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第4話

Author: ファイブ
今の琴羽の身体では、食事を摂るだけでも胃が悲鳴を上げる状態なのに、酒を飲むなど、本来なら考えられないことだ。

それでも――お金が必要だった。痛み止めを買うために。

琴羽はゆっくりとしゃがみ込み、床に置かれた酒瓶を手に取る。そして何も言わず、そのまま口をつけた。

強烈なアルコールが喉を焼く。熱を帯びた液体は食道を通り抜け、そのまま胃の奥へ流れ込んでいった。

痛い。苦しい。息ができない。

胸の奥が激しく痙攣した次の瞬間、琴羽は耐え切れず身体を横へ向け、血を吐いた。

視界が揺れる中、琴羽は一瞬だけ、正樹と智則の表情が揺らいだのを見た。だがその感情は、割り込む薫の声によってすぐに消されてしまった。

「琴羽、もうやめなよ。昔家にいた時もそうだったよね?赤いジュースを飲んで、こんなふうに吐血したふりをしてた。お父さんたちを騙してた頃と何も変わらないわ」

その言葉を聞いた途端、正樹の目から最後の心配と同情も消えた。

「金を持って出て行け」智則が短く言う。

琴羽は口元の血を拭い、静かに二人へ頭を下げた。

札束を手に取ると、彼女はそのまま個室を後にする。

扉が閉まる直前、背後から薫の声が聞こえてきた。「でも本当に困るよね。そんな大金を持って、何に使うつもりなんだろう。

前だって夜遊びのために勝手にお金を使ったから、お父さんたちも毎日お小遣いを渡さなくなったのに……」

その言葉を聞いた琴羽は、胸の奥に嫌な予感が広がった。お金をしまうと、急いで出口へ向かう。しかし数歩進んだところで、突然目の前を黒服の男たちが塞いだ。

琴羽が反応するより早く、男たちは彼女から札束を奪い取った。

「申し訳ありません。西沢様と藤井様からの命令です。このお金は、捨てることはあってもあなたには渡さない、と」

次の瞬間、ビリッと乾いた音が響き、男は躊躇なくお札を引き裂いた。一枚一枚の紙幣は無残な紙切れへと変わり、無数の破片が宙を舞う。

琴羽はその場へ崩れ落ちた。震える手でお札の破片を拾い集め、何とか元の形へ戻そうとする。

けれど無理だった。どれだけ並べても繋がらない。

視界が滲み、気づけば涙が頬を伝っていた。それでも目を擦りながら、琴羽は諦めずに拾い続ける。

そんな彼女の頭上から、聞き慣れた笑い声が降ってきた。

「あら、かわいそう」

琴羽が顔を上げる。目の前に、薫が勝ち誇った笑みを浮かべながら立っていた。

「ねえ、琴羽。自分がどうしてこんな惨めなことになったのか、まだ分からないよね?あと、どうしてお父さんたち、それから正樹さんや智則くんが私の味方になってくれたと思う?」

これ以上聞く気にはなれず、琴羽は俯いた。それでも薫は笑いながら続けた。「聞きたくなくても、教えてあげるよ。

お父さんとお母さんが事故に遭った時、命懸けで大量輸血したのはあんただったよね?でも私は二人にこう言ったの。

――血を提供したのは私だって。

それから、正樹さんが大事にしてるあの天然石のお守りを覚えてる?あんたが大雨の中を一晩探し回ってやっと見つけたものだって知ってるよ。でも最後に彼へ返したのは私。だから正樹さんは、あれを見つけてくれたのが私だと思って、好きになってくれたの。

智則くんも同じよ。昔、腎不全で移植が必要になったことがあったでしょ?本当はあんたが腎臓を提供したのに、私は自分が提供者だって嘘をついた。だから今の智則くんは私を好きなの。全部、私のおかげだと思ってるから」

衝撃のあまり、琴羽は言葉を失い、薫を見上げるしか何もできなかった。

そんな琴羽を見て、薫は満足そうに微笑む。「ねえ、琴羽。あんた、本当に不思議だよね。そんなにたくさんのことをしてきたのに、どうして何も言わなかったの?あんたが黙ってたから、あんたの功績は全部、私のものになっちゃったの。

だからあんたへの感謝も、あんたに向けられるはずだった愛情も私のものになって、私だけが可愛がられて、幸せになった。

まあ、今さらあんたが真実を話したところで誰も信じないよ。だって先に信じられたのは私だもの。それに証拠も残ってないでしょ?」

言い終えると、薫は満足そうに踵を返した。ハイヒールの音が遠ざかっていく。

琴羽はその背中を見送ったあと、ゆっくりと視線を上げた。近くに小さなカメラがあった。

「デス・メモリアル」の記録カメラだ。

琴羽はそれを見つめながら、かすかに笑った。

――確かに、今までは証拠なんてなかった。けれど今は違う。このカメラが、薫の話を全て記録したのだ。

そしてその映像は、琴羽が両親や正樹たちへ残す、最後の贈り物だ。

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