこの状況が悔しい。 プレオープン前の大事な今、どうして女性スタッフはこんな暴挙に出たのか。 私がそんな事を考えていると、苓さんがぽつりと呟いた。 「だけど、あの女性……。何だか様子がおかしかったんです。……切羽詰まっているような、何かに怯えているような……そんな感じがしました」 「……様子が?」 「──ええ、そうです」 こくり、と強くはっきりと頷く苓さん。 苓さんが違和感を覚えた、と言うならきっとその通りなのだろう──。 苓さんの話を聞いていた私の視界の隅に、ふととある物が入り込んだ。 「──あれは!」 私が大きな声を出した事に、苓さんがびっくりしたように目を見開く。 どうしたんですか?と言葉を発する苓さんに、私はぱっと顔を向けた。 「苓さんの潔白が証明出来るかも……!あそこに、防犯カメラが……!」 「──えっ!?」 本オープン前だから、と半ば諦めていたけれど。 まさか、カメラが設置されているなんて。 願わくば、あのカメラがしっかりと作動している事を祈るのみだ。 私と苓さんが喜んでいると、遠くから救急車のサイレンの音と、パトカーのサイレンの音がこの場所に近付いて来る音が聞こえた
御影ホールディングス。 以前、兄の会社に協力依頼があった。 俺の兄──一番上の、長男が代表取締役の小鳥遊建設で、部長として働いている俺は、以前も御影ホールディングスに見積もりのために訪れていた。 御影ホールディングスの求める額ではうちの小鳥遊建設は、到底仕事を請け負う事が出来ない。 だから仕事を断ったのだが、再度見積もり提出を頼まれ、見積もりを修正して再び来社した。 御影ホールディングスは、大きな企業で、御影家は昔から続く古い家
◇ 温かくて、柔らかくて、ふわふわする──。 微睡みの中で、俺は目の前の柔らかな物に擦り寄った。 いつまでも触っていたくなるような、そんな感触。 何かが邪魔をしていて、俺は無意識のうちに手を動かした。 手のひらに吸い付くようなしっとりとした手触りが気持ちよくて、力を込めてしまう。 瞬間。 「──んぅ」 「……っ!?」 頭上
私が声を漏らしてしまった瞬間、靴を脱がしてくれていた小鳥遊さんの動きがぴたり、と止まった。 「す、すみません…っ、こそばゆくて……」 「いえ……俺こそ、すみません……」 「た、小鳥遊さん…?えっと、下ろしてください……?」 「すみません、ちょっと……少し待っててください」 ぎゅうーっ、と小鳥遊さんに抱き込まれてしまう。 何かを耐えるような小鳥遊さんの表情に、私は首を傾げてしまう。 苦しそうに歯を食いしばる様子が見えて、彼に何があったのか──。 確認したいけど、彼の膝に乗ったまま、ぎゅうぎゅうと抱きしめられている今、確かめる事も出来ない。 何度か深呼吸をし
藤堂の、歴史は古い──。 そのため、家に関する資料はとても多い。 だけど、重要な資料は書斎には保管されていない。 お父様か、お祖父様が厳重に管理しているから、許可を頂かないと、閲覧ができない。 私は書斎の扉を開き、入室する。 「ここは、昔から埃っぽい……変わらないわね」 多少咳き込みつつ、私は本棚を見上げる。 藤堂本家の家系図が並べられている、棚。 藤堂の歴史が記された本の、棚。 そして、歴代当主の個人的なプロフィールが書かれた本の、棚。 色々な資料が沢山ある中で、私は過去藤堂と取引を結んだ企業や、個人などが記録されている本を見つけてそれを取り出した。 「この中に、必







